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253話 ただいま

 


「はい、ストップ、葉月っち!」


 うん?

 寮の部屋の前で、舞が手を顔の前に出してきた。


「舞~?」

「そっちじゃないよ、葉月っち。葉月っちの部屋はこっちです!」


 舞が指差したのは向かいの花音と舞の部屋。

 はい? いや、だって?


 首を傾げていたら、舞がニヤリと笑ってきたよ。


「葉月っち! 悪いけど、新寮長の権限で葉月っちとあたし部屋交換したから! もう荷物も変わってるからね!」


 なんですと!? 横暴すぎないかい!?


「いっちゃん?!」

「悪いがあたしが許可した。なんで寮長がと思ってたが、舞だったんだな」

「なんで!?」

「だって、何も問題ないだろ?」


 問題だって!? 問題ならあ――うん? あれ? ないのか?


 いや、でも花音と離れたのは、花音が私が死ぬかもしれない恐怖で寝れなくなったからで――あれ? でも、当分は様子見るって宣言しちゃったな。


 あれれ、花音の恐怖はなくなった? いやでも、私の欲が消えたわけじゃないわけで? 混乱してきたぞ?


「おい、葉月。よく聞け」

「うん?」

「部屋に戻れば、お前にはいいことだらけだ」

「うん?」

「まず寝れる」

「なんと!」

「おいしいご飯も出てくる」

「おお!」

「それに縄で縛られない」

「戻ります!」

「いやいや、一花。最後おかしいおかしい」


 何言ってるの、舞。あれ、自由がきかないから、結構不便なんだよ?


「どうだ、何も問題ないだろ?」

「そだね」


 確かに何も問題ないね。あれ、問題ないのか? あれ?


「じゃあ、花音。あと頼んだぞ」

「うん。葉月、中入ろう?」

「うん? うん」

「葉月っち、流されてるね……いいんだけどさ」


 首を傾げてたら舞がなんかボソッと呟いたけど、花音が引っ張ってくるから聞き取れなかったよ。



 部屋の中に入ると、なんだか懐かしい感じがしたよ。花音の私物とかが主に。私の分は、それはもう変わりなく元通りになっていた。


 ゆっくり部屋の中を見渡す。


 変わってない。

 あの部屋を替わった時から、変わってない。


 花音が荷物をベッド横の床に置いて、こっちに向き直ってから嬉しそうに微笑んだ。


 ……いや、でも、いいのかな?


「花音?」

「うん?」

「……夢、見ない?」


 きょとんとした顔で見てくるけども、だってそれが離れた理由でしょ? 花音に、死ぬかもしれない恐怖を与えてしまうでしょ?


 でも花音はクスって笑って、ドア近くに立っていた私の手を握ってきた。


「そうだね、全く見ないわけじゃないけど」


 え、じゃあやっぱり離れた方がいいんじゃ……。

 思わず一歩後ろに下がったら、花音が手を離さなかった。


「でも、葉月が死ぬ夢じゃないよ?」


 うん?


「葉月がね、震えてる夢」


 震えてる?


「小さい葉月が震えて、膝を抱えてる夢を見るかな」


 ……ちょっとよく分からない。

 首を傾げると、花音がおかしそうに笑う。


「でも最近は見なくなったよ。葉月のそばにいるからかな」


 花音が私の手を持ち上げて、自分の頬に当てていた。


「さっき子供の頃の写真見て驚いちゃった。だって夢の女の子がいたから。あの子が葉月だったんだなって思ったんだよ?」


 思わず目をパチパチさせてしまった。


 なんで昔の私が花音のところいってるの? いや、昔の私は震えるどころか、笑って血塗れだったはずだけども。


「震えてるその子を何とかしてあげたくて手を伸ばすんだけど、いつもそこで目を覚ましてた。最初は確かに葉月が死ぬ夢見てたよ。でもクリスマス辺りからは、その子の夢に変わっちゃった。卒業式の日辺りからは見なくなったけどね」

「そう……なの?」

「そう。だから本当にもう大丈夫だよ、葉月」

「そ……そう」


 ならよかったけど。でもその子が私? なんか信じられないけど、今、目の前の花音がクスクス笑ってるのを見ると大丈夫そうにも見える。


 まあいいか。花音がそう言うなら。いや、いいのか?


 首を傾げながら考えてたら、「ああ、そうだ」って思い出したように、花音が自分の机の中から何かを取り出していた。屋敷でハンドバッグに入れてた写真をそれに入れて、こっちに持ってくる。


「これ、葉月の机に置こう?」


 うん?


 花音から受け取ってみると、



 写真には私とパパとママの3人が映っている姿があった。



 これ――確か5歳の頃の誕生日の写真だ。



 クリームをつけてる私と、それを拭きとろうとしてるパパ。後ろから私を抱きかかえてるママ。


 そっと写真に触れた。


 みんな笑ってる。


「ね、葉月?」


 ふふって花音が笑う。

 つられて、口元が綻んでいく。


「うん」


 本当に花音はしっかりさんだね。

 写真を見て、少し幸せな気持ちになったよ。


 写真に視線を戻して、ゆっくり見る。

 多分、メイド長が撮ってくれたものだと思うけど。


 あの時のママとパパ……楽しそうだったな。


 ――――あれ?

 さっきまで目の前にいた花音が消えてた。


 へ? なんで? 視線を下げると、しゃがみこんで顔を覆ってたよ。え、ええ~? これはあれですか? 久々のプルプルモードですか?


「か、花音?」

「不意打ちすぎるよ……」


 ふ、不意打ちすぎる? どういうこと?


 どうしたらいいか分からず、ワタワタしていたら、花音が急に立ち上がって「ごめん、もう平気」って言ってきた。でも顔赤いんですけど。ハアってなんで溜め息つくの?


 花音は誤魔化すかのように「ご飯作るね」って言ってきたよ。いや、何を誤魔化そうとしてるの?


「今日は葉月の好きなオムライス作るから。他に食べたいものある?」

「オムライスでいい」

「ふふ、じゃあちょっと待ってて。準備は朝の内にしてあるから、すぐ出来るよ」


 え、朝のうちにやったの? 私たち全員のお弁当も作って、それもやったの? さすがだね、花音は。


 花音がキッチンに向かおうとしたので、じゃあこの写真置いちゃおうって思って足を進めようとしたら、「待って、葉月」って呼び止められた。


 うん? って振り向くと、花音がとても嬉しそうに微笑んでいた。



「おかえりなさい」



 ジンッと心臓に響いた気がした。


 やっと、帰ってきたことを実感した気がする。



「うん、ただいま」



 花音がそれを聞いて、また柔らかく笑う。


 ……うん……これ好き。


 見ていたい。

 花音のこの笑顔をずっと見ていたい。


 キッチンに向かう花音の背中を見る。


 手の中にある写真を見た。



 胸の奥がポカポカする。





 写真を机にそっと置いて、ご飯が出来るまで写真を眺めていた。


お読み下さり、ありがとうございます。

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