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229話 仕方ないか

 



「葉月っ!!!」




 あとは夜を待つだけ。


 なのに、後ろから名前を呼ばれた。


 バタバタと音がする。

 荒い息遣いが聞こえる。


 どうしてここが分かっちゃったかな。

 バレるにしても、ここだって分からないようにしてたんだけども。


 少し溜め息をついて塀の上に立ってから、ゆっくり振り向いた。


 そこにいたのは花音、いっちゃん、舞、レイラ、会長を含めた生徒会メンバー。おやおや、意外な人たちも来たんだね?


 いっちゃんが、息をハーハーしながらこっちを睨んでくる。


「お前っ……! 何勝手に抜け出してる!?」


 怒ってるね。そだよね。やっぱり怒るよね。


 でも、だめだよ。

 今日は止めさせない。


「来ちゃダメだよ、いっちゃん」

「葉月っ!!」

「大丈夫、私はちゃんとここにいる」

「お前っ!?」

「今、ちゃんと正気だよ」


 ちゃんと正気だよ。今は境界線を意識しなくていい。

 しなくても引っ張られない。


 だって、この日を迎えたから。


 私の中のあの子と、決めた日だから。


 いっちゃんが目を大きく見開いている。私は微笑む。

 こんな風に話すのは久しぶりかもね。夏祭りに送り出したとき以来かな。


「ねえ、葉月っち……そんなとこ危ないじゃん。そこから降りてきなよ、ね?」

「葉月……もういい加減になさいな。これ以上、皆に心配させてどうしますの!?」


 そうだね、舞、レイラ。

 でもね。それは出来ないんだよ。


 思わず苦く笑ってしまったら、皆が目を丸くしていた。


「小鳥遊、悪ふざけはいい加減にしろ」

「そうよ。今回のは一番タチが悪いわね。さっさと降りてきなさい」

「さすがに見過ごせないよ、小鳥遊」

「さっさと降りろ。卒業式の日にこんなことするな」

「(コクコクコクコク)」


 そうだね。


 今日は会長と童顔先輩と寮長たち3年生の卒業式。


 でも、この卒業式の日しか、学園長は長時間あの部屋を空けない。

 入学式でも無理だった。

 平日も休日もいなくなるのはたったの数分。


 学園長だけは、私が敵わない相手。逆に組み伏せられてしまう。


 あの人、強いんだよ。当たり前か。私といっちゃんに武術を教えた、いわば師匠みたいなもの。レイラはついていけなくて、途中で挫折してたけどね。

 

 だから、学園長がいない日を狙うしかなかった。


 調べてたら、何故か卒業式の日だけは、学園長はあの部屋を留守にする時間があったんだよ。


 中等部からの3年、その日を何度も狙った。でも、あのからくり箱を解けなかった。学園長に見つかって、返り討ち。


 学園長室に突撃しかける時は、いっちゃんも邪魔してこなかった。返り討ちにあうのを知ってるから。本当、あの人強すぎる。レイラは全然強くないのに。


 高等部に入って、からくり箱に挑戦する機会が増えた。

 だから今日、開けられた。今頃きっと悔しがってる。


 でも、もう遅い。



 私はもう、ここにいる。



 学園長がこの卒業式の日に留守にする理由は知らない。知る必要もない。


 皆を見渡して、花音と視線が合った。





「よく皆して分かったね。私がこの時計塔にいるって」





 ここは『時計塔』。学園のシンボル。



 私の知っている限り、ここが一番高かった。


 だから、この場所を選んだ。


 この場所がいいと思った。



 ここが一番空に近い。



 花音が不安そうに、こっちを見上げてくる。



「葉月は空が好きだから、もしかしたらって思ったの」



 ああ……そういえば、スキー旅行でも花音はそんなことを言ってたね。


「そっか。それでここに来たんだね」

「葉月……やめて? こっちにきて?」


 それは出来ない。


 だからごめんね、花音。



 この日をずっと待ってたんだよ。



 視線を花音から外して、また皆を見渡す。

 全員が緊張して、こっちを見てる。


 みんなは優しいね。

 みんなだけじゃないか。


 おじいちゃんも、

 叔母さんも、

 カイお兄ちゃんも、

 皐月お姉ちゃんも、

 メイド長も、

 先生も、

 監視の人たちも、


 みんなみんな優しいね。


 ねえ、いっちゃん?


 いっちゃんを見下ろすと、歯を食い縛ってこっちを見上げている。


 そんな辛そうな顔しないで?


「ねえ、いっちゃん」

「……何だ?」


 私は空を見上げて、塀の上を歩く。

 皆がさらに緊張したのが分かった。

 思わず笑みが零れてしまう。


「いっちゃん……この世界は優しいね」

「そうだな、優しい世界だ」

「いっちゃんにとっても優しい?」

「ああ、そしてお前にとっても優しい世界だ」

「私には優しすぎるなぁ」

「お前だっていていいんだ、葉月!」

「いっちゃんたちがいるべき世界だよ」

「葉月っ……!」


 いっちゃんの方に視線を向ける。

 分かる。ジリジリ詰め寄ってきて捕まえるんだね。


 でも、私が空に身を投げ出す方がはるかに速いよ。


「いっちゃん」

「何だ……?」

「解放してあげるよ」

「………」


 ずっといっちゃんを縛ってきた。

 その小さい体に、死の恐怖を常に抱えさせてしまった。


 私の身勝手な欲を、この日まで止めてもらうために。


 微笑んで、いっちゃんを見下ろす。

 いっちゃんが目元を歪ませた。


「ストッパーは今日で終わりだよ、いっちゃん」

「――勝手に、決めるな!」

「もう大丈夫だから」

「何が大丈夫なんだよ!?」

「もう止めなくていい」

「あたしが自分で決めたことだ! お前を止めることを、あたしが決めたんだよ!」


 優しいね、いっちゃん。

 泣かないで、いっちゃん。


 でも、それは私も同じ。


「私も終わらせることを決めたんだよ、いっちゃん」

「やめろ……」

「いっちゃんでも止めないよ、私は」

「やめろっ!」

「だって私は今、正気だからね」

「やめろ、葉月っ!」

「これがあの日、正気に戻ったあの日に、願ったたった一つのことなんだよ」

「そんなこと――認められるわけないだろうが!! だからあたしが、止めるためにいるんだよ!!」

「意識を持って行かれた時は、いっちゃんで止められる。でも今の私は止めないよ。私は今、ここにいるからね」


 胸に手を置いて、いっちゃんに微笑む。


 いっちゃんは分かってる。


 今ここにいる私が、狂気に落ちていないのが分かってる。



 ごめんね、いっちゃん。



 私が本気なことが伝わってるのか、いっちゃんも下手には動けない。


 皆にもそれが伝わって、誰もその場を動けないみたいだった。



「ねえ、葉月……やめて?」



 震える声で花音が呟いた。

 今にも泣きそうな顔で、こっちを見上げてくる。


 ああ、またトラウマになっちゃうかな。

 魘されないといいな。


 笑っていてほしいな。



「葉月、お願い。やめよ? 一緒に帰ろ?」



 花音が一歩近づいてきた。


「だめだよ、花音。見ちゃだめ」

「っ!」


 私は片方の足を縁にかける。それを見て、花音の動きも止まった

 唇を震わせて、こっちを見上げてくる。


「見ちゃだめだよ、花音。見る前に帰って? また魘されるよ」

「じゃあ、一緒に帰ろうよ。そうすれば見なくてすむよ」

「帰らないんだよ、花音。私はもう決めているから」

「帰ろう? 葉月の好きなハーブティー淹れるから、ね?」


 まさか、そう来るとは。困ったように笑うしかできないよ。


 でもね、花音。


 花音は大丈夫だよ。


「花音には幸せな未来があるよ」

「葉月にだって……葉月にだってあるんだよ」

「ないよ。それに私は未来はいらない」

「作ろう? 一緒に、皆と一緒に葉月の未来、作ろうよ?」

「私はそれを望まない。あの時すべてを捨てたから」

「葉月がいないと、幸せな未来は来ないんだよ?」

「来るよ、花音。私がいなくても、花音には幸せな未来が来るよ」


 ふふって笑う。


 会長との幸せな未来がくるよ。

 だから大丈夫。


 そういえば今日イベントだよね。

 もう終わったのかな?

 それとも今からかな。


 私は地獄から祈ってるよ。


 花音が笑えてますようにって。


 だって、



 花音の笑った顔が、やっぱり一番好きだから。



 皆を見渡す。

 全員がさっきより緊張して、汗かいて、どうするかを考えてる。


 空を見上げた。



 本当は、星が良かったけどね。



 仕方ない。

 皆が帰ってくれるとは思えない。


 本当は、こんな場面をみんなに見せたくはなかった。

 人が死ぬ場面なんて、トラウマを与えてもおかしくない。


 でも、私はもう決めたんだ。

 だから、悪いけど実行する。


 先に謝っておくよ。トラウマ与えてごめんって。


 でもね。



 私が生きているより、ずっといい。



 仕方ないよね。


 まあ、この青い空も綺麗だし。


 星じゃなくても、綺麗だからいいよね。




 もう片方の足も一歩後ろに。




 さあ、最後まで見よう。





 見ながら逝こう。







「じゃあね」







 空中に背中から、身を放り投げた。











 綺麗な、青だった。


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