29話 ずっと続く日常
「一花ちゃんの方が葉月より数倍、数万倍可愛いのよっ!」
「はあっ!? 葉月の方が数億倍可愛いに決まってるでしょうが!!」
こんな言い争いをしているのは誰かって? 言うまでもない。あたしの姉と、葉月の母親だ。
このやり取り、もう聞き飽きた。放っておいてるのが今じゃ普通だ。
「皐月お姉ちゃん、これは~?」
「んー、どうだろう。私にはちょっと難しいかなぁ」
「カイお兄ちゃん、これは~?」
「あはは、葉月。それは俺にも無理だなぁ」
魁人さんの恋人である皐月姉さんの膝の上に座りながら、葉月は星空の本を読んでいた。望遠鏡のカタログでもある。自分で作りたいらしい。あれ以来、葉月は星に夢中になっている。
そういえば、この間は災難だった。
その時のことを思い出して、ついハアと溜め息が出てくる。
この前、あたしとレイラは葉月と美鈴さんと一緒に海外に行ってきた。いや、行ってきたはおかしいな。葉月の祖父の源一郎さんに騙されたんだ。
あの悪気のない笑顔を向けられて、「みんなで旅行に行ってきたらいい」と、軽く言われた。でも、ただで済むわけなかったよ。
着いてみたら、内戦真っ只中の国だったんだから。
あたしも何で自分がこんなところにと思ったが、美鈴さんもそうだったらしい。額に青筋が浮かんでいた。レイラはレイラで怖かったのか泣き出すし。要はこの内戦を止めて来いという、源一郎さんの思惑だったわけだ。
なんであたしらもって思ったが、その国の子供たちとの交流を目論んでいたらしい。美鈴さんがいるからあたしらへの危険もないと考えたと、後になって聞かされた。
確かに戦争と聞かされて思い浮かんだ悲惨な現場には、あたしとレイラは行かされなかった。源一郎さんの目論見通り、現地の子供たちと一緒に遊ばされてばっかだったな。
それでも気になって、あたしと葉月でこっそりと美鈴さんの後を尾行したことがあった。思わず目を逸らしたよ。周りには怪我人も沢山いたし、亡くなっているだろう人が倒れている姿もあった。その人たちを救助している美鈴さんの姿がやけに頼もしく感じたものだ。
だけど……葉月だけは楽しそうに笑っていた。
あいつ、異常すぎる。怖くないのかと何度思ったか分からない。
しかも笑いながら戦車に突っ込んで行って、あたしらの存在に気づいた美鈴さんもさすがに慌てていたな……まぁ、結局二人仲良くその戦車をぶんどって、乗り回していたが……。ちなみに二人が乗り回した戦車で怪我人は一人も出ていない。
その状況がおかしすぎて、あたしは現実逃避した。だが、あたしは正常だ。自信を持って言える。
……あの親子がおかしすぎるんだよ! なんでミサイルぶっ放している戦車に突っ込めるんだよ!? おかしいだろ!! しかもなんで戦車をあんな簡単に改造できた!? そこもまたおかしいだろ!!
そんなツッコミもままならないまま、その国はあっという間に休戦したよ。そりゃそうだ。戦車を乗り回した後、美鈴さんと葉月があらゆる武器という武器を無効化したんだから。どうやって? それは疑問に思ってはいけないことなんだと、あたしはあの光景を見て思ったさ……。武器がなくなったから、武力蜂起した連中が話し合いの席につかざるを得なくなった。
これが、鴻城家の役割らしい。
はっきり言って……鴻城家、半端ない。なんでそんなところの後継者があたしと同じ前世持ちなんだよ。
しかも更におかしいことに……何故か最近は葉月と同じ教育を受けさせられている自分がいる。レイラもだが。
前々から思っていたが、初等部に上がってから、それが顕著に表れている。葉月と一緒にメイド長に勉学を教えられ、葉月と一緒に屋敷のトラップ回避をさせられ、葉月と一緒に海外に行かされて荒事に巻き込まれ、葉月と一緒にレイラの父親に武術を学んで……。
――おかしいにも程があるわ!?
何よりも、それに慣れてきている自分に衝撃だよ!! 葉月が今何を考えてるのか、段々分かるようになってきたわ!! 嬉しくないんだが!?
ふと、カタログの本をキラキラした目で見ている葉月の表情が変わった。これ、あれだ。碌な事を考えてないな。
「おい、葉月。望遠鏡にあの空気の砲筒をつけ足しても、何にも意味ないからな」
「……むー。そんなの、作って見なきゃ分からないじゃん」
「大方、それでもっと空に望遠鏡を近づけて、詳細に星を見れるとでも思ったんだろ。だったら、普通にレンズの倍率の方をどうにかすればいいだろうが」
「それじゃ面白くないよ~」
「面白くなくていいんだよ!! あのな、あれはただの武器だ! 危険なんだよ!」
納得できないのか、葉月はぷくーっといつものように頬を膨らませて、不機嫌さをアピールしてきた。
全く、本当に禄でもないことを考えている。あの砲筒の改良したモノを、こいつ次から次へと作ったんだよな。それで一体どれだけレイラが不憫な目に遭ったのか忘れたのか? 標的にされて、いっぱい吹き飛んで、毎回大泣きしてたじゃないか。
ハアとまた溜め息をついていたら、何故か皐月姉さんが目を丸くしていた。なんかおかしなこと言ったか?
「一花ちゃん、すごいね。今、なんで葉月ちゃんの考えてること分かったの?」
「あはは、皐月。一花ちゃんは今じゃ葉月の思考を読み取れるスペシャリストなんだよ。僕よりいち早く葉月が考えてること察知するからね。少し妬いちゃうんだ」
いや、魁人さん。そこはヤキモチ焼くところじゃないだろ。あと、こいつのスペシャリストとか全く嬉しくないぞ。
でも確かに……こいつの考えてることは本当に読み取れるようになったとは思う。そんなことまで出来るようになりたくなかったが。
しかも、きっちり鴻城家の役割をこいつは理解しているみたいだ。
海外に行った時も、こいつは率先して動く。しかも平等に。争い合っている同士の二つのバランスを考えている。美鈴さんは言わずもがなだが、葉月もあの時、両方の武力を無効化していた。どっちかだけに肩入れしないって分かってるんだ。
話し合いの場面でもそう。あいつはちょいちょい口を挟んでいた。実は葉月はものすごい頭の回転も速いし、観察力もすごい。大人たちが小さい葉月に言い負かされてたのを見て、唖然としたよ。美鈴さんはそんな葉月を「葉月ってば、天才すぎる! あんたらも見習え!」とか褒め称えていたが、見習えどころじゃないんだぞ? と言いたくなった。
だけどな、魁人さん。散々危ないモノを作り出す葉月を少しは注意しろよ。いつもいつも褒め称えるな。魁人さんだけじゃなく美鈴さんもだが……天才じゃなくて、天災だからな、あんたらが溺愛している葉月は。
ジト―っと魁人さんを見ていたら、皐月姉さんの膝の上にいる葉月がまた何か思いついた顔をしていた。
「そうだ! レイラを飛ばせばいいんだ!」
ほら見ろ。余計な事しか思いつかない。さっきのあたしの言葉なんてもう忘れている。
「なんでわたくしなんですのよ!? 嫌ですわよ!」
「お空飛べるよ~?」
「え、飛べるんですの!?」
少し離れたところで、兄さんに宿題を見てもらっていたレイラが葉月の発言に反発したが、すぐに興味を示した。
こいつ、何度騙されるんだよ。毎回、痛い目に遭っているのを忘れてるのか。この前も木から落とされてたが、お前が葉月に「見て、レイラ~。珍しいのがある~」とか言われて、興味示して自分で登っていったんだからな。一応、安全のためにレイラの足首に命綱つけていたが、お前がいい反応を示すから、葉月も調子に乗るんだよ。そういや、騙されて草を食べさせられたこともあったよな。
呆れつつも、いつものことかと思い直して、また自分が読んでいた本に視線を戻そうとした……が。
「いい!? 私の方が一花ちゃんを“激愛”してるの! それはもう激しいのよ!」
「あのね、私は葉月のことを“超愛”してるのよ! もう色んなことを超えてるの! 私の愛の方が強いに決まってるでしょうが!」
ムギュっとバカな発言をしている姉に抱きつかれた。
というか、おい、バカ姉。苦しいわ。首を絞めてる、首を。その“激愛”とかしている妹を殺そうとするな。葉月は葉月で「超えてる~!」とか絶対分かっていない。絶対『空への飛行の発想を超える』とか考えてる、あの顔。
「見てなさい、涼花! 私の葉月への“超愛”を! ほら、葉月! おいで!」
「きゃ~♪ くすぐった~い」
美鈴さんが皐月姉さんから葉月を抱き上げて、キスの嵐をほっぺにしだした。やめろ。そんなことをしたら、このバカ姉が……と思っていると、あたしの想像通りにバカ姉が首から腕を外した。
「私の方が一花ちゃんを“激愛”してるんだから! 一花ちゃぁ――へぶっ!!」
「やめんか、このバカ姉が!!」
「だめよ、一花ちゃん! このオバサンに、私の一花ちゃんへの“激愛”を見せつけてやるんだから!」
慌ててバカ姉の顔を手で押し返してやったわ!! いつから愛の見せつけ合いになったんだよ!? あたしを巻き込むなっ!!
「ほぉら、見なさい! 涼花の愛は断られてるじゃない! 一花、ナイスよ!」
「あんたも大人げないな!?」
勝ち誇ってる美鈴さんについツッコんでしまった。誰でもツッコみたくなるだろ! 中学生相手にそんな勝ち誇るなよ!? というか、こら、バカ姉! そんなことで負けず嫌い出してくるな!! 葉月も面白がって美鈴さんにキスを返すな! 余計、このバカ姉が暴走するだろうが!!
必至にバカ姉から逃げ出して、というか鬱陶しくなったから蹴り倒した。……おい、バカ姉。なんでうっとりした顔してくるんだよ。蹴られて喜ぶな、この変態が。この姉のことは別に嫌いではないが、暴走すると目の色が変わるから扱いが本当に困る。
「一花ちゃん! もう一回お願いします!」
「妹になんてお願いしてるんだよ!? 目を覚ませ!」
「ママ~、あれ面白い~?」
「ダメよ、葉月。あの領域はね、一部の人にしか面白くないのよ。それにしても……涼花も厄介な性癖を持ったものね。頑張りなさい、一花!」
「あんたが唆したんだよ!? 関係ない顔するなっ!」
「あら? 私はただ、そういうのもアリよねって前に話しただけよ?」
「間違いなく、それが原因だよ!?」
バカ姉のこの性癖は美鈴さんが認めちゃったからだろうが!! 姉が悩んでた時に「大丈夫よ! それは性癖だから! それで興奮しても問題なし!」とか言わなかったら、このバカ姉もここまで酷くならなかったわ!! 姉も姉でそういうことをこの人に相談するなよ!
それからは、すっかりモードが変わった姉から逃げ回った。最終的に兄さんが助けてくれたが、こっちを見て楽しそうにしている美鈴さんにイラっときた。それを途中で来た浩司さんが察して、労いの言葉をかけてくれたから良しとする。
「そういえば、美鈴さん。一花ちゃんに渡した?」
「あ、そうだった。忘れてたわ。一花、ちょっとこっち来なさい」
「……激しく嫌だ」
「いいから、こっち来なさいっての。渡すものあるから」
浩司さんに言われて、何かを思い出したのか美鈴さんが服の内ポケットに手を入れていた。
葉月が浩司さんに抱き上げられて、あたしを見下ろしてニコニコしだした。こいつのこの顔、どうにも嫌な予感がしてくるんだが…………仕方ない。どうせ逃げても美鈴さんに捕まるからな。
渋々と美鈴さんに近づくと、膝を立てて、あたしに視線を合わせてきた。美鈴さんも胡散臭い笑顔だ。逃げたい。
とか思っていたら、手に持っていた大きな眼鏡をあたしの顔にかけてきた。なんだ? 眼鏡?
「うんうん、似合うわね」
「えへへ~。いっちゃん、似合う~」
二人が満足そうに頷いている。浩司さんもだ。でも何で眼鏡?
「あたしの目は悪くないぞ?」
「いいのよ。防弾眼鏡だから」
「あのね~、本当はね~。こう、ビューってビーム出るようにしたかったんだよ~? でもさすがに無理だった~」
「なんだ、その物騒な眼鏡は!?」
葉月の不穏な発言についツッコんでしまったが……あれ、待てよ? 防弾眼鏡もおかしくないか? なんで銃弾から目を守らなきゃいけないんだ? ふと疑問に思っていたら、今度は浩司さんが苦笑しながら、葉月を抱き上げていないもう片方の手であたしの頭を撫でてきた。
「一花ちゃん、この前、砂が目に入って痛がってただろ? それを見て、葉月が何とかしてあげたいって思ったらしくてね」
……これ、葉月の手作りか?
カチャカチャと大きな眼鏡を動かしていると、美鈴さんが頬に手を添えてくるから思わず見つめてしまった。この人、葉月の母親らしく、顔だけは本当美人だよな。言動と行動も葉月にしっかり遺伝されているが。
「今の一花にはちょっとやっぱり大きかったか。でも、すぐ成長するでしょ。そうすればピッタリね。もっと似合うようになるわ。私と葉月の合作よ。100年経っても壊れることないから安心しなさい」
「なんだ、その保証は?」
「ふふ。ずっと、葉月と友達でいてほしいって願いよ」
ちゃんと思惑があるじゃないか。まあ、それは、言われなくてもそうなるだろ。葉月がいることが、あたしにとっても現実の証だしな。
心の中で悪態をついたけど、美鈴さんは満足げだ。
その顔を見ていると、少し胸の奥が温かくなる。
美鈴さんに認められていることが、あたしにとっても嬉しかったみたいだ。
「それに、防弾は私の案よ! これで、少しは銃弾が来ても大丈夫ね!」
「おい、ちょっと待て……またあたしを戦場に連れていく気か!?」
「嫌ね、一花。そんなわけないじゃない。一花も私たちにとっては可愛い娘みたいなものよ? 可愛い娘を戦場に連れていく親がどこにいるのよ」
「今、目の前にいるんだけど!? というか、あたしの母さんがそれ聞いたら怒るからな!? 何回、母さんに説教されたら気が済むんだよ!?」
「蘭花も心が狭くなったわよね~。ちょ~っと、爆撃が飛んでる国に連れて行っちゃったからって、あんなに怒らなくてもいいのに。っていうか私じゃないし。あの狸親父がいっつも企んでいるんじゃない」
やれやれ……じゃないんだよ! 普通怒るんだよ!? 自分の娘が戦地に行かされました、なんてどこの親が聞いても卒倒するわ!! つうか、あんたが毎回騙されているというより、よく話を聞かないであたしと葉月を連れて行ってるんじゃないか! 「葉月にあの景色を見せれる!」って目を輝かせてるの知ってるからな! そこをまず反省しろよ!?
あたしが全く反省していない様子の美鈴さんに深い溜息をついていたら、また姉が「一花ちゃんは私の妹なんだから、取らないで!」と抱きついてきた。また性懲りもなく二人が言い合いを始めているのを見て、心底疲れてきた。
そんな様子を、浩司さんが苦笑しながら見ていて、
葉月にほっぺにキスされた美鈴さんがすぐに機嫌を直していて、
美鈴さんも浩司さんと葉月を見て、幸せそうに微笑んでいて、
母親の笑顔を見たからか、葉月も嬉しそうにまた笑っていて、
どこまでも……幸せそうに、笑っていたんだ。
その家族の光景が、あたしにも普通になっていたんだ。
その笑い合っている姿が、
あたしの日常でもあったんだよ。
それが、壊れる時が来るなんて、
この時のあたしには、
いや、
この場にいる誰にも。
予想なんて……出来なかったんだ。
お読み下さり、ありがとうございます。




