246話 会いにいく
「はい、一花ちゃん」
「ああ、ありがとう」
「運転手さんもどうぞ。片手で食べられますので」
「どうもありがとうございます」
「はい、葉月。あーん」
「あ~ん」
今は車中。花音が手作りのお弁当を、助手席にいるいっちゃんと、運転席にいる、前に水族館の中に一緒にきた監視のお姉さんに振る舞っていた。後部座席で花音が卵焼きを口に運んでくれている。
実は今日退院しました。ええ、ついさっき。
そして行先は寮じゃなくて私の実家。
花音に言ったら、一緒に行きたいっていうから連れてきた。あと舞とレイラも行きたいって言うから、後ろに続いてる車に乗っている。
「ふふ、どう? おいしい? ちゃんと味分かる?」
「ん~、うん。甘い。次ウインナーがいい」
「良かった。ああ、待って、ついてる。はい、じゃあまた口開けて?」
「あ~ん」
「一花様……」
「なんだ?」
「苦いコーヒーを買いたいんですが、寄ってもよろしいでしょうか?」
「約束の時間に間に合わん。我慢しろ。そして慣れろ」
「会話だけで胸やけおこしてるんですが」
「慣れろ」
監視の人具合悪いの? いっちゃん冷たいね。あ、でもエビフライ食べて、いっちゃんは満足してるよ。
んん~、でも、花音のご飯をおいしく感じるようになって良かった。花音は花音で嬉しそうにしてるし。バッダはまだ試してないからな~。どうなんだろ。ま~後で試そう~。
食べ終わって、窓の外をボーっとしながら見た。
ちょっと緊張……。
おじいちゃんたちに会うと、いつも死ななきゃって思った。
だって、私がいると、この人たち死んじゃうって思ってたから。
自分が死神だって、思ってたから。
だから、すぐに欲に溺れたくなって、結局暴れる。
どんどん頭が冷えていって、死ななきゃって思いでいっぱいになった。
今日もそうなるのかな。
どうなのかな。
それに今日は、2人にもそのまま会いに行く。
またそれで頭がいっぱいになりそう。
ギュッと隣の花音が手を握ってきた。ん? って思って顔を振り向かせると、いつものように柔らかく微笑んでいる。
それを見たら、なんだかとってもホッとした。
指が絡んで、余計ポカポカする。
「プニプニする」
「ふふ、それ言ったらだめだって言ったよね?」
怖い笑顔に変わったけど、花音が肩に頭を乗っけてきた。
「大丈夫だよ、葉月」
「……うん」
怖かったのに、一気にそんな優しく言うのはズルい。
ギュッと握り返して、自分も花音に体重を預けた。
少し緊張がほぐれたかも。
「一花様」
「慣れろ」
前の座席から、淡々とした会話が聞こえてきたけど、いっちゃん、何の会話してるの?
□ □ □
「お帰りなさいませ、葉月お嬢様」
メイド長と他の使用人が、深々とお辞儀して出迎えてくれた。「相変わらず漫画みたい」って、後ろから舞の声が聞こえてきた。そだね~。
「すまない、遅れてしまった。沙羅さんや魁人さんは?」
「既に到着しております。旦那様の私室で皆様お待ちしておりますよ」
それを聞いていっちゃんが私を見てくる。確認の目だ。でもすぐ頷いて、「大丈夫そうだ」ってメイド長に案内するよう促していた。さっきの車で緊張してたの、バレてるね。
結局、いっちゃんは今でも私のストッパーだ。
やめてもいいよってこの前言ったら、「自分で決めたって言ったろ」って返された。なんだかんだ、いっちゃんはやっぱり私が好きだよね! 私もいっちゃん大好きです! って言ったら殴られた。
あとすっごい冷たい目で、「あたしはお前に恋愛感情なんてこれっぽちも持ってないからな。勘違いするなよ」って言われたよ。あれは本気の目だ。長年の付き合いでわかります。
でも確かに、いっちゃんに対してと花音に対しては、言葉にできないけど、違う感じがするかもしれない。
つまり……どうなんだろ?
結局花音への好きは恋愛なのかな? 違うのかな?
「葉月お嬢様」
うん? メイド長が案内しようとしてたのに、こっちにツカツカ歩いてきて、顔を覗き込んできた。相変わらずの無表情ですね。
けど、その無表情が一瞬緩んだ気がする。
「お元気そうで何よりです」
「……うん」
「きっと喜びます」
「うん?」
「お二方にも会われると聞きました」
「……」
「その時は笑ってあげなさい」
「……ん」
メイド長がムニッと頬をつねってから、すぐ踵を返して私たちを先導し始めた。
つねられた頬を自分でムニムニしてみる。ここに来ると、表情は自然と固くなるんだよ。
隣の花音がまたギュッと手を握ってくる。
やっぱり、その手はあったかくて、
思わず口が綻んだ。
「……これで自覚なしか。葉月っちの天然は筋金入りだわ」
それはどういう意味かな、舞?
後ろからの舞の声に振り向くと、何故か舞が花音を見て顔を青くさせていた。なんで?
□ □ □
コンコンとメイド長がノックしてから中から声がして、扉がゆっくり開かれていく。
中に入ると、おじいちゃんと叔母さんとカイお兄ちゃんが、窓際で3人並んで立っていた。
少し心臓がうるさい。
でも、頭が冷える感じはしない。
前ここに来た時は、すぐ死にたくなったのに。
おじいちゃんがいつもの優しい微笑みを浮かべながら、こっちにゆっくり歩いてくる。
だから、私も一歩一歩近づいていった。
「おかえり、葉月」
いつもの優しい声。
それだけでも死にたくなったのに、今日はどこか穏やかだ。
「ただいま、おじいちゃん」
私がそう言うと、おじいちゃんがゆっくり私の背中に腕を回してきて、頭を撫でてくれた。
思わず目を丸くした。
「聞いたよ、優一君から」
「……」
「葉月、あの2人はね、お前のことを本当に愛していたよ」
「……うん」
「目に入れても痛くないと言ってたな、彼は」
「そう……だったね」
「美鈴なんか、私が葉月を連れ出すとすぐ怒っていたな。余計なことを教えるなって」
「うん……おじいちゃんが、ママが投げてきたお皿避けてた」
「ふふ。お前は覚えがよかったから、ついつい色々教えたくなったんだよ」
「でもママ怒ってた」
「美鈴はお前を鴻城に縛り付けたくなかったんだよ。自由に好きに生きてほしいって、いつも言ってたんだ」
「そう……」
「美鈴は浩司君を婿にとって、嫌々そうに鴻城を継いだからね。余程辟易してたんだろう。おかしいな。普通の教育をしてきたつもりだったんだが」
「内戦地域で和平交渉してこいって、放り込まれたこと怒ってたよ」
「浩司君が美鈴を宥めてくれて助かったな」
あの時のママは髪振り乱して、おじいちゃんを殺す勢いだったもんね。でもあれは、おじいちゃんがママを騙してその国に行かせたのが悪いと思うけども。
昔話を嬉しそうに話すおじいちゃんの声はとても優しくて、なんだかポカポカしてくる。
「葉月。美鈴も浩司君もいつも私に言ってたよ」
「……何を?」
「葉月が可愛くて仕方ないって。宝物だって」
「……」
「葉月が笑ってるだけで、2人は幸せそうだった」
「…………本当?」
「本当だよ。だからね、葉月」
おじいちゃんが少し体を離して、私の顔を覗き込んでくる。
「あの2人に守られたことを、誇りに思ってほしいんだ」
誇り……?
「葉月を守ったから死んだんじゃない。葉月を守れたから、あの2人はあんな穏やかだったんだ」
「穏やか……?」
「お前はあの事故から寝込んでたからね。2人とも満足そうな顔をしていたよ。今にも起き上がりそうだった」
「…………」
「だから、誇りに思いなさい。守られたことを、2人が愛してくれたことを、否定しないでくれ」
私は…………。
「あの2人にとって、葉月は自分の命より大切だったんだ。お前が自分の命より、私たちを想ってくれるように」
『愛してるわ、葉月』
『愛してるよ、葉月』
パパ……ママ……。
涙が零れる。
おじいちゃんが指で拭ってくれた。
「そういうところも、あの2人にそっくりだったんだね。私も沙羅も魁人も全然気づかなかったよ」
「っ……」
「葉月。私たちだってお前をちゃんと愛してるよ。あの2人には敵わないかもしれないけどね」
「…………っ」
「でも、あの2人とは違ってね。私たちはしぶといんだ。ふふ。今頃、悔しがってるだろうね」
そっと頭を撫でてくれる手が温かかった。
「お前が死ななくても、私たちは死なないよ、葉月。お前を守って死ぬことも絶対ない」
おじいちゃんが諭すように、温かい手で撫でてくる。
「葉月がいたから死ぬなんてない。何度でも言ってあげるさ。これから先、ちゃんと葉月にそれを証明してあげよう。だから生きて、葉月もそれを見届けてくれ。お前が死んでしまうと、それを証明できなくなるからね」
「……おじいちゃんの方が先に逝っちゃうのに?」
「寿命だけは勘弁してほしいなぁ。でもね、お前を守ったから死ぬなんてことは絶対しないよ。約束しよう。私が葉月と約束して破った事あったかい?」
「……ない」
「ふふ、そうだろう?」
「約束?」
「約束だ。美鈴たちに誓って」
ポロポロと涙が零れる。
新しい約束が、胸を温かくさせていく。
叔母さんが横から抱きしめてくれて、お兄ちゃんが背中を撫でてくれた。
「姉さんたちの分まで、ちゃんとあなたを守らせてちょうだい」
「お前が可愛くて仕方がないのは、僕も母さんも叔母さんたちに負けないと思ってるんだぞ」
3人の手が、温もりがあったかい。
知ってる。
この3人が自分を愛してくれていることを知っている。
狂って、おかしくなっても、
愛してくれてたこと、私、分かってたから。
伝わってたよ、ちゃんと。
「さあ、会いにいこう。2人が待ってるよ、葉月」
会いに行く。
この世界で一番愛してくれた2人に会いにいく。
私を守ってくれた2人に会いにいく。
3人に連れられて、屋敷の外の奥に向かった。
お読み下さり、ありがとうございます。




