202話 冬の空
味のしないご飯を食べて、お風呂に入った。私といっちゃんは別で入ったよ。万が一、手首の傷が舞と寮長に見られないようにね。
おっきいお風呂だったから、泳いでぬくぬく~ってしたけど、いっちゃんはそれを注意しなかったよ。
今日は本当にオフモードですね! ゆっくり休めばいいよ! 今日はあの子の声も聞こえてこないしね! 大分レイラで発散したからかな? モヤモヤも大分スッキリしました、はい!
大広間では、皆がトランプして遊んでた。
でも私は広間にある暖炉で遊びたいからね! そっちに向かったら、いっちゃんが渋い顔してたけども。
「いっちゃん! 見て! パチパチしてるよ!」
「手とか入れるなよ? ここから先は近づくの禁止だ」
「むー。それじゃつまらないよ」
「薪をくべるだけにしろ。そうじゃなかったら、連れ出すからな」
ちぇっ。それじゃつまらないな~。
目の前ではパチパチ火花を散らしながら、薪が燃えている。私は絨毯の床に体育座りで座って、いっちゃんは隣に椅子持ってきて2人でそれを見てた。
あったかいね~。炎って見てると不思議と落ち着くんだよね~。なんでだろ?
「葉月、今日はどうだ? 声聞こえたか?」
「ん~? 大丈夫~」
「そうか……やっぱり関係あるな」
そうかもね~。今日は全然聞こえないし、あの子自身も現れなかった。
「ねえ、いっちゃん」
「なんだ?」
「いっちゃん、今日休めた?」
「そうだな。ゲレンデで楽しそうにしてるお前見たら、大丈夫だと思ったからな」
「そっか……」
「あたしのことは気にするな。自分で決めたと言っただろ?」
「うん……」
でもね、いっちゃん。
私はね、いっちゃんにだって幸せになってもらいたいと思ってるよ。
縛り付けて、ごめんね。
でも、決めた日が来たら、解放できると思うから。
だから、
それまで、
そばにいてね。
「いっちゃん!」
「……なんだ?」
「いっちゃん大好きだよ!!」
「いきなり何言い出す!?」
「大好きだよ!」
「やめろ!? こっ恥ずかしい事を大きな声で言うな!?」
「照れてるいっちゃん、可愛いよ!」
「やめんか!?」
え~? 本当に可愛いのに~? ほら~耳まで真っ赤になってるよ~? パシャって携帯のカメラで撮ったら、即没収されて殴られた。照れ隠しですね!
「全くお前は油断も隙も無いな……喉乾いたから飲み物取ってくる。お前も飲むか? それとも一緒に来るか?」
「いかな~い。あと水でいいよ~」
「まあ、すぐ戻ってくるから大丈夫だろ」
いっちゃんが広間を出て行ってシンと静まり返った。すぐ帰ってくるっていうしね、問題ない。
パチパチと目の前の炎を見てると余計なこと考えちゃうな~。でも抑えられる。今日は大丈夫だね。あの子も現れないから無理やり“こっち側”に引っ張られることがない。
でも、あんまり見すぎない方がいいかも。やりたくて仕方なくなっちゃうし。
窓の外を見てみる。
あ、星。ここだったら見えやすいかも。
立ち上がって、いっちゃんが座ってた椅子を窓際に持ってくる。うん? 見えにくいな。部屋が明るいから?
広間の電気を消したら、暖炉の明かりだけになった。これぐらいだったら大丈夫でしょ。
窓際に置いた椅子の背凭れの方を前にして座った。
腕を背凭れに置いて顔を乗せ、空を見る。
……うん。やっぱり見えやすいね。
寮で見るより、キラキラと瞬いている。
思わず笑みが零れてしまった。
今日は来てよかったかもね。
大分スッキリしたし。
いっちゃんも気が休まったんじゃないかな? ここのところずっと気を張ってたしね。
あの子もさすがに疲れたんじゃない?
大分疲れもあるから、今日は眠れると思うし。
舞にちょっと感謝、かな。
空を見る。
瞬いてる星を見る。
綺麗だなってやっぱり思った。
あの日、見た空と同じ。
あの日、思い出した空と同じ。
『迎えに来るよ』
この前のイベント後に来た、あの子の言葉が蘇る。
待ってるよ。
待ってるから。
「葉月は本当に空が好きだね」
ぼーっと見てたら、後ろから声が掛かる。
そういえば、舞が話をしろって言ってたもんね。
忘れてたけど。
舞に言われてきたのかな?
頭に手の感触がした。
「髪、ちゃんと乾かさないとだめだよ」
「平気~」
クスクスと上から笑ってる声がする。
見上げると、微笑んでる花音が見下ろしていた。
「舞に言われたの~?」
「うん。話して来いって」
「でも話してるよね~?」
「そうだね。でも部屋替わってから、葉月と会ってるって言ってなかったから」
やっぱり言ってなかったんだ。
まあ、いいんだけどね。
見上げるのをやめて、空に視線を戻した。
花音が頭を撫でてくる。
相変わらず心地いいですね。
「この前倒れたって聞いたよ?」
「……平気」
「そっか……よかった」
星はキラキラと瞬いている。
「また星見てたんだね」
「ん~……」
「葉月は雨の日も、昼も、夜も、いつも空を見てるね」
「そんなことないけど?」
「いつも気づくと空を見てるよ?」
「……そんなことないけど」
頭に置かれた手が肩に降りてきた。
『花音は会長と幸せになれるよ』
あの時の、あの子の言葉が頭を過った。
そうだね。
だからもう考えない。
花音のことは考えない。
「……ねぇ、葉月?」
「ん~?」
「やっぱり合格はもらえないの?」
思わず目をパチパチさせた。
あれ?
もう帰る気ないの、知ってるよね?
あ、そういえばクリスマスの時に諦めたわけじゃないって言ってたな。
忘れてた。
「そだね~」
「そっか。じゃあ、いつになるのかな?」
「……もっと先かな~」
「…………便利な言葉だね」
少し寂しそう。
だけど、覆さないよ。
諦めてくれないかな。
「諦めていいよ~?」
「諦めないって言ったよね?」
頑固。
もう会長のことだけ考えてればいいのに。
ふうと息をつくと、肩に置かれた手がピクッと動いた。
「……葉月は……そんなにルームメイトに戻るのが嫌?」
上から降りてきた声が、さっきより寂しそうで、
思わず見上げて顔を見てみると、
悲しそうに笑ってる花音がいて、
「そんなに……嫌……?」
胸が締め付けられた。
……嫌じゃ…………ないよ。
嫌じゃないけど、
もう戻るつもりはないんだよ。
それに花音に怯えて過ごしてほしくないんだよ。
だから離れたんだよ?
忘れてほしくて離れたんだよ?
笑っていてほしくて離れたんだよ?
私は花音にそんな顔しかさせられないんだよ。
花音の顔を見ていられなくて、
たまらず視線を空に戻した。
ここで嫌だって言えば、
花音は諦めてくれるのかな。
嫌だって、前みたいに嘘をついて、
嘘をついて、
諦め……させて、
「……嫌…………じゃ……ないよ……」
でも口から出てきたのは本当のことだった。
……あれ?
おかしいな……?
なんで……逆を言っちゃったんだろ?
ここで嘘つけば、諦めたかもしれないのに。
花音がホッと息を吐くのがわかった。
「それなら……私諦めないよ、葉月」
そう……ですよね。そうなるよね。
なんで?
前はつけたのに。
諦めてほしいって思ってるのに。
なんで……?
花音がまた手を頭に置いて撫で始めた。
その手がやっぱり心地よくて、
撫でていてほしくて、
『――――とうに――――ま――ん――だなぁ――はづ――――』
……? 声……?
でも、あの子の声じゃない……?
「花音?」
「ん?」
「今……何か言った?」
「ううん、何も?」
「……そう」
「何か聞こえた?」
「…………何でもない」
気のせい?
首を傾げてたら、花音の声がまた降ってきた。
「ねえ、葉月」
「ん?」
「こっちむいて?」
うん?
また顔を上げると、花音が嬉しそうに微笑んでる。
「……何、花音?」
「顔、よく見たいなって思って」
首を傾げると、花音がクスっと笑った。
「誰かさんは部屋が替わったら、避けるようになったからね。今の内にって思って」
「避けてないけど?」
「すぐ逃げるのに?」
それは……逃げてますね。
でも、そんな会ってたら、離れる意味がないわけで。
「……花音? こんな会ってたら、離れた意味がないんだよ?」
と思って、ぶつけてみました。
でも花音はにっこり笑う。
「私は会いにくるっていったよね?」
「会ってたら意味ないよ?」
「もう大丈夫だから。離れなくていいと思うよ、葉月。戻っておいで?」
さらっとまた帰って来いって言ってますね?
「花音が約束守ったらね~」
「もう眠ってるし、笑ってるし、元気だし。約束守ってるんだけどな? 誰かさんが合格くれないからね、困ってるの」
「だってまだ足りないもん」
「いつになったら足りるのか教えてほしいんだけど?」
「もっと先かな~」
「ふふ。じゃあ、会いにくるしかないよね?」
ニッコニッコ笑って、返してくるよ。確かに笑えるようにはなってるみたいだけどさ。
でもなんで威圧感があるんだろうね!? さっきの嬉しそうな微笑みどこいったの?!
「葉月が戻るって言えば丸く収まるよ?」
「そんなに舞との生活が嫌なの~花音?」
「ううん、舞とは上手くやってるよ?」
だったらいいと思うんだけどな~、このままで。それに花音の約束がなくても、今はもう戻れないんだけどね。あの子が呼ぶから。
「ただ――」
うん?
花音の手が頬に触れてきた。
「私は、葉月がいいの」
また……この目……。
熱の籠ったような瞳で、
こっちの目が離せなくなって、
吸い込まれる。
思わず、腕が伸びていた。
花音の頬に手が触れると、
その手を握って、嬉しそうに目元を緩ませて擦り寄ってくる。
それを見ただけで、
心臓の鼓動が、
さっきよりうるさい。
花音がこの前みたいに、
今度は手の平に、
あの熱い吐息と一緒に、柔らかい唇を押し付けてきた。
手の平に伝わる感触にゾクッと震える。
熱の籠った目で、
こっちを見ながら、
ゆっくり唇が離れていった。
「葉月……」
ゾワっと全身に鳥肌が立つ。
さっきまでは感じなかったのに。
いつもみたいに名前呼ばれただけなのに。
なのに、今はその声にまで縛り付けられる感じで。
なに……これ……。
心臓がうるさい。
花音から目が離せない。
その熱の籠った瞳から目を逸らせない。
「葉月……私……」
花音が顔を近づけてくる。
動けない。
逸らせない。
声が出ない。
縛り付けられる。
カタン
扉付近から音が聞こえて、ハッとした。
あ、れ……?
目の前の花音も固まっていた。
あ、あの目じゃなくなってる。
あ、一拍置いて顔赤くなってく。
あ、離れてしゃがみこんじゃった。
プルプルモードは健在ですね。
「えっと……花音?」
「…………はい」
なんで敬語?
「その……平気?」
「………………平気です」
だからなんで敬語!?
いや、私も心臓バクバクいってるけども。ハアと軽く息をして整えた。
あ、復活した。まだ顔赤いけども。
ってあれ? 帰るの? いや、いいんだけども。何も言わずに扉の方に向かってっちゃった。
バンっ!!!
はい!? 花音さん!? なんでそんな強く扉開けてるの!? ん、あれ?
「……舞? 何やってるのかな?」
ヒュウウウ~――っと花音の周りの空気が、一気に凍土と化した。
……こ…………怖い!!
何、その冷たい声は!?
過去一番怖い!!
そして花音の向こうに見えるのは、舞とレイラといっちゃんですね!? レイラと舞は凍ってますね! いっちゃんは素知らぬ顔ですね!
「か、花音? い、いやこれはだね?!」
「うん、な~に?」
ひいいっ!! こっちまで凍る! あ、いっちゃんが動いた。
「あ~花音。取込中すまないが、入っていいか?」
「どうぞ?」
「ちょちょちょっと~!? 一花!? 何一人抜け出そうとしてるのさ!?」
「別にあたしは覗いてないしな。お前とレイラがあたしを抑え込んだんだろうが」
「一花!? あなただったらこれぐらいの拘束、本来外せるではありませんか!! 何をそんなシラッとした感じで行こうとしてますのよ!? あなただって聞いていたくせに!?」
「自分から聞くのと聞こえてくるのは別だ。それにあたしは、あのバカを押さえる時にしか力も技術も行使せん、以上」
「「卑怯者ぉぉぉ!!?」」
さすがいっちゃん! いつも覗きをしている人は言う事が違うね! そして、お水ありがとうございます!
ゴクゴク! あ~生き返る~! それにしても、いっちゃん! 中々来ないと思ってたけど、扉の向こうにいたんですね! 気づきませんでした!
「かかか花音? ちょっと落ち着こう? あたしはさ、心配でついね?」
「そそそそそうですわよ、花音? まずは話し合いが必要ですわよ?」
「そっかぁ……話し合いか。そうだね。じゃあ、テーマは覗きに関してかな? どう思う、2人とも?」
「「ひいいいいっっっ!!! ご、ごめんなさいぃぃぃぃ!!!!」」
扉付近は完全に凍ってたよ。怖い。いつもはあの中に入ってる私ですけども、今日は安全圏から見守らせていただきます。合掌。
「いっちゃん、聞いてたの?」
「お前がやばそうだったら出ようと思ったが、聞こえてきた会話の内容は別に変なところはなかったしな。それに見てはいないぞ? あのバカ2人に羽交い絞めされて、目を何故か隠されてたし。出た方が良かったか?」
「ん~、別に~? 大丈夫だったからいいよ~。お水おかわり~」
いっちゃんに水差しの水をもらって、向こうで花音に氷漬けにされてる2人を見る。なるほど。傍から見ると、面白いものですね。
怖い空気を纏っている花音の後ろ姿を見ると、さっきとはまるで違う。
あれは、
なんだろう?
手の平をチラッと見る。
さっきの感触が残ってる。
そこだけ熱を帯びたように熱い。
この前の指みたい。
動けなかった。
縛り付けられた。
目を逸らせなかった。
吸い込まれていった。
あ、だめだ。
違う。
考えなくていいんだ。
考えなくて……いいんだ。
「葉月? どうした、また声か?」
「ん? ん~。大丈夫~」
その日は眠れると思ったのに、寝つきが悪かった。
お読み下さり、ありがとうございます。




