18話 思い出した!
「何ですの、そのひっどい顔は......」
「失礼だよ、レイラ!? 朝一番で友達に言う言葉じゃないんだけど!!」
次の日、学園に登校したら開口一番レイラにそうツッコまれた。
そりゃ酷い顔だって言うのは、あたしも自覚してるさ! そうですね、腫れてますね! 主に目元がね! タオルで冷やしてもこの様さ! でもこっちは昨日色々とあって、大変だったんだよ!! 引かなくていいじゃん! というか心配してよ!
朝起きて、そーっとドキドキしながら一花と自分の部屋に戻ってみた。でも、一花はいなかった。
代わりに書置きだけがテーブルの上にあって、急用で病院に行かなきゃいけないから、今日は学園を休むとだけ書いてあった。
拍子抜けだよ。
こっちはどんな顔しようかなって思ってたのに。
花音の方に電話で連絡があって、むーって葉月っちは頬を膨らませていた。一花がいないから、葉月っちは今日は学園を休むことになったらしい。止めれる人がいないからね。
葉月っちは一人にすると、まだ何をするか分からない怖さがある。花音も葉月っちを一人にするのが心配だからって、今日は二人して休むことになった。ゴロンタが「ミャー」って鳴きながら葉月っちにスリスリしてて、大分機嫌が直ったみたいだけど。
「葉月たちは一緒じゃないんですの?」
「一花が病院に呼び出されて、葉月っちは寮で待機中なんだよ。花音は付き添い」
「一花が? 葉月を置いて一人で行くなんて、珍しいですわね」
確かに、そうだよね。
でも......もしかしたら、実はあたしと顔合わせるのが気まずいからじゃないかって思ってたりする。
いや、そりゃね。あたしも気まずいは気まずいよ? 振られたわけだしさ。現に朝、めっちゃ緊張して部屋に戻ったりしてたわけだし。
ただ、避けられてるのかなって登校中に考えたら、それはそれで寂しくなったりしたわけで。
このまま......一花、あたしとルームメイトでいてくれるのかな。
まさか、部屋替えとか考えてたりするのかな。
そんなことを想像するだけで気分がどんどん重たくなってくる。ついハアと溜め息も出てくるってものさ。
「なんですの、その鬱陶しい溜め息は? その酷い顔といい、やめてくださいな」
「鬱陶しいとか、酷くない!? やめろって何!?」
「朝からそんな辛気臭い顔しないでくださいな。こっちは花音のお弁当を楽しみにしておりましたのに」
めっちゃ自分のことしか考えてないじゃん!! あれ、あたしってレイラの友達だよね? 目元が腫れてて、しかも溜め息ついていたら、普通心配するんじゃないのかな!? そっちがそう来るなら、こっちにも考えあるからね! レイラ用にって花音から渡されたお弁当も食べてやるもんね!
そんなレイラの態度を見て、むっかーってしてたら、ふと思い出した。昨日葉月っちが言ってたこと。
「あのさ、レイラ」
「なんですの?」
「レイラ、一花が前に葉月っちを傷つけたってこと、何か知ってたりする?」
予想外のあたしの問いかけに、レイラがきょとんとした目を向けてきた。
「一花がですの? 葉月を??」
「昨日、葉月っちがそんなこと言ってたんだよね。何のことかなって思ってさ」
「葉月が??」
さらに不思議そうな顔をしている。心当たりがないみたい。前にって言ってたから、昔のことだと思うんだけどな。レイラでも知らないのか。もしかして、レイラが葉月っち達と距離を開けてた時のことなのかな。
「一花が葉月を止める時のことじゃありませんの? 手荒に止めてるではありませんか」
「ああ、うん。もういいや」
「なんですのよ、その反応は!? 舞から聞いてきたんじゃありませんの!」
歯をむき出しにして怒ってくるところが残念なレイラだけど、知らなそうだしさ。あ、やば。あたしがあんまりな反応したから、今度は泣きそうになってるじゃん。
「ごめんごめん、本当いいって。昔のことなのかなって思っただけだし。それに、レイラは去年まで葉月っちたちから離れてたわけじゃん。もしかしたら、その時のことかもしれないし」
「離れてた時なら、何かがあってもおかしくはありませんわよ!」
「え?」
逆に予想外のことを言われた。何かがあってもおかしくない? あ、いや、そうか。それもそうかも。葉月っちもおかしくなってた時だもんね。と思い直していたら、フンっと鼻を鳴らしながら、レイラが腕を組んで席に座ってるあたしを見下ろしてきた。
「あの時なら、何があってもおかしくありませんわ。一花が葉月を傷つける......そういうこともあったかもしれませんわね。あの時は一花が前に言ったように悲惨の一言ですから。一花のお母様も疲れ切ってましたし」
「一花のお母さんが?」
また考えてもないことをレイラが口走った。一花のお母さんが何かに疲れ切ってた? もちろん、葉月っちのこともあっただろうけど。
「葉月っちのことで?」
「それもありますけど、やはり一花のことでも悩んでおられましたわね。わたくしもたまたまお父様と話しているところを聞いただけですから、さすがに詳しくは聞いておりませんが。自分のことで手一杯だったっていうのもありましたし」
それも仕方ないことかもしれない。レイラは葉月っちにトラウマ与えられたらしいし。去年、花音のこといじめてた時も、葉月っちのことを異様に怖がってたもんね。
でも、一花のことで悩んでたのか。
「ちなみに、どんな会話だったのさ?」
「いやに食いついてきますわね。そんな面白い話ではありませんわよ?」
「それぐらい分かってるって。ただ、どうしても気になってさ......」
気になる。
ううん。もしかしたら、勝手に期待してるのかも。
葉月っちは“今のままじゃ”って言ってた。
それがあたしの気持ちのことなのか、一花のことなのかは分からないけど、どちらかが変われば、まだ諦めないでいい気がしてくるから。
一花のことの場合、それが重要なことなんじゃないかって、昨日の夜思ったんだよ。
考え込んだあたしを見かねてか、レイラがハアと「仕方ない」みたいな息を吐いて、うーんと思い出そうとしてくれてるみたい。
「そうですわね......確か、一花も離れさせた方がいいかもしれない......みたいなことを言っていましたわね......」
「一花も?」
「ええ。そう、そうですわ。一花のお母様のその言葉で、ああ、一花もって思った覚えがありますもの」
それって、葉月っちと離れさせるってことだよね? 一花のお母さんまで、そこまで心配するほどだった?
「まあ、当然ですわね。母親ですもの。一花のことが心配だったのも無理ありませんわ」
確かにレイラの言うとおり。大事な娘が巻き込まれてるってなったら、心配するのは当然。あたしの母親が例外なだけだと思うし。
葉月っちのその時の状況をあたしもよくは分かっていないけど、一花のお母さんも離れさせた方がいいって悩んでたのは意外かもしれない。東雲家のモットーは自分のことは自分でやれだって、この前一花も言ってたから。
......それってつまり、一花自身に手に負えない何かがあったってことなんじゃ?
ふと、そんなことを考え付いた。
もしかして、もしかしてだけどさ。
思っていたより、これ、重要なことなんじゃない?
一花のお母さんが心配するぐらい、物理的に離れさせようとするくらい、一花が葉月っちを傷つけたっていう何かは大事なのかも。
それも一花にとって。
「あの頃は本当に羨ましかったですわね、一花の事が」
「え?」
「だって、結局葉月から離れなかったですもの」
そう、今レイラが言ったとおりだ。
一花は離れなかった。
あたしだったら、どうする?
もし自分の親友が、気が狂ってしまったら。
その場面を見てしまったら。
声も届かない状態だったって、前に言ってた。
そんな親友の傍にいられる?
『......離れるなんて出来なかったんだよ。だって......たまに正気に戻ってたんだ。「いっちゃん、なんで泣いてるの?」って......不思議そうに話しかけてくることがあって......だからいつかは戻るってそう期待してしまう自分がいて......』
前に、葉月っちが入院した時の一花の言葉が頭にふと過った。
あの時、葉月っちは正気に戻ったって言ったから、あたしはそこまで深くは考えなかった。
『......あたしを見た時だけ、こいつの動きが止まるからだ』
そう、一花はそう言っていた。
それも一花にとって葉月っちは特別だから。そう思っていた。
だけどさ、普通、それでそばにいられる?
だって、葉月っちは正気じゃなかったんだよ?
『あたしもおかしくなりそうだったさ......』
そうも、言ってた。
そうだよ。そう言っていた。
おかしくなりそうだって言っていた。
GWの時にもその言葉を思い出したじゃん、あたし!
なのに、一花は葉月っちのそばにいる。
特別という理由以外にも、一花は葉月っちのそばにいる理由がある?
それが、もしかして、
葉月っちを傷つけたことに繋がるとか?
突拍子もないその考えが思い浮かんできた。
いやでも、それがあたしの告白にどう繋がるかはやっぱり分からない! 葉月っちの“今のままじゃ”っていうのは、やっぱりあたしのことを言ってるのかな? あーもう! 訳わからなくなってきた!
「いきなり何してますのよ......」
唐突に髪を掻きむしっていたら、呆れた顔でレイラがまた見下ろしてくる。仕方ないじゃん! 悩んでるんだよ! もしかしたら、っていう儚い希望があるかもしれないって!
「あたしにだって悩むことがあるんだって!」
「え、舞がですの?」
「どういう意味さ!?」
「無駄に元気で悩みがなさそうなのが舞だと思っておりましたので」
なんで一花と同じようなこと言うのかな?! みんなにとって、あたしってどういう存在なわけ!? あるよ! あたしは最近悩みに悩まされてるんだよ! 言葉おかしくなってるけど、いっぱいあるんだよ!
心の中で精一杯吠えながら、意味もなくブンっと自分の縦巻ロールを後ろにぶん投げているレイラにイラっとした。
「どうせくだらないことでしょうけど」
「はぁ!? くだらなくないし! 恋の悩みだし!」
さらにイラっとさせてこないで!? あと「え、恋?」とか予想外みたいに「はえ?」って呆けた声出さないでくれないかな!?
「恋ですの? え、あの舞が?」
「あの舞ってどういう意味さ!? あたしだってっ......あたしだって......恋するさ......」
......振られちゃったけど。
困惑するレイラとは逆に、あたしの気持ちはまた沈んでいった。
振られたクセに、でも諦められないで......あるかも分からない希望に縋ってるんだよ。今更、一花に何があったんだろうって、知りたくなったんだよ。それが分かれば、また何かしら変わってくるのかもって。
.............良く考えてみたら、今のあたしってストーカーじゃない? あんなにきっぱり断られたくせに、まだ好きだからって色々考えて、何か方法ないかなって思ってる。
ふと、そんなことに気づいた。
昨日の今日でそんな割り切れる想いじゃないっていうのは、あたしの理屈じゃん。一花には関係ないし、むしろ振ったんだから......好きなままだと迷惑に思うかも......。そりゃそうだよね。迷惑だよね。あたしと恋人になる気はないんだから......。
それでも、好きな気持ちは変えられない......そう、やっぱり思っちゃうんだよ。そんな自分が諦め悪いな......って思いつつも、でもどうしても諦められない。
だけど、それはあたしが勝手に自分の気持ちを優先させているわけで......一花の迷惑を考えてないわけで......。
──うっがー!!! どうすりゃいいのさ、こんな自分!? わっかんない! もうどうすればいいのか、わっかんないだけどぉぉ!! 諦めろってこと!? だから、それ出来ないんだよぉぉ! 出来たら苦労しないんだよぉ!!
「だったら、ますます舞らしくありませんわね」
「............は?」
また一人で混乱していたら、レイラがそんなことを言ってきた。あたしらしくない? ますます? 何をそんなバカにしたように見下ろしてくるわけ? レイラにそんな風に見られるとか、屈辱以外の何物でもないんですけど。
そのレイラは、何故か腰に手を当てて、スウッと息を吸ったかと思えば、あたしにビシッと指を差してきた。
「あなたは、葉月並みにバカではありませんの!!」
「違いますけど!?」
いきなりバカ扱い!? 葉月っち並みにバカなことはしてないんだけど!? 何よりレイラに言われたくない単語ナンバーワンなんだけどぉ!?
「バカなんですから、そんな悩んでも無駄ですわ!!」
「はあ!? 酷くない!? さすがに酷くない!?」
「そんな悩んでいないで、いつもみたいに行動しなさいな!」
「は?」
え、行動?
予想外の言葉を言われて、ポカンとしてしまった。ハアと明らかにバカにしてくる溜め息ついてくるし。
「あなた、わたくしを無理やり引っ張っていったこと、忘れましたの?」
「は? え? 引っ張った?」
「去年、無理やりわたくしを葉月と花音の部屋に連れて行ったじゃありませんの。あの頃、わたくしは葉月と関わりを持ちたくなかったのに、それを無視して」
連れて行った? 葉月っちと花音の部屋に? いつのこと?
さっぱり訳がわからないって顔をしたら、レイラが「忘れたとは言わせませんわよ」とか言ってくる。いや、ごめん。忘れた。
「いつのことさ?」
「去年、わたくしが花音をいじめていた時ですわ......って、なんで忘れてるんですのよ!?」
「全く記憶にないんだけど?」
「あなたっ、人の言うことを聞かずに無理やり引っ張っていったのに!?」
「必要ないことは記憶に入れないもので」
「ほらみなさいっ! そういうところですわよ、そういうところ! 葉月にそっくりじゃありませんの!!」
「何言ってるのさ、レイラ? あたし、葉月っちとは血縁関係にございません!」
「見事に影響されてますわよ!?」
心外すぎるっ!! そういえば、一花にも前にそんなこと言われたことあった! え、何それ、地味にショックなんだけど!? そんなにあたし、葉月っちに影響されてるの!?
全く思い当たる節が見当たらなくて、内心ガーンって思っていたら、レイラがハアと深い溜め息をまた吐いていた。
「とにかく、人の都合を考えなしに引っ張っていくのが舞じゃありませんの。それをグダグダ悩んでいるのは、ハッキリ言って気色悪いですわ」
「ハッキリ言いすぎなんだけど!?」
思いもよらない辛辣な発言すぎる!! 気色悪いって何さ、気色悪いって!? あたしが悩んだらダメなの!? あたし、普通の人間! 葉月っちと違って、普通に失恋したら傷つく人なんだけど!?
「だから、行動しなさいな。それで救われたりする人もいるんですのよ」
............え?
また予想外に優しい声音になったレイラに言葉が出てこない。ふんって言いながら、何故か今度は、顔を思いっきりあたしから見えないように、横に逸らしている。
「まままあ? わたくしも、そのおかげで葉月たちとまた話せるようになりましたし? 感謝しなくもないわけで......」
そんなことを言いだしたレイラに、やっと気づいた。
これ、もしかしなくても......あたしのこと励まそうとしてる?
レイラはまたゴニョゴニョと「あなたが無理やり引っ張ってくれたせいで、また葉月にいじめられてますがね!」とか何とか言っている。
だけど、そんなレイラの様子に、どんどん胸の奥があったかくなっている自分がいた。
「レイラ......」
「ななななんですの?」
「励ますの、下手すぎるんだけど......」
「はははあ!?」
......下手すぎる! もっとこう、分かりやすく励ましてきなよ!?
そんなことを考えつつも、つい口元が緩んでしまう。こっちに慌てて振り向いたレイラの顔は真っ赤になっていた。
「ふっ......あは......あははっ......」
「ちょっと、どうしてそこで笑いますのよ!?」
「だって、ば、バカすぎるじゃんっ......くっ、ふふ......どんだけ素直じゃないのさっ」
「ば、バカですって!? それはさっき、わたくしがあなたに言った言葉ですわ!」
知ってるって。そんな分かっていることを、堂々とまた言い出すレイラに笑いが止まらなくなってきた。
だんだんと、さっきまで重く沈んでいた心の中が、軽くなっていく。
前向きに、考えられるようになっていく。
そうだよ。
あーだこーだ考えても仕方がない。
どうあっても、あたしは一花が好きなんだよ。
「レイラ」
「はい?」
「ありがと!」
ひとしきり笑って、スッキリした気持ちでレイラを見上げた。あたしの表情が変わったのが分かったのか、きょとんと目を丸くさせて見下ろしてくる。
レイラの言うとおりじゃん。
行動すればいい。
どんな結果になるかまだ分からないけど、今は行動すればいい。
今、あたしは一花を知りたいから、知るために行動すればいい。
どんな結果になるか分からない。
やっぱり一花には迷惑かもしれない。
だけど、あたしはやっぱりあがく!
だから、まずは一花のことを知る! それからどうするか考える!
そんなことを考えていたら、この星の天学園に入学した時のことを思い出した。
そうだ。
あたしは学園に来る前に、そう決心していた。
一花のこと、いっぱい知って、いっぱいアピールするぞって!
絶対絶対、一花のこと振り向かせてやるんだって思ってた!
そんな気持ちを思い出したら、ムクムクとやる気が出てきた。
一花、あたし、まだ諦めない!
絶対絶対、諦めてやらない!
「......よっし! 頑張る!!」
「はい?」
「レイラ、付き合ってよね!」
「なんか嫌な予感がしてきましたわね......遠慮しますわ」
何言ってるのさ? こんだけあたしの心に火をつけたのはレイラじゃん!
「放課後、行くから!」
「わたくしの話、聞いておりませんわね!? 嫌ですわよ! 嫌な予感しかしませんわ!」
「付き合ってよ! さすがにあたし一人じゃ怖いんだよ!」
「は? 怖い? 一体どこに行こうとしてますのよ??」
心底分からない顔をしているレイラの肩に勢いよく手を置いたら、「ひっ!」となぜか怯えた声を出していた。でもそんなの構ってられない。
決まってるさ!
一花をよく知っている人のところ!
葉月っちはきっと言わないだろうから、葉月っち以外で一花の昔を知っている人!
その人たちがいるのは、東雲病院!!
一花の家族の所へ、突撃するしかない!!
お読み下さり、ありがとうございます。




