29話 ルームメイトの秘密 —花音Side
「おやすみ~花音~」
「おやすみ、葉月」
その日の夜、いつものように自分たちのベッドに入り、おやすみと言って眠りにつく。
そう、いつものように。
ベッドの上の布団に包まって眠気がどんどんやってくる。カサっとしばらくしてから、音が聞こえた。
ああ、また今日もだ。
枕に頭を預け、目を閉じる。何かの気配が近付いてくるのがわかった。
寝たフリをする。きっと気づかれたくないだろうから。
気配はわずかな足音と共に、私のベッドに近づいてくる。
その気配が近くに来て、止まったのがわかった。何かが顔の近くを横切っているのを感じる。
きっと、私が寝たかどうか確認するため手を翳しているんじゃないかな。
しばらくすると、そっと優しく頭を撫でられて、その感触は離れていった。
気配が今度は遠ざかる。カチャカチャという音がしたと思ったら、次にギィっと小さくドアの音が聞こえてきて静かに閉じられた。
また……きっと洗面所……。
しばらくすると、またギィっと音が聞こえて、そしてまた閉じられる。カチャカチャという音がしてから、ギシッとベッドが微かに軋む音が聞こえる。
ベッドに入った。……もう朝まで起きないはず。
しばらくして、微かな寝息が聞こえてくる。
それが聞こえてから、私はゆっくり閉じていた瞼をあげた。
気づいたのは一週間とちょっと前あたり。
最初はトイレかなと思っていた。ドアの音で、眠りから覚めてしまった。
でも翌日も、その翌日も毎晩それは続いた。調子悪くしたのかと心配になって、一回見にいったことがある。でもトイレの電気は消えていた。代わりにバスルームがある方の洗面所の電気がついていた。
「……仕方ないよね」
呟く声が耳に入ってきたのを覚えてる。何がだろう……と少し洗面所を覗いたら、何かを手に取って、それを口に入れて飲んでいるのが見えた。
……薬?
最初に頭に浮かんだのがそれ。
そして見ちゃいけないものを見た感覚が襲ってきた。
気づかれないようにベッドに戻って寝たふりをする。すぐに戻ってきて、彼女も自分のベッドに入って眠っていた。
毎晩、その薬を飲んで葉月は眠りについている。
何の薬だろう。体が悪いとかは聞いていない。けど、多い時は途中でまた起きて、それを飲んで寝てる。携帯のアラームよりも大分早く目が覚めた時に知った。
けど葉月は何も言ってこない。知られたくないみたいだった。いつも私が寝ているか確認してから洗面所に行っているから。
知られたくないことは……誰にだってあると思う。だから私も葉月に特に追及してはいない。
葉月はいつも笑顔でいてくれるから。
私の前では笑っていてくれるから。
葉月が言いたくなった時でいいと、そう思ったの。
いつか話してくれるといいなと思いながら、目を閉じて自分も眠りに落ちていった。
□ □ □
「葉月、起きて」
いつものように体を揺らして葉月の名前を呼ぶ。
朝食も出来たから、いつものように葉月を起こす。
「葉月、朝だよ」
スウっと息をして、けど全く起きる気配がない。
おかしいな。いつもはこれぐらいで起きるんだけど。
身体を揺さぶる。名前を呼んだ。でも反応がない。どうして?
一瞬、昨日の騒ぎを思い出す。これ、寝ているんだよね? でもあの時……あの喧嘩の時、頭とか打ってたとか?
「葉月、起きてってば」
さっきより大きな声で、強く体を揺らしてみる。でも起きない。嫌な想像が頭を過ってしまった。
ど、どうしよう……頭とか打って……それでとか……でも寝ているし……え、でも寝ているとかじゃないとか?
『何かあったら、遠慮しないで部屋に来てくれて構わないからな』
……そういえば東雲さんが入寮日の日にそう言ってくれてた。
彼女の言葉を思い出して、すぐ立ち上がる。向かいの部屋に行くために廊下に続くドアをガチャっと開けると、丁度良く東雲さんと舞が食堂から戻ってくるところだった。2人して、いきなり出てきた私を見て驚いている。
「花音、珍しいね。食堂行くの?」
「え、あ、ち、違うの」
どうしようって思いが先行してて、思わず言葉が途切れ途切れになってしまった。ち、違くて。葉月が起きなくて。そんな私を見て、東雲さんが怪訝な表情になっていく。
「どうした、葉月か?」
何も言っていないのに葉月だって分かるのは本当凄い。でも助かる。
「そうなの。全然起きなくて……それで……」
「葉月っちが? 昨日遅く寝たとかじゃないの?」
「それは……ないかな。一緒の時間に寝たから……」
いつもみたいに何かを飲んではいたみたいだけど……。
戸惑ってたら、ふうと息をついて東雲さんが部屋に入ってきた。慌てて彼女を追いかけると、舞も気になったみたいで、後ろからついてくる。
葉月はまだ静かにベッドの上で寝ていた。「わお、葉月っちの寝顔可愛いね」と舞がちゃかしている。それは私も思うけど……今はそっちじゃなくてね、舞。
そんな私たちをよそに、東雲さんはベッドの横に立って葉月のおでこをペチペチと強めに叩いていた。でも葉月は全く起きない。
「葉月っち、起きないね~。やっぱり遅くまで起きてたんじゃない? ベッドの中で携帯のゲームしてたとか」
「それは……ないと思うんだけどな……」
そんな様子はなかった……気がする。さすがにライトあったら、私も気づくと思うし。それに葉月は気遣い屋さんだから、寝る時も私に合わせてくれるし、そういうのはしないかな。
東雲さんは私と舞の会話をスルーして、今度はベッド横にあるサイドテーブルについている棚を、ガチャガチャと弄り出した。鍵がかかっていて開かないみたい。でも東雲さん、そんな勝手に?
その行動に私と舞がポカンとしてたら、今度は葉月の机を漁り出す。ペンが色々入っているケースを取り出してバラバラと机の上に広げていた。
「い、一花? 何してんの?」
「気にするな」
いや、あの、さすがに気になるかな。でもやっぱり東雲さんはそんな私たちに構わずに、その内の一本のペンを手に取った。ペンのキャップを外すと、何故か鍵状の形をした突起が現れる。
「え、鍵?」
「そうだ」
舞が疑問を口にすると、あっさりと東雲さんは肯定して、その鍵を使ってサイドテーブルの棚を開けていた。え、あれ? それが鍵なんだ。
呆気に取られてたまま、彼女はその棚の中を開けてあるものを手に取っていた。プラスチックのケースみたい。……な、何だろう? 首を傾げてその様子を見ていると、そのプラスチックのケースの中を覗いて何かを確認しているようだった。
「馬鹿野郎だ、本当に……」
確認した東雲さんがそう不機嫌そうに零している。
「一花?」
「いや、何でもない」
ふうと息をついて、そのプラスチックのケースを手に持ったまま東雲さんが葉月のベッドに向き直った。え、あれ? 東雲さん? なんでそんな足を思いっきり上げてるの?
ゴンっ!!!!
東雲さんの踵が思いっきり葉月の鳩尾にヒットして、「うえっ!」っと葉月が苦しそうに息を吐いてた。あ、起きた。
「えほっ! げほっ!」
「起きたか、バカ?」
「うえ~……これ久々……げほっ……」
一瞬のことで呆けてしまったけど、葉月、起きた。よ、良かった。かなり苦しそうに咳き込んでいるけど。
「過激すぎない、一花?」
「えっと……葉月、大丈夫?」
「ケホっ……平気~……いつも通り~……」
「馬鹿野郎が……」
い、いつも通りなんだ。舞の言う通り少し過激だと思ってしまったよ。
まだ咳き込んでいるから背中を擦ってあげてると、「後で説教だ」と東雲さんが葉月に言っていた。嫌そうにしている葉月を無視して、さっさと東雲さんは部屋に戻っていく。「あ、待ってよ一花!」と舞が慌てて追いかけてた。
あ……東雲さん、さっきのケース持っていっちゃった。でも、起きてよかった。苦しそうだけど……東雲さん、あっという間に解決しちゃった。
「葉月……ホントに大丈夫?」
「ん~平気~。前までいっちゃんにされていたのがこういう起こし方だったし」
「そ、そうなんだ……」
か、過激な起こし方されてたんだね。思わず苦笑してしまった。「でもなんでいっちゃん来たの?」と不思議そうに口にしてたから、全然起きなくて心配になったこと伝えたら、昨日のは全然怪我してないからって笑って伝えてくれる。本当に平気そう、良かったと安心して自然と笑みが零れた。
いきなり葉月がクスクス笑い始めたから、きょとんとしてしまう。
「花音はホントに可愛いね~」
「かっ!? もう、朝から何言ってるの……ほら顔洗ってきて? ご飯よそっておくから」
……ああ、もう。ちゃんと元気で安心したよ。からかうぐらい元気なんだね。からかわれるこっちの身にもなってほしいんだけどな。
熱くなった頬を冷ましながら、キッチンルームに向かったのは内緒。バレてるとは思うけど。いい加減、ああいうからかいは止めてほしいんだけどな。でも本当、昨日の何ともなくて良かった。
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