25話 ルームメイトのストッパー —花音Side※
葉月が私の前に立った時に、彼らは大きく目を見開いて驚いている様子だった。そしてどんどん顔色が青くなっていく。
「お、お前……小鳥遊……か……?」
「そうだよ~。会長たち久しぶりだね~?」
「な、何で……だってお前、違う学校行ったんじゃ?」
「ん~?」
……どうやら葉月とあの人たちは知り合いみたい。だけど、怯え方が尋常じゃない気がする。1人なんか歯をガチガチと震えさせていた。中等部で葉月が何かした……とか?
背中を向けたまま、葉月はこっちを一向に見ない。
「まあ、いいじゃん。私ここにいるし~。それよりさ~ね~ちょっと怒ってるんだよね~。私さ~?」
「はっ……? お前が怒る……?」
「いやいや会長、何不思議そうな顔してるの? 花音に何してくれてるのかな~。見てたよ? 肩痛そうだったね~」
怒ってくれてる。
葉月が私のために怒ってくれてる。
嬉しいよ?
でもこの不安は何だろう……。
思わず葉月の腕を掴んだ。さっきの余韻で少し手が震えてた。
でも葉月はこっちを見ない。変わらず彼らと会話する。後ろの3人が葉月を止めようとしている。
「怒らせたの、皆だよ~。花音はさ~、今の私のルームメイトだよ~。知らないの?」
「し、知らないな……」
「じゃあ、今からちゃんと覚えておいてね?」
「そそそうしよう……」
肩を掴んできた命令口調で私に話してきた人も、葉月と話していて声がさっきとは違って弱々しくなっている。
いけない気がする。このまま彼らを葉月と話をさせちゃいけない気がする。
「ちょ……通して! って葉月っち!? いやいやこれどういう状況?」
人だかりを掻き分けて、舞とナツキちゃんが食堂から戻ってきた。見るとユカリちゃんも入口付近にいて心配そうにこっちを見ている。舞が現れて、やっと葉月がこっちを振り返った。
笑っているのに、目が全然笑っていない。少しゾッとしてしまう。
「花音~。舞の近くにいて~?」
「は、葉月……? 何するの……?」
思わず聞いてしまった。でも葉月はニコニコ笑うばかり。葉月、今から何する気なの? 私、大丈夫だよ? 葉月が来てくれたから大丈夫だよ?
「舞の近くにいて?」
「……私は大丈夫だよ?」
「舞の近くにいて?」
伝えても、葉月は揺るがない。何かする気だ。
喧嘩……? この人たちと喧嘩する気なの……?
でも葉月は私の言葉じゃ揺るがない。
私じゃ……だめだ。
ゆっくり掴んでいた手を離した。葉月はニコニコと笑っている。
私じゃ、止められない。
私じゃ無理なんだ。
舞の傍に行くと、葉月は満足したように彼らに向き直っていた。彼らは葉月から一歩下がっている。
「いやいや、葉月っち? ちょっとホントに訳分かんないんだけど」
「花音と邪魔にならないように離れてて?」
「はい?」
舞が葉月に声を掛けてたけど、気にしてはいられなかった。
このままだと、葉月はこの人たちと喧嘩する気だ。
葉月を止められるのは、私が知る限り1人しかいない。
周りをグルリと見渡す。いない。いつも葉月の傍にいる彼女がいない。
葉月と彼らは会話している。近くにいる。彼女は絶対近くにいる。人だかりに入っていった。
「ちょっ……!? 花音っ!?」
後ろで舞の声が聞こえたけど気にしない。
集まっている人を掻き分ける。見渡す。
東雲さんっ! どこっ!?
ストッパーだって言ってた。葉月を止めているのを、この3週間何度も見ている。
力尽くで止めているのを何度も見ている!
人を掻き分けて、掻き分ける。
意外とこの学園の生徒はこういうのを見るのが好きなのかもしれない。何でこんなに集まっているの!?
視線の先に、目当ての彼女を見つける。こっちに来ようとして、人に阻まれているのがわかった。掻き分けて、彼女の腕を掴みとる。
「東雲さんっ!」
「っ!? 桜沢さんっ!?」
驚いている様子で、目を丸くして見上げてくる。でも、そんな場合じゃないの!
グイっと彼女の腕を引っ張って、さっきの場所に無理やり戻っていく。人を掻き分けて戻っていく。
「桜沢さんっ!? ちょっ……!?」
「葉月を止めてっ!」
私の言葉を聞いて、東雲さんの表情が見る見る変わっていった。「ちっ、仕方ないっ……乱暴な真似はしたくなかったが……」と呟く東雲さんの声が聞こえる。
私の手を払って、近くの生徒の肩に手を伸ばしたと思ったら、一気に自分の体をグンっと天井高くまで上がらせて、生徒の肩に自分の足を置いている。「うおっ!? なんだ!?」と肩に乗せられた生徒が体をグラつかせていた。東雲さんは葉月たちがいるだろう場所を、高い位置から見つめている。
「ありがとう、桜沢さん」
ボソッと呟いたと思ったら、一気に前にいる生徒の肩から肩へと移動していった。肩に足を置かれた生徒たちは、次々に倒れたり転びそうになっている。
す、すごい……漫画で出てくるような忍者みたい……。
あ、呆けている場合じゃなかった。
東雲さんの行動に呆気に取られてしまったけど、自分もさっきの場所に人を掻き分けて戻っていった。
「あ、花音っ!」
やっと舞のところに戻れたと思って、顔を上げて葉月たちを見ると、少し血の気が引いていった。
4人が倒れている。お腹だったり、頭だったり、股の間だったり押さえて床に蹲っている。一番向こうで葉月が4人の内の1人に馬乗りになっていた。葉月の腕を東雲さんが掴んでいる。
遅かった……? 葉月、怪我してない……よね?
不安で、自然と涙が込みあがってきた。
でもすぐに葉月が立ち上がって、こっちを振り返ってくる。
あ、平気そう。良かった。怪我とかしてなさそう。
ホッとしたのも束の間、「何をしているの!?」という東海林先輩の声が響き渡った。
私たちがいる反対側の人だかりが左右に一気に開いて、向こうから先輩が来てくれる。周辺を見渡して、険しい顔つきになって溜め息をついていた。
「もうすぐ授業が始まるわよ。関係ない子たちはそれぞれ自分のクラスに戻りなさい」
「東海林、てめぇ……」
「鳳凰君たちも怪我は大したことないでしょ、さっさと立ち上がりなさいよ。生徒会室で話をしましょう」
生徒会室……本当にこの人たちは生徒会の人たちだったんだ。東海林先輩の口から聞けて、そこでやっと信じられた。先輩は葉月たちに今度は視線を向けていた。
「小鳥遊さんと東雲さんもよ。2人とも一緒に生徒会室にきなさい。事情を説明してもらうわ」
「わかったよ~、寮長~……」
「ハァ……仕方ない……」
え、あ、待って。
「ま、待ってください!」
慌てて東海林先輩のところに近付く。だって……だって葉月たちは悪くない。先輩は不思議そうに見てくるけど、でも葉月たちは悪くないから。私があんな風に断らなければ良かったから。
「桜沢さん?」
「私も行きます。そもそも私が……」
「花音~」
頭にポンっと手を置いて、葉月がニコニコしながら撫でてくれる。でも葉月……私が……。
「花音は悪くないよ~?」
「でもっ!」
「寮長~、花音は悪くないよ~?」
葉月、葉月の方こそ悪くないんだよ? 私の断り方がいけなかったからなんだよ。先輩はまた深い溜め息をついていた。
「桜沢さんは教室に戻りなさい」
「東海林先輩っ! 私はっ……!」
「いいからあなたは戻りなさい、事情ならこの2人から聞くから大丈夫よ」
そんな……葉月たちこそ関係ないのに。ポンポンと葉月が戻るように促してくる。でも行けないよ。葉月たちを置いてなんて……今度は舞がポンと肩に手を置いてきた。
「花音、あたしと一緒に教室戻ろっか?」
「でも、葉月たちが……」
「大丈夫だって! 一花もいるし! でしょ、葉月っち?」
「もち~」
「大丈夫だ。桜沢さん。いつもの……ああ……いつものことだからなぁ……」
でも、と引き下がろうとしたら、舞が無理やり腕を引っ張ってきた。ナツキちゃんも合流して肩を押さえてきて、あっという間に教室の中に戻されてしまう。葉月はヒラヒラと手を振っていた。
やっぱり、私がちゃんと説明をしないと……と思って足を動かそうとしたら、ユカリちゃんまで止めてきた。
「ちょっと落ち着きましょう、花音ちゃん」
「で、でも……」
「大丈夫だって、花音! 一花もいるんだよ?」
「でも舞……」
「そうだよ、それに椿様がちゃんとしてくれるよ」
「ナツキちゃんまで……」
3人に止められる。……確かに東海林先輩は理不尽に葉月を処罰したりしない。いつも葉月に理由を聞いている。
「花音ちゃんだって、さっきのは悪くないんですよ?」
最初から見ていたであろうユカリちゃんが、ポンポンと頭を撫でてくれた。
だけど、申し訳なくて……葉月が代わりに行った感じがして……申し訳なくて……。
「今日は葉月っちの好きなモノ作ってあげたらいいさ! だから、そんな顔しないの!」
舞が元気に慰めてくれる。ナツキちゃんもユカリちゃんもうんうんと頷いてきた。
落ち込んでいる私を励まそうとしてくれるのが伝わってくる。
確かに……こんな顔しちゃ駄目かもしれない。
予鈴が鳴った。お昼休みが終わる。
でも葉月たちが気になって、午後の授業は耳に入ってこなかった。
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