214話 転生者
「あんたが『サクヒカ』の主人公だから」
え?
今なんて?
いや、いやいや。
『サクヒカ』って言った?
花音は訳が分からなそうな顔をしている。レイラも舞も他の周りの人間も、何を言ってるんだこいつはって顔で彼女を見ていた。
でも、私といっちゃんは分かる。
だって、それは乙女ゲーム『桜咲く光を浴びて』の略称だよ?
いっちゃんの大好きな前の世界のゲームだよ?
なんであなたが知ってるの?
目を見開いて彼女を凝視する。
いっちゃんが一歩歩いた。
それに気づいた彼女が、いっちゃんに視線を向けていた。
「お前――――転生者か?」
え、いっちゃん?
彼女も?
彼女も同じ転生者?
混乱して、さっき冷えた思考が戻ってきた。
彼女も大きく目を見開いて、いっちゃんを凝視してた。
「あの一花? 転生者って?」
舞も皆も混乱してる様子。ですよね。多分、ここにいる私といっちゃんと彼女しか分からない。
「舞~。ちょっと静かにしとこ~?」
「葉月っちにだけは言われたくないんだけど!?」
いや、だって。あのいっちゃん見てよ。ものっすっごいキレてるよ? あんなにキレた姿、子供の時以来なんだけど。
でも、いっちゃんも彼女も、舞や皆に関係なく会話を始めた。
「あんた……まさか同じ?」
「だとしたらどうする?」
「は、はは! 納得だわ! だからあんたの相棒が邪魔してきたってわけ! あんたが指示出してたってわけね! ってふざけんじゃないわよ!?」
「ふざけるな、はこちらのセリフなんだがな。シナリオ引っ掻き回しやがって」
「あったりまえでしょうが! せっかく、せっかく『サクヒカ』の世界に転生できたのよ! あの翼様がここにいるのに、何で主人公だからって獲られなきゃいけないのよ!」
いっちゃんと彼女が訳わからない話を始めちゃって、全員がポカンとした顔してるよ。いっちゃん、皆が置いてけぼり喰らってるよ?
「いっちゃん」
「葉月、あたしはすこぶる機嫌が悪い。黙っとけ」
「いっちゃんいっちゃん。皆がね――」
「やかましい。黙っとけ」
「舞、無理。いっちゃん暴走」
「いや、あたしも訳分かんないんだけど!?」
ですよね~。いっちゃん一切こっち向かないもんね~。黒いオーラがモクモク出てるもんね。収まるまで待ちましょう。
いっちゃんの声は、ドスが効いたような重く低い声に変ってる。久々。
「宝月、お前はつまりこう言いたいのか? せっかく『サクヒカ』の世界に転生したから、会長を自分の手にしたかったと?」
「そうよ? それの何がいけないわけ?」
「だから花音が邪魔だったと?」
「そう、邪魔。この女がいなければ、わたしが翼様と色々できたのに」
「お前が? 冗談はよしてもらおうか」
「はあ? 出来るわよ! イベントもその会話の選択肢も、全部思い出してるもの!」
「お前が花音に変わってイベントをこなしても、会長の好感度はゼロだ」
「そんなわけないわよ。このわたしが間違えるはずないじゃない。何百回とやったこのわたしが!」
すっごい自信だね。なんでそのお化けメイクで、レイラを道具扱いする性格で、会長を落とせると思ったんだろ?
あと、あんまりいっちゃんを怒らせないでほしいな。いっちゃんは私のストッパーだけど、キレると私より理性ある分怖いんだからね? 今も指ポキポキしてるし。
「――花音だから成り立ってるんだよ! お前が主人公になれるはずがないだろうが!」
「あ、あの一花ちゃん? 何の話?」
「花音~。今は無理だよ~。声聞こえてないよ~」
「ええええ……?」
でも彼女はふんって鼻を鳴らして、いっちゃんを馬鹿にしたように見てきた。いっちゃんはどんどんヒートアップしてきたけどね。
「宝月。あたしはな。今猛烈に腹が立ってるんだよ」
「あんたが腹立っても、痛くも痒くもないんだけどね?」
「腹立ってる理由はな、いくつかある」
「いやだから、誰も聞いてないんだけど?」
「葉月のいうようにあのメイク。気色が悪すぎる」
「……なんですって?」
「そして素顔、残念過ぎる。華がない」
「…………な・ん・で・す・って?」
「一番は性格。醜すぎる」
「っ~~~~!!!??」
「それと服。センスが壊滅的」
「――どこがよ!?」
「どこがだと……?」
地を這うような声が辺りに響き渡る。
そしてドンッ! と、いっちゃんが足を一歩前に置いた。あ、来る。
「逆に聞きたいわ!? お前のどこに主人公要素があるんだよ!? 花音と真逆でなんで攻略できるって思うのか不思議でならないんだが!? しかもなんだ、あの会長の体中にあるキスマーク!! ド下手くそにもほどがある! 品がなさすぎるんだよ! あれじゃバカ姉の方がまだマシなんだが!? どっからどう見ても、顔でも、性格でも、服の着回しでも花音に劣ってるお前が、なんで花音に勝てると思ったのか分からん! 分からな過ぎて腹が立つ! なんで自信満々なんだよ!? まず自分を磨け! 服のセンス! メイクの仕方! 性格の悪さ! 全部直せるものだろうが!! 地味顔は仕方がないとしても、会長に好かれたかったら、それを補うための努力をもっとしろよ! キスマークも花音のつけた方が上手かったぞ!? ふざけんな!! 冒涜しすぎなんだよ!! 世界観ぶち壊しやがって! それとなんだ!? あのイベントの妨害は!? レクリエーション以外危険のきの字もないわ!! なんでレイラとそこが似てるんだよ!? 小さすぎる、やってることが!! おかげで気づくのに時間かかったわ! やるんだったらもっと徹底的にやるんだな! あたしはな、鴻城の全権限貰ってるんだよ! 返り討ちにしてやったものを! まどろっこしいことしやがって! ああ、腹が立つ!」
「いいいい一花ちゃん!?」
ポカンっと皆が口を開けました。
言い切ったいっちゃんはハアハアと息を切らして、それを言われた彼女も茫然としてた。
そしていっちゃん? なんか爆弾発言しなかった?
花音がめっちゃ赤くなってるんだけど。
え、花音は会長にキスマークつけたの? いつ? そしていっちゃん、いつそれを見たの?
「あとな――」
全員がビクッてなった。花音は相変わらず赤くなって狼狽えてるけど。
「何よりも、あたしはこの『サクヒカ』の主人公に賭けてたんだよ……それを邪魔したお前が、何よりも許せん」
……いっちゃん? それはどういうこと?
いっちゃんが花音に賭けてたなんて、初めて聞いたんだけども?
「ふ……あはは、あははは! 何を訳の分からないことを言ってるのか知らないけどね! でも、たかがあんたとそこの女とギャルと、あと知らない大人1人で何が出来るっていうのよ?! まあ? 鑑賞会は多い方がいいかもね? そこで見学していく?」
今度はいきなり笑って、意味分からない事言いだしたね。いっちゃんは怪訝な目付きで首を傾げていた。私も舞も花音もレイラも監視の人も、頭の上にはてなマークがついてますけども?
「訳分からんのはお前だ。どうしてこの人数であたしと葉月を抑えられると思ってるんだ? それになんだ? 鑑賞会だと?」
「はあ? ここにいる人はね、全員が海外で傭兵やってた連中よ。わたしが雇ってるから、わたしの人形同然なの。たかが女子高生が勝てるわけないでしょ?」
いっちゃんが呆れたように溜め息ついてる。
そだね~。これは舐められたものだね~。
期待に応えないといけな――い――。
「だから大人しく見ていけば? 今からこの水槽にいる鮫に、この女が食べられるところをね」
彼女の言葉が、
戻ってた意識を、
無理やり“こっち側”に引き摺り込んだ。
お読み下さり、ありがとうございます。




