28話 唯一の存在
「あのね、いっちゃん! すごいんだよ! キラキラしてね、キレーだったんだよ!」
「いいいい一花っ......どうしますの!? これ、どうしたらいいんですの!?」
「......」
「空にね、い~っぱいキラキラしてたんだよ!」
「なんでわたくしがこんな目にぃぃ!! いやですわ~! わたくしは立派な淑女になってお父様の跡を継ぐんですのよぉぉ!」
「............」
なんだ、この状況は......。
隣ではロープで縛られている葉月がピョンピョンと飛び跳ねながら、最近両親と行った旅行の話をしている。夜空が綺麗だったそうだ。もうこの数日で、こいつは何百回と同じことを話している。
隣にはべそべそと泣いているレイラが、これまた葉月と同じようにロープで縛られている。
そして、あたしもロープで縛られているわけだ。
......なんでこんなことになったかって?
簡潔に言うと、攫われた。
園に迎えに来た鴻城の運転手がいつもと違う事に気づけばよかった。何にも疑わずに、車に3人で乗ってしまったんだ。今はもう兄さんたちと一緒じゃなくても、母さんが鴻城の屋敷に行っていいって許可を出してるからな。まさかこんなことになるとは思わなかった。
「また行きたいなぁ~! いっちゃんも一緒にいこっ!」
「......あのな、葉月」
「うん?」
「この状況を、ちゃんと見ろ?」
「建物の中だね」
「違う! 誘拐されたってことに気づけ!?」
「ふぇぇぇ! おどうざま~おがあざま~!」
旅行の時のことを思い出して、まだ目をキラキラさせている葉月についツッコんでいたら、レイラがまた盛大に泣き始めた。鬱陶しくなってきた。
あたしらを誘拐した犯人たちは、どこかの国のテロリストらしい。さっき仲間同士で、あたしらをこの部屋に運んでいる時の会話で分かった。しかも狙いは葉月だ。葉月が前に作った空気の砲筒の情報を、どうやってか知らないが入手して欲しがっているんだ。
......なんのドラマだよ!? 今時、こんなのドラマでさえないわ!!
「ふええええ!!」
「あー! 鬱陶しい! 泣くな!」
「いっちゃん、それは理不尽だよ~。レイラ、5歳だよ~? 普通は怖いと思う」
「あたしらも今は5歳児だよ!? というか、なんでお前はいきなり冷静になった!?」
うんうん頷いてる場合じゃないだろうが!? そもそもお前があんなものを作ったから、こんな状況になってるんだけどな! 全く責任感じてないな!?
「まあまあ、いっちゃん。落ち着きなよ?」
「お前が言うな!? さっきまで、あんだけはしゃいでたのどこの誰だ!?」
「だっていっちゃん! あれ、本当に綺麗だったんだよ~! こうパアっと空いっぱいキラキラしててね!」
しまった。また思い出させた。
全く今の状況を問題視していない葉月が、またピョンピョンと跳ねている。レイラはずっと「あんまりですわぁ!」とか泣き叫んでいた。いや、そんなのに構ってられないな。ちゃんとどうしたらいいのか考えないと。
この状況をどうやって打破したらいいか考え始めたところで、跳ねていた葉月が「あっ」と声を出した。
「ねえ、いっちゃん」
「......なんだ?」
「私、またママとパパとあそこに行きたいんだけどね......」
まだ言ってるのか、こいつ。どれだけ気に入ったんだよ。
少しジト目で葉月を見ていると、真剣に見つめてきた。何言いだすつもりだ?
「このままじゃ、またあそこに行けないね!」
「気づくの遅いわ!?」
今さら、その事実に気づいたのかよ!? 誘拐された時点で気づけ! まずあたしらの明日の心配しろ!!
「ってわけだから、ちょっと行ってくるね!」
「「......は??」」
あまりにも一瞬にして、目の前の葉月のロープがパサッと床に落ちた。
......待て。待て待て。待て待て待てぇ!? 今、どうやって縄解いたぁ!? レイラもその光景に驚いたのか泣き止んで、あたしと一緒に呆けた声を出している。
茫然としているあたしらを放っておいて、葉月がトテトテとドアの方に走り出した。どこ行く気だ?!
「あ、いっちゃん。ママももうすぐここに来ると思う~。それまで、ここでレイラと待ってて~」
「は? いや、待て。待て待て! おい、葉月!!?」
普段のニコニコとした顔を向けてきたと思ったら、葉月はそっとドアを開けて、その向こうに消えていった。............まさか、あいつらのところに行ったのか!? 丸腰で!? というか、美鈴さんが来る!? なんで分かるんだよ、そんなこと!!
いや、その前に......
あたしらの縄を解いていけよ!?
「一花、葉月が行っちゃいましたわ......」
レイラの呟いた声に、見りゃ分かる! とツッコミたかったが、その直後、ドアの向こう側でバタンドタン! という派手な音が聞こえてきて、それどころじゃなくなった。ま......まさか、葉月の奴が暴れてるのか? 相手はテロリストだぞ?
ドクンドクンと不安なのか、緊張なのか、心配なのか、心臓が騒がしくなってきた。
嘘だろ......? 折角、この世界に転生して、やっとまともな毎日を送れるようになったのに。あいつもそうなのに。なんで、こんなことに巻き込まれなきゃいけないんだよ。
葉月、大丈夫だよな? 死んだりしないよな? 屋敷のトラップとかでも怪我一つしてないから、大丈夫だよな?
「い、一花......わたくしたち、どうすればいいんですのぉ......?」
情けないレイラの声にも反応出来ない。向こう側ではずっと音が聞こえてくるから。ザワザワと不安が込みあがってくる。
あいつが死んだら、どうする? 美鈴さんは絶対悲しむ。浩司さんも、魁人さんも。メイド長もあいつの祖父も。
それに、
あいつがいなくなったら、
また、前世での夢を見るようになるかもしれない。
こっちが現実だって、思えなくなるかもしれない。
純粋な心配もしていたが、自分自身の心配をしていることにも気づいて、ハッと我に返った。
あたし......何を考えてるんだ。
あいつのことより、自分のことか。
......情けない。情けないだろ!
一瞬でも自分のことしか考えてなかったことを後悔して、グッと歯を食い縛る。
そうだ。あたしだって、あたしだってあいつと会ってから、あの鴻城の屋敷で鍛えられた。不本意だけどな! でも、そのおかげで今、あたしでも出来ることがあるはずだ!
顔を上げて、自分でもロープを解けないか腕を動かしてみる。駄目だ。解けない。あいつ、一体どうやって、この縄外したんだよ!?
あたしがモゾモゾ動き始めたからか、レイラが「え?」と目を丸くさせて、驚いたようにあたしを見てくる。けど、構ってられるか!
「い、一花? 何してますの??」
「黙って待ってられるか! おい、レイラ! お前、あたしの縄解けないか?!」
「むむ無理ですわよ! どうやって!?」
「いいから、試すんだよ! こうしてる間にも、葉月がどうなってもいいのか!?」
「そ、それは......」
口籠ってる暇はないんだよ! また泣きそうになってるレイラにイライラしていると、さっきまでドアの向こう側でドタバタとうるさかった音が聞こえなくなって、シンと静かになった。
なんだ......? まさか......葉月、やられたとか?
そんな嫌な想像をしてしまって、サアっと自分から血の気が引いていくのが分かった。
ガタッ
という音が聞こえて、ビクッと体が自然と震える。レイラもみたいだ。
そうっと、二人でドアの方に視線を向けると、
「えへへ~♪ いっちゃ~ん、迎えにきたよ~」
『本当にすまなかった......』
そこには何故かテロリストの一人と思われる人物と、その男に肩車されてる葉月の呑気な姿。
......葉月の呑気な姿。
じゃないわぁ!!!?
「なんで、仲良さそうなんだよ!?」
「ん~? お話したら、分かってくれたよ~?」
どんなお話だ!!?
葉月がその男から丁寧に床に降ろされて、ニッコニコといつもの笑顔でトテトテ駆け寄ってきた。イラっとした。
「かえろ~」
「まず、あたしの心配を返せ!! 馬鹿野郎がぁ!!」
「げふっ! 理不尽っ!!!」
縄が外されてから、速攻蹴ってやった。
転がっていく葉月を慌てて一緒に来たテロリストが解放しているのを見て、何故そこまで葉月に懐いた!? と心の中でツッコんでたら、その後ろでドコン!!! という音と共に壁が壊れた。「ここここ今度は何ですのよおおお!?」というレイラの叫び声が聞こえたが、あたしはその壁の穴から現れた姿を見て、半目になったよ。
本当に来た。
「葉月ぃぃ!! 助けに来たわよ! って、はっ! 葉月っ! 嘘、なんで床に転がってるの!? まさか、あんたがやったっての!? 上等じゃないのっ! ウチの葉月に手を出したからには、分かってるでしょうねぇ!!」
『えっ!? ちち、違うっ! これは俺じゃっ......ごふぅっ!!』
勝手に勘違いした美鈴さんのアッパーがその男の顎にヒットして、男の体が天井付近まで上がっていった。美鈴さん......その男に一発喰らわせるより、蹴ったあたしが言うのもどうかと思うが、葉月の怪我をまず心配したらどうだ? まあ、葉月はきちんと受け身を取ってたのか、ケロッとした顔で立ち上がってるが。
「ママきたぁ~!」
「ああ、葉月! 大丈夫?! 怪我はない?! やだ、おでこに土ついてるじゃない! 葉月のことを汚すとは、許すまじ! 待ってて、葉月! ママ、ちょっと葉月をこんな目に遭わせた奴らを懲らしめてくるから!」
「大丈夫だよ~ママ~。それよりギュッてして~?」
「ああ、もう! こんな時まで可愛いとか、天使か!!」
そう言って、葉月を抱き上げてからギュッと抱きしめている。葉月も葉月で「えへへ~」と笑いながら嬉しそうにしてるし。おい、このバカ親子。あたしらのことも視界に入れろ。
「一花ちゃんにレイラちゃんも大丈夫かい? 大変な目にあったね」
「ふっゔ! ぼ、ぼんどでずわ゛ぁぁ!!」
いつの間にか、浩司さんが苦笑いしながらレイラの傍にいて、縄を解いていた。レイラは目からも鼻からも水を垂れ流していたよ。「そうだよね、怖かったよね」と優しく浩司さんがそれをハンカチで拭いていた。
あたしもやっと、ホッと安心して息を吐いた。この二人が来たってことは、もう大丈夫なんだろう。
幸せそうに美鈴さんに抱きしめられている葉月をまた見る。
さっき、自分の中で思ったことが......後悔と不安で渦巻いた。
あいつはこれからも、こういうバカなことをやるのかもしれない。勝手に一人で飛び出して、危ないことをするのかもしれない。その度に、あたしは自分の心配とこいつの心配をしなきゃいけなくなるのか......。
そう思ったら、途端にドッと疲れが出てきた。
心の中でどんどんツッコミが出てくる。
なんで......なんで同じ転生者がこいつなんだよ!!? というか美鈴さんもおかしいだろ!? 筋肉ムキムキの男を軽く天井付近までアッパーで打ち上げるとか、どんな力だ!?
あたしは、もっと普通の......そう、普通の生活がしたいんだよ!! せっかく優しい家族の元に生まれたんだから!!
そんなツッコミをしているとは知らずに、葉月と美鈴さんは呑気に「帰ったら一緒にお風呂入ろうね~」なんて会話しているから、余計イラっときた。
駄目だ、こいつら。こいつらをもっとまともにしなきゃいけない。
......そうだ。せめて葉月のやること為すこと止められるようになれば、あたしの心労が減るんじゃないか?
この時、密かに決心した。
この鴻城家、いや、葉月だけでもあたしの管理下に置いてやると。
その後、テロリストの集団は、全員葉月を崇めていた。その様子を見て、一層さっき決心したことを強く思ったさ。
葉月は「普通のことしか言ってないよ~」とか言ってたが、お前、この状況でよくそんなこと言えるな?! みんなお前に平伏してるぞ! 何を言ったらこうなるんだよ!?
美鈴さん! 「葉月ってば、本当凄いわね~!」って嬉しそうにするな! 屈強な男共に崇められる葉月の異常さに変だと思えよ! 自分の娘だろうが! 手放しで褒め称えるな!!
呑気そうな親子を見てイライラとしていたら、母さんたちが出迎えてくれた。あたしを見て、ギュッと心配そうに抱きしめてくれる。それで鴻城親子へのイライラが少し収まった。「やっぱり鴻城家との付き合い、考え直そうかしら」とポツリと呟いていたが、母さん、それは無理だ。
だって。
あたしと母さんの様子を見ていたニコニコ顔の葉月に視線を向ける。
だって、あいつが、
今のところ、唯一の同じ転生者だと分かってるから。
初めて、あたしはあたしだと、認識してくれた人間だから。
だから、
あいつから離れるのは、きっと難しい。
葉月という存在が自分の中で唯一の存在ということを、
あたしはもうこの時、分かってた。
お読み下さり、ありがとうございます。




