204話 デート?
「花音と会長がデート?」
「ああ、そのはずだな」
お昼休み。いつも通り、中庭でご飯食べてる。
でもやっぱり味しないから、ゼリーをチューっと吸っていた。
味覚はまだ戻っていない。検査結果は異状なし。多分痛覚無くなったときと同じ状態だと思う。
私の痛覚異常は精神的なモノ。狂ってる時に無くなった。だから今回のもそうなんじゃないかなって勝手にそう思ってる。まあ、原因は分からないんだけども。
でもいっちゃんが時々目隠しして何か食べさせてくるんだよね。あれは何なんだろう? ま、いっか。
いやあ、それにしてもこの前のスキー旅行は凄かったね。レイラで大分遊び倒したおかげなのか、あれからあの子が来る頻度が少なくなったよ。おかげで随分と自分がちゃんとおかしいって自覚できるようになりました。
舞とレイラは花音が凍土と化した場所から、次の日発見されました。2人で寄り添って固まってたらしい。寮長が発見して呆れてた。
花音とはやっぱり会っていない。というか前より逃げてます。ちょっとでも視界に入るようだったら、脱兎のごとく逃げ出しています。
だって、思い出すんだもん!
あの目だったり、唇の感触だったり、熱さだったり、声だったり! 会わなかったら、思い出しませんからね! それに離れるのは花音の為でもありますからね!
あとは考えないようにしてるよ!
だから、もう会いに来ないでくださいね、花音さん!
って思っても、いっちゃんはイベント見たい人だからね。その時はついていかないといけないんだよね~……必然的に声聞いちゃうし、顔見ちゃうんですよね~……。
どうしよ~って思いながらゼリー吸ってたら、隣のいっちゃんが今度のイベントのこと話してきたんだよ。
またあるのか~……というより、あとどれぐらいあるのかな~。
「ねえ、いっちゃん。イベントあとどれぐらいあるの~?」
「今回のと、来週のバレンタインと、あとは卒業式だな」
おっ、あと3つですか! そしてその卒業式で、花音と会長が結ばれるわけですね! これは朗報ですね!
「いっちゃん! 楽しみがなくなっちゃうね!」
「そうなるが……何でお前がそんな嬉しそうなんだ?」
「そんなことないよ! 残念だね、いっちゃん!」
「全然残念そうに見えないが?」
いや、だってさ~! もう見なくていいんだよ!?
そう、これで花音との僅かな接触も減るはず! あの変な感覚もなくなるはず! あの目を見ることもなくなるはず!
あと3つ! それは我慢して、あとは花音と会わないようにすればいい! そうしよう! なんか花音と離れる理由がズレてしまってる気もするけど、気にしません!
あ、いっちゃんが肩を落としてる。そうだよね。このイベントたちを見ることを目標にしてたもんね。
「はあ。あと3つで終わるんだなー……いや、分かってるんだがな。何ともやりきれん」
「でも、いっちゃん。始まったら終わるものだよ?」
「分かってる。それはお前で十分な」
「そうだね、いっちゃん! 私の悪戯も始まってもちゃんと終わるからね!」
「まず始めないでほしいんだが」
「それは無理」
「ああ、分かってた。言っても無意味なのは分かってるんだよ……はぁ……」
いっちゃんのツッコミがない!? そんなにショックなんだね! これは励まさないとね!
「元気出して、いっちゃん! まだ3つも残ってるよ!」
「そうだなぁ……」
「ちなみにいっちゃん、今回のイベントは場所どこなの?」
「水族館だな……明後日にあるはず。そうだ。今回はあのスチルが見れるじゃないか」
「スチル?」
「ああ、そうだ! しかも今回のイベントでは会長がっ……! そうだよ! あの場面が見れるじゃないか!」
いっちゃんが生き生きしてきたよ? 何を思い出したのかな? 不気味に笑い始めてるけど、大丈夫? 知らないけど、元気になったみたいだからいっか。
チューっとゼリー吸いながら、何かに取り憑かれたいっちゃんを放っておくことにして、空を見上げる。
今日の雲さんはソフトクリームですね。雲の手前にあるのは学園のシンボルの時計塔。秒針が動いている。あれって、昔から変わっていないんだよね。建設当初からあの緑色なんだって。何の材質なんだろ。
「おい、葉月。お前、それずっと飲んでるが何のゼリーだ? そういえば、いつのまにそれ買ってきてたんだ?」
「バッダゼリー」
「何を飲んでいるんだ、お前は!?」
バッと手の中のゼリーがいっちゃんに奪われたよ。むー。何で取るのさ~?
「いっちゃん、返して~?」
「返すか!? ただでさえ、味覚おかしくなってるのに、変なモノを口にするな!!」
「いっちゃん、バッダはね、変なモノじゃないよ? 虫だよ?」
「知ってるわ!? そもそもこんなもの、どこにも売ってないだろ!?」
「前に行ったお店の店長さんに言ったら、作ってくれたんだよ」
「あの親爺か!? そして、いつのまに!?」
「電話したら送ってくれた! もはや親友ですね!」
「やかましいわ!? 大体お前、結局味分かんないんだろ!?」
「食べてると実感はしたいんだよ!」
「どんだけ食べたいんだよ!?」
だって~。あの味はまた味わいたいんだよ~。本当にクセになるんだよ~? だから口に入れてれば、あの味だけでもしてくれないかな~って思ってね。
いっちゃんがものすごく手に持ってるゼリーを何ともいえない表情で見つめてるけども。
「大体……これにバッダ入ってるのか?」
「擂ったって言ってた」
「やめろ!? スプラッタ映像が浮かぶだろうが!? あんの親爺……余計なもんを作りやがって……これは没収だからな!」
「え~? それで喉も潤してたのに~」
「え~じゃない! 喉を潤したいんだったら、普通の水にしろ! 今、買ってきてやるから!」
なんだかんだ優しいですね、いっちゃん! わざわざ買ってきてくれるなんて!
勢いよく立ち上がって、恨みがましいような目でゼリーを見ながら買いにいっちゃったよ。ま、すぐに帰ってきますね。
ん~っと空をまた見る。おっ、さっきのソフトクリームが楕円の形に変わっていた。う~ん、あれは何の形かな~? 何に近いかな~?
両手で、その形に手を変えてみる。むむー。ホットケーキにも見えるし、お皿にも見える。あ、どうせだったらハチミツ一杯かけて食べたい……でも今味しない……ショック!
「何してるの?」
「ん~? ホットケーキ思い出し、て――」
え、あれ? この声?
バッと振り向くと、やはりそこには花音さんがいるではありませんか!
ひいっ! 気配なかったんですけども!? ベンチの背凭れに腕を乗せて、身を屈めて、にっこり笑っていらっしゃる!
「葉月、さすがにそんな怯えられるとショックなんだけどな?」
「い、いや……おおお怯えてないよ?」
「声震えてるけど?」
「ききき気のせいじゃない、かな~?」
苦笑して、花音がベンチを回り込んでくる。
こここれは逃げなければ……どうする……一瞬の隙をついて……あ、いやでも、いっちゃんがもうすぐ……。
「また逃げる?」
どうするか考えてたら、隣に座った花音が腕を掴んできたよ!? しまった!!
「……ななななんのことかな~?」
「最近、前より誰かさんが避けてるように感じてるんだけど、気のせいかな?」
「なななななんのことかな~?」
「じゃあ、どうしてこっち向かないのかな?」
そんなの決まってるじゃないか!? あの目を見たくないんだよ!! あれは固まってしまうんだよ!! あと思い出してしまうんだよ! いや、待て。冷静に。冷静にならなければ……。
コホンと小さく咳払いして、動揺してる心を落ち着けました。無理だけど。
「そういえば、一花ちゃんは?」
「水買いにいってます……」
「なんで敬語になってるの?」
いや……なんか自然に……。
はっ! なんか会話しちゃってるじゃないか!?
「あ、あの……花音?」
「何、葉月?」
「そそそその……この前も言ったけどね。こう会っては意味がないかと」
「会いにくるって言ったよね? それにこの前からすっごく誰かさんが逃げてるからね。何度後ろ姿を見たことか」
「だだ誰だろうね~……」
「今も目を合わせてくれない人かな?」
くっ! すっごい視線を感じる! でも、振り向きたくありません! あの目で見られたら、余計逃げられなくなる!
「ねえ、葉月? 私何かしたかな?」
「……何もしてないよ~」
「じゃあ、どうして思いっきり顔逸らしてるの?」
「カエルがそこにいるからかな~……」
ハアと溜め息ついてるのが聞こえるけども、無理です! いっちゃん! 早く帰ってきておくれ!
「あ、一花ちゃんきたみたい」
おっ!? さすがいっちゃん! ベストタイミングだね!
って思って、勢いよく振り向いたら、そこには花音さんがにっこり笑ってました。あ、あれ? いっちゃんいない?
「やっとこっち向いたね」
ぐっ……。
その笑顔は卑怯です……。
でも、あの目じゃないや。ちょっとホッとした。
あれ、そういや舞がいないね?
「舞は?」
「教室にいるよ、皆でご飯食べてる」
「あ、そう」
花音も大人しくご飯食べてればよかったじゃないか! 舞に頼んでおけばよかった! 花音を1人にしないようにって!
「一花ちゃん、すぐ戻ってくるよね?」
「うん? まあ」
あ、何だ。今日はいっちゃんに用事? それだったら寮にいる時でいいじゃないか?
「ねえ、葉月? 手を離すけど、逃げないでね?」
え、離すの? 願ったり、叶ったり! 逃げま――じっと怖い笑顔で見ないでください。分かりました。逃げませんから……。
ちぇって思いながら、花音は手を離して持ってきた紙袋の中をゴソゴソし始めた。何、それ?
「一花ちゃんにも試食してもらいたいなって思ったんだけど……」
袋から出てきたのは一口サイズのチョコトリュフがいくつか入った小さな袋。なるほど、試食ね。
花音がにっこり笑って、袋をあけて1つ取り出した。
「食べてみる、葉月?」
うん? あれ、舞から聞いてないの? 今、味分からないんだけど……。
「いらないよ~?」
「お腹いっぱい?」
「舞から聞いてないの~?」
「……聞いてるよ。味分からないんだってね」
なんだ、聞いてたんじゃん。なんでそんな一気に落ち込んじゃうかな。
「いっちゃんに渡しておくよ。試食でしょ~?」
「……葉月、あ~んして?」
「うん? いらないってば~」
「はい、あーん」
花音がトリュフをズイッと口に押し付けてきた。いや、だから味分かんないんだってば。なんか強引ですね?
でもそんな心配そうな顔で見られると……むー、仕方ないな。食べればいいんでしょ~食べれば~。
あ~んすると、花音がトリュフを入れてくれた。んん~……無理。
「やっぱり分からない?」
「味しない……」
「そっか……じゃあ、もう1個だけ食べてみて?」
「んん~? 意味ないよ~」
「もしかしたら、これだけは分かるかもよ?」
うん? どういうこと?
花音が紙袋から違う袋を取り出して、中から違うトリュフを手に取っていた。仕方ないから、それもあ~んして食べてみる。
……あれ?
噛む度に香りが広がる。
味はしないけど……これ、なんだっけ?
何かホッとする。
「どう……かな?」
「……しない……けど、もう1個」
あ、驚いてる。でも、これホッとする。
あーんとしてると、嬉しそうに目元を緩ませて、花音が食べさせてくれた。
やっぱりホッとする。
「よかった」
「……これ何~?」
「気づかなかった? いつも飲んでたハーブティーの葉っぱだよ」
あ、あれか。どうりでホッとすると思った。
またあーんすると、クスっと笑いながら花音が口に入れてくれた。
モグモグ。
味はしないけど、ホッとする。噛む度に香りが広がるからかな?
「……葉月」
うん?
モグモグしてたら、花音の手が口のそばまできていた。
「ついてるよ」
ゾクッと、またこの前みたいに背筋が震える。
そっと花音の柔らかい指が唇に触れてきて、
なぞられて、
手の向こうの花音の目が、
あの熱の籠った目に変わっていた。
また。
あの目。
見た瞬間、金縛りにでもあったかのように固まった。
だ、だから。
なんなのかな、これ。
心臓が早鐘を打つかのように響いてくる。
いや、いやいや。
落ち着け。
なんでこうなるか分からないけど、
あの目さえ見なきゃいいんだよ。
でも、
釘付けになる。
花音が親指で唇をゆっくりなぞってくる。
ゾクゾクっとして、
余計動けなくなる。
う、
動けないんだけど。
それ、やめてほしいんだけど。
「あのね、葉月」
う、わ……。
また、
この声。
熱が籠ってる瞳と、柔らかい指の感触と、この響いてくる声。
全部が五感を支配するような感覚。
「私は……」
私は……?
「なんだ、花音? きてたのか?」
いっちゃんの声が聞こえた途端、この前みたいにハッとした。
そしてまた花音が固まって、顔赤くして、バッと離れて、顔を手で覆ってた。
でも、私も一気にホッとしたよ! いっちゃん! 来てくれてありがとう! あれ、なんでそんな呆れた顔で花音を見てるの?
「あ、あー……花音。大丈夫か?」
「…………大丈夫です」
だからなんで敬語なの!?
そんな花音を見て息をついてから、今度は私を見て、思いっきりさっきより大きな溜め息ついたけど、なんで!?
「なぁ、葉月……お前……」
「なんだい、いっちゃん?」
「いや、いい。仕方ない。そうだな、仕方ないな……」
何が仕方ないの!? そして、なんで花音の頭をポンポンと同情めいた目で撫でてるの!?
「いっちゃん! 水!」
「わかったわかった。勝手に飲んでろ」
ポイっと適当にこっちにペットボトルを投げてきたいっちゃんは、ものすごく呆れた目でこっちを見ながら、花音の頭を撫でていた。むー! なんでさ! なんでこんな扱いなのさ!
「あのな、花音。少し、そうすこ~しだけでいいんだ。焦らないでもらえると助かるんだが。こいつの事情は前話した通りだからな。そう、気づくのにちょ~っと時間がかかってしまうんだよ」
「……善処します」
2人で何の話をしているのか、さっぱり分かりません!! 一体、何なのさ!? そして、なかなか復活しないね、花音!? いっちゃんは明らかにバカにしてますね!?
もういいよ! 水でも飲むさ! グビグビッとな! ゴクゴクっとな!
そんな様子を見て、いっちゃんが申し訳なさそうに花音を見ていた。花音も落ち着いたのか、苦笑しながらいっちゃんと目を合わせていたよ。
「悪いな、本当に」
「いいの……分かってた……うん、分かってたことだから」
そう言いながらも、花音も何故か溜め息をつきながらガックリ肩を落として、それをまたいっちゃんが肩をポンポンしながら慰めていたよ。
2人は何を通じ合っているんでしょうかね! はっ! これはあれか? 舞が言ってた仲間外れか!? 舞、今ちょっとだけ気持ちがわかったよ!
ということで夜、舞が帰ってきたところを突撃してハグしてあげたら、実はそばにいた花音が怖い空気を纏って周辺を凍らせていた。
花音に気づいた私は即部屋に逃げたけど、何故か後ろで舞の悲鳴が上がったよ。本当なんで?
お読み下さり、ありがとうございます。




