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238話 だから、こんなにも愛おしい —花音Side※

 


 柔らかく温かい感触。

 甘い吐息。


 目をゆっくり開けていくと、驚いている葉月の顔が視界いっぱいに広がっていく。

 ゆっくり、名残惜しいように唇を離れさせた。


 葉月は啞然としたように、目を見開いて見てくる。


 でも涙は止まって、少し体の震えも止まったように見える。


 クスっと笑みが零れ、唇がつくかつかないかの距離で、目元を緩ませて葉月の綺麗な瞳を見た。


「葉月…………あなたは本当に優しい人だね」


 そっと葉月の頬を撫でる。

 暖かい。


「誰よりも……優しすぎる人」


 ずっと怖かったんだね。


「自分を愛する人を守りたかったんだね」


 いなくなると思って、怯えてたんだね。

 そして、愛されることを怖がった。


「自分を犠牲にしてでも守ろうとしてたんだね」


 そうすれば、もう誰も失わないと思ったんだね。

 自分の存在を否定して、だから死ぬことを望んだ。

 自分よりも、周りにいる人たちを守りたかった。


 そうだよね、それは辛いかもしれない。

 自分を愛した人が、自分を守って死んでいくのは。

 結局その人たちは、葉月の前からいなくなるということだから。


 だけどね。


「ねえ、葉月。どうして皆、あなたを愛したと思う?」


 目を途端にパチパチと瞬いている。


 葉月は分かってない。


 なんで葉月をみんな愛したか。



「それはね、あなたがいっぱいの幸せを皆に与えたからじゃないかな?」



 私も知らなかった。


 葉月を好きになって、初めて知った。



「私はいっぱい貰ったよ。葉月から色んな幸せもらったよ」



 こんな幸せな気持ち、知らなかったんだよ。


 でも葉月は分かってなさそう。

 クスっと笑って、葉月の首に腕を回して抱きしめる。


 その温もりだけでも、嬉しくなる。



「葉月が笑うと嬉しかった。葉月が「おかえり」って言ってくれるとすごく安心した。近くにいるだけで胸がドキドキしたし、離れたら切なくなった。おいしいって私の作った料理食べてくれるときの顔が可愛いし、葉月を抱きしめるとその温かさに胸を締め付けられた」



 離れていた時もそう。


 今何してるかなって、考えるだけで胸がいっぱいになった。

 どうしたら考えてくれるかなって、葉月のことで頭の中が占められた。


 その時間がまた愛おしくて仕方なかった。


 そっと葉月の頭を撫でる。

 柔らかくて細い髪の感触が心地いい。



「全部が愛おしくて、幸せになれたんだよ。葉月が私にくれたんだよ」



 ありがとう、って伝えたかった。


 こんな気持ちを教えてくれて、

 幸せな気持ちにしてくれて、


 ありがとうって。



「だから、葉月を愛した人たちはあなたを守りたかったんじゃないかな?」



 きっとそう。


 葉月を愛した人たちは、この幸せな気持ちをくれるから葉月を守りたかった。


 そして守った。


 自分の命より、葉月のことが大事だった。



「私が感じた幸せを、葉月を愛した人たちは受け取ってたから、だから失いたくなくて、あなたを守りたかったんじゃないかな?」



 いなくなってほしくなかったから。


 葉月が自分を犠牲にして、周りを守りたかったのと一緒だよ。



「ねえ、葉月。愛されることを怖がらないでいいんだよ」



 愛されて、守られて、いなくなるのを恐れてる。


 でも大丈夫だから。



「死なないから、いなくならないから。大丈夫だから」



 ピクッと葉月の体が震えた。


 大丈夫。

 大丈夫だよ。

 怖がらなくて大丈夫。


 宥めるように、ゆっくり葉月の髪を梳くように撫でてあげる。小さく葉月の声が耳元で響いてきた。


「…………花音だって……たまにいなくなってた……」

「でも、葉月が見つけてくれたよね?」


 いつも葉月が来てくれた。


 レクリエーションの時も、海で溺れた時も、美術館で閉じ込められた時も、恐いお兄さんたちに絡まれた時も、そして水族館に誘拐された時も。


「葉月が守ってくれたよね」


 その事実が嬉しくて、またクスクスと笑ってしまう。



「葉月がちゃんと守ってくれたから、私はいなくなってないよ」



 葉月が死ななくても、葉月が守ってくれたから、私は今、葉月のそばにいれるよ。


 逆に葉月がいなくなってたら、私はレクリエーションの時にもう動物に襲われてたんじゃないかな。誰も助けにこれなくて。



「それにね、葉月。あなたを愛した人たちは、あなたに幸せになってほしかったんじゃないかな?」



 そっとまた葉月の頬に手を添えて、顔を覗き込む。泣き腫らした目で、縋るように見てきた。


 可愛くて、本当に仕方ない。

 絶対葉月を愛した人たちは、葉月に幸せになってほしいと思ってたよ。


 だってこんなに可愛いから。


 いっぱいの幸せをくれる存在だから。



「だから守ってくれたんじゃないかな?」



 自分の手で、葉月のことを幸せにしたかったんだよ。

 私がそうだもの。

 葉月のことを幸せにしたくてたまらない。


「葉月は、その人たち嫌いだった?」


 そんなことないよね?

 だって、守らせないために、葉月は死ぬことを選んでたもの。


 思ったとおり、葉月はその答えを返してくれる。



「大好き…………だった……」



 うん。


 嫌いなはずないよね。



「大好きだったよ」



 はっきりと、また葉月がそう口にする。


 それが嬉しい。


 嬉しくて、ふふって笑いながら、葉月の額にコツンと額を合わせた。


「葉月。皆に愛されて嫌だった?」

「そんなことない」

「幸せだった?」

「幸せだった」

「皆もきっと幸せだった」

「パパもママも?」

「きっと幸せだった」

「…………本当?」

「本当。だって、私はあなたを愛せて幸せだもの」


 幸せで、仕方ないよ。


 葉月のこの声も、

 頬の暖かさも、

 柔らかさも、

 笑顔を見られることも、


 自分のことより周りにいる人を大事にする、その優しい心も、


 感じられる私は幸せ者だよ。



 だからいなくなってほしくないの。



「葉月、あなたがいなくなったら、幸せ無くなってしまうんだよ?」

「でもいると、みんないなくなる……」

「いなくならないよ」

「うそ」

「嘘じゃないよ」

「でもいなくなる」

「じゃあ、葉月が守って?」


 ちょっとズルいかな。ズルいよね。葉月はまだ私のことを好きになってないもの。


 でも、葉月が少しでも生きることを考えてくれるなら、何でもする。


 驚いてる様子の葉月。

 何度も目をパチパチと瞬いている。



「私は葉月を愛してるから、いなくならないように守って?」



 私を愛せとは言わない。

 もちろん、愛してくれたら嬉しいよ?


 でもそれ以上にそばにいたい。

 葉月の隣で、葉月の笑顔を見ていたい。


「そうすればいなくならない?」


 子供の様に、葉月はそう呟く。またつい笑ってしまった。


「そばにいるからね」

「そうすれば死なない?」

「死なないよ」

「私を守らない?」

「うーん。私も葉月を守りたいかな」

「じゃあ、いなくなる」

「いなくならないよ。守って、ちゃんとそばにいる」

「本当?」

「本当」


 葉月を守って死んだりしない。

 それは絶対約束できる。


 そんなことしたら、葉月の笑顔を見れなくなる。そばにいられなくなる。


 葉月を守った人たちも本当はそう。

 守って、そしてずっと葉月の温もりを感じたかったはず。

 葉月の笑顔を見ていたかったと思う。

 そばにいたかったと思う。


 だから葉月。

 もう死ぬことを選ばないで?

 私にあなたをもっと愛させて?


 スリっと葉月が額を擦りつけてきた。

 目元を緩ませて、じっと見てくる。




「…………もう少しだけ…………様子見る」




 それは……死なないってことでいいのかな?

 でも、きっとそうだね。


 葉月の頬をまた撫でる。

 その手にまた頬を擦り寄らせてきた。


 安心して、ホッと胸を撫で下ろす。周りの空気も、安心したかのように緩んだのが分かった。


 少しだけでも、葉月の考えが変わったのなら、それでいい。


 そっと葉月の手が背中に伸びてきて、抱きしめてくる。

 私の肩に顔を押し付けてきた。


 可愛いなぁと思いながら、私も抱きしめ返した。

 葉月の温もりが伝わってきて、またそれで幸せな気持ちでいっぱいになる。



 こうやって、ずっと抱きしめたかったんだよ。


 葉月の温もりに包まれたかった。



「花音……」

「ん?」


 耳元で葉月の声が聞こえてきて、それだけで胸がいっぱいになった。


「少し……寝る」

「え? ま、待って、葉月?」


 ――――予想外!!

 え、え、ええ!?  まま待って!? 今、ここで!!?


 ここ時計塔だから!! しかも、風もさっきからビュービュー吹いてるから!


 私の戸惑いを余所に、段々と背中を抱きしめてきてた葉月の腕の力が弱まっていくのを感じた。こ、これ、本格的に寝るやつだよ!!


 葉月の体重が段々体にのしかかってきて、慌てて抱きかかえるように腕を調整した。


 あ、だめだ、これ。葉月の寝息がスウスウと耳元から聞こえてきた。


 これ、もう寝てる。


 慌てて顔を横に逸らすと、案の定一花ちゃん――というか、周りの先輩たちやレイラちゃん、舞まで寝ている葉月を見下ろしていた。


 なんで皆そんなに落ち着いてるの!?


「いい一花ちゃん!」

「落ち着け。今兄さんが来る」


 ここに!?


「この状況でいきなり寝れるなんて、さすが葉月っちだね」

「よくこんなところで寝れますわね。これだけ心配させといて、本当いい御身分ですわ」


 舞、何でそんな感心してるの!? レイラちゃん、こんな時にツンデレいいから! 本当は嬉しくて仕方ないって顔に書いてるよ!!


「それにしても桜沢さん。大胆だったわね」


 は――そ、そうだよ……皆いるのに、告白しちゃったし……そそそそれにキスもしちゃった!!? 今更ながら恥ずかしい!! 東海林先輩、そんな舞みたいに感心しないでください!!


「ふんっ……」

「あはは、翼、大学行ったらいい出会いがあるよ」


 会長はなんでそんな不機嫌そうなの!? 月見里(やまなし)先輩は何の話!?


「おい、そいつの腹、それ血じゃないか?」

「(コクコクコクコク)」


 それ、傷開いてる!! 九十九先輩、冷静に言わないで!? 阿比留先輩、言葉に出して!?


「いいい一花ちゃん!」

「だから、落ち着け。ああ、大丈夫だろ。傷が開いただけだ。多分……」

「一花、多分って!?」

「首もさっきから血出てますわよ、一花」

「大丈夫だろ、多分」

「「「不安煽らないで!?」」」

「「「まず止血だろ!?」」」



 なんて大騒ぎしても、全く葉月は起きなかった。



 とりあえず一花ちゃんに止血してもらうために、舞にも協力してもらって床に寝させたけど、それはもう気持ちよさそうに寝ていたよ。



 先生が来るまでは気が気じゃなかった。知らない間に、葉月のお腹から血が出てて、制服が悲惨なことになっていたんだもの。首もさっき葉月がカッターナイフで押し付けていたところから出てたし、それを改めて見て、サアっと血の気が引いていった。


 すっかり落ち着いた一花ちゃんは「大した量じゃない」って肩を竦めてたけど、私はそんな風に思えないよ!?


 勝手にあたふたしていたら、一花ちゃんの部下(だと思う)の人たちが葉月を運んでくれて、時計塔の下にいる先生のところまで運んでくれた。ついさっきここに着いたみたい。


 慌てて車から降りてきて、応急処置をしてから、(葉月専用の)救急車に乗り込んだ。


 最後に会長が視界に入ったから、モデルの件は後で連絡しますね、と言ったら、何故か微妙な顔をしていたね。何でだろう?


 先輩たちが会長を囲んでいて、慰めているのが車の窓から見えた。


 隣の一花ちゃんは「哀れだな……」と疲れたように溜め息をついていたけど、あの、一花ちゃん? それ、どういう意味?



 まあいいかと思って、とりあえず病院に着くまで葉月の手をずっと握っていた。


お読み下さり、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 花音ちゃんおめでとう!葉月ちゃんと末永く幸せになってくれ…! [一言] それはそうと、想い人の目の前で狂人に全身をキスされて、告白には気づいてもらえず、自分の卒業式に自殺騒動が起き、挙げ句…
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