247話 眠っている場所
屋敷の外に出て、おじいちゃんと叔母さんとお兄ちゃんの後ろについていった。
ちょっとした林になっている場所を歩いていく。目的の場所までは、道がちゃんと舗装されていた。
「ねえねえ一花。これどこに続いてるの?」
「行けば分かる。というか、舞とレイラは屋敷で待ってても良かったんだぞ?」
「いや、ここまで来たら一緒に行くしかないでしょ!」
「それにしても懐かしいですわね、ここ。葉月に追い掛け回された記憶がありますわ」
「そうだな。お前が木からよく落とされてたな」
後ろを歩く3人の会話を聞いて少し思い出す。ここは昔、私たちの遊び場だったからね。
花音が隣でクスっと笑っていた。
「葉月の子供時代か。見てみたかったな」
「普通だよ?」
「お前の普通は普通じゃないと、いい加減自覚しろ」
後ろからのいっちゃんのツッコミに、花音がクスクス笑っている。手をしっかり握りながら、辺りを見渡して嬉しそうだったよ。そんな私たちを、大人3人が温かい目で見守っていた。
先を進んでいくと、視界が広くなる。
そこは小高い丘になっていた。
丘の上には、少し大きめのガラス張りの建物がある。そこまでの道の左右には色々な花が咲き乱れていて、「うわ、綺麗!」って舞が感動していた。一面花畑ですからね。
花音も感動してたみたい。少し目を輝かせていたもん。
建物に入ると左右に小さい池があって、その中心で小さい噴水が水を出していた。
ここは地面が芝生になっている。
中心の道の先に少し開けたスペースがあって、スペースの真ん中に、四角い白い石が佇んでいた。
おじいちゃんたちが私を振り返って、穏やかな顔をして見てきた。
花音と手を離して、一歩一歩近づいていく。
石には名前が刻まれていた。
パパとママの名前が刻まれていた。
「きたよ……」
2人は、ここに眠っている。
膝をついて、石に立てかけられている写真に目を向ける。周りにも写真はいっぱいあった。
「パパ、ママ……会いにきたよ」
写真の2人は笑っていた。
「葉月がきたよ、美鈴、浩司君」
「ふふ、姉さんがやっときたって怒ってるわよ、きっと」
「もう6、いや7年経ってるからな。葉月が大きくなって、きっと驚いてるぞ」
私の後ろで、大人3人が嬉しそうにしていた。
石に刻まれている名前にそっと触れた。
ここに――――いる。
また視線を写真に戻す。
ここにいる。
約7年ぶりに見る2人の顔。
私が初めて手首を切ったのは、あの事故から約1カ月後。
最初は、2人が死んだことを受け入れられなかった。
だから部屋で茫然と過ごしていた。
そしてこう考えるようになった。
死ななきゃって。
自分がいたからだって。
自分が殺したんだって。
写真をそっと撫でた。
2人は、こんな顔だった。
「葉月……少し1人で話すかい?」
「うん……」
おじいちゃんがそう言ってくれたから、甘えることにした。皆を連れて、建物の外に連れ出してくれる。
私はそこに体育座りで座って、膝を抱えた。
写真を見る。
2人は笑っている。
来る気はなかった。
2人と過ごした記憶は、幸せの記憶だったから。
思い出すと悲しくなるから。
自分が奪ったって思ってたから。
だけど、写真の2人は幸せそうに笑っている。
……そうだね。
こんな風に、笑ってた。
「この人たちが葉月のお父さんとお母さん?」
うん?
上から花音の声が降ってきて、見上げると柔らかく微笑んで見下ろしていた。
「みんなと行かなかったの?」
「1人にしたくなくて、無理言って残らせてもらったの」
ふふって笑って、隣に腰掛ける。
花音が写真を見て、私を見てから嬉しそうに微笑んだ。
「葉月はお母さんに似てるかな」
「そう?」
「うん。目の辺り、そっくりだよ」
そうかな? ママはパパに似てるって言ってたけど。
「優しそうなご両親だね」
「うん……」
「葉月の苗字って」
「うん……パパの旧姓」
「そうだったんだ」
「ただ使ってるだけ。戸籍は鴻城だよ」
なんとなく、そうした。
パパは家族がいない。
それこそ事故で亡くなったって聞いた。
まだ幸せだったあの頃、パパの昔の名刺が出てきて、聞いたことがある。
『小鳥遊じゃなくなってつらい~?』
『寂しくはあるけど、辛くはないかな。だってこんな可愛い娘と綺麗な奥さんと家族になれたんだから。これ以上望んだらバチがあたっちゃいそうで』
『さびしいの~?』
『葉月がいるから寂しくないよ』
『あら、私はいなくても寂しくないのね~』
『ええ?! 誰もそんなこと言ってな――』
『葉月~こっちいらっしゃ~い。ママ、パパにいらないって言われて寂しいの~』
『ギュってして~』
『いやいや、ちょっと、だからそんなこと言ってないって!』
そのあと、パパが私ごとママを抱きしめてきたけど。
正気に戻った時に鴻城の名前を使いたくなくて、小鳥遊を使うようになったんだった。
鴻城の名前で繋がってたら、今度はおじいちゃんたちがいなくなるって思って。
なんだか懐かしい。
幸せだった。
確かにあの頃、幸せだった。
ママがいて、
パパがいて、
抱きしめてくれて、
あったかかった。
――――でももう会えない。
生きてる2人には、もう会えない。
「葉月」
いきなり、ふわっとあったかい温もりに包まれる。
花音が膝を立てて、頭ごと抱き寄せてくれた。
ゆっくり頭を撫でてくる。
「……いいんだよ、葉月。泣いていいんだよ」
花音?
「そのまま、泣いていいからね」
……?
気づかない内に泣いていたみたい。
涙が頬を伝っていた。
「ねえ、葉月。いいご両親だったんだね」
――うん。
「優しかったんだね」
優しかった。
「いっぱい葉月を愛してくれたんだね」
愛してくれた。
抱きしめてくれた。
「私も会ってみたかった」
そうだね……。
花音が優しく撫でてくれる。
そのあったかい温もりで、私を包み込んでくれる。
パパとママと同じように抱きしめてくれる。
「……花音」
「うん」
「あったかかったよ」
「うん」
「幸せだったよ」
「うん」
「パパとママ、幸せだったかな?」
「うん、だって」
だって?
「葉月がいたから、絶対幸せだったよ」
ギュウっと抱きしめてくれる力が強くなる。
涙が自然と溢れてくる。
花音の服を濡らしていく。
写真の2人は笑っている。
……そういえば、さっきメイド長に笑いなさいって言われた。
でも、涙がとまらない。
ここで2人は眠っているのに。
見てるのかな、今の私を。
でも、涙はとまらない。
会いたくて。
また2人に会いたくて。
自分を包んでくれる温もりに縋りついた。
「また来よう、葉月」
花音の優しい声が響く。
「今はいっぱい泣いて大丈夫だから」
抱きしめてくれる腕にしがみつく。
「次は笑顔でここに来ようね」
次は笑ってこれるかな。
「ご両親だって、今日は許してくれる」
許してくれるかな。
「次は、笑ってる姿を見てもらおうね」
ちゃんと見せれるかな。
そうすれば、喜んでくれるかな。
花音がゆっくり撫でてくる。
その優しく撫でてくれる手が、心地よかった。
子供の頃、
パパとママに撫でられていたときみたい。
目を閉じると、2人に撫でられてるように錯覚した。
お読み下さり、ありがとうございます。




