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203話 葉月がいいの —花音Side※

 


 夕飯を食べ終わって、それから皆でお風呂に入った。

 広くてゆったりして気持ちよかったな。


 葉月と一花ちゃんは私たちの後に入るらしい。「一緒に入れば良かったのに」って舞はボヤいていたけど、きっとそれは無理だと思う。葉月には、手首の傷があるから。レイラちゃんもそれを知っているからか、「好きにさせればいいじゃありませんの」と舞に言っていた。


 お風呂から上がって大広間に向かうと、男性陣も寛いでいる。


「先輩たち! トランプしようよ!」


 舞は本当明るいな。積極的に楽しもうとしているよ。九十九先輩が眼鏡を掛け直しながら、怪訝な目でその舞を見ていたけど。


「トランプだと? そんな子供の遊びをやってどうする?」

「へーほー。なるほど! 負けるのが怖いと見た!」

「……誰が怖いだと? いいだろう、やってやる」


 簡単に舞の挑発に乗っちゃった。九十九先輩、負けず嫌いなところがあるからね。月見里(やまなし)先輩たちもそんな九十九先輩に苦笑しながら、皆でトランプをすることに。


 ババ抜きを数回やってから、違う遊びに変えたよ。レイラちゃんが、その……分かりやすくて全部負けちゃったから。「なんでですの……」って肩をガックリと落として、少し泣きそうになってた。


 その後はチーム戦でポーカーやることになって、それが白熱してた時に、会長と月見里先輩が、喉が渇いたと言いだした。


「じゃあ淹れてきますよ」

「ああ。行けば、誰かが用意してくれるはずだ。頼む」


 ここの使用人さんにってことですね。会長にそう言われて私もキッチンに向かう。自分で淹れてもいいしね。


 そういえば、葉月たち戻ってこないな。お風呂からまだ上がってないのかな? 葉月と一花ちゃんの分も一応淹れようか。


 キッチンに行くと、さっきまで一緒に料理してくれたコックさんがいた。お茶の話をしたらすぐ淹れてくれることに。さっき一緒に料理したせいか、すっかり仲良くなってしまったんだよね。


 お湯が沸くのを世間話しながら待っていると、舞が顔を出した。どうしたんだろう?


「今だよ! 花音!」

「何が?」

「何が? じゃないって! 葉月っちと話しなよ!」


 そ、そういえば、そうだったね。すっかり葉月との話というよりも、葉月に何のお茶淹れてあげればいいかなって考えてたよ。


 「ほら、行った行った! 暖炉ある広間にいたから!」って、背中を押されてキッチンを追い出されてしまった。


 閉め出される形で扉を閉めるとは……少し茫然としちゃった。舞がここまで行動力あるとは。


 葉月と話すのは私にとっても嬉しい事だし、ここは舞に感謝しておこう。暖炉のある広間、ね。


 大人しくその広間に向かうと、扉の隙間から光が漏れている。あの部屋かな? だけど暗い気もするなぁ。


 少し中を覗いてみると、案の定、葉月はそこにいた。


 部屋の電気は消していて、暖炉の火の明かりだけが部屋を照らしている。葉月は窓際で椅子の背凭れに腕を置いて、外を眺めていた。一花ちゃんは、いないみたいだね。


 これは、空を見ているのかな? 


 思わずクスって笑いが零れる。静かに部屋の中に入って近づいた。


「葉月は本当に空が好きだね」


 聞こえているのか聞こえていないのか、葉月はあまり反応しなかった。だからそっと葉月の頭に手を置いてみる。さっきまでお風呂に入っていたからかな。いつもみたいに乾かしていないのか、半渇きだったよ。


「髪、ちゃんと乾かさないとだめだよ」

「平気~」


 いつか絶対これで風邪引いちゃうと思うんだけどなぁ。でもやっと反応してくれて、ゆっくりこっちを見上げてきた。つい自然と嬉しくなる。


「舞に言われたの~?」

「うん。話して来いって」

「でも話してるよね~?」

「そうだね。でも部屋替わってから、葉月と会ってるって言ってなかったから」


 言うタイミングを逃しちゃったんだよね。舞にあそこまで心配されてるとは思ってなくて。


 顔を上げるのを止めて、葉月は視線を外の夜空に戻している。本当に、好きなんだな。


 そっと葉月の頭を撫でた。

 相変わらず、細くて柔らかい。

 今の葉月を見ると、もう本当に元気そう。


「この前倒れたって聞いたよ?」

「……平気」

「そっか……よかった」


 今日の外は空気が澄んでいるのか、星が綺麗に瞬いていた。夏の別荘に行った時も、最後の日に葉月は砂浜で星を見てたな。


「また星見てたんだね」

「ん~……」

「葉月は雨の日も、昼も、夜も、いつも空を見てるね」

「そんなことないけど?」

「いつも気づくと空を見てるよ?」

「……そんなことないけど」


 頑なにそんなことないって言ってるけど、葉月は空から目を離さない。好きじゃないと、こんなに熱心に見ないと思うけどな。


 葉月の頭から肩に手を下ろした。


 空を見ている葉月も、好きだな。

 ここじゃないどこかを見ているようで、どこか儚さを持っている。


 綺麗だなって思うから。


 ずっと見ていたくなる。

 ずっとそばで、見ていたくなるんだよ。


「……ねぇ、葉月?」

「ん~?」

「やっぱり合格はもらえないの?」


 窓越しに、葉月が目を瞬いているのがわかった。これ、全く考えてなかったって顔だね。


「そだね~……」

「そっか。じゃあ、いつになるのかな?」

「……もっと先かな~」

「…………便利な言葉だね」


 もう絶対葉月の中で答えは変わらないんだろうな、と思える返事。この先もずっと、葉月の中で気持ちが変わらない限り、そうやって答えを伸ばしていくんだね。


 それでもやっぱり期待だけはしてしまうよ。

 可能性があるんじゃないかって。

 私のことを好きになってくれたらって。


「諦めていいよ~?」

「諦めないって言ったよね?」


 諦めるわけない。

 今でもこんなに好きなのに。


 顔を見れるだけで、

 少し触れるだけで、

 こんなに幸せな気持ちになるのに。


 だけど葉月は、疲れたかのようにふうと息をついていた。

 無意識に肩に置いた手が震えてしまう。


 ……溜め息。

 そんなに嫌?

 ルームメイトに戻るのが?

 それとも、私がこういう気持ちを抱いているのが?


 自然と、不安が込み上げてくる。

 しつこいって、嫌われるのも嫌……だけど……諦めるのも、嫌。


「……葉月は……そんなにルームメイトに戻るのが嫌?」


 少し声が震えてしまった。ゆっくり私をまた見上げてくる。何故か驚いているように見えた。


「そんなに……嫌……?」


 嫌われたくはない。

 だけど諦めたくない。

 好きになってほしい。


 どうしてこんなに好きになったんだろう?


 幸せな気持ちと、怖い気持ち。触れたくてたまらなくて、だけど嫌われたくなくて臆病になる。


 今も抱きしめたくて仕方がない。だけど出来ない。葉月の気持ちは今、私にないから。


 嫌だって言われたら、ショックで立ち直れないかも。

 それって、葉月が私のことを何とも思っていないってことだから。


 一花ちゃんもレイラちゃんも、葉月は私のことを大事にしてくれていると言っていた。


 でも……葉月の口からそう聞いたことなんて、当たり前だけどない。


 だから弱気になってしまう。


 本当に嫌だったらどうしようって。

 本当は私の気持ちに気づいていて、それが嫌で戻りたくないって思ってたらどうしようって。


 何故か葉月は、少し傷ついたような顔をした気がした。視線をまた空に戻されて、表情が良く見えなくなる。嫌だってこと?



「……嫌…………じゃ……ないよ……」



 ……え?

 嫌じゃ、ないんだ?


 葉月の口から出てきたのは、少し予想外のこと。

 諦めてほしそうだったから、ちょっと返事に身構えてたのに。


 だけど……そっか。嫌だとは、思ってないんだ。


 心の底から安心する。ホッと知らずに息を吐いた。

 嫌じゃないなら、それなら。


「それなら……私諦めないよ、葉月」


 まだ頑張れる。

 まだ期待が持てる。

 葉月に好きになってほしいから。


 ゆっくり、また葉月の頭に手を置いて撫でた。嫌がる様子はない。それだけでも、また安堵感がやってきた。


 柔らかくて細い髪は、撫でていて心地がいい。こうやって撫でるの、好きだな。葉月もされるがままだから、ついそれに甘えて撫でてしまう。


 もう少し味わっていたくて撫でていたら、葉月が唐突に「何か言った?」と聞いてきた。いきなりどうしたんだろう? 何も言ってないけどな。


 そう言うと、不思議そうに首を傾げている。何か聞こえたのかなと聞くと、何でもないとはぐらかされた。本人もよく分かってなさそう。


 ……この際だから、もっとよく顔見たいな。こんなに2人でゆっくりするの久しぶりだから。


 パーティーの時は外で寒かったし、寮では葉月が具合悪そうだったし、コンテストの時も、葉月を止めてすぐ皆のところに戻っちゃったから。


「ねえ、葉月」

「ん?」

「こっちむいて?」


 そう言うと、葉月は不思議そうにまた顔を上げてくれた。きょとんとした顔、やっぱり可愛いなぁってつい笑みが零れてしまう。


「……何、花音?」

「顔、よく見たいなって思って」


 元気な姿、ちゃんと見ておきたい。葉月は訳が分からなそうな表情になっている。


「誰かさんは部屋が替わったら、避けるようになったからね。今の内にって思って」

「避けてないけど?」

「すぐ逃げるのに?」


 図星なのか、少し葉月は気まずそうに視線を横に逸らした。


 ちゃんと私、葉月が逃げてること分かってるからね? だけどすぐ、私にまた視線を合わせてくれる。


「……花音? こんな会ってたら、離れた意味がないんだよ?」


 ……葉月はこれ以上会うつもりがないんだもんね。だからにっこりと笑い返してあげた。


「私は会いにくるっていったよね?」

「会ってたら意味ないよ?」

「もう大丈夫だから。離れなくていいと思うよ、葉月。戻っておいで?」


 葉月が部屋に戻ってきてくれれば、解決なんだけどな? まあ、同じ部屋になったら、私も色々と抑えが利かなくなりそうだけど。


 でも葉月は、やっぱり答えを変えるつもりはないみたい。


「花音が約束守ったらね~」

「もう眠ってるし、笑ってるし、元気だし。約束守ってるんだけどな? 誰かさんが合格くれないからね、困ってるの」

「だってまだ足りないもん」

「いつになったら足りるのか教えてほしいんだけど?」

「もっと先かな~」

「ふふ。じゃあ、会いにくるしかないよね?」


 そうしないと、葉月は絶対意識してくれない。私の事を見てくれない。今もそう。この前、指にキスしたことも全く話題に出さない。きっともう忘れてる。


 本当は毎日抱きしめたい。

 触れたくてたまらない。

 毎日、葉月に会いたいんだよ?


「葉月が戻るって言えば丸く収まるよ?」

「……そんなに舞との生活が嫌なの~花音?」

「ううん、舞とは上手くやってるよ?」


 舞じゃないの。


 あのね、葉月。

 私が抱きしめたいのも、

 触れたいのも、


 葉月だけなんだよ。


 不可解そうな葉月。

 不思議そうに見上げてくる。

 私が好きだなんて思ってないその顔を見ると、どうにか気づいてほしいと思う。


「ただ――」


 そっと見上げてくる葉月の頬にそっと触れた。

 それでもやっぱりきょとんとしている。


 もう重症だね、私。

 鈍感な葉月を見て、


 愛おしいと思うんだよ。




「私は、葉月がいいの」




 他の誰でもない。

 あなたがいい。


 そばにいるのも。

 抱きしめるのも。

 キスをするのも。



 愛おしい気持ちでいっぱいで、葉月を見下ろしていると、


 ゆっくり葉月が腕を伸ばしてきた。


 私の頬に触れてきて、

 その手の温もりが伝わってきて、


 それだけで嬉しくなる。

 胸の奥が切なくなる。


 もっと触れてほしくて、その手を握って頬を擦り寄らせた。

 何故か葉月は目元を細くして見上げてくる。


 葉月、少しは気づいて?


 好きなんだよ。

 葉月が好き。


 こんなに誰かに気持ちが溢れてくることなかった。

 私が、誰よりも好きなのは葉月なんだよ?


 掴んだ葉月の手の平に、そのまま唇を押し付けた。

 その柔らかさと温もりが、やっぱりこれ以上ないくらいに幸せな気持ちにさせてくれる。


 ゆっくり唇を離して、また葉月を見下ろすと、そこにはじっと私を見上げる葉月の顔。


 これは……どう思ってくれている顔?


「葉月……」


 呼びかけても、葉月は何も言わない。

 ただじっと私を見上げてくる。


 これでも、何も思わない?

 疑問にも思ってくれない?

 嫌だって思ってもくれないの?


 何も言わないなら、

 何も感じてくれないなら、

 止めてくれないなら、


 私、止められないよ?


「葉月……私……」


 ゆっくり顔を近づけた。

 だけど葉月は何も言わない。


 このまま、


 キスしてもいいの?




 カタン




 後ろから音が聞こえて、パチッと思わず瞬きをした。

 我に返って、目の前の葉月を見てしまう。


 私、今――。


 何も言わない葉月も目を丸くして、固まっているように見える。


 その葉月を見ると、もうたまらない。今さっき、自分がキスしようとしていたことが、恥ずかしくなってくる。


 まだ私の事を何とも思っていない葉月に、何も言わないことをいいことにキスしようとしたことが、もう恥ずかしくて恥ずかしくてたまらない。


 カアアアと頬が一気に熱くなってしまって、急いで葉月から離れた。合わせる顔がなくて、しゃがみこんじゃったよ。


「えっと……花音?」

「…………はい」


 心配そうな葉月の声が降ってくる。だけどごめん。今顔あげられない。


「その……平気?」

「………………平気です」


 ええ、ええ、平気です! というか葉月の反応が普通すぎる! 全くキスされようとしていた人の反応じゃない!


 まさか何とも思ってない!? あれだけ顔近づけたのに!? なんであんなされるがままだったの!? というか気づいてない!? 鈍感すぎる!! そして普通に心配してくるとか、何その無自覚の優しさ!! 嬉しいけど嬉しくない!


 顔を見なくても、椅子に座っている葉月が困惑している空気がもうヒシヒシと伝わってくる。


 あと、あのタイミングのあの音。


 もう正体は分かっている。

 だってここに私がいるのを知っているのは、限られているから。


 スクっと立ち上がったら、目の前の葉月が何故かビクッと怯んで、立った私を見上げてきた。頬はまだ熱いままだけど、今はそれよりも。


 クルっとそんな葉月に背中を向けて、扉を思いっきりバン! と荒々しく開けてあげる。


 その先にはやっぱりという人間がいるわけで。


 もうにっこりと自然に笑いかけたよ。



「……舞? 何やってるのかな?」



 何故かレイラちゃんもいたけど、そのレイラちゃんと一緒に手を取り合って(何故か一花ちゃんが2人に挟まれていた)、舞が顔を青褪めさせてこっちを見上げていた。


 一体、何してるのかな? 心配で来たんだよね。うん、分かってる。そしてここで覗いてたんだね?


「か、花音? い、いやこれはだね?!」

「うん、な~に?」


 いくら何でも覗きはどうなんだろうね? ここにいるちゃんとした理由があるんなら聞くよ? 他ならない舞の言葉だからね。ちゃ~んと納得できる理由なのかな?


 ニコニコと見下ろしていたら、2人に挟まれていた一花ちゃんが、ものすごく呆れた様子で2人を見ながら、手に持っている水差しとコップを落とさないように立ち上がった。


「あ~花音。取り込み中すまないが、入っていいか?」

「どうぞ?」

「ちょちょちょっと~!? 一花!? 何1人抜け出そうとしてるのさ!?」

「別にあたしは覗いてないしな。お前とレイラがあたしを抑え込んだんだろうが」

「一花!? あなただったらこれぐらいの拘束、本来外せるではありませんか!! 何をそんなシラッとした感じで行こうとしてますのよ!? あなただって聞いていたくせに!?」

「自分から聞くのと聞こえてくるのは別だ。それにあたしは、あのバカを押さえる時にしか力も技術も行使せん、以上」

「「卑怯者ぉぉぉ!!?」」


 なるほどなるほど、つまり覗いて葉月と私の会話を聞いて楽しんでいたわけだ。しかもレイラちゃんも一緒に。楽しんでたは語弊かな? 心配してくれてたんだよね? 一花ちゃんが邪魔をしないように、2人が拘束していたと。


 その一花ちゃんはさっさと葉月のところに行ってしまったけど、私はもうニコニコニコと2人から目を離さなかったよ。舞もレイラちゃんも動揺しているのか、2人して私を止めるかのように手を出してきた。


「かかか花音? ちょっと落ち着こう? あたしはさ、心配でついね?」

「そそそそそうですわよ、花音? まずは話し合いが必要ですわよ?」

「そっかぁ……話し合いか。そうだね。じゃあ、テーマは覗きに関してかな? どう思う、2人とも?」

「「ひいいいいっっっ!!! ご、ごめんなさいぃぃぃぃ!!!!」」


 何を謝ってるのかな? つまり楽しんでいたのかな?

 ふふふって腕を組んで見下ろすと、2人は震えている。


「……舞、レイラちゃん。まずはちゃんと座ろうか?」

「「ははははい!!」」


 それはもう素早い動きで、2人は正座をしてくれた。


「あのね、舞? 心配してくれるのは嬉しいよ、ありがとう。でも覗きってどうなんだろうね?」

「おおお仰るとおりです!」

「そうだよね。いくら心配でも私は今まで“覗き”――はしなかったなぁ。今まで舞にしたことあったかな?」

「なななない! 一切ない!」

「それなのに自分は覗いたわけだね。それも“心配”だから。決して少しも楽しんでとかいないよね?」

「あああああったりまえじゃんか! そう! 純粋に心配して!」

「あら? 舞、ちょっとは面白くなるかもって言ってませんでした?」

「レイラぁぁ!?」


 慌ててレイラちゃんの口を塞ぐ舞。


 ふふ、そうだよねぇ。舞はここぞって時はちゃんと弁えるもんね。


 葉月が部屋を離れた時も深く聞いてこなかったし? 私が憔悴しきって、どんな夢を見て魘されるとかも聞いてこなかったし?


 なのに、今回は覗いてる。それって少しは面白そうって思ったからだよねぇ?


「…………舞、何か言う事あるんじゃないのかな?」

「ちちち違うって、花音! 今のはレイラの戯言(ざれごと)で! 本当! 純粋に心配してたんだって!」

「なっ!? 舞! わたくしに(なす)り付けないでくださいな!?」

「何さ、レイラ! 今から花音と葉月っちが話し合うって言ったら、レイラだって興味津々でついてきたじゃんか!」

「それはだって、気になるじゃありませんのよ!?」

「2人とも、静かにしようね?」

「「はい……」」


 言い合いを始める2人を黙らせて、さてどうしてあげようか。


 覗かれたこともそうだけど、それを面白がるとかタチが悪いよね? 舞に至っては私の気持ちを知っているわけだし? 私の恋はいつから舞の娯楽になっていたのかな? 私は舞と一花ちゃんの恋を娯楽に思ったことなんて、一度もないんだけど。


 とりあえず反省してもらわないとね。


「舞、ちょっとは悪いなって思ってくれてる?」

「もももちろん! そうだよね! さすがに覗きはやりすぎたよ、あ、あはは! ごめん!」

「じゃあ、ああ、反省文書こうか。もう今後こういうことしないように、ね」

「は?」

「書くよね?」

「い、いやいや……いやいやいや!? こ、ここで?」

「大丈夫。レイラちゃんも一緒だから寂しくないよ、きっと」

「は!? ちょちょちょっと花音!? 何でわたくしまで!?」

「レイラちゃん、舞のこと止めなかったよね? それに面白そうって言われて、レイラちゃんもここまできたんでしょう?」

「ちちち違いますわよ!? わたくしも純粋に心配で――」

「私、娯楽にされるとは思ってなかったよ。しかもレイラちゃんに」

「かかか花音? ななな何やら誤解しているようですわね? 誰もあなたのことを娯楽など――」

「じゃあちゃんと反省できるよね?」

「もももちろんですわ!……って……あ、あら?」


 首を傾げるレイラちゃんの横で、舞は半ば呆れたように彼女を見ている。


 うんうん、ちゃんと反省しようね。そのレイラちゃんがまた何かを言おうとしたから、またニッコリと微笑んだら、2人はビクッと体を震わせていた。


「ちゃんと反省しようね、2人とも?」

「「……はい」」


 いいお返事貰ったから、少し満足したよ。


 部屋に戻ってルーズリーフの紙を何枚か取ってきてから、正座している2人に届けた後、ニッコニコと笑って、反省文書く姿を目に焼き付けました。


「あ、あの花音……」

「舞? まだ書き終わってないよ?」

「はい……」

「か、花音……その、寒いのですが……」

「レイラちゃん、そこ綴り間違えてるね」

「はい……」


 途中、葉月と一花ちゃんが自分たちの部屋に戻ったよ。葉月は痺れている舞の足をツンツンしてから戻ってたね。一花ちゃんは心底呆れていたけど、2人の助けを無視してた。


 会長たちも部屋に戻るために大広間から出てきて驚いてたけど、私がニコニコと2人に向き合ってたからか、何故か何も言わずに静かにそれぞれの部屋に戻っていっていたよ。


「……えーと、桜沢さん? 先に部屋に戻ってるわね?」

「はい、東海林先輩。先に寝ててください」

「寮長!! 助けて!」

「東海林先輩、何とか花音を説得してくださいな!!」

「2人とも、手が止まってるよ?」

「「はい……」」

「……桜沢さん、ほどほどにね?」


 東海林先輩はおかしなことを言うなぁ。ほどほどなんだけども?


 優しい東海林先輩は、そのあと2人に毛布を持ってきてくれたよ。よかったね。これで寒くはないから反省文書けるね。


 そのあと私は眠くなってから、部屋に戻ったよ。


 私は何も言わなかったよ? 部屋に戻っちゃだめだよ、とも言ってないし、暖かい飲み物飲んじゃだめだよ、とも言ってない。



 次の日、毛布にくるまりながら正座をして2人寄り添ってたのは、2人の反省の表れだね。


 ふふ、うん、許します。もう二度と人の恋を娯楽にしないようにね?

お読み下さり、ありがとうございます。

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