239話 おかしいこと分かってる
目の前には女の子。
ここは……実家の自分の部屋?
血だらけで、部屋の真ん中で、頬を膨らませてご立腹のご様子。
『むー!!』
怒ってるね。かなり怒ってるね。
『忘れないでって言った~!』
忘れてはいないよ?
『忘れた!』
忘れてないよ?
『空見なかった! 首切った!』
え、そっち!?
『そっちなの~!!』
そ、そう。すいません。
『次はちゃんと空見るの~!!』
は、はい。そうします。
私がそう言うと、あの子は大変ご満足したようににっこり笑っている。思わず苦笑してしまった。
死ねなかったことじゃなくて、そっちかぁ。
あの子に近づき、膝をついて、目線を合わせた。
『ん~?』
「怒ってないの? 失敗したこと」
『いつかまで伸ばしただけ~』
「でも、そのいつかはいつくるか分からないよ?」
『ん~? その時は迎えにいくよ~。それにね~』
うん?
首を傾げると、満面の笑顔でこっちを見てくる。
『花音、あったかかった~』
「そだね」
『パパとママと同じ~』
「……そだね」
『ふふ。花音だったらいいよ~』
「うん?」
『花音だったら、そばにいても、ギュッとしてもらう~』
「そっか」
『パパとママにしてもらってるみたい~』
「うん」
『もっとして~?』
「うん」
『ギュってして~?』
「うん」
『ふふ~あれ気持ちいい~幸せ~』
そうだね。
パパとママにしてもらって幸せだった。
確かに幸せだったんだ。
そっと、目の前の幸せそうに笑う自分を抱き寄せる。
首にギュッと手を回してきた。
『またね~』
「うん」
『迎えにくるね~』
「待ってるよ」
『忘れないで~?』
「忘れない」
どんどん体が消えていく。
忘れない。
正気に戻ったあの時を、
あの時見た星空を、
パパとママと一緒に見た星空を、
あの時願ったことを、
「絶対、忘れないよ」
『んふ~ならよし~』
身体がどんどん消えていく。
視界もどんどん歪んでいった。
そして真っ暗になった。
□ □ □ □
「お目覚めかな?」
目をゆっくり開けていくと、先生がこっちを見下ろしている。
ここ……病室?
何?
手があったかいような……。
視線を右手に向けると、花音が手を握りながら眠っていた。
「ずっと君のそばを離れなくてね」
先生が私の視線に気づいて、困ったように笑っていた。
ずっと?
いつから?
「葉月ちゃん」
「ん~?」
先生が私に視線を戻してきた。
「……ちゃんと分かるかい?」
ああ、いつもの確認だ。
わかるよ、先生。
「大丈夫。わかるよ、先生」
ん? なんでそんな目を丸くしてるの?
一瞬驚いた先生が、すぐいつもの優しい顔になって、ちょっと嬉しそうに微笑んだ。
「一花の言うとおりだったね」
「いっちゃん?」
「もう葉月ちゃんは大丈夫だって、自信満々に言ってたんだよ」
「何で?」
「さあ、そこは教えてもらえなかったな」
「そう」
いっちゃんが自信満々? 何故に?
ま、後で聞けばいっか。
「先生?」
「うん?」
「今……何日?」
「君が時計塔に行ってから、3日経ってるよ」
そうなんだ。
というか、全然記憶があやふやなんだけど。
卒業式の日より前の記憶がほとんどない。いつの間にか卒業式だったんだけども。浦〇太郎気分。
ちなみにこの世界に浦〇太郎の話は存在しません。前の世界で読んだことあるんだよね。話を読んでくれた人に「理解不能」って言ったら、笑われた記憶がある。
カタッて音がしたから、そっちを見たら、先生が前と同じように椅子に座っていた。
すごく真剣な表情に変わってたから、首を傾げて先生を見る。
「僕たちは、間違っていたね」
「うん?」
「僕たちはね、皆、君が死にたいのが、ご両親が死んで寂しいからだと思っていた。2人がいない現実が耐えられないんだって、そう思ってたんだ」
「…………そう」
「もっと最初に、ちゃんと君と話をするべきだったよ。前世の記憶も含めてね」
「……いいよ」
先生。そんなのいいよ。私が勝手に自分を死神だって信じた。だから願いを隠した。先生は何も悪くない。
それに前世を信じたのは、先生だけだったよ。
私といっちゃんに今じゃない違う人の記憶があることを、この先生だけは子供のころから信じてくれた。面白半分っていうのはあったと思うけども。話を聞く時、目がキラキラしてたもん。
何にも面白くないんだけどさ。
私の前世は殺し合いの記憶だから。
戦地だったんだよ。内戦がよく起こる国だった。家族は空爆で死んだし、政権取ったっていう軍人たちは好き勝手やって、国民のこと考えやしない横暴っぷり。
あの時は死にたいなんて思ってなかったから、生きるのに必死で、いつ殺されるか分かったもんじゃなかった。男も女も関係なかった。反乱組織に結局拾われて、でも裏切りの連続。誰を信用できるかも分からない世界。
この世界に転生して思ったのは、平和の一言。
誰も殺しあってない。皆が皆、笑ってる。裏切りを信じてない。争ってる国も、少しの話し合いでほぼ穏便に解決される。
こんな優しい世界があるんだなって思った。
いっちゃんの暮らしていた国は、ここと同じくらい平和だったらしいけども。
「……あのね、葉月ちゃん」
おっと。昔のこと思い出してたら、ぼーっとしちゃってたや。
「一花から聞いた君が死にたい理由を話したら、会ってちゃんと話したいらしいんだ」
先生が懇願に近い声で、私に静かに話してくる。
そう……話したんだ。
そっか。
目を閉じる。
あんなに思い出すのが辛かったのに、
2人の笑ってる姿が浮かんできた。
少しポカポカする。
幸せだった気持ちが、自然と出てきた。
目をゆっくり開けた。
「いいよ」
「……そう。じゃあ、連絡しておくよ」
「先生」
「うん?」
……会いにいったら、2人は喜んでくれるんだろうか?
「2人に……会いにいくって……伝えてくれる?」
「いいの?」
「うん……退院したら……行ってみるよ」
「ふふ。喜ぶよ」
そうだったらいいな。
でも、花音が幸せだったって言ってくれたから。
少し信じてみるよ。
キュッと握られてる手に力を込めた。温かさが伝わってくる。
「ねえ、葉月ちゃん?」
「ん?」
「もう意識しなくて大丈夫?」
「……分かんないや」
「そうか」
「でもね、先生」
「うん」
「昔の私が、その時迎えにくるってさ」
「……そう」
「…………楽しみだね」
「それは、僕は喜べないかなぁ」
ふふって言いながら、でも先生は嬉しそうだった。
まだ正直、死ななきゃって欲はあるよ。
どうすれば死ねるかなって今も考えてるよ。
だけど、境界線を意識しなくても、欲に飲み込まれる感覚がないや。
「先生、大丈夫だよ」
「何が?」
「私、分かってる」
「何をかな?」
決まってる。
「自分がおかしいこと分かってる」
ちゃんと、ハッキリと自分の欲がおかしいことが分かってる。
先生はすごく満足そうに「そうか」って言ってくれた。
もしも170話・171話の後書きをお読みになっていない方へ。
葉月のいう“頭おかしい”も“欲”も自分を助けようとする人間を見境なく傷つけ、悲しませることを理解しているけれど、それでも死のうとする発狂した自分のことを指しています。
決して、自殺を考えたことがある人たちのことを否定、そして指している言葉ではありません。
かといって、この作品は“自殺自体”を肯定・推奨する作品ではありません。
何卒、誤解しないようお願い申し上げます。
(何度も同じ内容をお読みになった方には、しつこくなってしまったこと、お詫び申し上げます)




