表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
227/366

226話 あの日決めたこと

 




『迎えに来たよ』





 ゆっくり目を開ける。


 横を見ると、あの子が血だらけでベッドのそばにいた。

 こっちをジーっと見下ろしている。ペチペチと頬を叩いてきた。


 う――ん? ここは?


 ここは病室だった。

 ボーっとする。


 ああ、ここは私専用の病室だね。

 そうか……あの時、あの女にお腹刺されて……。


『今日だよ? 起きて~?』


 あの子が覗き込んでくる。ペチペチペチペチと叩いてくる。


 今日? もうそんなに経ってたの? あれからそんなに経ってたんだ~。


 ゆっくり起き上がって、あの子を見た。

 ニコニコして嬉しそう。


 そっか、この子にとっても待望の日か。


 窓の外を見る。快晴だ。

 思わず口元が綻んだ。


『いこ~?』

「着替えなきゃね~」

『うん』


 ベッドから降りて、腕や体についている管を取り外した。それから前に入院した時、万が一で用意して、ソファに隠していた制服に着替えた。


 ベッドにあるサイドテーブルに向かう。

 前に隠していた携帯を取り出して、起動させた。


 うん。確かにあの時、決めた日だ。


『まだ~?』

「ちょっと待って~?」

『早く~』


 携帯をいじって、鴻城(こうじょう)の監視カメラに映る画面を用意してた画面に切り替える。

 携帯の電源を切ってテーブルに置いた後に、あの子を振り返った。


「いこっか」

『うん!』


 血塗れの手で私の手を握ってきた。

 ヌルっとした感覚がまたする。


 思わず苦笑しながら、握り返してから病室を出た。



 □ □ □



『ここ~?』

「そう」


 今はある一室の中にいる。


 今日は警備が薄いんだよ~。おかげですんなり入れました。


 絵画を外すと、金庫が出てきた。

 なんてベタな隠し場所だろうって、初めて見た時思ったけどね。この金庫の鍵も、近くにある机からさっき取った。


 ギイって音を鳴らして開けていくと、奥の方に古びた鍵を保管している箱がある。それを取って、慎重に開けていく。


 これ、からくり箱なんだよね。手順間違うと最悪なんだよ。この4年で開け方もバッチリですね。いっちゃんの目を盗んでは挑戦してたから。


 中から出てきた鍵は特殊な形をした古い鍵。え、これ鍵なの? って形をしてる。いやだって、立体パズルみたいな形状だからね。縦長で所々凸凹してる。


 その鍵だけを取り、金庫と絵画を戻して部屋を出た。




『開く~?』

「ん~多分」

『多分~?』


 目的の場所について、入口にある鍵開けに挑戦中。


 そんなむーっとして見ないでよ。私だってこんな特殊なカギは今世でも前世でもないんだよ~。何これファンタジーなの? っていうぐらい複雑な構造なんだよ。さっき取ってきた鍵をキーにして時間内に100の質問に答えなきゃいけないんだから。前、挑戦しようとしたけど無理だったんだよ。


 でも、問題は簡単なものだったね。歴史の問題だったんだもん。


 なんだ拍子抜けって感じ。こんなことなら、もっと早く実行に移しておけばよかったって思ってしまった。ま、いっか。今日みたいな快晴とは限らなかったもんね。


 扉が無事開いて、あの子も途端にご機嫌だ。

 こうやって見ると、昔の私って可愛かったんだな~。


 思わず頭ぐりぐり撫でたら、とても満足した様子ですね。まあ、この子幻だけど。私にしか触れないけども。


 中に入ると螺旋状の階段がずっと上まで続いてる。ほ~。中はこうなってたんだね~。こうやって下から見ると壮観ですね。あ、だめだよ~。置いてかないで~。


 あの子の手を取って、どんどん登っていく。


『ワクワク~』


 あの子は鼻歌を歌いながら、ルンルン気分で隣でスキップしていた。そだね、楽しみだね。


 一番上まで到着。

 なんだか東屋みたいな作りだなぁ。等間隔で太い柱があって屋根を支えていた。思わずキョロキョロしてしまう。


 結構広いな。それもそうか。ここ、大きい望遠鏡があったはずだもんね。まだあると思ったんだけど、もう撤去されちゃってたのか。噂は当てにならないな~。でもあったら、壁があるはずか。


『こっち~』


 あの子が手招きしてる。はいはい、今行きますよっと。


 私の胸の辺りまである塀の上に腰掛けて、外を見てる。私も隣に登って空中に足をぶら下げ、下を見てみた。


 これはあのタワーより高かったね。やっぱり実際来てみないと分からないもんなんだな~。


『たか~い!』

「そだね~」


 眼下に見えるのは大きな秒針。やっぱり緑色だ。気になる。何の材質なんだろ。


 下を見て考えてると、隣にいたあの子が私の膝の上に移動してきて、私を見上げてきた。


『みて~』

「ん~?」


 上を指差すからつられて見上げると、障害物が何もない大きな青い空が広がってる。


『ふふ~キレ~だね~』

「そだね」

『雨も好き~』

「うん」

『でもやっぱり星がいいな~』

「私もかな」


 足をお互いブラブラさせながら、空を見上げる。


『あの時ね~。キレ~だった~』

「うん」

『おぼえてる~?』

「そりゃもちろんね」


 あの日、いつものように死のうとしていた。

 体中、今のこの子みたいに血塗れで。

 どこを刺したかも、切ったかも記憶にない。


 夜だった。


 窓の外の星空を見た。

 昔、鴻城の別荘で見た星空を思い出した。


 その光景に目を奪われたんだ。


 そのあと、ふと気づいた。

 実家の屋敷で閉じ込められた自分の部屋で、私はガラスに映る自分を見た。


 あ、これおかしい。


 その時やっと自覚した。

 自分がおかしいことを自覚した。


 ハッとする思いで自覚した瞬間、自分は狂ってたことに気が付いた。


 そして、自分が死ぬことを望んでいることを自覚した。


 手に持っていた何かを落として、自分の血塗れの手を見つめた。


 これ血だよ。

 改めて気づいて茫然とした。


 また窓の外の夜空を見上げた。


 魅入られた。


 点々と瞬いてる星を見て、



 綺麗だって感動した。



 どうせ死ぬなら、もっと近くでこの星を見ながらにしたいって、この時思ったんだよ。


 狂ってる時は記憶が曖昧だ。


 ちゃんとこのはっきり感動できる時に、

 正気でいる時に、

 この星を近くで見ながら、

 最後まで見ながら意識を閉ざしたいって、



 この時、願った。



 だからこの時決めたんだ。


 探そうって。

 その場所を見つけようって。


 でもそれは閉じ込められていては出来ない。


 だけど、おじいちゃんたちはきっと反対する。

 だって、いつ死のうとするかわかったもんじゃないから。


 だから脅した。

 逆に出さなきゃ死んでやるって。

 おじいちゃんたちを見ると、死にたくてたまらないからって。


 おじいちゃんたちは渋々承諾するしかなくなった。


 いっちゃんに頼んでストッパーになってもらった。

 全部あの日決めたことを実行するために。


 狂ったまま逝かないように。


 その願いは、いっちゃんにも言ってない。

 言ったら絶対、いっちゃんも先生も反対して説得する。


 だから本当の願いは隠し続けてきた。

 みんなに隠して、まずは場所を探した。


 その場所はすぐ見つかった。


 あとは方法。

 それをこの4年間試していった。

 最終的には、やっぱりこれがいいと思った。


 あとは時間。

 この日がここに唯一入れる日だった。中等部では無理だった。

 高等部のこの日じゃないと無理だった。


 調べて、試して。


 後は待つだけ。


『星にしよ~』

「うん」


 あとは夜まで待つだけ。


 今はあの昔の自分の声が聞こえてこない。

 あの声も結局私だ。


 分かってるんだよ。

 もう呼ぶ必要がないってことに。

 もうお互いの目的が一致していることに。



 だから私は今、正気でいられる。



 こんなに心が穏やかなのは、もうこの日を迎えたからかな。


『もう平気~?』


 下から見上げてきた。

 なるほど。


「平気だよ」


 腕の中の私が、にっこり笑って、消えていく。



 忘れないために、私が自分で呼んでたんだなぁ。



 でも大丈夫。


 もう大丈夫。


 あの日願ったことを。

 あの日決めたことを。


 私は今、忘れていない。


 空を見上げる。

 どこにも雲一つない。


 きっと、今日の夜も雲はかからないんじゃないかな。



 満天の星空を願って、



 空を見上げる。

















 もうすぐ、願いが叶うんだ。




お読み下さり、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ