表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
232/366

231話 無理だよ

少し流血シーンあります。ご注意ください。

 



 浮遊感は一瞬だった。



 空を見て、


 綺麗だなって思って、



 地面に落ちる時まで、ずっと見ようと思ってた。







 手が掴まれるとは思ってなかった。



 一気に視界が変わっていった。




 目の前には時計塔の壁が見える。



 おかしいな。

 まだ空を見たいのに。


 上を見上げると、花音が身を乗り出して、私の右手を掴んでる。


 だめだよ、花音?


「手を離して?」

「いやっ……!」


 涙がポタポタ落ちてくる。

 花音の目から流れてくる。


 けど、今にも離れそうだ。

 花音がさらに身を乗り出してくる。


「一緒に落ちちゃうよ、花音?」

「絶対っ――離さないっ――からっ!」


 でも、どんどん離れていく。


 下を見る。


 地面はまだまだ遠い。


 上を見る。


 空じゃなくて花音が見える。


 本当は、こんな筈じゃなかったのに。


 片足を、時計塔の壁にかけた。

 振り払えば、また落ちることが出来るから。


 そうすれば、


 まだ空を見ながら逝けるから。



 ――――ああ、無理か。



 花音の後ろから手が伸びてきた。

 手じゃなくて、腕を掴まれる。


 会長が掴んできた。


「引き上げるぞ!」


 いっちゃんが手を出してきて、少し上がった肩口の服を掴まれた。


「この! 馬鹿野郎が!!」




 もう無理だなって思った。




 失敗だ…………。





 ハアハアハアと花音もいっちゃんも会長も、息を荒げていた。


 引き上げられて、塀の内側の壁に背をつけて、茫然と座り込んだ。花音もいっちゃんも会長も、私の周りに座り込んでいる。


 俯いて、ぼーっと地面を見つめた。


 失敗。

 失敗だ。


 また来年まで待たなきゃいけないのかな。


 でも、きっとここは閉鎖される。

 あの学園長のことだ。今回みたいな隙ももう二度と作ってくれない。今までは、あの人は楽しんでいた節もあった。


 でももう、それもしてこない。

 二度と、この時計塔の鍵に近づけさせない筈。


 他を見つける?

 また繰り返す?

 それには後、どれぐらい時間が必要?


 それまで、私は狂わないでいられるかな。

 今日で終わらせたかったのにな。


「ふっ……ぅっ……!」


 花音がギュッと抱きついてきた。

 震えながら抱きついてきた。


 全員が黙って、周りを囲んでいる。


「なぁ……葉月……」


 いっちゃんが声を震わせてる。


 いつもと違って弱々しい声だ。



「いい加減、諦めてくれよ…………」



 視線だけを向けると、いっちゃんの目からポロポロ涙が零れていた。眼鏡にも涙が溜まってる。



「いい加減死ぬの、諦めてくれよ!」



 いっちゃんがこういう風に泣くの、初めて見たよ。


 でも、

 諦める?


 死ぬのを?





「無理だよ……」





 抱きついている花音が、ビクッと体を震わせた。

 皆が息を呑んだのが分かった。


 でも無理だよ。


「なんでですの……?」


 レイラの声が聞こえてくる。


「なんでですのよ! どうして、いつまで経ってもあなたはそうなんですのよ!?」


 怒っている。


「一花の気持ちが分かりませんの!? 皆が、皆がどんな気持ちでここにいるのか分かりませんの!? いつまで続けるつもりなんですのよ、こんなこと!?」


 知ってるよ。


 皆が怖い思いしてるの知ってるよ。


 皆を悲しくさせてるの知ってるよ。


 だけど、




「無理なんだよ…………」




 無理なんだよ。


 諦めるのは無理なんだよ。



 どうしようもなく死ぬことを望んでいるんだよ。



「葉月っち……どうしてさ? どうして無理なの?」


 舞が屈んで覗き込んでくる。


「あたしさ、葉月っちといると楽しいよ? 葉月っちは違う? 皆といて楽しくないの?」


 それとは別なんだよ、舞。


「小鳥遊さん……あなたはいつも、本当に困らせてばかりね……」


 そうだね、寮長。

 困らせてばかりだね。


 ギュッと花音がしがみついてくる。


「小鳥遊」


 会長が声を掛けてくる。


「お前、これだけ言われても、何とも感じないのか?」


 ……ちゃんと感じるよ。

 申し訳ないなって思うよ。


 でも、



 無理なんだよ。



 目を閉じる。

 そっと気づかれないように、ポケットに手を入れた。

 念の為に持ってきたカッターナイフがそこにある。


「葉月……?」


 花音が顔をあげてきた。


 気づかれた?


 でも関係ない。



 ドン!



 花音を突き飛ばして、一気に皆から距離を取った。

 「花音!?」「葉月っ!?」って声がした。


 大きな柱を背にして全員を見ると、茫然とこっちを見ている。チラッと塀の方に視線を向けた。


 塀に登って、また飛び降りれるかな?


 無理かな。

 さっきより皆と距離が近い。

 いっちゃんもこの距離だったら、止められる。


「葉月っ! やめろ!」


 視線を戻すと、いっちゃんが涙を目尻に残して、こっちに近づいてくる。



「来ないで?」



 私はカッターナイフを首に当てた。それだけで、皆の動きも止まる。


 グッと眉間に皺を寄せて、いっちゃんが睨んでくる。


「……やめろ。ここからだったら、止められる」

「そだね、いっちゃん。でも生死は彷徨うだろうね」

「葉月っ!!」

「またここで切っても、あの時みたいに助かるんだろうね。どうせ、もう車は下に用意してあるんでしょ?」

「そうだ。だから無意味なことやめろ」

「一か八かに賭けてみるよ。もしかしたら、今度こそ死ねるかもしれないしね」

「やめろ!!」


 本当はさ、そこから落ちて死にたかったんだよ?

 あの空を最後まで見ながら死にたかったんだよ?


 でも、仕方ないよね。

 こんなに頭がクリアな時なんて、もうきっとないから。


 カッターをグッと首筋に押し当てる。

 痛みは無いが、刃が入っていく感覚は分かった。


 一気に緊張感がその場を漂う。



 私はさ、




 もう終わらせたいんだよ。




「なんでさ!? なんで葉月っちはそんなに死にたいのさ!?」

「いい加減諦めなさいな!! さっさとそのナイフを下ろしなさい!!」


 何で死にたいか?


 私はね、舞。



「私は……ちゃんと正気のまま逝きたいんだよ」



 ピタッと、近づいて来ようとしたいっちゃんの足が止まって、皆が黙り込んだ。


 でも、そうなんだよ。

 記憶もあやふやで、逝きたくないんだよ。


「狂ったまま、逝きたくないんだよ」


 訳も分からず死にましたは、嫌なんだよ。


「ちゃんと死ぬんだって実感して逝きたいんだよ」


 ハッキリと、自分でも分かって逝きたいんだよ。


 今から死ぬんだって。

 ちゃんと死ぬんだって。


 そうやって、逝きたいんだよ。


 カッターを更に深く入れていく。


 血が手に伝ってくるのが感じた。



「もう終わりにしたいんだよ」



 ちゃんと、自分の手で、自分の人生を終わらせたい。


 だけど多分、この後いっちゃんに止められる。

 でも出来るだけ深く入れる。

 出来るだけ血が流れるようにする。


 きっと私はまた助かるんだろう。


 本当は、そこから空を見ながら逝きたかった。



 あの星空を、目に焼き付けながら、逝きたかった。



 それが無理なら、可能性に賭けて、


 終わらせられる可能性に賭けて、



 正気でいられるうちに。



 カッターを握る力を強くした。




 終わらせる。






「私は死んでほしくないよ、葉月」






 ――――花音?


 花音の声がまっすぐ響いた。


 さっきまで震えてたのに。

 泣いてたのに。


 その涙はもうなくて。


 なんで……?


 私を、見てくる。

 ゆっくり近づいてくる。


「死んでほしくない。だから、それを下ろして?」


 さっきと様子が変わってる。

 怯えもない。

 まっすぐ見てくる。


「葉月が死んじゃうと、困るよ」


 困る?


「じゃあ、忘れて?」


 そうすれば困らない。


「無理だよ。忘れるのは絶対無理」


 花音がそれこそ困ったように笑って、首を軽く振った。

 でも、大丈夫だよ?


「大丈夫だよ。ちゃんと忘れられるよ? いなくなれば、いつか忘れる」

「葉月、私は絶対忘れないよ。自信ある」


 ハッキリとそう言う花音に、目を奪われる。


 どうして?

 なんで?


 なんであの目で見てくるの?


 縛り付けられる。



 あの熱が籠っている瞳で、花音は今、私を見ている。







「だって、私は葉月が好きだから」








 カッターが止まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ