8話 支えたい?
「ほら、そこ! 喋ってないで手を動かしてよ!」
「「「はーい」」」
なんとも気の抜けた1年生の返事。これ、あれかね? あたし、なめられてるのかね?
実は今日は毎年恒例の1年生のレクリエーションキャンプの日。
去年みたいに生徒会も引率して1年生についてきている。葉月っちと一花は学校で授業受けてるはずさ。
「話すのもいいけど、時間は忘れないようにね」
「「「はい!」」」
花音がその子たちに注意したら、さっきとは違ってハキハキした返事が返ってきた。なんでさ!?
「納得いかない!!」
「はいはい。ほら、舞。私たちも次に行かないとね」
ムスッとしていたら、花音がそんなあたしに構わず腕を引っ張ってきた。今はテントがちゃんと張れてるかの確認も兼ねて、1年生のグループを周っている最中。
去年は大変だったよね。花音が途中で崖から落ちたりして、あたしもパニック起こしたよ。葉月っちが見事に見つけたから良かったものの、あれは一歩間違えれば大事件だった。
今年はそんなこと起きないように、例のハイキングコースには落下防止の柵がつけられたらしい。
あー、あの時の一花、カッコよかったな。葉月っちを見送ってから、どんどん先生たちに指示出し始めたんだもん。
あたしは見ているしか出来なかった。花音に何かあったらどうしよう。このまま葉月っちも戻ってこなかったらどうしよう。花音の傍にいたのに、気付けなかったあたしをかなり責めた。
そんなあたしを、一花は「心配するな」と言い続けてくれたんだよ。
あれも嬉しかったな。
「舞、ボーっとしすぎだよ」
「あ、ご、ごめん!」
つい去年のことを思い出していたら、少し怖い笑顔の花音が目の前にいたよ。ちょ、そ、その笑顔やめてください。ヒンヤリするんだって! 温度下がるんだって!
「あっはっは、本当、ごめんごめん! つい去年のこと思い出しちゃってたんだよ!」
あたしがそう言うと、パチパチと目を瞬かせてから困ったように笑ってくれた。よし! 怖い感じ消えた!!
「あの時は心配かけてごめんね?」
「いいって、あたしも気づかなかったしさ! でも、今回はやめてよ? 助けてくれる葉月っちも一花もいないんだからさ!」
「大丈夫だよ。もうあんなことは起こらない」
起こらないことを願うよ。誰かが誰かを突き落とすなんて、そんな事件もう起きてほしくない。
「それに......鴻城の護衛の人がついてきてくれてるからね。何かあってもすぐ対処できるよ」
......予想外のことを言い始めてない!?
「はっ!? どこ!?」
「ほら、あそこ。先生たちに紛れ込んでるでしょ?」
あ、本当だ!! 水族館に一緒に行ったお姉さんじゃん!! いつのまに!?
「葉月がね、心配だからって護衛つけてくれてるんだよ。姿は見えないけど、多分他にも10人ぐらいいると思う。一花ちゃんにも言われたし」
「葉月っち、どんだけ心配してるのさ!?」
「大丈夫だよって言ったんだけど、やっぱり両親のことや前世の記憶があるからかな......どうしても不安みたい。いなくなることを怖がってるからね」
......怖がってる、か。
確かに葉月っちが自分の存在を否定したのは、自分がいるせいで周りの人がいなくなるって思いこんでるからだもんね。
それに前世か......その言葉を聞くと、この前のGWに言ってた一花の言葉が思い出される。
「......花音はさ」
「ん?」
「葉月っちの前世がどんなものか聞いてる?」
「......ううん。詳しくは聞いてない」
そうなんだ。てっきり聞いてるのかと思ってたのに。意外に思ってたら「でも......」と花音は言葉を続けた。
「最近、たまに夢に見てるみたい」
「夢?」
「うん......知らない言葉で寝言言ってるから。葉月は内容覚えてないみたいだけどね」
知らない言葉。あの時の病室で言ってた言葉かな。確かに聞いたことない言語だった。一花には分かってたみたいだけど。
「前世の話はまだ言葉にするのが辛いみたい。寝る前に聞いてみたことはあるよ。『どんな家族だったの?』って。でもすぐ泣きそうな顔されたから、それ以来、こっちから聞くのはやめようと思って」
「気にならないの?」
あたしだったら気になるけどな。この前のGWで聞いた限り、一花のその前世の義理のお兄さん? 碌でもないって言ってたから、辛い人生だったのかもしれないし......何か出来るわけでもないけど、慰めるとかは出来ると思うんだよね。
あたしはそんな考えだけど、花音はただ苦笑して肩を竦めていた。
「気にならないと言えば嘘になるけど......たまに両親のことも話すようになったからいいかと思ったんだよ。いつかは葉月が自分から言ってくれると思う。前と違って隠しているってわけではない感じだし」
「へーそうなんだ」
「うん。少しずつだけど、ゆっくりと自分の中の思い出と折り合いつけてるんじゃないかなって思ってる。先生もそう言ってたし。夢見てるんだろうなぁって時も、抱きしめてあげるとすぐ落ち着くしね」
思い出と折り合い、かぁ。
一花は夜中に魘されるとか、そういえばこの1年ないな。一花の中では折り合いがついてるのかな? だったら、こっちから蒸し返すのは逆効果?
でもでも、あたしだって、もっと色々一花のこと知りたいんだよね。それって我儘だったりする?
「あたしはやっぱり全部知りたいなぁ......」
「ふふ、それはもちろん私もそうだよ。葉月の全部を知りたいし、受け止めて支えてあげたい」
「え、支える?」
「うん。舞はそうじゃないの?」
......そこまでは考えてなかった。
でも、そっか。恋人になるってことは、花音の言うとおりなのかもしれない。あまり......考えてなかったや。
ただ一花と恋人になって、イチャイチャしたり遊んだり、そういうことしか考えてなかった。恋人とかってそういうものだと思ってた。
地元の友達たちもそうだし、
目の前の花音だって葉月っちと幸せそうにやってるから、
そういうものだって......思ってた。
「そこまで、考えてなかった......」
ボソッと呟いたら、花音が一瞬目を丸くして、また困ったように笑っている。
「ごめん。私の場合はそうだなってだけだから、舞もそうだとは限らないものね」
ポンポンと頭を撫でながら「そろそろ九十九先輩たちと合流しようか」と、花音は考え込んだあたしを促してきた。
でも......
でも花音は、支えたいって思ってるんでしょ?
あたしは?
あたし、一花を支えたい?
一花はなんでもできる。
一花はあたしに支えられなくても、なんでもできる。
大人たちに指示出したり、親友を止めたり、なんでもできる。
そんな凛としてカッコいい一花を好きになった。
そんな一花が当たり前だった。
だから支えるとか考えたことなかった。
葉月っちのことで頼りにしてほしいとか、相談してほしいって思ったことはある。力になりたいってちゃんと思ってた。
でも......それは少し支えるとは違う。
そうすれば、一花があたしを好きになってくれるんじゃないかなって、邪な考えもあった。
一花はしっかり一人で立ってる。
支えなくても一人で何でも解決する。
だけど、考えて見れば一花だってあたしと同じ女の子じゃん。
葉月っちのことだって、きっとすごく悩んでた。
抱えきれないほど、悩んでた。
......そうだよ、おかしくなりそうだったって言ってたじゃん。
なのに、あたし......そっちの心配してなかった。
一花は大丈夫だって、勝手に思ってた。
九十九先輩たちと花音が、このあとのハイキングのことを話し合っているのに、その内容が全く頭に入ってこなかった。
あたし、
一花が好きなのに、
一花の事、本当は何も考えてなかったんじゃない?
一目惚れして6年。
初めて、自分の気持ちに不安を抱いた。
お読み下さり、ありがとうございます。




