234話 やっぱり鈍感 —花音Side※
「だって、私は葉月が好きだから」
私がそう言うと、葉月が驚きの表情を全面に出してきた。
つい、口元が緩んでしまう。
やっと言えた。
やっと口に出せた。
どうしよう、これ。
ただ口に出しただけなのに。
今、目の前の葉月に言えたのが、こんなに嬉しいなんて。
今までにないくらい、胸の中が温かい。
「葉月が好き。だから死なれると困る。死なないでほしいの」
いなくなられると困る。
死んでしまうと、もう私は葉月に好きだって伝えられなくなる。
こんな幸せなことが出来なくなる。
ふふって笑うと、葉月は段々と告白の衝撃から落ち着いたのか、首に当てているカッターを持つ手にまた力を込めたのが分かった。
おかしいな。さっきまであんなに驚いてたのに。
「そっか、ありがとう。でも大丈夫だよ、花音。ちゃんと忘れられるから。いなくなれば忘れられるよ。そうすれば困らない」
そう来たか。葉月に好きといったところで、そのままの意味で捉えるとは思ってなかったけどね。
「無理だよ、絶対に忘れないから」
忘れられるなら、きっと葉月があの寮の部屋から離れた時に忘れてる。
違かったって思ってる。
また一歩近づく。
それに絶対勘違いしてる。
きっと今の好きを友達の好きと勘違いしてる。
「だめだよ、花音。来ないで」
止めに来た。これ以上近づくと、切るつもり。
でも、言葉は届くから。
「葉月、違うよ?」
そう言うと、また葉月は首を傾げてくる。
頭の上にはてなマークがついてるみたい。
「勘違いしてるよね?」
またまた葉月は分からなそうな顔をする。
本当、重症だな、私。
その顔も可愛くて仕方ない。
「私は葉月が好きだよ」
さっき聞いたけど? と言いたげな顔だ。
「友達としてじゃないよ?」
そう言っても、葉月はピンと来ていない。
思わず笑ってしまう。
「本当に鈍感だね」
また反対に首を傾げた。
ここまで言っても分からないか。
じゃあ、分かるように言わないとね。
微笑んで、口を開いた。
「愛してるよ、葉月」
愛してる。
これ以上ないくらいに、あなたを。
「葉月を愛してる」
言葉にするだけで、こんなに幸せな気持ちになる。
どこか恥ずかしいけど、でもすごく嬉しい。
体も心も温かくなる。
「だから、死なないでほしい」
さすがに伝わったのか、葉月が固まっていた。また足を進める。
一歩一歩近づいていく。
「そばにいてほしい」
また一歩。葉月は動かない。
「死なれると困る」
葉月に死なれたら、そばにいられなくなったら、
この幸せな気持ちはなくなってしまう。
腕を伸ばせば、触れられる距離まで近づいた。
葉月はずっと目を見開いたまま、近づく私を見ている。
「愛してるよ、葉月」
今、やっと葉月は私を見てくれている。
それが嬉しくてたまらない。
気持ちが溢れて、言葉で出てくる。
愛おしい。
好き。
愛してる。
今すぐ抱きしめて、またこの言葉をあなたに届けたい。
驚いている葉月を、目元を緩ませて見つめた。
でも、逆に私が固まった。
葉月が、
涙を零したから。
その綺麗な雫を、頬に流したから。
茫然としている顔で、私を見ながら、静かにその涙を頬に伝わらせている。
「……葉月?」
葉月の唇が、震えているように見えた。
ただただ茫然と、その涙を拭うことなく、私を見てくる。
いきなり、どうして?
「――――んで……?」
擦れる葉月の声が耳に届く。
その声があまりにもか弱くて、
悲しそうで、
胸がまた締め付けられた。
そして、次の葉月の言葉でこっちが茫然としてしまう。
「何で――――パパとママと同じことを言うの?」
――パパ? ママ?
聞いたことない、葉月の両親。
そういえば、今まで一花ちゃんもレイラちゃんも、誰も葉月の両親のことは言っていない。
今、何をしているのか。
どこにいるのか。
聞いたことない。
葉月の持つカッターナイフが、葉月の手を抜けて、地面に落ちる。カランと床に落ちた音が、やけに響いた。
落ちたことに気づいてないのか、葉月はまだ茫然と涙を流しながら私を見てくる。
「葉月?」
「なんで…………同じこと……言うの?」
ポツリポツリと苦しそうに葉月が呟く。
クシャリと顔を歪めて、目をギュッと瞑っていた。
「だめだよ……花音……」
どこまでも、耳の奥に響いてくる葉月の悲痛なその呟き。
葉月、教えて?
何が、だめなの?




