27話 花音のお叱り
「疲れたよ~お腹空いたよ~」
「お前の自業自得だ」
やっとお説教から解放されて、私たちは寮に帰ってきた。花音と舞には先に帰るように、途中でいっちゃんが連絡しておいたらしい。
「桜沢さんに感謝しておけよ、葉月」
「ん? 何で? ご飯とかの時はいつも感謝してるよ?」
「そうじゃない。あの人だかりの中からあたしを見つけて、お前の前まで連れ出してくれたんだ」
「んん?」
そういえば、あの時のいっちゃんはプルプルモードだったもんね。てか結局人の波に埋もれてたの、いっちゃん?
「はぁ……気が付いたらお前いないし、どんどん後ろに追いやられるし」
「いっちゃん、小さいからね」
「ほう……」
「花音がいっちゃん見つけてくれたの?」
「そうだ。お前が暴れているところまで戻るのが大変だった」
「そっか。じゃあお礼言っとくね」
「そうしろ」
疲れ切ったいっちゃんと部屋の前で別れて、私も自分の部屋に入る。と、いい匂いが漂ってきた。グーっとお腹が鳴っている。あ~お腹空いた~。これ何の匂い~? 花音、今日は何作ってくれたのかな~。
「ただいま~」
私がそう言うと、簡易キッチンのあるスペースからパタパタと花音が走ってきた。私の顔を見てホッとした顔をしている。まあ、さっきはちょっと怖がらせちゃったもんね。
「おかえり、葉月」
「ただいま~花音~お腹空いたよ~」
私がヘラヘラと笑いながら聞くと、花音もクスッと微笑んでくれた。うん、やっぱり花音の笑顔は可愛いね。
「もう少し煮込みたいんだよね。ちょっとだけ待てる?」
「待つ~今日何~?」
「葉月の好きなシチューだよ」
「おお~やった~!」
花音のシチューは絶品なんだよね。ふふっ! 明日いっちゃんに自慢してやろ~! いっちゃんも花音のシチュー好きだもんね~。
「つっかれた~」
花音のシチューが出来るまで暇だから(いや着替えとかあるけどさ)、私はベッドにダイブした。お説教長すぎるんだよ~。ちなみに調子乗って会長にトカゲ送る話をしちゃったら、私からの荷物は受け取り拒否するってさ~。匿名で送ったらいいかな~?
「葉月、制服ちゃんとかけないと皺になっちゃうよ?」
「ん~平気だよ~ちょっとくらい」
「だーめ。ほら、着替えて」
むー。花音のしっかりさんめ。でもここで嫌だと言ったら、花音は今夜のサラダに玉ねぎを入れるに違いない。渋々ベッドから立ち上がって着替え始める。あーそうだ。って振り向いたら、何故か私の脱いだ制服をハンガーにかけてる花音。花音? 何だか奥さんみたいなことやってるよ? いや、母親? ま、いっか。
「花音~。いっちゃんから聞いたよ~、ありがとね~」
「え?」
「いっちゃんを人の波から連れ出してくれたんでしょ~? ありがと~」
「…………それぐらいしか……思いつかなくて……」
それが一番重要なんだよね~実は。いっちゃんがストッパーだからさ~。
私は部屋着に着替え終わって、またベッドにダイブした。
「それで助かったからいいんだよ~、だからありがと~」
「…………」
黙っちゃった。あれ? 変な事言ったかな? ん~ま、いっか。あ~そうだ。ちゃんと伝えとかなきゃね~。
「花音~?」
「……ん?」
「もう大丈夫だからね~」
「っ……!」
「もう怖くないからね~」
「…………」
またまた黙っちゃった。う~ん。やっぱりまだ怖いとか? 震えてたもんね。もう一発蹴っておけば良かったかも。
黙ってしまった花音が、無言でキッチンに向かってしまった。ありゃ? なんか変だな? と思ったらすぐ戻ってきて、私のベッドの横の床に座った。どしたの?
「葉月……ちょっと起きて?」
「ん~?」
何だか真剣な顔をしている。何事? ゆっくり身を起こして、花音の方に向き直った。花音がベッドに腰掛けている私を見上げてきて、膝に置いてた私の手を取った。
「花音~?」
「葉月……私、危ないことしちゃ駄目だって言ったよね。前に、入学式の日……覚えてる?」
「ん~。そうだったね~」
そういや、そんなこと言ってたね。でも今日は危ないことしてないよ? 暴れたけど。
ギュッて両手で私の手で握ってくる花音。ホントどうしたの?
「……怖かったよ……」
そだね。会長凄んでたもんね。肩ドンってされて怖かったよね。私も怖い雰囲気出しちゃってたもんね。
「葉月が怪我するんじゃないかって……怖かった……」
……あれ? そっち?
「……あの、花音?」
「男の人と喧嘩なんてしちゃ駄目だよ……葉月、女の子なんだよ?」
「うん? いや、そうなんだけど……」
「ホント……あの人、何考えてるのかな。何であんな人が生徒会長なの……」
何か花音が怒りだした。あれ? なんかおかしいな。しかも会長は私に大事なとこ蹴られて、悶絶してたんだけどね。喧嘩というか、私の一方的な暴力だったんだけど。
「葉月、怪我してないんだよね? ホントに?」
「大丈夫です……」
「はぁ……良かった。もうこれからは喧嘩とかしちゃ駄目だよ? 怪我するかもしれないんだから」
「あの、花音? 怪我したのはむしろ会長たちの方でね?」
「? あの人たちの自業自得でしょ?」
「いや、まぁ、そうなんだけど……」
あれれ~? 花音が怖がってたのは私や会長のことじゃなく、私が怪我することに対して? しかも花音の会長たちに対する反応がドライだよ?
「花音? 会長、怖くなかった?」
「ん? まぁ……壁にドンってやられた時はちょっと怖かったけど……」
あ、ちゃんと怖いとは思ってたんだ。良かった。いや、良くないけど。だって怖くなかったって言われたら、私がキレた理由が無くなるんだよ。
「けど、それ以上に最低としか思わなかったよ?」
怖い笑顔の花音がそこにいました。っていうか、もしかしてあの時震えてたのはほぼ怒り!? もしかして、あれ? 私、余計な事しちゃった? いっちゃん、何も言ってなかったけど!
「葉月? どうしたの? やっぱりどこか痛めてたり……?」
「へっ!? い、いやいや! 大丈夫だよ~、花音! 私は怪我一つないから!」
あれ~? いっちゃんは攻略対象者の好感度を花音があげていくって言ってたけど。これ大丈夫? 逆に花音の攻略対象者たちへの好感度が下がってない? むしろマイナス域じゃない? まぁ、私は花音がそれでいいならいいんだけど……いっちゃんも何も言ってないし。これっていっちゃんの言うシナリオ通りなのかな? まだ入学して3週間だから、今からもっと変わっていくのかな?
「これからは喧嘩しちゃ駄目だよ、葉月。約束ね?」
「え? ん~……」
「約束ね?」
「……善処します」
すごい笑顔で凄まれた。思わず肯定しちゃったよ。圧すごい。私の返事を聞いて、いつもの笑顔に戻った花音。うん、この笑顔は可愛い。
「お風呂も沸いてるから先に入ってきて? その間にシチュー仕上げちゃうから」
嫁力半端ないな、花音。
「そういえば葉月、いつもこのリストバンドしてるね?」
「え? あ~うん。お守りみたいなものだから」
花音が握っていた手で、私のリストバンドを指で撫でた。
「あ、だから時計もいつも右にしてるの?」
今日はやけに突っ込むね、花音。
「右利きなのに何で右につけてるんだろうって思ってたんだよね」
ああ、そゆことね。
「ん~そ~」
「ふふ。毎日つけてるから大事なお守りなんだね。私も妹たちからもらったお守り毎日つけてるから、気持ち分かるよ」
「そういえば、花音には兄弟がいるんだっけ?」
「そう。妹と弟。ちょっと生意気だけどいい子たちなんだ。葉月見てると妹たちの事思い出すかな?」
「ふ~ん、どんなとこが~?」
「毎朝寝ぐせつけてたり、着替えとか?」
「むー。そんな子供じゃないよー」
「そうやって頬を膨らませるところもかな」
クスクス笑って、私の頬を指でツンツンしてくる花音。
つまり、花音にとって私は妹さんと弟くんと同列ってわけだ。なるほど、花音のこの至れり尽くせりな感じは甘やかしてるわけじゃなくて、花音にとっては通常なんだ。何それすごい。
その後お風呂に入った私は、花音のシチューをおかわりして満足してベッドに入った。花音とおやすみなさいしてベッドの中でもぞもぞする。ホント今日は疲れたなー。会長たちのせいだわ~。
しばらくして、花音の寝息が聞こえてきた。はぁ……花音も寝たみたいだね……。
ゆっくり体を起こして、ベッドから出た。花音の傍に行って静かに手をかざしてみる。
寝てる……間違いなく寝てる……っていうかいつも思うけど花音は寝顔も可愛いね。まるで夜這いしてるみたいな感覚。いや、しないけどね。
そっと起こさないように髪を軽く撫でてから、自分のベッド近くに戻った。そしてサイドテーブルの棚の引き出しを、鍵を使って開ける。そこからプラスチックのケースを取り出して洗面所に向かった。
カラカラと振ってみる。うげ。かなり少なくなってる。いっちゃんに怒られる。
これ、飲みすぎは良くないのだ。
ただ、花音と一緒の部屋になってからは『発散』がうまくいっていない。自分でもそれは分かっていた。だからこれに頼ってる感じ。今日の会長たちへのキレ具合は自分でも抑えが効かなかった。ホントは飲みたくないけど仕方がない。
ケースから出てくる錠剤を手に取り、一気に飲み干す。花音を起こさないように静かにドアを閉めた。起きた様子がないことにホッとする。
音を出さないようにさっきのケースを棚に戻し鍵を閉めて、布団の中に潜り込む。
1、2、3。
早く眠れるように数を数える。数を数えながら今日の事を振り返った。
いっちゃんが止めてくれなかったらまずかった。
まずいことだと分かってる。
でも私は止めるつもりは全くない。だからこそのいっちゃんなのだ。
私はちゃんと分かっている。
それが危ないことだと分かっている。
3階から人を落とすことも。
頭を何度も打ち付ける危険も。
屋上から飛び降りることも。
全部危険だとちゃんと分かっている。
段々瞼が落ちてくる。待望の眠気が襲ってきた。
『危ない事はだめだよ、葉月』
花音に言われた言葉が頭を過った。
確かにそうだ。危ないことは誰もしない。誰もが避ける。
だけど、私はそれをやる。
私はちゃんと分かっている。
自分の頭がおかしいことを分かっている。
瞼が完全に落ちて、意識が暗いところに引き摺りこまれ、眠りについた。
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