12話 また喧嘩売ってきた
「は!? ゴロンタ、メスなの!?」
「そうだよ。気づかなかった?」
今は体育祭の準備中。
今回は月宮学園との合同行事だから、大きい陸上競技場を借りた。そこにアナウンスと救護の為のテントを張っている。あたしと花音はマイクとかの備品を、そのテントに運んでいる真っ最中。
そんな中、もたらされたゴロンタの性別情報。全く気づかなかったし! っていうか、葉月っちもなんでメスなのにゴロンタっていう名前にしたのさ!? やっぱりネーミングセンスが壊滅的じゃんか!!
「それにしても、葉月っちがあんなに猫好きだったとはね。本当、意外」
「うん、それは私も思うかな。前に犬派だって言ってたし。でも毎日葉月、楽しそうなんだよ」
隣を歩いている花音はどことなく嬉しそう。いや、本当意外すぎる。葉月っちはあれからちゃんとゴロンタのお世話をしてるんだよ。そのおかげかは分からないけど、寮で悪戯することがめっきり減った。
「なんであんなにゴロンタを可愛がってんだろ?」
「私も少し不思議でね、聞いてみたの」
「へー、葉月っち、なんて?」
「お母さんがいないから、だって」
え、お母さん?
思わず目をパチパチとさせてたら、そんなあたしがおかしかったのか、花音がまた笑っていた。
「ゴロちゃん、結構鳴くでしょ?」
「え、うん。言われてみればそうかも......」
「それが『寂しい』って思ってるって考えたみたい。自分と重ねたんじゃないかな?」
あー......なるほど。葉月っちは両親を事故で失くしてるから、そう思っちゃったのかな? 同情しちゃったのか。
でもゴロンタは今は一時的に保護しているだけ。里親が見つかったら離れ離れになっちゃうと思うけど。
「そんなんじゃ、いざお別れの時辛くなるんじゃない?」
「あ、それなんだけどね......」
花音が何かを言おうとした時に、「おっせー」と不機嫌そうな声が前方から聞こえてきた。げっ、あいつ。
「ちんたらしてんじゃねえよ。お前らが遅ぇから、あの口喧しい女に手伝えって言われたじゃねぇか。俺の手を煩わせんなっつうの」
「は? 知らないし」
腕を組んで壁に寄り掛かっているのは、あたしのことを何故か目の敵にしている月宮学園のビジュアル系男子。名前、なんだっけ? そういや向こうの生徒会長が『鍵宮君』とか言っていた気がする。
今回はさすがに大掛かりな準備だから、こいつとも顔を合わせることになったんだけど......働け! 朝からあんたが動いてるところ見てないんだけど!?
「そんな荷物もさっさと持ってこれないとか、どんだけ神楽坂家は使えないんだよ」
ああ、また。朝からこいつ、こんな感じ。
口を開けば神楽坂家がどうとか、さらには東雲家がどうとか、初顔合わせの時と同じようなことを何度も言ってくる。さすがに飽きてきた。
「あのさ、喧嘩売る暇あるんだったら働きなよ。他にもチェックとかしなきゃいけないこと山程あるじゃんか」
「お前に指図される覚えはねぇんだけど? 調子乗ってんなよ。後ろに東雲家がついてるからって」
話にならない。後ろに東雲家って。そういう意味じゃないのは分かってるけど、こう言ってやろう。今日は一花は学園で授業受けてるから、ここにはいません!
実際そんなことを言う気にもなれないで、もはや呆れて彼を見るしか出来なくなっていたら、隣の花音からうっすら寒い空気が漂ってきた。ひっ、ゾワゾワしてきた! そっと横目で見ると、案の定怖い笑顔。
「か、花音? 放っておこ。相手してたらキリがないよ」
「ふふ、そうだね。バカの一つ覚えみたいなことしか言えない人の言葉なんて、聞く暇ないしね」
「あ? それ、俺の事言ってんのか?」
あんた以外に誰がいるんだっつうの! そう口を開こうとしたら、何故かニヤッと口角を上げてる顔になってる。気持ち悪い。
「もしかして、俺の気を引こうとしてんのか?」
「「は?」」
思わず花音と同時に声をあげた。なんでそうなった? ニマニマとしながら、面白そうに花音の方に視線を向けている。
「ははっ! 新鮮っ! お前、庶民らしいな? そうやって憎まれ口叩いて俺の気を引こうとするやつ初めてだよ」
「何言っちゃってんの?」
「舞......私、耳でも悪くなったのかな?」
「いや花音、あたしもみたい」
こいつ、どんだけ自分に自信があるわけ? そういえば、月宮学園の生徒会長も女の子に手を出して苦情入ってるとか言ってたな。いやでも、今のでなんで自分に気があるってなるわけ? さっぱり分かんない。どんな勘違い男?
意味が分からなすぎて二人で顔を向き合って首を傾げたら、それでも彼は何かを言いだした。
「ま、分からなくもねえけど。俺に媚びたい女はいくらでもいるし? お前、顔だけはその隣の女よりは断然いいから、遊びなら付き合ってもい......」
「いえ。私、あなたより素敵な恋人いるので、あなたと遊ぶ暇ないです」
ピシャッと花音が言いきった。
いや、うん。葉月っちがいるから、絶対あんたみたいな男に振り向かないよ? なんでそんな「へ?」って茫然とするのさ? こっちもびっくりだけどね。ナンパしてくるとか、あんたここに何しに来てるわけ?
あ、口元引き攣ってる。断られると思ってなかったみたい。
「ふ、ふんっ! どどどうせ、同じ庶民だろ? そんな底辺な男はお前に何も買ってくれないんじゃねぇの? 残念だな。俺だったら庶民が手が出ないようなブランド物買ってやれたのによ!」
「うっわ、負け惜しみ感が半端ない。花音のこと、物で釣ろうとしてるわけ?」
「あ? 違えだろ。庶民には庶民がお似合いだなって言ってるだけだろ」
言ってないし、そもそも葉月っちは庶民でも男でもないんだけどね。それより、こんな奴と話していても時間の無駄じゃん? 九十九先輩たちも待ってるから、早く戻らないと。
「花音、マジで放っておこ。先輩たち待ってるし」
「あ、逃げるのか?」
「は?」
今度は逃げるとか言ってきた。本当、腹が立ってくる。つい睨みつけるように彼を見ると、嘲笑うかのように、花音ではなくあたしを見てきた。
「まあ、そうだよな。お前、東雲家がいないと何も出来ないもんな」
「だからさ、なんでそこで東雲家が出てくるのさ。本当、意味分かんない」
「事実だろ。前もそうだったじゃねえか」
「前?」
「東雲家に守られてるだけで、お前自身には何にも力なんてねえってことだよ。お前の父親もな」
カッチーン! どんな意味かは分からないけど、パパのことを侮辱してるのはハッキリ伝わってきたよ!
「あのさ、パパのことを悪く言われるのは我慢できないから! あんたがパパの何を知ってるっていうのさ!?」
「少なくとも、東雲家にゴマ擦ってるのは知ってるぜ? 東雲家からの援助も受けてるじゃねえか」
予想外のことを言われて、頭が真っ白になった。
......え?
え、え? 何、それ?
口を閉ざしたあたしを、目の前の彼はまたおかしそうに嘲笑ってくる。
「なんだ、まさかお前知らなかったのか? ははっ、ウケる! 自分の方が知らねぇんじゃん! 東雲家の援助がなかったら、お前の父親の会社が上手くいくわけねぇだろ? よかったなぁ、いいスポンサーに恵まれてよ!!」
会社が上手くいってるのは、パパの手腕のおかげだって......反論したいのに、全然言葉が出てこない。
いつから? パパ、そんなこと一言も言ってなかった。それにもしそれが本当なら、いくらパパだって一花がルームメイトになった時に教えてくるはず。仲良くしろとか言ってくる......あ、れ?
『舞、ルームメイトの子と仲良くなれればいいね』
『だーいじょうぶだって!! あたしを誰だと思ってるのさ!?』
『ははっ、そうだね。でも、あまり振り回さないようにね。舞は時々暴走するからなぁ』
『パパ、心配しすぎだよ。それに暴走って何さ、暴走って!! そんなこと一度もしてないでしょ!? 人聞き悪い!』
『うーん。金額見ないで、この前いっぱい服を買ったの誰だったかなぁ?』
『ごめんなさい! 反省してます!!』
思い出されたのは、入学する準備をしていた時のパパとの会話。
──あの時、言ってたのってこの事?
あの時はやっと会える一花に可愛く見てもらいたいから、色んな種類の服を大量に買ったことに対する注意だと思った。
でも、違う?
一花に迷惑かけるなってことを言ってた?
援助してもらってるから?
ザワザワと胸の奥に嫌な気持ちが広がっていく。
一花は?
一花はそれを知ってる?
あたしとルームメイトになったのは、自分の家が援助してる家だから?
そこの娘だから? だから、一花はあたしと仲良くしてくれてる?
もしかして、
もしかして、友達としても見てもらえてない?
嫌な想像が頭を駆け巡っていった。どんどん止まらなくなっていく。
一花にとって、あたしは家の人から言われて仕方なく付き合っている存在ってこと?
本当は、あたしのこと鬱陶しくて、邪魔だって思ってる?
色々な考えが過って、さっきより胸の奥にモヤモヤが積もっていく。
いやだ。
そんなのいやだ。
友達としても見てもらえてないなんて、そんなの──。
「いい加減にしてもらえるかな?」
隣の花音の声ではハッと我に返った。目の前の彼が、怪訝そうに花音に視線を向けているのが視界に入ってくる。
「舞のお父様を侮辱するのも、舞を侮辱するのもいい加減にしてくれない?」
「ああ、悪ぃな! そうだよな、庶民には分からない話だも──」
「それと、東雲家の侮辱も」
言葉を遮った花音がはっきりとそう口に出すと、訳が分からなそうに彼が眉を上げていた。東雲家の侮辱? とあたしもつい花音の方に視線を向けると、それはもう怖い怖い笑顔を彼に向けている。
「は? 俺は東雲家の侮辱なんて一言も言ってな──」
「随分と東雲家が怖いんだね。でも、あなたがさっきから舞のお父様の会社のことについて言ってること、それって同時に東雲家を侮辱していることに気づかないの?」
「......俺は一言もそんなこと言ってねぇ。ゴマ擦ってるだけの神楽坂家には微塵も価値なんてないって──」
「あの東雲家がゴマを擦るだけの会社に援助なんてするはずがないでしょう? なんでそれが分からないのかな」
花音がそう言ったことに、目をパチパチと瞬かせた。
......確かにそうだ。あの一花の家族がそんなことで簡単に援助なんてするはずがないじゃん。
「確かに私は家柄のことや経営のこととかまだまだ勉強不足だけど、あの鴻城家に頼られている東雲家が援助をしているって時点で、舞のお父様の会社はすごいってことだけは分かるよ。認めてるってことでしょう? 庶民の私でもそれが分かるのに、あなたはそれが分からないんだ?」
「んなっ!?」
そうだよ。それって東雲家に認められてるってことじゃん。
パパの会社が認められてるってことじゃん!
「あと価値がないって言ったよね? 価値がないところに東雲家が援助しているってこと? 価値がない会社に援助するって、それってつまり、援助している東雲家を侮辱していることに他ならないじゃない。そんな価値がないところを援助するなんて、目が曇ってるんじゃないかって」
「そ、そそそんなこと一言も言ってな──」
「そう捉えることも出来るってことだよ。よかったね、ここに一花ちゃんがいなくて。さっきのあなたの言葉聞いたら、きっと一花ちゃんもそう捉えたと思うよ」
見るからに顔を青くさせている彼に、花音は畳みかけるように言葉を次から次へと投げかけた。
こっわ!!! こわ、こわ!! この花音、こわ! 怖くてさっきまで感じてた不安が一気に吹っ飛んだんだけど!?
まだ言い足りないのか、花音がニッコリ笑って息を軽く吸った時に、彼が「ちっ! 面倒臭っ! さっさとそれ持ってこいよな!」と逃げるように吐き捨てて、踵を返して逆の道を行ってしまった。逃げ足早っ!!
「彼、本当に東雲家が怖いみたいだね」
「いや、絶対今のは花音に対してだと思う......」
「私は当然のことしか言ってないんだけどなぁ? それに舞と舞のお父様に対しての暴言を聞いたら、一花ちゃんも絶対怒ると思うし」
いやいや、その笑顔の圧がすごいんだって。怖いんだって。一花が怒ってくれれば嬉しいことだけどさ。
......でも、花音には感謝だよ。
「ありがと......」
「ん?」
「あたし、その......援助されてたなんて知らなくてさ。だから、それで一花は仕方なしに友達になってくれたのか、とか思っちゃって......」
「そんなのある訳ないよ」
ハッキリとそう言ってくれた花音が、いつものように困ったように笑っていた。
「そもそも本当に東雲家が援助しているのかも分からないし、それが本当のことだとしても、舞のお父様が東雲家に認められてるってことだよ。それってすごいことだと思うな」
「そう思う?」
「もちろん。去年の文化祭で会った一花ちゃんのお母様、あの鳳凰先輩に頭を下げさせてたんだよ? 東雲家がどれだけの権力とかどれだけの家格とかは正直分かってないけど、絶対敵には回したくないって思ったもの」
どんだけすごいの、一花のお母さん!? あの先輩に頭を下げさせた!? っていうか初耳なんだけど、それ!!
「それに、一花ちゃんは家の人に言われて、誰かと友達にとかはならないと思う」
「え、そ、そう?」
「だって、そんなことする必要がないでしょう? 一花ちゃん、鴻城の全権限持ってるって言ってたし。考えてみるとそれって、実家の東雲家より本人の方がすごい権力持ってるんじゃない?」
......確かに!!
盲点って思って感心して花音を見たら、ポンポンと頭を撫でてきた。
「一花ちゃんはちゃんと自分で判断出来る人だよ。葉月のこともあるし、余計そう思うな」
「......友達としては、見てもらえてるかな?」
「じゃなかったら、きっともっと突き放すんじゃないかな? 私が見てる分には、ちゃんと舞のことも大事にしてると思うよ」
そうかな?
少し不安が顔に出ていたのか、花音は安心させるかのように微笑んでくれる。
「一花ちゃん、舞のことちゃんと見てくれてるよ」
「どこら辺が......?」
「寮長の仕事の手伝いも、それに毎晩のご飯のおかずも、いつも気を遣ってるもの」
それは、確かにそうかも。葉月っちに取られたおかずとかも、結局は一花が分けてくれること多いし、寮長の仕事もいつも報告してくれてるし。
友達じゃなかったら、そんなことしてくれないよね。
うん......うん! そうだよ! ちゃんと友達としては見てくれてるよね!
「ありがと、花音!!」
「何もお礼を言われるようなことは言ってないよ。ただの事実だしね」
ううん、それでもちゃんと言葉にしてくれたから、それが嬉しい!! 花音がいなかったら、絶対あいつの言葉で更に悩んで勝手に落ち込んでたと思う! ハッキリと言える花音が少し羨ましいとも思うけど。
「最近は本当、花音と友達になれてよかったって思うよ!」
「それは私のセリフかなぁ」
クスクスと花音も嬉しそうに笑っていた。それを見て、あたしもジワリと心があったかくなってくる。
花音は本当にいい友達。
一花とは違うけどね、ちゃんとあたし、花音のことも好きだよ!
帰ったらちゃんとパパに聞いてみよう。
一花にも聞いてみよう。
それが事実だとしても、不安に思う事はない。
一花はそんなことで友達を作る人間じゃない。花音が言った通りだよ。
友達としても見られてないとか不安に思うことない。
心の中で何度もそう呟いてたら、少しだけスッキリしてきた。
その後、先輩たちと合流して体育祭の準備をやったよ。彼はやっぱりあたしを睨みつけてきたけど、向こうの生徒会長さんが目を光らせてるのか、近寄ってさっきみたいな文句をつけてくることはなかった。どこで会ったことあるのか、さっぱり今でも思い出せないけどね。
あいつのことはいいや。睨みつけられたから逆にべーって舌出してやったら、苛ついてるのか顔を真っ赤にしてて、また会長さんに怒られてた。もっと怒られろって思いながら、気分よく準備を進めたよ。
あれ、そういえば、あいつが来る前に何か花音が言おうとしてなかった? 帰りにでもまた聞いてみなきゃ。
一花にはなんて聞こうかな?
あ、でも......聞いたら怒るかな? あたしとは家の人から言われて仲良くしてくれてる? とか聞いたら、何かそれって一花の事を信じてないみたいな感じがする。
でも、怒ってくれたらいいな。
そんなわけないだろって言ってほしい。
そうすれば、きっと......
燻ってるこの心の靄が晴れる気がするから。
お読み下さり、ありがとうございます。




