1話 出会い
軒先に入ってきた2人は所々濡れていた。
1人はまだ社会人成り立てですっていう若いお兄さん。スーツと髪に手をやりながら「まいったな~」って言っている。
もう1人は多分、私と同じぐらいの歳だと思う白いワンピースの女の子。溜め息をつきながらハンカチを取り出し、少し屈んで膝近くを拭いていた。2人とも雨が降るとは思っていなかったんだろう。今朝は本当に雲一つない快晴だったからね。
なんとなしに2人を横目で見ていると、ふいに女の子が顔を上げた。
おお、すごい美少女。
背中まである栗色の髪。透きとおるような肌。お人形さんみたいな顔。背は私とあんまり変わらないかちょっと低いぐらい。でも私とは違って出るところは出て、引っ込んでいるべきところは引っ込んでいる。スタイルがいいとはこういうことかと、ちょっと見惚れてしまった。
彼女は濡れてしまった髪にハンカチを当てながら、雨を降らしている雲を見ていた。
でも、残念。この雨、この時間から百パーセントなんだよねぇ……。
自分のまだ広げていない傘に一旦視線を落とし、それから途方にくれる2人を見た――ら、お兄さんの方、視線が泳いでいた。チラチラと隣にいる彼女の方を見ている。具体的には彼女の胸元の方を。
いや、まあね。分かるよ。女の私でも美少女だと思うし? っていうかスタイルもね、いいし? まあ、ラッキーだと思うよね。
でも、見られてる人は気づいたら最悪だと思うんじゃないかな。さすがに見て見ぬふりはできないなぁ……ま、人助けは良い事だよね。
「お兄さん」
と思って、2人に近づいてお兄さんのほうに彼女を挟んで声を掛けた。「え?」とお兄さんは戸惑って、彼女の方はきょとんとした顔を向けてくる。
私は手に持っていた傘をお兄さんの方に向けて差し出して、話し続けた。
「お兄さん、傘ないんでしょ? これ使いなよ」
「え? いやでも?」
お兄さんは間にいる彼女と私を見ながらワタワタしていた。私はにっこりと満面の笑顔を作り、告げた。
「黙っててあげるよ?」
その私の一言を聞いて、お兄さんは顔を少し青褪めさせちゃった。「あ、ありがとう」と言ってしどろもどろになりながら、私の傘を受け取って走っていったよ。なんか犯罪者みたい。
彼女の方は訳が分からない感じで、首を傾げながら走っていったお兄さんを見ている。
さてと、と私は彼女の方に向き直った。
「ちょっとこれ持ってて?」
「え? え?」
自分が持っていた鞄と買い物袋を彼女に渡すと、困惑しながらも彼女は私の荷物を両腕に抱えてくれた。戸惑っている彼女を無視して、自分の着ているパーカーに手をかける。脱ぎだした私に、さすがに彼女もぎょっとして慌てていた。
「ちょ、ちょっと、何を……!?」
「はい、これ」
脱いだパーカーを片方の手で差し出して、もう片方の手で彼女に預けていた自分の荷物を受け取った。彼女はパーカーと私を交互に見て、心底分からないというような顔をしていたよ。
「えっと……け、結構です?」
「着方分からないの?」
ただ、袖を通すだけだけど?
「いや、そうじゃなくて! 着る理由がないというか……?」
あーやっぱり気づいてないのか。
戸惑う彼女に私はにっこりと笑って、胸元に指を差した。
「別に着たくないなら止めないけどね。ただ、道すがら色んな人の視線は受けると思うよ。まあ、あなたがそういう趣味があるのなら、これは確かに余計なお節介だよね」
私がそう言うと、彼女は指を差された方にゆっくり視線を動かした。自分の胸元の雨で透けてしまっている下着を見ると、顔が見る見る赤くなっていく。
慌てて自分の腕で隠しているがもう遅い。さっきのお兄さんも私もバッチリ見ました。というか、人ってこんなに顔赤くなるんだね。
「どうする? それとも、何か着れるもの持ってる?」
見た所、彼女の手持ちはハンドバッグ一つだけだ。選択肢はないと思うけど。
問いかけると彼女は目を泳がせて、バツが悪そうに胸元を隠していない手をパーカーに伸ばしてきた。
「ご……ご厚意に甘えていいですか……?」
「どうぞ?」
ニコニコとしながらパーカーを渡して、彼女が気まずそうに袖を通している間に、チラッと右につけている腕時計に目を向けた。
うーん、しまった。もうすぐバスがきてしまう。このバスに乗り遅れると、かなり帰るのが遅くなる。怒られる。
「あの、ありがとうございます」
着替えが終わったのか、彼女が話しかけてきた。私は「どういたしまして」と言って、自分の鞄の中から予備の折り畳み傘を取り出して彼女に渡す。何で持っているかって? 人間、備えは大事だよね。渡された彼女は面食らった顔をしているけど。
「私もう行かなきゃいけないから。それじゃあね」
「え? ちょ、ちょっと待っ……!?」
彼女が何か言い切る前に軒先から出て、バス停に向かった。ここからだと、走って5分ぐらいかな。まあ、そこまで濡れることはないでしょう。雨はさっきより強くなっているけど。
「……! 名前……! ッ……!」
後ろで何か彼女が言っている気がするが、雨の音で全部かき消されて何も聞こえなかった。
ごめんね。ちょっと構っていられない。何せあの幼馴染が怒りの形相で待っているからさ。
あれ? でも私、人助けしたんだから怒られる理由なくない? そうだ、人助けしたから遅れたっていうことにしよう。そうすれば許してくれるかも。
なんて淡い期待をしつつ、パシャパシャと音を立て、思った以上に濡れながら帰路についたのだった。
お読み下さりありがとうございました。