22話 生徒会勧誘
入学して3週間。私も花音との生活に慣れてきている。
朝は花音に起こしてもらって、花音のご飯食べて、花音に髪とネクタイやってもらって、お弁当も作ってもらって、晩御飯も作ってもらって……あれ? 花音にしてもらってばかりじゃない? というか有能すぎない、花音?
花音はいい奥さんになれるよ。保証します。でも生の玉ねぎだけはやめてください。もうすっかり花音は私の好き嫌いを把握しているんだよね。
「生徒会に入るの? 花音が?」
「そうだ。勧誘されるはずだ」
お昼休み。いっちゃんと中庭の一角でお弁当を食べていた。もちろん花音が作ってくれたものです。美味しい。いっちゃんは食堂から買ってきたいいお肉を使っているカツサンドを食べていた。
花音は料理がすごい好きみたい。この前の休みにはお菓子も作ってた。舞といっちゃんにもお裾分けして、喜ばれて嬉しそうだったな。
今日は2人とは別行動。まぁ、いつもお昼は一緒に食べているわけじゃないんだけどね。クラスの人に誘われたみたい。
最初はお弁当を持ってきている花音を馬鹿にしてる人もいたんだけど、私の同室ってことで逆に同情されたらしい。花音の立場が一般庶民から『小鳥遊葉月に付き合わされる哀れな子』という認識になったっぽい。お弁当も私に言われて作らされているって噂が流れてるみたい。
ま、それで花音が変ないじめにあってないなら、全然いいんだけどさ。舞も一緒にいるし、それは大丈夫だと思うんだけど。
私が花音の特製卵焼きを頬張っていると、いっちゃんが食べていたカツサンドを飲み込んだ。
「じゃあ、花音はこれからちょっと忙しくなるんだね~」
「そうだな。まぁ、メインイベントは全部生徒会絡みだからな」
いっちゃんが言うにはGWイベント、レクリエーションイベント、体育祭に夏休みと色々イベントというものが溢れているらしい。そこで攻略対象者たちと仲を深め、好感度を上げて、彼らの心の傷を癒していくというのだ。
「そういえば、いっちゃん。会長以外との攻略対象者たちとの出会いイベントってないの?」
「それが生徒会勧誘なんだよ。ここで一気に他の攻略対象者たちと出会うんだ」
「ふ~ん? 会長だけが別口なんだ?」
「会長は製作者側の推しキャラだからな。他の攻略対象者はついでに作ったって書いてたな、設定資料集には。会長1人だと、ゲームとしてはつまらないものになるからな。実際アンケートで人気があったのは、会長がダントツ1位だ」
「会長のどこがそんなにいいのか分からない」
「俺様ドSキャラっていうのは需要が高いんだよ。かくいうあたしも、会長が推しキャラだ。他の生徒会メンバーもいいんだけどな。やっぱり一番凝った設定だからストーリーもいいんだよ。しかも途中で選択ミスったら、告白は絶対成功しない。難易度も一番高かった」
いっちゃんの舌が絶好調である。いつもは私へのツッコミしかしないんだけどね。この乙女ゲームの話をする時だけはよく喋る。
「じゃあ、いっちゃんは花音に会長と上手くいってほしいんだ?」
「まぁ……そうだな。見たいのは会長とのストーリーかな……」
ちょっと難しいんじゃない? この前花音に聞いてみたんだよね。花音はその人かっこいいと思ったの? って。そしたら「はい?」っと凄んだ笑顔で返されたよ。私はすぐ黙りました。無理。あの状態の花音こわっ!
怖い笑顔の花音を思い出していると、「きゃああ!!」と、色んな女の子たちの黄色い悲鳴が遠くで聞こえた。近くを通った女の子が「翼様たちが今1年生の校舎にきてるんですって!」と友達に言っていたのが聞こえてくる。私はいっちゃんと顔を見合わせた。
「いっちゃん? その生徒会の勧誘っていつ?」
「具体的な日にちまでは書いてなかったんだよ……まさか、今日か!?」
「見に行く?」
「もちろんだ!」
いっちゃんがノロノロと弁当を片付けている私を引っ張っていく。待ってよ、いっちゃん。焦らなくても大丈夫だから。どうどう。
私たちが花音の教室方面に行くと、人だかりが出来ていた。どれだけギャラリーいるんだろう? 人を掻き分けて前に行くと、目当ての人物たちが視界に入ってくる。
1人はもちろん俺様会長こと鳳凰翼。そして彼の後ろに3人のイケメンたちが付き従っていた。
1人はニコニコ笑顔で童顔の月見里怜斗。3年生。親が一流デザイナーで、世界でも有名なブランドを手掛けている。
もう1人は眼鏡をかけて鋭い目つきが特徴の九十九綜一。2年生。現総理大臣の息子である。
最後の1人が阿比留宏太。2年生。やんちゃそうなイメージがついている。いっちゃんいわくツンデレというやつらしい。親が有名な音楽家で、彼自身もその腕前は有名である。
「素敵~」「さっき怜斗様に声掛けられちゃった」「やっぱかっこいいな、翼様は」「綜一様に睨まれるとドキッとする」「この前宏太様の演奏聞きに行ったら、最後に笑ってくれたのよ」
と様々な声が聞こえてくる。ちなみに寮長も美人だからファンが多いみたいだよ。生徒会メンバーはいわばこの学園のアイドルだからね。けどさ、前から思ってたけど、なんで様付け? 絶対様付けしなきゃいけないのかな?
会長たちは目当ての教室に着いたらしい。中にいる生徒を呼び出していた。あ~ちょうど良かったみたいだね、いっちゃん。あ、だめだ、鑑賞モードに入っている。この前みたいにもはや何も聞こえていないだろう。
予想通り、花音が困惑しながら教室から出てきた。そして、一瞬にして怪訝そうな表情になっている。うん、印象最悪だもんね。
「何だ。お前が桜沢花音だったのか」
「……何の用でしょうか……?」
「何々? 翼、知り合いだったの?」
「あ~。入学式の時に迷子になってたから、助けてやっただけだ」
「……はい? 助けてやった……?」
あ、花音の額に青筋が。駄目だよ花音。可愛い顔が台無しだよ~。
そして会長の『助けてやった発言』が周りにいる人たちをざわつかせた。「翼様に助けてもらった?」「噓でしょ?」「というか、あの子ほら特待生の……」「小鳥遊と同室の哀れな……」とか言いたいことを言っていた。
「……助けてもらった覚えはありませんけど。それで何か用事でも? ないなら失礼します」
刺々し~。刺々しいよ、花音。もう、早く会話を終わらせたい空気がビシビシ伝わってくるんですけど。
「おい、お前。随分な態度を取るじゃないか。翼さんがわざわざお前のために時間を取ってくれたというのに」
いやいや眼鏡先輩? 花音はそんなこと頼んでませんよ~?
「つか嫌われてね? 翼さん」
「ふふ、翼が? それは珍しいこともあったものだね」
「はー、お前ら少し黙れ」
他の3人を黙らせて花音に向き直る会長。花音の顔は相変わらず険しいままだ。
「……随分とご機嫌斜めだな? 俺が言った通り、あの時のお前の友達とやらは喜んでいただろ?」
「……いいえ? あの時私を迎えにきてくれる予定だった友達は、欠片も喜んでいませんでしたけど?」
「そんな生徒がこの学園にいるはずねえよ」
いやいや、ここにいますよ? どんだけ自信があるんだか。
「随分な自信ですね。ところで、ご用事は? ないならホントに失礼します」
あ、花音とシンクロした。
「あはは。翼、この子ホントに面白いね。翼に対してこれだけ反抗してきたのって、あの子以来じゃない?」
「……あいつとは別だ。毛色が全然違う」
「……用事はないみたいですね。教室に戻ります」
「勝手に戻るな」
眼鏡先輩が花音の腕を引っ張った。あ~……花音がキレそう。というか爆発しそう。花音は掴まれた眼鏡先輩の腕を払って、キッと彼らを睨みつけていた。
「……何なんですか? 本当に何なんですか!? 大体あなたたち何なの?! そんな偉そうな態度で……!」
花音、爆発。ただちょっとマズイかなぁ。周りの目が一気に非難めいた目に変わってる。あの人たち人気あるから。
会長だけはパチパチと、「何言ってるんだこいつ」みたいな顔してたけど。
「あー、お前。俺たちの事分かんねえのか?」
「知りませんよ!」
「ククク……僕たちの事知らない? 入学して3週間経ってるのに」
「はあ? 本当に自意識過剰な人達ばかりですね!」
「おいお前。いい加減にしろよ。僕や宏太はともかく、翼さんたちを知らないとか。どれだけ失礼な女なんだ」
「失礼なのはあなたたちでしょ!? いきなり来て用事も言わない、自分達が誰かも言わない!」
「この女、マジ俺たちのこと知らねえの? 鈍感?」
「ど、鈍感……!?」
「あー……落ち着け、桜沢花音」
「あなたに名前呼ばれたくないんですけど……」
「あのな、宏太の言う通り、鈍感と言うしかねぇよ。俺たちは生徒会だ」
「……生徒会?」
「周りから聞いてなかったのか? 俺らのこと」
「そ、れは……名前……だけは……」
生徒会と聞いて信じられなさそうな花音。まぁ、そうだよね~。一見生徒会に見えないもんね~。花音の知ってる生徒会の人、寮長だけだし。
「それで、今日はお前を勧誘しに来ただけだ」
「……は?」
「今回の外部受験首席合格。特待生にも選ばれた優秀な生徒を生徒会が勧誘しないわけねえだろ? だから、今日からお前は生徒会に入れ」
「……はあ?」
花音、普段の可愛らしさはどこいったの? かなり素っ頓狂な声になってるよ。
「……この俺がこうやって誘ってやってるのは珍しいんだぞ。生徒会に入れ。わかったな?」
「っ!?」
分かる~。横暴すぎるよね~。っていうか勧誘って言ってるわりに決定事項じゃん。ないわ~。ねえ、いっちゃん、これのどこが推しなの~? 全然分かんないよ~。
半目になって成り行きを見守っていると、花音が顔をあげた。その表情は笑顔である。真っ黒いオーラが出てるけど。
「お断りします」
シンと場が静まり返った。誰もが断ると思ってなかったんだろう。口を先に開いたのは眼鏡先輩だった。
「は!? お前……今、翼さんの誘い断ったのか?」
「やるね~花音ちゃん」
「怖いモノ知らず?」
会長はまたパチパチと目を瞬かせていた。花音はニコーっと笑っている。私、この花音怖い。
「話は以上ですか? では、失礼します」
花音がそう言って会長に背を向けて教室に戻ろうとした時に、会長が花音の肩を無理やり壁にドンッ! と押し付けた。おやおや? ちょっと頂けない展開ですな。
「っつ……!? な、何……?」
「何じゃねえよ? お前に拒否権ねえんだけど」
「……はっ……?」
会長が花音を間近で凄んでいた。ん~、だめだめ~。女の子は優しくしないとさ~。あ~花音、ちょっと震えてるじゃ~ん。いや、ホントだめよ、暴力だけはさ。こんなので、どうして周りから黄色い声が出てくるのかさっぱり分かりません。
いっちゃ~ん。私、ちょっともう我慢できないよ~。あっ今度はプルプルモードに入ってる。は~、じゃあいっか。っていうかもういいよね? 我慢しなくていいよね~?
「はいは~い。ストップ~。そこま~で~」
近付いて、花音の肩に押し付けている会長の手を引っ張った。
「「「「なっ!?」」」」
4人揃って驚愕の顔してる。
「葉月……」
ニコッと花音に笑ってから、花音を背中に隠すように会長との間に滑り込んだ。
「だ~めだよ~かいちょ~? 女の子は優しく扱わないと~」
「お、おま……お前……」
背中に伝わってくるのは花音の震え。
ん~、会長。ちょっとやりすぎかな? 私、ちょっと怒っちゃったよ?
お読み下さりありがとうございました。