表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
203/366

202話 冬の空

 

 味のしないご飯を食べて、お風呂に入った。私といっちゃんは別で入ったよ。万が一、手首の傷が舞と寮長に見られないようにね。


 おっきいお風呂だったから、泳いでぬくぬく~ってしたけど、いっちゃんはそれを注意しなかったよ。


 今日は本当にオフモードですね! ゆっくり休めばいいよ! 今日はあの子の声も聞こえてこないしね! 大分レイラで発散したからかな? モヤモヤも大分スッキリしました、はい!


 大広間では、皆がトランプして遊んでた。

 でも私は広間にある暖炉で遊びたいからね! そっちに向かったら、いっちゃんが渋い顔してたけども。


「いっちゃん! 見て! パチパチしてるよ!」

「手とか入れるなよ? ここから先は近づくの禁止だ」

「むー。それじゃつまらないよ」

「薪をくべるだけにしろ。そうじゃなかったら、連れ出すからな」


 ちぇっ。それじゃつまらないな~。


 目の前ではパチパチ火花を散らしながら、薪が燃えている。私は絨毯の床に体育座りで座って、いっちゃんは隣に椅子持ってきて2人でそれを見てた。


 あったかいね~。炎って見てると不思議と落ち着くんだよね~。なんでだろ?


「葉月、今日はどうだ? 声聞こえたか?」

「ん~? 大丈夫~」

「そうか……やっぱり関係あるな」


 そうかもね~。今日は全然聞こえないし、あの子自身も現れなかった。


「ねえ、いっちゃん」

「なんだ?」

「いっちゃん、今日休めた?」

「そうだな。ゲレンデで楽しそうにしてるお前見たら、大丈夫だと思ったからな」

「そっか……」

「あたしのことは気にするな。自分で決めたと言っただろ?」

「うん……」


 でもね、いっちゃん。

 私はね、いっちゃんにだって幸せになってもらいたいと思ってるよ。


 縛り付けて、ごめんね。

 でも、決めた日が来たら、解放できると思うから。


 だから、

 それまで、


 そばにいてね。


「いっちゃん!」

「……なんだ?」

「いっちゃん大好きだよ!!」

「いきなり何言い出す!?」

「大好きだよ!」

「やめろ!? こっ恥ずかしい事を大きな声で言うな!?」

「照れてるいっちゃん、可愛いよ!」

「やめんか!?」


 え~? 本当に可愛いのに~? ほら~耳まで真っ赤になってるよ~? パシャって携帯のカメラで撮ったら、即没収されて殴られた。照れ隠しですね!


「全くお前は油断も隙も無いな……喉乾いたから飲み物取ってくる。お前も飲むか? それとも一緒に来るか?」

「いかな~い。あと水でいいよ~」

「まあ、すぐ戻ってくるから大丈夫だろ」


 いっちゃんが広間を出て行ってシンと静まり返った。すぐ帰ってくるっていうしね、問題ない。


 パチパチと目の前の炎を見てると余計なこと考えちゃうな~。でも抑えられる。今日は大丈夫だね。あの子も現れないから無理やり“こっち側”に引っ張られることがない。


 でも、あんまり見すぎない方がいいかも。やりたくて仕方なくなっちゃうし。


 窓の外を見てみる。

 あ、星。ここだったら見えやすいかも。


 立ち上がって、いっちゃんが座ってた椅子を窓際に持ってくる。うん? 見えにくいな。部屋が明るいから?


 広間の電気を消したら、暖炉の明かりだけになった。これぐらいだったら大丈夫でしょ。


 窓際に置いた椅子の背凭れの方を前にして座った。

 腕を背凭れに置いて顔を乗せ、空を見る。


 ……うん。やっぱり見えやすいね。


 寮で見るより、キラキラと瞬いている。



 思わず笑みが零れてしまった。



 今日は来てよかったかもね。

 大分スッキリしたし。


 いっちゃんも気が休まったんじゃないかな? ここのところずっと気を張ってたしね。


 あの子もさすがに疲れたんじゃない?

 大分疲れもあるから、今日は眠れると思うし。

 舞にちょっと感謝、かな。


 空を見る。


 瞬いてる星を見る。



 綺麗だなってやっぱり思った。



 あの日、見た空と同じ。


 あの日、思い出した空と同じ。



『迎えに来るよ』



 この前のイベント後に来た、あの子の言葉が蘇る。


 待ってるよ。


 待ってるから。






「葉月は本当に空が好きだね」





 ぼーっと見てたら、後ろから声が掛かる。


 そういえば、舞が話をしろって言ってたもんね。

 忘れてたけど。

 舞に言われてきたのかな?


 頭に手の感触がした。


「髪、ちゃんと乾かさないとだめだよ」

「平気~」


 クスクスと上から笑ってる声がする。


 見上げると、微笑んでる花音が見下ろしていた。


「舞に言われたの~?」

「うん。話して来いって」

「でも話してるよね~?」

「そうだね。でも部屋替わってから、葉月と会ってるって言ってなかったから」


 やっぱり言ってなかったんだ。

 まあ、いいんだけどね。


 見上げるのをやめて、空に視線を戻した。

 花音が頭を撫でてくる。

 相変わらず心地いいですね。


「この前倒れたって聞いたよ?」

「……平気」

「そっか……よかった」


 星はキラキラと瞬いている。


「また星見てたんだね」

「ん~……」

「葉月は雨の日も、昼も、夜も、いつも空を見てるね」

「そんなことないけど?」

「いつも気づくと空を見てるよ?」

「……そんなことないけど」


 頭に置かれた手が肩に降りてきた。



『花音は会長と幸せになれるよ』



 あの時の、あの子の言葉が頭を過った。


 そうだね。

 だからもう考えない。

 花音のことは考えない。


「……ねぇ、葉月?」

「ん~?」

「やっぱり合格はもらえないの?」


 思わず目をパチパチさせた。


 あれ?

 もう帰る気ないの、知ってるよね?

 あ、そういえばクリスマスの時に諦めたわけじゃないって言ってたな。

 忘れてた。


「そだね~」

「そっか。じゃあ、いつになるのかな?」

「……もっと先かな~」

「…………便利な言葉だね」


 少し寂しそう。

 だけど、覆さないよ。

 諦めてくれないかな。


「諦めていいよ~?」

「諦めないって言ったよね?」


 頑固。

 もう会長のことだけ考えてればいいのに。


 ふうと息をつくと、肩に置かれた手がピクッと動いた。



「……葉月は……そんなにルームメイトに戻るのが嫌?」



 上から降りてきた声が、さっきより寂しそうで、

 思わず見上げて顔を見てみると、


 悲しそうに笑ってる花音がいて、



「そんなに……嫌……?」



 胸が締め付けられた。



 ……嫌じゃ…………ないよ。


 嫌じゃないけど、

 もう戻るつもりはないんだよ。


 それに花音に怯えて過ごしてほしくないんだよ。


 だから離れたんだよ?

 忘れてほしくて離れたんだよ?

 笑っていてほしくて離れたんだよ?


 私は花音にそんな顔しかさせられないんだよ。


 花音の顔を見ていられなくて、

 たまらず視線を空に戻した。


 ここで嫌だって言えば、

 花音は諦めてくれるのかな。

 嫌だって、前みたいに嘘をついて、


 嘘をついて、


 諦め……させて、



「……嫌…………じゃ……ないよ……」


 でも口から出てきたのは本当のことだった。


 ……あれ?

 おかしいな……?

 なんで……逆を言っちゃったんだろ?

 ここで嘘つけば、諦めたかもしれないのに。


 花音がホッと息を吐くのがわかった。


「それなら……私諦めないよ、葉月」


 そう……ですよね。そうなるよね。


 なんで?

 前はつけたのに。

 諦めてほしいって思ってるのに。



 なんで……?



 花音がまた手を頭に置いて撫で始めた。


 その手がやっぱり心地よくて、


 撫でていてほしくて、




『――――とうに――――ま――ん――だなぁ――はづ――――』




 ……? 声……?


 でも、あの子の声じゃない……?


「花音?」

「ん?」

「今……何か言った?」

「ううん、何も?」

「……そう」

「何か聞こえた?」

「…………何でもない」


 気のせい?

 首を傾げてたら、花音の声がまた降ってきた。


「ねえ、葉月」

「ん?」

「こっちむいて?」


 うん?

 また顔を上げると、花音が嬉しそうに微笑んでる。


「……何、花音?」

「顔、よく見たいなって思って」


 首を傾げると、花音がクスっと笑った。


「誰かさんは部屋が替わったら、避けるようになったからね。今の内にって思って」

「避けてないけど?」

「すぐ逃げるのに?」


 それは……逃げてますね。

 でも、そんな会ってたら、離れる意味がないわけで。


「……花音? こんな会ってたら、離れた意味がないんだよ?」


 と思って、ぶつけてみました。

 でも花音はにっこり笑う。


「私は会いにくるっていったよね?」

「会ってたら意味ないよ?」

「もう大丈夫だから。離れなくていいと思うよ、葉月。戻っておいで?」


 さらっとまた帰って来いって言ってますね?


「花音が約束守ったらね~」

「もう眠ってるし、笑ってるし、元気だし。約束守ってるんだけどな? 誰かさんが合格くれないからね、困ってるの」

「だってまだ足りないもん」

「いつになったら足りるのか教えてほしいんだけど?」

「もっと先かな~」

「ふふ。じゃあ、会いにくるしかないよね?」


 ニッコニッコ笑って、返してくるよ。確かに笑えるようにはなってるみたいだけどさ。


 でもなんで威圧感があるんだろうね!? さっきの嬉しそうな微笑みどこいったの?!


「葉月が戻るって言えば丸く収まるよ?」

「そんなに舞との生活が嫌なの~花音?」

「ううん、舞とは上手くやってるよ?」


 だったらいいと思うんだけどな~、このままで。それに花音の約束がなくても、今はもう戻れないんだけどね。あの子が呼ぶから。


「ただ――」


 うん?


 花音の手が頬に触れてきた。



「私は、葉月がいいの」



 また……この目……。


 熱の籠ったような瞳で、

 こっちの目が離せなくなって、

 吸い込まれる。



 思わず、腕が伸びていた。



 花音の頬に手が触れると、

 その手を握って、嬉しそうに目元を緩ませて擦り寄ってくる。


 それを見ただけで、


 心臓の鼓動が、


 さっきよりうるさい。


 花音がこの前みたいに、

 今度は手の平に、

 あの熱い吐息と一緒に、柔らかい唇を押し付けてきた。


 手の平に伝わる感触にゾクッと震える。


 熱の籠った目で、

 こっちを見ながら、


 ゆっくり唇が離れていった。


「葉月……」


 ゾワっと全身に鳥肌が立つ。


 さっきまでは感じなかったのに。

 いつもみたいに名前呼ばれただけなのに。

 なのに、今はその声にまで縛り付けられる感じで。


 なに……これ……。


 心臓がうるさい。

 花音から目が離せない。


 その熱の籠った瞳から目を逸らせない。



「葉月……私……」



 花音が顔を近づけてくる。


 動けない。

 逸らせない。

 声が出ない。

 縛り付けられる。





 カタン





 扉付近から音が聞こえて、ハッとした。


 あ、れ……?

 目の前の花音も固まっていた。


 あ、あの目じゃなくなってる。

 あ、一拍置いて顔赤くなってく。

 あ、離れてしゃがみこんじゃった。


 プルプルモードは健在ですね。


「えっと……花音?」

「…………はい」


 なんで敬語?


「その……平気?」

「………………平気です」


 だからなんで敬語!?


 いや、私も心臓バクバクいってるけども。ハアと軽く息をして整えた。


 あ、復活した。まだ顔赤いけども。

 ってあれ? 帰るの? いや、いいんだけども。何も言わずに扉の方に向かってっちゃった。



 バンっ!!!



 はい!? 花音さん!? なんでそんな強く扉開けてるの!? ん、あれ?



「……舞? 何やってるのかな?」



 ヒュウウウ~――っと花音の周りの空気が、一気に凍土と化した。


 ……こ…………怖い!!


 何、その冷たい声は!?

 過去一番怖い!!


 そして花音の向こうに見えるのは、舞とレイラといっちゃんですね!? レイラと舞は凍ってますね! いっちゃんは素知らぬ顔ですね!


「か、花音? い、いやこれはだね?!」

「うん、な~に?」


 ひいいっ!! こっちまで凍る! あ、いっちゃんが動いた。


「あ~花音。取込中すまないが、入っていいか?」

「どうぞ?」

「ちょちょちょっと~!? 一花!? 何一人抜け出そうとしてるのさ!?」

「別にあたしは覗いてないしな。お前とレイラがあたしを抑え込んだんだろうが」

「一花!? あなただったらこれぐらいの拘束、本来外せるではありませんか!! 何をそんなシラッとした感じで行こうとしてますのよ!? あなただって聞いていたくせに!?」

「自分から聞くのと聞こえてくるのは別だ。それにあたしは、あのバカを押さえる時にしか力も技術も行使せん、以上」

「「卑怯者ぉぉぉ!!?」」


 さすがいっちゃん! いつも覗きをしている人は言う事が違うね! そして、お水ありがとうございます!


 ゴクゴク! あ~生き返る~! それにしても、いっちゃん! 中々来ないと思ってたけど、扉の向こうにいたんですね! 気づきませんでした!


「かかか花音? ちょっと落ち着こう? あたしはさ、心配でついね?」

「そそそそそうですわよ、花音? まずは話し合いが必要ですわよ?」

「そっかぁ……話し合いか。そうだね。じゃあ、テーマは覗きに関してかな? どう思う、2人とも?」

「「ひいいいいっっっ!!! ご、ごめんなさいぃぃぃぃ!!!!」」


 扉付近は完全に凍ってたよ。怖い。いつもはあの中に入ってる私ですけども、今日は安全圏から見守らせていただきます。合掌。


「いっちゃん、聞いてたの?」

「お前がやばそうだったら出ようと思ったが、聞こえてきた会話の内容は別に変なところはなかったしな。それに見てはいないぞ? あのバカ2人に羽交い絞めされて、目を何故か隠されてたし。出た方が良かったか?」

「ん~、別に~? 大丈夫だったからいいよ~。お水おかわり~」


 いっちゃんに水差しの水をもらって、向こうで花音に氷漬けにされてる2人を見る。なるほど。(はた)から見ると、面白いものですね。


 怖い空気を纏っている花音の後ろ姿を見ると、さっきとはまるで違う。


 あれは、


 なんだろう?


 手の平をチラッと見る。

 さっきの感触が残ってる。

 そこだけ熱を帯びたように熱い。

 この前の指みたい。


 動けなかった。

 縛り付けられた。

 目を逸らせなかった。

 吸い込まれていった。


 あ、だめだ。

 違う。


 考えなくていいんだ。


 考えなくて……いいんだ。


「葉月? どうした、また声か?」

「ん? ん~。大丈夫~」



 その日は眠れると思ったのに、寝つきが悪かった。


お読み下さり、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ