219話 止められなくて —花音Side※
前話をお読みになっていない方へ。
15歳未満は読まないでください。
流血描写、葉月の発狂描写があります。特に葉月の思考が死を求める描写になっており、人に寄ってはかなり気分が悪くなるかと思いますので、苦手な方は無理に読まずに最終章221話まで飛ばしていただきますようお願いいたします。221話前半があらすじになっています。
「なななんなのよ!? あなたは!?」
宝月さんが葉月の手を振り払って、後退りしている。
「だめだよぉ?! 逃がさない!」
嬉しそうに彼女に近づいていく葉月。
葉月の体からは血が流れている。葉月の血で、床が汚されていく。
――だめだよ、葉月。
その血を止めないと。
死んじゃうよ。
死んじゃうよ、葉月。
震える体。
動けない手足。
何で、動いてくれないんだろう。
葉月を止めたいのに。
葉月のあの血を止めたいのに。
だけど力が入らなくて、膝からその場にへたり込んだ。
「なんなのよ……なんで動けるのよ!?」
「あははは! なんで怯えてるのぉ!? こんなんじゃ足りないよお!?」
「ちょ、ちょっとあなたたち! なんとかしなさいよ!」
宝月さんが周りの男たちに何かを言って、だけど葉月は知らない道具を取り出して、それで男たちを倒れさせていた。
何をしたかは分からない。
茫然と、その葉月を見るしか出来ない。
だって、
あんなに嬉しそうな葉月を見るのは初めてで。
「あっははははは!!!」
死ぬかもしれないのに、あんなに楽しそうに笑っている。
だから今、はっきり分かる。
葉月が、今、死のうとしているってことが。
どうして……?
葉月はどうして死にたいの……?
「頭おっかしいんじゃないの?」
「あなたも十分おかしいよお!?」
「さっさと死になさいよ!」
「あっははは! じゃあ刺してぇ!? これだけじゃ死ねないからさあ!!」
刺して…………その言葉が悲しくて仕方がない。
そんなに死にたいの?
もう今の葉月は、私たちのこと見えてないの……?
死んでほしくないよ、葉月。
「花音、レイラ!!」
「舞! これを外してくださいな!!」
舞がいつの間にか近くに来ていた。レイラちゃんの縄を外している。
だけど、
葉月から私は目を外せなかった。
宝月さんがまた葉月を刺そうとしたのが分かる。だけど影が飛んできて、その宝月さんを蹴り飛ばした。
一花ちゃんだ。
一花ちゃんはそのまま葉月に掴みかかって、仰向きに葉月を床に倒していた。
「葉月っ! だめだ! そっちに行くな! お前がいるのは今ここだ!!」
一花ちゃん、一花ちゃんが止めている。
「花音っ!」
舞とレイラちゃんが近くに来てくれた。
「待って、今外すから!」
「花音、怪我はありませんの!?」
「レイラちゃん……」
たまらずレイラちゃんを見た。レイラちゃんも辛そうに目元を歪めていた。
「ふふ! あはははは! もうすぐだよお!」
「葉月っ! 声を聴け!」
「聞こえるよぉ!? 死ねるって言ってるよおお!!?」
「違う、そっちの声じゃない!! あたしの声だ!」
「でも足りないよお!? まだ足りないよ!? もっとちゃんと刺さないとだめだよお!」
「葉月っ!! あたしをちゃんと見ろ!」
一花ちゃんが何度も葉月と叩きつけている。
葉月はまだ笑いながら、一花ちゃんの下でもがいているように見えた。
一花ちゃんの声も聞こえてないの……?
「葉月っち……」
舞の困惑している声が背中から聞こえてくる。
「どいてぇ!? あの人が刺してくれるって言ってるよお!?」
「誰もそんなことは言ってない! こっちを見ろ!」
「そんなことないよお!? だってあの人は一緒だもん! 私と一緒だもん!」
「くそっ!! おい! あの女を連れてけ! あとどれぐらいで来る!?」
「今、入口に着いたそうです!」
もう1人の運転手のお姉さんが宝月さんを連れていく。よく見たら、宝月さんに従っていた男の人たちは全員が床に倒れ込んでいた。
「あっ!! あああ! どけぇぇぇぇ!!!」
「誰がどくか! さっさとこっちに戻って来い! 暴れるな!」
宝月さんの方を見ながら、葉月は足をバタバタとさせている。一花ちゃんが必死に抑え込んでいるのが分かる。
「あはははは!!! もっとだよおおおおお!!! 足りないんだよおおお!!」
「やめろっ!! 葉月、ちゃんとこっち見るんだ!!!」
おかしくなったように、葉月は笑う。
暴れて一花ちゃんの手から逃れようとしている。
何度も何度も一花ちゃんは葉月を床に叩きつけていた。
「ね……ねえ、一花。葉月っちどうし――」
「舞と花音は近づくな!! レイラ! 2人をそれ以上近づけさせるな!!」
「わ、わかりましたわ! 舞、花音。2人ともあっちにいきましょう! 会長の縄も外してあげないとっ! あ、花音!?」
見ていられなくて、
何とかしたくて、
縄を舞が解いてくれたから、震える体を必死で動かして、
葉月のところに足を縺れさせながら走った。
葉月。
お願い、葉月。
近づくと、葉月も一花ちゃんもハアハアと息を荒くしている。
さっきから葉月は暴れているから、お腹の刺されたところから血が溢れていて、床に血溜まりを作っていた。
「葉月! こっちを見ろ! 頼むから! じゃないと止血できないんだよ!!」
一花ちゃんの悲痛な声。
葉月を心配している声。
「葉月っ!」
床に膝をついて葉月の顔を覗き込んだ。
葉月、ねえ、止まって?
このままじゃ、葉月が死んじゃうよ。
一花ちゃんもレイラちゃんも舞も皆、
葉月のことが心配なんだよ?
ピタッと、葉月が目を大きく開きながら止まった。
そっと葉月の頭に手を置く。
葉月の顔はさっき手で触れていたからか、赤く汚れていた。
「っ!! 葉月っ! そのままだ、そのままこっちに戻って来い! あたしの声を、ちゃんと聴け……」
一花ちゃんの優しい声が響いてくる。
ポタポタと、葉月の顔に雫が落ちた。
知らない間に私も涙を零していた。
葉月が私を見上げながら、じっと目を丸くしながら見てくる。
「い――っちゃ――」
「そうだ、意識しろ……お前は今、ここにいるか?」
いるよ。
葉月、まだ生きてるよ。
ちゃんと生きてるんだよ。
葉月、
だから、
死ぬことを選ばないで…………?
「ここ……?」
「そうだ……お前の意識は今どこだ?」
ゆっくり、一花ちゃんに応えるように葉月が言葉を呟いていく。
葉月の血塗れの手がそっと上がってきて、
私の頬に触れてきた。
ハア、ハアと段々葉月の息が荒くなっていく。
葉月……?
私のこと、見えてる?
「花音……見ちゃ……だめだよ~……」
その優しい声音に、胸がギュッと締め付けられる。
こんな時に、葉月は私のことを心配するの?
頬に触れてきた葉月の手を掴もうとした時、その手が振り払われた。
葉月……?
目の前の葉月がいきなりぎゅっと苦しそうに眼を瞑ったかと思ったら、すぐに一花ちゃんの腕を両手で掴んだ。
「ああああああああああああああ!!!!!!」
途端、今までにないくらいの叫び声をあげて暴れ出す。一花ちゃんが振り落とされないように、必死に葉月の首元の服を掴んで抑えていた。
「葉月っ!!! だめだ!! こっちをちゃんと意識しろ!!!」
一花ちゃんの声が聞こえてないのか、葉月は構わず一花ちゃんの腕から逃れようとしている。バタバタと足を動かし、体も捻って、一花ちゃんの腕を剥がそうとしていた。
「くっそ!! この馬鹿野郎がっ!! 花音、離れろっ!! レイラぁ!!」
「か、花音!! こっちに!!」
レイラちゃんに無理やり腕を引っ張られ、立たされる。1歩2歩と葉月から離されていく。
「あ! ああああ!!!! 邪魔を、するなぁぁああ!!!」
「うっぐっ!!!」
一花ちゃんが葉月に蹴られ、ゴロゴロと横に転がっていった。
「一花っ!!?」
「一花ちゃんっ!!」
舞と同時に一花ちゃんの名前を呼ぶと、一花ちゃんはすぐに立ち上がって荒い呼吸をしながら、葉月を見ていた。葉月……?
「――ふっは……あは――ははっ! あっははは!!!」
倒れていた葉月がゆっくり体を起こし、また笑いだした。ボタボタとお腹から血を流し、その痛みがないかのように立ち上がって、天井を仰ぎ見ていた。
「――んん~? まだぁ……まだいっぱいあるよぉ……」
「葉月、止まれ……もう動くな……」
「ん~? んん~……もっといっぱい出さなきゃ……」
一花ちゃんの声が聞こえてないのか、葉月は自分のお腹を手で擦ってその血を眺めている。笑いながら眺めている。
「あはっ……もっとぉ!! もっとだよぉ!!」
「葉月っ!!」
「お嬢様っ!!」
いつの間にか戻ってきていた運転手のお姉さんが、葉月の後ろから羽交い絞めにした。だけどすぐに葉月はその羽交い絞めしたお姉さんを振り払って、回し蹴りでお姉さんを蹴飛ばしている。ゴロゴロとお姉さんは床を転がったけど、すぐに一花ちゃんみたいに立ち上がって、葉月に向き直っていた。
「うそ――一瞬?」
「舞、花音……今の葉月に近づいてはダメですわ……」
舞の茫然とした声。レイラちゃんは私と舞を前に行かせないように手を広げている。
それは、どういう意味?
葉月に返り討ちにあうから?
ドタドタドタと、多くの人間の足音が響いてきた。入口から大勢の人間が入り込んでくる。
「一花様っ!」
「全員で囲め! 絶対、逃げられるなよっ――例のモノは持ってきたか?」
「はっ――こちらに」
その中の1人が一花ちゃんに何かを渡している。他の人たちは葉月のことを囲んでいた。「ななな何これっ!?」と舞はその様子に驚いているけど、葉月はさっきからずっと笑っていた。
「――――やれ」
一花ちゃんのその一言で、周りにいる人たちが一斉に葉月に襲い掛かる。なんで、一花ちゃん……?
葉月は次から次へとその襲ってくる人たちを、投げたり蹴ったりしていた。
「あっは!! あははは!!」
「止まってください、葉月お嬢様っ!! ぐぅっ!!」
「ん~? んん~? まだまだもっとだよぉぉ!! あっははは!! 邪魔しちゃだめだよぉ!!!」
葉月が動く度、血が流れていく。
血しぶきが葉月の周りを包み込む。
まるで、わざとその血を流しているみたい。
ゾッとする。
血を流して死のうとしているんだ。
早く止めないと、葉月は失血死してしまう。
葉月はでもとても楽しそうに、襲ってくる人たちを振り払っていた。
「葉月っち……こんなに強かったの?」
「葉月はありとあらゆる体術を仕込まれてますから」
「ね、ねえ、レイラ……葉月っち、一体どうしちゃったのさ……? 様子がさっきからおかしいし、それに何で刺されたのにあんな嬉しそうなの? このままだと――」
「それは、させませんわ――一花っ!! 今、後ろです!!」
いきなりレイラちゃんが大きな声を出した。それと同時に葉月を囲んでいる人たちの中から影が飛び出し、葉月の後ろからまた床に倒れさせている。
一花ちゃんが葉月の背中から抑え込んで、手に何かを持っていた。あれは――注射?
「ふぐっ!!?」
「このっ……馬鹿野郎がっ……」
ドスッと、一花ちゃんが勢いよくその注射器を葉月の首に刺していた。
あまりの光景に、呆気にとられる。
それ、危なくないの?
葉月は最初暴れていたけど、段々と静かになっていった。
動かなくなった葉月を仰向けにさせて、一花ちゃんが圧迫止血を始めていた。
「輸血急げ!」
「はいっ!」
「あいつらは任せる! あとあの女は絶対逃がすなよっ!」
「はっ!!」
周りの大人たちが一花ちゃんの指示で、またバタバタと動き始めた。葉月――葉月は大丈夫なの?
慌てるようにレイラちゃんの手を払って2人の近くに行くと、葉月の顔はさっきより青くなっていた。
さっきからずっと傷口を抑え込んで止血している一花ちゃんに視線を移すと、厳しい表情で葉月を見ている。
「い、一花ちゃん……葉月は? 葉月、大丈夫なんだよね……?」
「……レイラ。花音と舞を頼む」
「分かりましたわ……」
「え、ちょ――レイラ?!」
いつのまにか後ろにいたレイラちゃんに、また腕を引っ張られた。
担架に葉月が乗せられて、一花ちゃんもそのまま止血していて、2人はそのまま出て行ってしまう。
一花ちゃん……前はあんなに大丈夫だって言ってくれたのに、
今回は、
何も、言ってくれなかった。
ヨロッと体が傾く。「花音っ!?」と舞が支えてくれた。
絶望感が包み込む。
大丈夫、なんだよね?
大丈夫だよね?
床の至るところに、葉月の血が撒かれている。
さっきまでの事が、嫌でも現実だと知らせてくる。
さっきの葉月の笑い声が、
耳にこびりついていた。
その日から、葉月は寮に帰ってこなくなった。
前話と同じ後書きになります。
今の葉月はあくまで葉月の中の“死なないと”という欲に飲み込まれ、理性が働いていない形です。
しつこいようですが、この作品は自殺を推奨・肯定する物語ではありません。
何卒誤解しないでくださいますよう、お願い申し上げます。物語として割り切っていただければ幸いです。




