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252話 サプライズ......でも流してしまおう —花音Side※

 


 寮に着いて車から降りると、葉月がどこか感慨深げにその寮を眺めていた。そうだよね。葉月にとっては久しぶりの寮だね。


 入り口には、さっきメッセージを送った東海林先輩が立っていた。一応今日、この寮に帰ってくることは伝えていたんだけど、ちゃんと出迎えたかったらしい。


 ツカツカと歩いてきて、葉月の顔を見てから溜め息をついていた。


「はあ……お帰りなさい、小鳥遊さん」

「元気ないね、寮長?」

「いえね。どうしてか、あなたを見ると一気に疲労感が……」

「老けたんだね、寮長」

「今、なんて言ったのかしら……?」


 さ、さすがに言い過ぎかな、葉月。東海林先輩も心配してたんだよ? 葉月が寝ている時だけど、病院にもお見舞いに来てくれてたんだからね? 寝ていたから知らないと思うけど。


 先輩は葉月のことを黒い笑顔で見て、頬を引っ張ってたよ。少しその2人のことを見て、嬉しくなった。前までの2人だからね。


 微笑ましく見てると、先輩が葉月から離れて、優しく葉月のことを眺めていた。葉月の憎まれ口も嬉しいのかもしれないなぁ。


「まあ、元気そうで何よりよ。まだいる内に帰ってきてよかったわ」

「まだいる内?」

「ああ、そうだな。寮長は大学部の寮に行くのか?」

「ええ。明後日にはもう出るわよ」


 だから葉月の顔を最後に見たかったんですよね。元気な姿を見て、そして大学部に行きたかった筈。


 実は明日、舞や生徒会メンバーも一緒に、最後に遊びにいく予定だけどね。


 ん……? 葉月、何動き出そうとしているのかな? 分かっちゃったよ、考えてること。だから、腕を掴んで引き留めた。


「だめだよ、葉月?」


 どこか困惑している葉月。私と先輩を交互に見ている。これ確定。


「だめだよ?」


 今、絶対先輩の後ろに回り込もうとしたよね? 尚も戸惑っている葉月。絶対だめ。それは私見たくないし、させたくないの。


「葉月?」


 ニコニコと畳みかけると、葉月がシュンとしたように止まってくれた。よしよし。だめだよ、絶対。先輩の胸を揉むのはね。


「ああ。桜沢さんに任せておけばもう大丈夫そうね、多分」

「そうだな。あたしも大分楽になるはずだ、多分」


 先輩と一花ちゃんは疲れたようにシュンとした葉月を見ていたよ。この2人、本当仲がいいなぁ。通じ合っているもの。


「それより、寮長。次の寮長は決まったのか? 中々誰も引き受けないって嘆いてなかったか?」

「あら? 聞いてなかったの?」


 一花ちゃん、知らなかったの? 逆にそっちが驚きだよ。


「呼んだかい!?」


 ああ、舞の乗っていた車が到着したんだね。舞を指差しながら、一花ちゃんにサラッと先輩は告げた。


「神楽坂さんが引き受けてくれたのよ」


 一花ちゃんも葉月も、揃って驚いたように舞に振り返っている。


 本当に知らなかったんだ。てっきり一花ちゃんは知っているものだと思ってたけど。舞、言ってなかったんだね。その舞は2人のその反応に満足そう。


「あっはっは! びっくりしてるね、葉月っち! そう、この度、新寮長に任命されたのさ!」

「舞が? 本気か、寮長?」

「本人がいいって言ってるから、いいんじゃないかしら」

「舞、出来るの~?」

「仕方ないんだよ。皆に頼まれちゃってさ」


 ユカリちゃんが推薦してたんだよね。それを舞が乗り気になっちゃって、引き受けちゃったんだよ。


「寮の皆が葉月っちを敬遠しちゃってね。あたしが葉月っちにツッコめる存在だからって、頼まれたんだよ」


 ツッコミは寮長の仕事じゃないんだけども。舞も頼まれて満更でもなさそうだからいいかって思って、私も止めなかった。


「それに、一花と花音に頼めば葉月っちは止められるからね! あたしはただの連絡係さ! 何も問題無し!」


 え、私? 止められるかなぁ。葉月のそばにいられれば、何でもいいんだけど。


「おい、舞。それで寮長できるのか?」

「大丈夫だって、一花! その他のこともちゃんとやれるさ! 多分だけどね! あっはっは!」

「寮長。本当にこいつにやらせるのか?」

「小鳥遊さんの起こした問題を、代わりに謝ることが出来るだけでも十分よ」

「は!? ちょちょちょっと、寮長!? 何かな、それは!? 聞いてないんだけど!?」

「言ってないから、そうでしょうね。でももう変更効かないから、頑張ってちょうだい、2年間」

「いやいやいや!!? 言って!? ちゃんと言って!? だったら引き受けなかったんだけども!?」

「舞~ガンバ~」

「葉月っちが言わないでくれるかな!?」


 葉月が何やら企み始めちゃった。ニコニコ笑っているもの。舞が自分で決めたから何も言わなかったけど、先輩が寮生の皆に謝ってる姿は何度も見てる。しかも、舞は卒業するまでやるって言っちゃったからね。皆も今更寮長やらないって言っても受け付けないと思うよ、うん。


 どこかスッキリとした先輩は、目を輝かせていた。


「これで、私にやっと平和がくるわ。小鳥遊さん、あまり無茶はだめよ。私がいなくなったからって寮の皆、果ては学園の皆をあまり困らせないようにね」

「わかったよ、寮長! 任せといて!」

「ええ、聞いてないわね、全く。誰も任せるなんて一言も言ってないから。ちょっとは成長してほしいんだけども」

「うん? 1センチ身長伸びたよ」

「そっちの成長じゃないのよ? ふふ……やっと、やっと解放されるわね! この話が通じない状態から! じゃあ、東雲さん、あと頑張りなさい!」

「寮長!? 待て!? なんって清々しい顔してるんだ!? 寮長ぉぉ!?」


 最後のは本音だろうなぁと、ルンルン気分で寮に戻っていく先輩の後ろ姿を見て、そう思っちゃったよ。


 一花ちゃんも舞もガックリしたように地面に手と膝をついていた。一花ちゃん、戦友がいなくなって寂しいんだなぁ。


 春とはいえ、この時間帯の風は冷たい。葉月の体に障るといけないな。


「中入ろうか、葉月」


 ニッコリ笑って葉月にそう言うと、一花ちゃんと舞を面白そうに見ていた。2人のことも歩くように促したよ。ここにいつまでもいても、先輩が卒業した事実は変わらないからね。


「あたしはこっちのストッパーは卒業したいんだが」


 とても悲しそうに一花ちゃんが呟いた。ま、まあまあ。私も出来る限り協力できるようだったらするから、そんな悲しそうにトボトボ歩かないで、ね? 今でも葉月が玉ねぎ嫌いだったら、何とか出来るから。



 そんな一花ちゃんの背中を押しながら、久しぶりに全員でこの寮に帰ってきた。



 □ □ □



「はい、ストップ、葉月っち!」


 葉月が寮の部屋に入ろうとした時に、寮長の仕事内容のショックから立ち直った舞が、葉月の顔に手を出してストップをかける。葉月が不思議そうにその手の平を眺めていたね。


「舞~?」

「そっちじゃないよ、葉月っち。葉月っちの部屋はこっちです!」


 舞が指差したのは私の部屋。

 そう、葉月と舞の部屋の交換。これが葉月へのサプライズ。


 元々は舞が言いだしたこと。「葉月っちがもう部屋を替える理由ないじゃん?」と言いだして、確かにって私も思ってしまった。


 葉月が昔の自分の声が聞こえなくなり、一花ちゃんの監視が必要なくなったこと(これは一花ちゃんがそう言っていた)、もう私も葉月が死ぬ夢を見て魘されることがないこと、葉月のことが心配で怖くて元気がなくなるということが無くなったこと、だから葉月と離れる理由が無くなった。舞も一花ちゃんとの部屋に戻りたがっていたし。


 私も葉月には部屋に戻ってきてほしいとずっと思っていたことだったから、一花ちゃんに相談した。返事は「別にいいぞ?」と軽いものだった。


 葉月が嫌がるんじゃないかな、とも相談したよ。だって私は葉月が好きなわけだし、自分のことが好きな人と葉月は暮らせるのかなって思って。本人はまだ、私のことをそういう対象で見ていないわけだし。


 そうしたら、一花ちゃんが何故か疲れたように「大丈夫だ、それは」と言ってくれた。まあ、もし葉月が嫌だって言ったら、私は諦めようかなって思ったよ。こればっかりは本人に聞かないとね。


 言おうとしたら、舞に止められた。何故かニンマリと笑って「前の仕返し」と言っていたね。


 部屋を替わっても、そのあと葉月が嫌だって言えば私は替えるつもり。


 そんなことで葉月に嫌われるのは嫌だし、葉月への気持ちは絶対揺るがないから。好きになってもらうまで諦めないのは私の中で決定事項。もはや一花ちゃんという協力者がいるから、会わなくなるっていうことはない。


 前は葉月の精神の不安定さから、一花ちゃんも告白待ってくれと言ったらしいけど、今は信じられないほど安定しているから、アピールを好きにしていいらしい。


 葉月がこのまま部屋を私と一緒でいいって言ってくれたら嬉しいなと、半分期待半分諦めでこのサプライズを決行したよ。


「葉月っち! 悪いけど、新寮長の権限で葉月っちとあたし部屋交換したから! もう荷物も変わってるからね!」


 舞がそう告げると、ぎょっとしたように葉月が目を丸くさせていた。舞は一花ちゃんに頼んで、葉月と自分の荷物を鴻城(こうじょう)の人に交換させていたからね。前に交換した時に、そうされたお返しだって。


「いっちゃん?!」

「悪いがあたしが許可した。なんで寮長がと思ってたが、舞だったんだな」

「なんで!?」

「だって、何も問題ないだろ?」


 さすがに慌てて問い詰めた葉月に、一花ちゃんがあっさりとそう返した。


 あ、あれ? 一花ちゃん、舞だって気づいてなかったんだ。そ、そっか。新寮長が舞だって、さっき知ったんだものね。私も相談していたから、そっちのことを気にしてくれたのかも。


 問題無いって言われた葉月は、混乱しているように見えた。首を傾げて斜め上を見ながら、何やら考え始めている。やっぱり嫌なのかな……?


 見かねた一花ちゃんがハアと息をついて、腰に手を当てていた。


「おい、葉月。よく聞け」

「うん?」

「部屋に戻れば、お前にはいいことだらけだ」

「うん?」

「まず寝れる」

「なんと!」

「おいしいご飯も出てくる」

「おお!」

「それに縄で縛られない」

「戻ります!」

「いやいや、一花。最後おかしいおかしい」


 舞がさすがにツッコみを入れていたけど、一花ちゃんすごい説得の仕方だね。そして葉月、完璧に流されてるね。メリットしか言われてないよね?


「どうだ、何も問題ないだろ?」

「そだね」


 一花ちゃんに言われるがまま、葉月は納得した様子。これ、何も考えてないね。あ、でも不思議そうにまた何かを考え始めた。そんな葉月に勘づいたのか、すかさず一花ちゃんが促してきた。


「じゃあ、花音。あと頼んだぞ」


 このまま流したいんだね。うん、ひとまず流してしまおう。あとで嫌になったら、葉月から言うだろうし。一花ちゃんに便乗してしまおう。


「うん。葉月、中入ろう?」

「うん? うん」

「葉月っち、流されてるね……いいんだけどさ」


 舞、余計なことは言わないんだよ。葉月も今なら納得してるみたいだし。


 ひとまず葉月が納得したことに内心すごく嬉しくなりながら、葉月の腕を引っ張って、私たちの部屋に入っていった。

お読み下さり、ありがとうございます。

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