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223話 特別の意味 —花音Side

 


 次の日の放課後、一花ちゃんの言うとおり、校門の前に迎えの車が来ていた。


 レイラちゃんも一緒に行くらしい。助手席に乗り込んで、どこか緊張しているようにも見えた。そんなレイラちゃんを見て私と舞も首を傾げていたけど、レイラちゃん、どうしたんだろう?


 生徒会の先輩たちにお見舞いに行くと言ったら、快く送り出してくれた。特に会長は自分が気絶している間に葉月が刺されたことを気にしていたから、どんな様子か教えてほしいと言ってきたよ。会長、かなり責任を感じてるみたい。


 病院に着くと、一花ちゃんは正面玄関で待っていてくれた。


「レイラ、無理しなくていいぞ?」

「いいえ……わたくしはもう平気ですわ」

「まあ、あいつは寝てるからな……」


 レイラちゃんが車から出てくるのを見て、一花ちゃんは開口一番そんなことを言っていた。ギュッと自分の手を両手で握っているレイラちゃん。どこか怯えているようにも見えて心配になる。


 そんな緊張感の中、一花ちゃんが先頭に立って葉月の病室に向かった。病室は前と同じところらしい。葉月専用だって言ってたものね。


「ああ、きたね。いらっしゃい」


 病室の中で出迎えてくれたのは先生。


 そしてベッドに寝ているのはもちろん――


「葉月……」


 寝ている葉月がそこにいて、思わず涙が出そうになる。


 良かった。

 血色がいい。

 今は静かに息をして、目を閉じている。


 ゆっくり近づいて、そっと寝ている葉月の手を握ってみた。


 あたたかい。

 その温かさが、沁み込んでくる。


「兄さん」

「さっき入れたばかりだから……そうだな、多分1時間は持つと思うよ」


 先生と一花ちゃんが意味ありげな会話をしていて、思わず顔を上げて2人を見ると、先生が苦笑していた。先生もどこか疲れているように見える。


「花音さん、連絡くれてたのに返事してなくてごめんね」

「いえ……先生、葉月は……」

「一花が話すんだろう?」

「ああ……」

「一花から聞くといいよ。一花、何かあったらすぐ連絡して」

「分かってる……ありがとう、兄さん」

「レイラちゃんも、無理しちゃだめだよ」

「ありがとうございます。でも平気ですわ」


 ふふって笑って、先生はポンポンと一花ちゃんの頭を撫でてから病室を出ていった。


 シンと静寂が部屋を包み込む。


「えっと……よかったよ! 葉月っち、思ったより顔色いいじゃん!」


 沈黙に耐えられなかったのか、明るい声で舞が喋った。舞を見ながら苦笑して、一花ちゃんが肩を竦めている。レイラちゃんはふうと息を吐いて、一花ちゃんの隣に腰掛けていた。


 舞のおかげで、少し場が和んだよ。ありがとう、舞。その舞は私の隣にあった椅子に腰かけて、葉月の顔を覗き込んでいた。


「寝てる葉月っちは、本当に可愛いよね」

「起きればうるさいだけですわよ」


 全くと言いながら、レイラちゃんも葉月の顔を覗き込んでいた。レイラちゃんは葉月にこの2週間会っていたはずなのに、どこか安心したような表情だ。


 一花ちゃんもそっと腕を伸ばして、葉月の額にかかっている髪をどけていた。


「寝ていれば……昔のままだ」

「そうなの、一花?」

「ああ……」


 寝ていれば、か。

 それだと、起きていると昔のままじゃないというようにも取れるよ。


 そしてきっと、


 葉月の手首についている、この拘束具も関係しているんだよね。


 布団の中の、葉月の手を握っていたから分かる。葉月の手首には拘束しているようにロープみたいなものが巻かれ、それは端のベッドに括り付けられていた。舞もそれに気づいたみたいで、驚いた顔になっていた。


「一花……これ、何?」

「こいつは暴れるから……仕方なくな」

「暴れるって――こんなのをつけなきゃいけないほど?」


 困惑しているのが伝わってくる。その紐みたいなのと一花ちゃんを交互に見ている舞。レイラちゃんも辛そうに眉を顰めていた。


 だから、聞くよ。

 それはこの前から思っていたこと。


 この前の笑っている葉月を見て、思ったこと。



「一花ちゃん……葉月は今、死のうとしているの?」



 ぎょっとした表情で舞が私を見てくる。レイラちゃんも一花ちゃんも、黙って葉月の顔を見ていた。


「ちょちょちょっと花音!? いきなり何言って――」

「……そうだ」


 舞の言葉を遮るように、一花ちゃんは静かにそう告げた。


 ……やっぱり、そうなんだ。


 やっぱりという思い。

 悲しいという気持ち。


 どんどん溢れて、葉月の手を握る力が自然と強くなる。

 舞だけは「え、え?」というように全員を見渡していた。


「ままま待ってよ!? 意味分かんないんだけど!? え、死のうとした? 葉月っちが?」

「舞には話していませんからね。葉月は過去に、何度も死のうとしているんですのよ」

「はあっ!?」


 レイラちゃんがあっさりと言うと、ガタッと慌てて舞が椅子から立ち上がった。そうだよね、信じられないよね。


「え、ええ? ちょちょ……ちょっと待ってよ? 死のうとしている? しかも何度も? な、なんで!?」


 舞の当然の疑問。それは私自身も感じている。

 一花ちゃんに視線を移すと、立ち上がった舞を見上げていた。


「ねえ、一花ちゃん……葉月はどうして死のうとするの?」

「そうだよ、何で!?」

「……」

「前に……葉月が狂っていたっていうのは、どういう意味?」

「狂って――って、え? かか花音? 何言って?」

「一花ちゃんは言ったよね。今はそうなってないって、だから大丈夫だって」

「……言ったな」


 戸惑う舞を余所に、一花ちゃんに問いかける。


 今なら話してもらえそうだから。



「……そうだな……前に聞いた時は、それが本能だからと、こいつは言ってたな」



 ポツリポツリと一花ちゃんが言葉を吐き出してくれた。舞も一花ちゃんが話し出したからか、また椅子に座って口を噤んでいる。でも本能……?


「……いつからだろうな。そんなことを言いだすようになったのは」

「……そんなの決まってますわ。あの時から……ですわよ」

「そうかもな……それまでは普通の――いや普通じゃないか、こいつは」

「ええ、昔から葉月はおかしかったですわ」


 ふふってレイラちゃんがどこか懐かしそうに、でも悲しそうに笑っていた。それにつられてか、一花ちゃんも苦く笑っている。


 あの時、というのがいつのことかは分からない。でも今は、口を挟んじゃいけない気がした。


「レイラのせいとも言えるがな。お前の反応が良すぎるから、調子に乗ってこいつが色々してたんだぞ?」

「何でわたくしのせいなんですのよ。そもそも一花と葉月に常に巻き込まれていたのは、わたくしですわよ?」


 ――口を挟んじゃいけないって思ってたのに、2人が言い合いしている雰囲気になってきた。これじゃ何も分からないんだけど。


 隣で舞が「ちょっと、何で喧嘩腰になってるのさ」と突っ込んで、2人はハッとしたように、気まずそうにしながら、顔をお互い逸らしている。


「……そもそも一花の方が、葉月とは付き合いが長いじゃありませんの。昔から2人はよく分からないことを言ってて」

「お前は信じてなかったからな。……今もか」

「信じられるわけないでしょう? 別の人生の記憶があるなんて」


 え、別の人生の記憶?

 つい目を丸くしてたら、一花ちゃんは眼鏡を掛け直して、じっと私の方を見てきた。


「花音……前にこいつが特別だって言ったの、覚えてるか?」

「え? う、うん……」

「こいつにとってあたしは特別で、あたしにとっても特別だ」


 分かってる。

 それで嫉妬してたんだもの。


「それで、お前は嫉妬してた。だが、あたしはあり得ないと否定した」


 そ、そうだね。言われたよ。


 うっとつい喉を詰まらせたら、何故かレイラちゃんが「嫉妬? 花音が?」と、私と一花ちゃんを交互に見てきた。レイラちゃんには私が葉月のことを好きだってこと言ってないから、不思議なんだろう。


 一花ちゃんはそんなレイラちゃんにお構いなしに、全然予想していなかった話をしてきた。



「それは、あたしもこいつも別の人間の記憶を持っているからだ」


「「え?」」



 舞と一緒につい聞き返してしまった。


 さすがに考えたこともない。別の人間の記憶? それってどういうこと?


 私と舞の反応を見て、困ったように一花ちゃんは笑っている。


「ま、そういう反応になるよな」

「いや……いやいや一花? ちょっと意味が分からないんだけど……」

「いわゆる前世ってやつだ。前のあたしはこことは違う世界に住んでいて、生活し、そして事故で死んだ。転生したんだ、この世界に」


 転生……? それ、確か宝月(ほうづき)さんとの会話にも出てきた? そして葉月も……?


「葉月もそうだ。こことは違う世界に生きていて、死んで、そしてこの世界に転生した」


 また一花ちゃんは優しい目をして、葉月を見下ろしている。


 これが事実だって、その目が語っている。

 とても作り話をしているようには見えない。


「あたしはな……最初、これが夢だと思っていたよ」

「……夢?」

「ずっと夢で、いつか目が覚めて、またあの日常を送ると思っていた。目が覚めて、会社行って働いて、コンビニでご飯買って食べて、そして寝る。目を覚まして、その日常を送ると思っていた。葉月に会うまでは、ずっとそう思っていた。ずっとここが夢だと思っていた」


 懐かしそうに、一花ちゃんは笑う。


「だけど、こいつがここの世界にない言葉を使ったんだ。その単語が出てきた時は驚いた。なんでこいつ知ってるんだ? って」

「……やっぱり信じられませんわ。確かに、子供の頃、教えられたアニメのキャラクターなんていませんが」

「お前は知らないだろうがな、前の世界では有名だったんだよ。こっちの世界では、そんなアニメもキャラクターも生まれてないからな」

「それってさ……歴史的なこととかどうなわけ?」

「全く違う。そうだな。分かりやすく言えば鴻城(こうじょう)家がそうだろう。こっちは古くから歴史に鴻城家が出てきたが、向こうでは鴻城のこの字も出ない。そんな名家なんてなかった」


 鴻城の名前を知らない? 歴史に多く出てくる名前なのに?


 舞も不思議そうにしている。随分と興味が惹かれる内容。


 一花ちゃんの前世というのはどんな歴史があって、どんな文明を築いたんだろう? 別の世界の話なんて、一から聞いてみたい。


 レイラちゃんは信じられないっていうけど、私は信じる。実際、その記憶を持っている人が目の前にいるんだから。


 それに、一花ちゃんがそんな冗談をここで言う意味もないと思う。


 チラッと葉月に視線を戻した。


 葉月にも、そういう記憶があるんだ。

 どんな人生を送ったんだろう?


「こいつに前世があるって知って、そこで初めて、あたしもこっちが現実だって思えるようになったんだ」

「そこで初めて?」

「そうだ。それまでは夢だと思っていたからな。それに度々夢で前世の記憶を見ていたし、もうどっちが夢で現実なのかと思ったもんだ」


 どっちが夢で現実か分からない。

 それは何となく分かる気がする。


 葉月が死ぬ夢を見ていた時は、私もどっちが夢で現実かなんて分からなかった。


「それはこいつも同じだ。あたしを見て、こっちが現実だって思える。知らない世界の夢を見てるんじゃない。ちゃんとこっちが現実で、あたしたちはここで生きてる。あたしも葉月も違う世界の記憶を持っているから、だからお互いに会うことで、これが夢じゃないって分かるんだ」



 だから、特別。



 その言葉が続くような気がした。


 前に、一花ちゃんが“特別”と“大事”という言葉を使い分けている気がしたことがある。それはこういう意味だったのかもしれない。



 お互いに、こっちの世界が現実だと知る方法なんだ。



 そっと優しく、一花ちゃんは葉月の頭を撫でていた。


「こっちの世界ははっきり言って素晴らしい。差別もない、争いもない。多少はあるが、それでもあたしが前にいた世界とは大違いだ。それは葉月もそうだ。あたしと同じ世界には生きてはいたみたいだが、こいつの前世で生きていた国は戦争やってたらしい。あたしの知っている歴史でも百年続いた戦争もある。お互い、違う国に生きていたから会ったことは無いが、こいつがどれだけ過酷な人生を送ってきたかは推し量れない。あたしのいた国はまだ平和だったと思ったよ。それでも色々と嫌なことはあった。葉月もあたしも、こっちの世界に生まれて良かったって……小さい頃は何度も言い合っていた」


 戦争……。

 そうなんだ。戦争を経験しているんだ。


 確かにこっちの歴史でも戦争はしている。だけど、全部少ない期間で終わっているのが普通だ。100年なんて途方もない。そんな歴史はこっちの世界にはない。そんなに続けられるものなの、戦争って?





「じゃあ、どうして葉月っちは死にたいのさ?」





 当然のことのように、舞がそう一花ちゃんに問いかけると、葉月の頭を撫でていた手が止まった。

お読み下さり、ありがとうございます。

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