236話 優しすぎる —花音Side※
「葉月っ」
目の前の葉月が、力なく床にペタンと座り込んでしまった。両手で耳を抑えてブンブンと頭を振っている。
ハアハアと息を荒くしていて、様子がおかしい。
「葉月っ……どうし――」
膝をついて、葉月の肩に手を置こうとした瞬間、
「聞きたくないよ!!!」
突然、叫び出した。思わず自分の手が止まってしまう。
一体、何が……?
ハアハアと息を荒げて、葉月は苦しそう。
涙も止まらないみたいで、ポタポタと座り込んだ自分の膝に、その涙を零している。
「葉月……」
見ていられなくて、そっと肩に手を置いた。
葉月の体はカタカタと震えている。
止めたくて、どうにかしたくて、
抱きしめようとした時だった。
「愛さないでよ……誰も、私を愛さないで……」
辛そうに、葉月はそう呟いた。
愛さないで……?
葉月はそれを怖がってる……?
ハアハアハアっとさっきより荒く、葉月は呼吸している。
ブンブンと、何かを払うように頭を振っている。
つい一花ちゃんの方を見ると、彼女もまた茫然と言葉を失っているように葉月を見下ろしていた。レイラちゃんもそう。
周りの先輩たちと舞は訳が分からなそうにしていたけど、2人はただ唖然と苦しそうな葉月を見下ろしている。
葉月は子供が嫌がるように頭を振っていた。
何も聞きたくないように、必死に耳を抑えてる。
だけど、いきなりその頭を振るのを止めて、
そしてまた呟いた。
「私のせいで…………死んじゃった」
――――え?
下を俯いている葉月の表情は分からない。
でもはっきりと聞こえた。
葉月のせいで、死んだ? 誰が?
「私のせいで…………パパ……ママ……死んじゃった」
ポツリポツリと、細い声で、呟いていく。
葉月のせいで、ご両親が死んだ?
「違う! 違うぞ、葉月! あれは事故だ!」
「そうですわ! あれは、相手の運転手が居眠りで!」
一花ちゃんとレイラちゃんが、反論するように声を荒げた。
事故?
居眠り?
色んな情報が入ってきて、少し混乱する。
「違わないよ! 私のせいで、私を守ったせいで! 2人は死んじゃったんだよ!!」
2人の言葉を掻き消すかのように、一際大きな声で葉月は叫んだ。
葉月は、自分のせいで2人が死んだと思ってる?
事故があって、ご両親は葉月を守った?
「みんな、みんな、みんな私を守って死んじゃったんだよ!!」
みんな?
ご両親以外にも、葉月を守って死んだ人がいる?
「みんな、愛してるって、大好きだって言って、私を守って死んでいくんだよ!」
その叫びが、一番胸に突き刺さって、
だけど、やっと分かった気がした。
ハアハアと葉月は息を荒くする。
怖がって、怯えて、
体を震わせている。
「だから…………だから私が死ねばいいんだ……」
それで、死にたかったんだ。
「だからっ……! だからっ私がっ……! 死ねばいいんだよっ!」
そのために死のうとしていたんだね。
「愛されて、守られて、みんな、いなくなるならっ……私が死ねば、誰も死なないっ!」
死にたくて、死のうとしているんじゃないんだね。
「だからっ――だから、私死なないとっ! 死なないといけないっ! 死なないとっ!」
誰よりも、優しいあなただから。
「だからっ…………私は死ぬことを諦めないっ……」
優しすぎるよ、葉月。
「葉月」
葉月が落ちたカッターナイフを取る前に、
葉月の頬を両手で挟んで、
無理やり葉月の顔を上げて、その口を塞いだ。




