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241話 大事な人 —花音Side

 


「え、ありがとう。いいんですか?」

「はい、お口に合うといいんですけど」


 一花ちゃんのお姉さんの右腕である看護師の近藤さんに持ってきたクッキーの周りに、ワイワイと他の看護師さんたちも集まってきた。


 近藤さんにはすっかりお世話になっちゃってる。葉月のお世話をするのに、近藤さんに看護の仕方を教わってやってるから。看護師の職業って大変だなって実感しちゃったよ。


「うわっ、これ美味しい」

「ホントホント。え、うそ? 手作り? これが?」


 そのお礼も兼ねてクッキーを焼いて持ってきたら、思いのほか好評で良かった。口々に美味しいって言われると満足です。


「葉月ちゃん、拗ねるんじゃないですかね?」

「それはないと思いますけど……」


 まだ葉月は味覚戻ったわけじゃないんだよね。病院食を食べる姿見ると、おいしくなさそうに口をモグモグさせてるから。


 ああ、葉月の顔思い出したら、ドキドキしてきた。最近本当に重症。


 だって葉月、あの笑顔頻繁にするようになったんだもの。それについ唇に目が向いて、キスしたこと思い出すし。あの柔らかさとか、暖かさとか、今でもはっきり思い出せる。葉月に気づかれないように、1人何度給湯室に逃げ込んだか。


 しかも抱きしめても何も言わないし、逆に抱きしめ返してくるし……それやるとすぐ寝ちゃうけど、でももうたまらない。


 無自覚で天然のあの笑顔。そしてこっちが心臓バクバクなのに全然気づいていないあの鈍感さ。殺される。あの可愛さに殺される。


 思い出したら会いたくなった。近藤さんに一言言って、病室に戻ると一花ちゃんと舞もいたよ。


 会いたくなった葉月、また何かしたのかな? 一花ちゃんにお説教されてる。シュンっとしたその姿が可愛すぎる。ちょっと満足。レイラちゃんは今日、来ないらしい。


「花音、今朝のクッキー持ってきた?」

「さっき近藤さんたちにあげてきたよ。食べる? まだあるから」

「食べる食べる! あたしイチゴの!」


 舞が無邪気にそう言ってくる。先生にもあげようかなって思ってたけど、まあいいか。明日にでもまた作って持って来ればいいしね。


 サイドテーブルに置いてあったカバンからクッキーの箱を取り出して、お皿に並べる。あ、お茶飲むかな? 一花ちゃんもどうだろう?


 ――ん、視線?


 視線を感じてそっちを見ると、葉月がジーっとクッキーのお皿を見つめていた。あれ? 食べたいのかな?


「あーん」


 パカっと口を開けてくる。……それ、可愛い。


 ってそうじゃないね。いいのかな? これ、普通のクッキーなんだよね。葉月の好きなハーブティーの葉っぱ入れてくれば良かった。そうすれば、チョコの時と同じように香りだけでも楽しめたのに。


「一花ちゃん、クッキー食べさせても大丈夫なのかな?」

「平気だぞ」


 あっさり承諾。まだあーんと口を開けている葉月。食べたいなら、食べさせてみよう。


 クッキーを1枚とって葉月の口へ。モグモグさせて食べてる。ど、どうかな?


「――――甘い」


 え、今なんて?

 ポツリと食べた本人も驚いていた。けれど、それ以上に私たちの方が驚いていた。


「は、葉月っち……今なんて?」

「甘い、ようで甘い」

「つまり……甘いのか?」

「甘い」

「葉月、本当?」

「もう1コ」


 またあーんと口を開けてくる。うそ、うそ。味覚、戻った?


 1枚また葉月の口に入れると、今度ははっきり分かるくらいおいしそうに食べていた。


「いっふぁん、おいひい」

「物を食べながら喋るなとあれほど――ってそれどころじゃないわ!?」

「葉月っちぃ!! 良かった、良かったねぇ!!」


 舞が泣き始めちゃった。一花ちゃんは慌てて先生のところに行っちゃったし。


 モグモグと嚙みしめるように、葉月はあのおいしそうな顔で食べてる。


 ああ、もう。嬉しすぎる。良かった、本当に良かった。


 グスグスと涙を拭きながら、舞がちゃっかりクッキーを自分の口に運んでいた。泣きながら食べるとか苦しくないのかな?


「葉月っち、他は? 他は何食べたい?」

「ん? んー……」


 斜め上を見ながら考え込んで、葉月はチラチラと私の方を見てきた。これは食べたい何かがあるんだね。


「何でも作ってきてあげるよ、何がいい?」

「……卵焼き。甘いの」

「あっはっは! やっぱり甘いのなんだ!」


 舞が笑いだしたから、葉月がむーって頬を膨らませてる。葉月は卵焼き大好きだものね。ふふ、葉月好みの甘さのを作って明日持って来よう。


 葉月が舞に物を投げ出したのを止めるわけでもなく、他にも何か作ってこようかなと考えていた。


 

 □ □ □



 …………忘れてた。すっかり忘れてた。


 寮の部屋。今日は病院から早めに帰ってきて明日の準備をしていたら、携帯電話の通知が鳴って、開いて固まった。


 お母さんからのメッセージ。


 卒業式の日の夜に連絡来てたんだよね。でも帰れなくなったことと後で連絡するって返事して、そのままだった。葉月の手術とかでそれどころじゃなかったから。


 舞は今お風呂だから、今の内に連絡してしまおう。

 数回のコール音の後に『もしもし』というお母さんの声が響いて、少しサアっと血の気が引いた。


 すっごい冷たい声。

 これ、連絡しなかったの怒ってる。


「……ご、ごめんなさい。連絡しなくて」

『別にいいのよ? 何かあったんじゃないかって心配するぐらい何てことないわ。ええ、ええ、愛する娘から忘れられてたことなんて、一切気にしてないからね?』


 気にしてる!! お母さんはこういう連絡をしないと、本当怒るから!!


「ご、ごめん、本当に。その、ちょっと色々とあって……」

『そうね、花音も忙しいわよね。ただ、何があったか分からなくて、詩音と礼音にあなたが何故戻ってこないのかを説明するのに大変だっただけだから、気にしないで?』


 気にする。すっごい気にする。今頃、本当はもう帰ってる予定だったし、詩音と礼音にもそう伝えてたし、そして帰ってこない私のことを“何で、何で?”攻撃でお母さんに詰め寄ったのも想像できる。


「本当に……ごめんなさい」

『ハア……もういいわよ。あなたが連絡してこないってことは、それなりの理由があったからでしょうから。でも、次からはちゃんと先に連絡しなさい? お父さんも心配してたわよ?』

「うん、ごめん。お父さんにも後で連絡するね」


 困ったように電話の向こうのお母さんが笑ったのが聞こえてきた。


 本当、そう。心配かけちゃうよね。後で連絡するって言って、何も連絡こないんだから。


『それで? 何があったの?』

「え?」

『え、じゃないでしょう? 帰ってこれない事情があったんでしょう?』

「う、うん……」


 何て言おうか、葉月のこと。

 ……別に隠すことじゃないね。


 葉月のそばにいたい。

 それ以外の理由なんてないから。


「あのね、葉月がその……怪我しちゃって」

『はづき……? ああ、小鳥遊さんのことね。そう、怪我……大丈夫なの?』

「うん。もうすぐ退院できるって言ってた」

『そう。それならよかったわね』


 電話口のお母さんも喜んでる。電話ではいつも葉月のこと話してたから。優しくて、綺麗で可愛くて、葉月のおかげでこの学園生活も楽しめてるって。


 好きになる前からそう伝えていて、お母さんも『そんな人がルームメイトでよかった』って安心してた。葉月がこの部屋を離れたことは言ってないけどね。


『でも退院って、入院するほど酷い怪我だったの?』

「うん、少しね。でももう大丈夫だって」

『そうなのね。よかったわね、退院出来て。ああ、じゃあ小鳥遊さんが退院したら帰ってくるのかしら? 春休みはまだあるわよね?』


 ――ううん、お母さん。


「ごめん。春休みは帰らないつもりなんだ。次のGW(ゴールデンウィーク)に帰るよ」

『……珍しい。詩音と礼音に会いたいっていつも言っていたのに、どういう心境の変化?』


 どこかおかしそうに笑いながら、お母さんが聞いてきた。


 そ、そんなに詩音と礼音に会いたいって言ってたかな?


 そりゃ会いたいは会いたいけど――でもね。




「今は……葉月のそばにいたいの」




 電話の向こうのお母さんが、小さく「え?」と聞き返してくる。


 そうだよね。こんなこといきなり言ったら、びっくりするよね。どういう意味だろうって思うよね。お母さんからしたら、葉月は私の友達だから。


 でもね、友達だからそばにいたいんじゃないんだ。


 スウッと軽く息を吸った。伝えるのは少し緊張するな。



「あのね、お母さん。私、葉月が好きなの」



 思い切って言うと、またお母さんは「え?」と驚いているような声を出してきた。


『……えっと、小鳥遊さんは女性よね?』

「うん。でもそんなの関係ないよ。1人の人間として、葉月を好きになっちゃったんだ」


 お母さんが黙り込んでしまった。


 それもそうか。いきなり娘が好きな人出来ました、しかも相手は女性です、なんて言ったら、何も言えなくなるよね。


 でもきっと、お母さんは反対しない。


 子供のころから言っていたから。いつか自分の好きな人とって。自分が心から好きな人と一緒になるのがいいって。


 お母さんがお父さんと駆け落ちしたみたいに、ね。


 まあ、葉月はまだ私のこと好きになってないと思うけど。いつかは好きになってもらえるように、また頑張るつもりだし。


『――そう、そうなのね』


 無言だったお母さんのその声は、どこか嬉しそうに感じた。


 やっぱり、反対なんてしないよね。

 それが私も嬉しいよ。


「うん。だからこの春休みは帰らない。今は葉月のそばにいたいし、いてあげたい」

『ふふ、そう。これはお父さんが悲しむかしら』

「お父さんと葉月は別だよ。お父さんとお母さんと詩音と礼音のことも、ちゃんと大好きだからね」

『嬉しい事言ってくれるわね。分かった……詩音と礼音には上手く言っておくわ』

「そうしてくれると、助かるかな」

『それで? 小鳥遊さんとは両想いなの?』

「気が早いなぁ。まだだよ。でも気持ちは伝えてる。それにダメでも、私は諦めるつもりないからね」

『自信たっぷりねぇ。そういうところ、誰に似たのかしら?』

「それはもちろん、お母さんかな。お父さんを逃がさなかったのはお母さんでしょ?」

『お父さんがそんなこと言ってたの? これは少し考えなきゃね。ふふ、まぁでも頑張りなさい。小鳥遊さんも、好きになってくれればいいわね』

「うん、頑張るよ」


 嬉しそうにお母さんがまた笑う。


 葉月と両想い、か。そうしたら2人に会わせたいな。葉月のこと、いっぱい自慢したい。


『花音』

「ん、何?」

『大事な人は、絶対逃がしちゃ駄目よ。これは私の経験談』


 それはお父さんのことだね。

 クスっと思わず笑ってしまうと、お母さんもクスクス笑う。


『後悔のないようにね』

「わかってる」


 大事な人を、絶対離さない。

 お母さんが、お父さんを離さなかったように。



 そしてお母さんはいつも幸せそうだ。



 いい例がこんな身近にあると心強いなぁと、それからお母さんとしばらく話しててそう思った。


 途中、詩音と礼音にも代わってもらって話したよ。2人とも明らかに落ち込んじゃってた。これはGW、帰った時に思いっきり可愛がらないとね。


 お母さんにも葉月のことを話せてスッキリしたし、今度からはちゃんと連絡をまめにしようって心に決めた。



 温かく見守ってくれる家族は、本当に嬉しいな。


お読み下さり、ありがとうございます。

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