17話 慰めてよ!?
「ちょっと葉月っち! なんであたしのコロッケ取るのさ!? それ、あたしの! 花音があたしのために作ってくれたの!」
「むー、お腹空いたもん! 舞のこと探してお腹空いたんだもん!」
「あたし、今傷心中だから!! だからさ、今ばかりはあたしを優先してほしいんだけどな!?」
全く慰める気ないね、葉月っち!? さっきあれだけ泣いた姿見せたっていうのにさ!!
ひとしきり泣いた後、やっと落ち着いたあたしは花音たちと寮に戻ってきた。
どんなに悲しくてもお腹は空くもので、テーブルの上に載せられたおかずたちを見て、食欲の方が湧いてきちゃったよ。
「葉月、それは舞のだからだめだよ。それに先に食べたでしょ?」
「動いたからお腹空いた」
「仕方ないなぁ」
花音はやっぱり葉月っちに甘いから、苦笑しながらキッチンルームに戻って簡単にチャーハンを作ってあげていたよ。それをまた美味しそうに食べてる葉月っち。幸せそうに食べてる姿にイラっときたから、横から一口分奪ってあげたら、むーってまた頬を膨らませてた。
「一口分くらいいいじゃん! さっき、あたしのコロッケ一個奪ったじゃん!」
「それはそれ、これはこれだもん! 舞、食べ物の恨みを知らないの~?」
「はいはい、二人とも、その辺にしようね。じゃないとデザート出してあげないよ? それともデザートはいらない?」
「「食べる」」
葉月っちと見事にハモった。食べないわけないでしょ? 花音のデザートだよ?
クスクス笑いながら、花音は食べ終わったあたしたちにデザートのプリンを出してくれたよ。あ、イチゴ味。これ好きなんだよね~!
「すっかり落ち着いたみたいだね」
「え?」
ベッドに腰掛けて膝の上で寛いでいるゴロンタを撫でながら、花音が安心したようにそう言ってきてくれた。食べ終わって満足した葉月っちはゴロンと床に寝転がりながら、顔だけ動かして見上げてきてる。
さっきあれだけ泣いたから、余計心配させたよね。
「ごめん、あんな姿見せちゃって」
「いいよ。でも寝る前に顔は冷やした方がいいかもね。後でタオル用意するから」
花音ってマジで神。すっかりもうあたしの目は腫れてるさ。助かる。
「舞~」
「ん? 何、葉月っち?」
「舞はそっちのベッドね~」
ベッド?
葉月っちが今花音が腰掛けてるベッドを指差している。何しろと?
葉月っちの指とベッドを交互に見てたら、花音が困ったように笑っていた。
「さすがに今日は部屋に戻れないでしょ?」
「あ......」
「私と葉月は一緒のベッドで寝てるから、このベッド使っていいよ。着替えも用意するから」
何から何まで......気を遣わせちゃってる。その気遣いがありがたい。じーんと感動しちゃう。確かにさっきの今で、一花のいる部屋に帰るのは勇気が必要すぎる。告白で勇気出しすぎたから、もう出ないよ。
それから花音はお茶も淹れてくれて、それを一口飲んで、やっとホッと一息吐いた。
そして実感しちゃった。
振られたんだなって。
あたしの初恋、終わったんだなって。
一花も、辛そうだったな。
そりゃそうか。ルームメイトにそういう目で見られていて、しかも振らなきゃいけなかったんだもんね。友達とは思ってくれていたみたいだから、それが壊れるのが一花は嫌だったのかもしれない。
だから......あたしの気持ちに気づいてても、何も言わないでくれてたのかも。
ふと、ハチミツを自分のハーブティーに入れて混ぜている葉月っちが視界に入ってきた。そういや葉月っち、何も言わないな。
「葉月っちも、迷惑かけてごめんね?」
「ん~?」
「っていうか驚かせてごめんか......びっくりしたよね。あたしが一花のこと好きだったなんてさ......」
一花は葉月っちにとっても特別だしね。
スプーンについた蜂蜜を口に入れて、葉月っちは目をパチパチとさせている。
「好き??」
「ん?」
え、なんでそんな不思議そうに見てくるわけ? 見てたよね、あたしが振られるところ??
でも葉月っちは訳が分からなそうに花音の方に視線を向けてから、またあたしの方に戻してくる。そしてみるみる内に、驚いた表情になっていった。え、何? その反応は?? え、え、まさか......!?
「舞、いっちゃんが好きだったの!?」
「今更!? さっき、あたしが振られたところ見たでしょ!? めっちゃ泣いてたところ見たじゃん!」
「いっちゃんに怒られたからでは?? 振られたは意味分からなかった」
「違うし! なんで意味分かんないのさ!? まんまの意味だよ! 断られたの!! 一花に好きって言って応えられないって言われたの、聞いてたんじゃなかったの!?」
「応えられないってところしか聞いてないもん。舞がいっちゃんに好きって言ったの聞いてないもん。舞、いっちゃんにしこたま怒られて泣いてるのかと思ってた」
そうだったの!? そんなタイミングであそこに来たの!? いやでも、花音はそれでも分かってるっぽかったのに、なんで葉月っち読み取れなかった!? あ、鈍感だからだわ。納得。
「舞! 私もいっちゃん大好きだよ!」
「......あ、うん。もういいや」
しかも、あたしが言った好きを友情の方で捉えてる。今ので察した。あと葉月っち、それ聞いて少し花音の顔怖くなってるから。
「葉月、舞の好きは違うからね?」
「うん?」
「恋愛の方だからね」
「うんん??」
花音がそう教えると、最初にポカンとしてから、やっと意味が伝わったのか、花音とあたしを交互に見てきたよ。本当に気づかなかったらしい。
「え、舞......いっちゃんのこと、そっちの好きなの??」
「だから、そう言ってんじゃん!! 振られたって言ってるじゃん!! 何度も言わせないで!? 自分で言っててさすがにズキズキ突き刺さってくるから!」
「どんまい」
「軽いんだけど!?」
あっさりしすぎだね!? さっきまでの食いつきぶりはどこいったの!? というか本当に気づいてなかったの!? 意味ありげに一花の去っていく姿見てなかった!?
あ、もう興味なさそうだわ。甘くないのか、ハチミツをまた入れて混ぜ混ぜしてる。
「じゃない!! ちょっとは慰めてよ!?」
「え? なんで?」
「もっと、こう! なんか反応あるでしょ!? あたしが一花のこと好きだったってことにも、『いつから好きだったの?!』とか『どういうところ好きなの?』とか、あっさりスルーされるのも寂しいんだよ!」
「振られたのに聞かれたいの~? 変なの~」
「今のがとどめの一撃なんだけど!?」
グッサーっと胸に突き刺さった! そうなんだけど、そうなんだけどぉ! 花音、そんな笑わないで!?
「葉月は、舞が一花ちゃんのこと好きだってことについては反対とかないんだ?」
「ん~? なんで~?」
「葉月にとって一花ちゃんは特別だからかな。好きになるのも葉月が見極めそうだなって勝手に思ってた」
「特別だよ? いっちゃんがいいなら私はいいもん」
ん? 一花がいいならいい?
花音の言葉にあっさりとした返事を返している葉月っちは、試すようにハーブティーを飲んでから口を開いた。
「誰がいっちゃんを好きになってもいいよ。いっちゃんがそれでいいって言うなら。振るのもいいよ。いっちゃんがそう決めたなら」
「一花ちゃんが決めたなら?」
「うん。いっちゃんの意思がそうなら、それでいいよ。だから、舞を振ったのがいっちゃんの意思なら、それでいいもん」
またグサグサって突き刺さってきたけど、どこまでも葉月っちは一花優先だったっていうのがヒシヒシと伝わってきたよ。「それに」と葉月っちは言葉を続けてくる。
「もし、いっちゃんの意思を無視するなら全力で叩き潰すだけだもん」
甘さが足りなかったのかハーブティーにまたハチミツを入れて混ぜ混ぜしながら、そんな物騒なことを言いだした。淡々と言ってきたから、一瞬ゾッとしちゃったよ!? つまり、あたしは振られたから、これ以上一花のことを好きになるなってそう言いたいのかな!?
「じゃあ、舞のことも叩き潰すの?」
かのぉん!? 何でそんなこと言い出すのかなぁ!?
花音のその問いかけに、葉月っちは目をパチパチさせてからあたしの方を見てきたよ。
「いっちゃんに振られたのに、まだいっちゃんが好きなの~?」
「好きだよ! 当たり前じゃん!」
振られた直後で、すぐ嫌いになるはずないでしょ!? って、反射的に答えちゃったじゃん! ふふって花音は笑ってるけど、なんでそんなこと葉月っちに聞いちゃってんのさ!? あたしが叩き潰されるかもしれないのに!
少し身構えて葉月っちから距離を取ろうとしたら、コテンと顔を傾けている。
「舞を叩き潰したら、いっちゃんは絶対怒るからやらないよ~」
「へ?」
身構えていたのに、予想外のことを言われちゃったんだけど。
予想外の葉月っちの答えに呆けてしまったら、その言った本人は甘さがちょうど良くなったのか満足げにハーブティーを飲んでいる。その葉月っちを興味深そうに眺めている花音が口を開いた。
「一花ちゃんが怒るんだ?」
「うん」
「どうしてそう思ったの?」
「うん? さっきのいっちゃん、自分を責めてた顔してたから」
え、自分を責めてた?
さっきって、さっきあたしを振った一花のことだよね?
「あんな顔するいっちゃん、久しぶりに見た。舞を振ったからかなぁ?」
「あたしを振ったから?」
「舞を傷つけた自覚があるってことだよ~。いっちゃんが傷つけた舞を、私が叩き潰しちゃったら絶対怒るもん」
確かに、あたしを振る時の一花はどこか辛そうだった。
カップを置いて、またハチミツを入れようとした葉月っちが花音に止められてる。「ちぇ」って言いながらスプーンを置いていたよ。真面目な話をしてるのに、どんだけまだ甘くしたいのさって呆れてしまった。
「私はいっちゃんに幸せになってほしいからね~。いっちゃんが嫌がることは極力したくないんだよ」
その一花に、一日に一回は説教されている人のセリフじゃないんだけど?!
「葉月っち、どの口が言ってるのさ......ジュースに生卵入れたり、一花の嫌がることしてるじゃん」
「やだな~舞。いっちゃんのあの悔しがる顔を見るのは別だよ?」
「葉月、明日の朝は生の玉ねぎ食べようね?」
「やだな~舞。いっちゃんの栄養面を考えて、私は生卵を入れてあげるんだよ!」
「何でそれで誤魔化せるって思ったの!?」
花音の宣告で間髪入れずに訂正してきたけど、全っ然誤魔化せてないから、それ!!? 本当に一花に幸せになってほしいのって疑問に思うからね!?
誤魔化しがきかないのが分かったのか、モゾモゾと動いて花音の後ろに回り込んで抱き着いた葉月っち。「玉ねぎやだ」って花音の肩にグリグリと顔を押し付けてる。
そんな葉月っちの頭を嬉しそうに花音はナデナデしていたけど、なんでいきなりイチャつき始めたのかな!? 今、あたし傷心中!! 察して!?
「葉月は一花ちゃんに幸せになってほしいんだ?」
「ん? うん」
もはや呆れて二人を見ていたら、花音が話を戻してきた。玉ねぎ回避できたかもって思ったのか葉月っちも顔をあげている。甘いと思うけど。明日の朝食に絶対花音は生の玉ねぎ出すと思うよ、葉月っち。葉月っちの自業自得だね。
明日の葉月っちの玉ねぎを食べる姿を想像して、一人少し満足していたら、葉月っちが花音の肩にスリスリしながら、さっきの続きと言わんばかりに口を開いた。
「いっちゃんは好きに生きていい。ずっと縛り付けてきたから、いっちゃんの自由にしていい。いっちゃんが本気で嫌がることはしないよ」
予想外に真面目な話だったから面食らっちゃったよ。
困ったように笑ってから、その目をあたしに向けてきた。
「でもいっちゃんは、きっと自分のことを自分でまだ縛ってるんだろうね」
え?
一花が、自分を縛ってる?
「どういう意味、葉月っち?」
あたしが聞くと、目元を歪ませて、また花音の肩に顔を押し当てている。縋りついてるようにも見えた。
「いっちゃんのさっきのあの顔見て、そう思っただけだよ」
淋しそうな声で言ってくる葉月っちに、花音も口を噤んでしまっている。あたしも声が出なかった。
「バカだなぁ、いっちゃんは。何度も......気にしてないって言ってるのになぁ」
葉月っちとの間で、何かまだあったのかな?
一花が自分を責めたことがある?
「いっちゃんは、幸せになっていいんだよ......」
今にも泣きそうな声で呟く葉月っちの頭を何も言わず花音が撫でていたら、ふふって笑いながら葉月っちがその手に擦り寄って、また顔をあげてきた。
「ねえ、舞~」
「え?」
「舞がいっちゃんを好きでもいいよ」
え、まさかの公認??
葉月っちの思わぬ言葉につい目をパチパチとさせてしまう。
「でも、いっちゃんを傷つけるのはダメだよ。舞には悪いけど、いっちゃんの方が私は大事なんだよ」
......それはそうだろうね。葉月っちと一花には切れない絆みたいなのがあるっていうのはもう分かってる。前世の記憶を持っていることも関係してるだろうし。
「振られても、まだいっちゃんを好きでいるのはいいよ。でもそのことでいっちゃんを傷つけないで? いっちゃんは、誰かを傷つけるのをもうしたくないと思うから」
「それって、葉月っちはもう忘れろって言いたいの?」
「いっちゃんは、今のままじゃ舞を受け入れないよ」
そのハッキリとした答えに、やっぱりズキッと心が痛む。傷口に塩を塗られたみたい。それに、今の言い方。
「......一花は、葉月っちを傷つけたことがあるってこと?」
あたしがそう聞くと、葉月っちはフッと悲しそうに笑って、あたしの問いに答えないでまた花音の肩にグリグリと顔を押し付けていた。
でも、それが答えなんだね。
一花が、前に葉月っちを傷つけたことがある。
傷つけたことが、何を表しているのかは分からない。具体的に葉月っちをどう傷つけたのかは分からない。葉月っちはさっき“気にしていないと何度も言っている”って言っていた。
けれど、一花はそれを気にしている。
それが、あたしの告白への返事とどう繋がっているのかは分からない。
ねえ、一花。
一花、受け入れられないって言ったよね。
すまないって言ったよね。
でも、
でもさ、
あたしをどう思ってるかは、言わなかったよね?
一花の返事を改めて思い返してみると、一花はただ“すまない”としか言っていない。葉月っちは、あたしを振った事で一花は自分を責めていると言った。
あたしを振ったことで、一花は傷ついてる?
それって具体的にはどういう意味なんだろう。
一花は自分の何を責めて、何に傷ついてるの?
............知りたいよ。
一花が何を責めてるのか、あたしをどう思ってるのか。
友達としか見られないならそれでいい。
でもそれを、ちゃんと一花の口から聞きたいよ。
結局、葉月っちはそのまま花音に抱きついて寝てしまった。ベッドまで移すのは大変だった。花音が苦笑しながら「いつもはベッドの上で抱きしめてるから」って言っていた。
いつもそのままベッドの上で寝るってことね。葉月っち、花音にハグされると寝るっていう特異体質になったもんね。抱き着いても寝れるようになったとか、それはそれですごい体質になったものだ。
もう今日は寝ようってことになって、もう一つのベッドにあたしも横たわった。花音は先に寝ている葉月っちのベッドに入っていた。
大変な1日になったな。
不思議と、一花に振られたショックよりもさっきの葉月っちの言葉の方が頭に響いてくる。
『いっちゃんは、今のままじゃ舞を受け入れないよ』
今のままじゃ?
それは、あたしが変われば一花は気持ちを受け入れるってことなのかな?
それとも一花が変わればってこと?
一花は結局、あたしを好き?
それとも友達としか見れない?
振られて悲しいのに、葉月っちと話したことで冷静になっている自分がいる。
あたしは、これからどうしていきたいだろう。
一花をずっと好きだった。
一花にずっと振り向いてほしかった。
それだけしか、一花に会ったあの日から考えてこなかった。
これから、どう一花と接すればいいのかな。
色々考える。
悩みはつきない。
一花が葉月っちをどう傷つけたことも気になるし、一花のちゃんとしたあたしへの気持ちも気になる。
だけどさ、確かなことがあるよ。
キュッと、布団の中で自分の胸に手を置いた。
あたしの気持ち............一花に振られても変わっていない。
だって、今も、一花のことで頭がいっぱいだよ。
一花があたしを振った時の悲しそうな顔も、
あたしを見つけた時に怒ってくれた顔も、
涙を拭ってくれた優しい手も、
全部があたしの中でいっぱいだよ。
一花、
あたし、一花が好きだよ。
一花への確かな気持ちがあることを胸の中に感じて、そのまま眠りについた。
お読み下さり、ありがとうございます。




