197話 総合コンテスト
「総合コンテスト~?」
「そうだよ、葉月っち! 今度やることになってね!」
新学期が始まって数日。
今でもあの子の声は聞こえてくる。ただ、冬休み最後の方で思いっきり寝たせいなのかは分からないけど、毎日では無くなった。
でも、油断してると引き込まれるから、いっちゃんは前より確認してくるようになっちゃった。
花音には会っていない。
私が思いっきり寝たあと、何回か寮の部屋にきたけど、全部いっちゃんに対応してもらってる。「仕方ないね」って声が聞こえてきた時もあった。
その声が寂しそうだったけど、でも私は部屋に戻るつもりもないし、離れることを覆すつもりもない。
花音が何を吹っ切ったのかは分からないけども、ただでさえあの子の声が聞こえてる状態なんだもん。いっちゃんがそばにいない状態になるつもりはないんだよ。自分が決めたあの日まで、私は正気でいたいからさ。
離れるのは花音の為にも自分の為にもなるから、花音には是非諦めてほしいんだけどね。
まあ、そのうち諦めるでしょ。それに乙女ゲームも終盤戦。最後のイベントの卒業式まであと僅か。このままいけば、会長も花音のこと好きだから、ゲームはハッピーエンドで終わりそうだしね。よきかなよきかな。
そして今舞が言った総合コンテストもイベントらしいよ。いっちゃんが横でニヤニヤしてる。気持ち悪い。だから頬を思いっきりつねったら殴られた。
「……いきなり何をする」
「だって~気持ち悪かったんだもん」
「一花は何を想像してるのかな? そんなニヤニヤする内容じゃないんだけど?」
「そ、そんなにニヤニヤしてたか……すまないな、気を付ける」
全然自覚なかったんだね、いっちゃん。寮の部屋で良かったね。私と舞しか見てないよ。
「舞~? それで~? それは何するの~?」
「体力、知力、そして顔! を競うんだよ! 葉月っち!」
最後の“顔”って何? ねえ、“顔”って何?
「来週にあるからね! 今、参加者募ってるとこなんだ! どう、葉月っち! 出てみない!?」
「パス~」
「即答!? なんでさ!? こういうのだったら出ると思ってたのに!」
「舞~分かってないね?」
「何を?」
「私はね、確かに色々するのが好きです。それはもう幅広く」
「うん、知ってるよ。だから声掛けたんだし」
「だけど、ルールがある中では自由にできません! 私は縛られたくないんだよ!」
「あたしにはほぼ毎日縛られてるがな」
「そうだね、いっちゃん! だから今度こそ縛られない事するよ!」
「お前に出来るのか?」
「無理」
「じゃあ言うなよ!?」
それは無理だよ、いっちゃん。それすらしなくなったら、私は完全に狂ってしまいますからね! そして、舞? なんでそんなガックシ肩落としてるの?
「はぁ……確かに、葉月っちにルール守れって言うのは無理な話だったわ」
「うん、無理」
「そこは即答しないでくれるかな!? 最低限のルールは守ろうか!?」
「不可能です」
「そこまで!?」
うん、そこまで。いっちゃんがものすっごくジト目で見てくるけど、不可能なものは不可能です。
というか舞? 参加しないだけで、なんでそんな肩落としてるの? と思ってたら「実はさ」って言い始めた。
「思ったより参加人数が少ないんだよね……もう少し人数がほしいんだよ。折角だから盛り上げたくてさ」
「なんで少ないの~?」
「やっぱり、生徒会メンバーが出るからかな~って」
なるほど。生徒会メンバーはこの学園の頂点の人たちですからね。敵わないと思っちゃう訳だ。でも、それだったらさ~。
「ね~舞~。それなら景品でもつければ~?」
「ん? どういうこと?」
「だって会長たちは学園の人気トップなんだよ~? 参加賞とか賞品で、会長たちのグッズとか特典とかつければいいんじゃないの~?」
「…………詳しく」
え、詳しく? 仕方ないな~。
「だからさ~。1位になったら会長たちとデート出来るとか握手できるとか、一緒に写真撮るとかかな~」
「ああ、中等部の時にお前が勝手にオークションをやってたやつか」
「あれはバカ売れでしたね!」
「後で寮長が全部回収してたけどな」
そうなんだよ~。中等部で“いろんなことを勝手にオークション”と名付けて学園でやってみたら、皆がこぞって押し寄せてね~。私は基本遠巻きにされてるんだけど、その時だけは感謝されたね! これでも生徒の皆が喜ぶことも100回に1回はやってあげてたのさ!
おろ? 舞がすっごいキラキラしてる目で見てるね?
「舞~?」
「そ、それだよ! それだよ、葉月っち! ちょっと花音にも相談してくるよ!」
すっごい速さで、部屋から出ていったね。まあ、会長たちが了承するかは分からないよ?
結果は、採用だそうで。
でもデートとかそういうのではなくて、参加賞で生徒会の人たちとの握手ができて、賞品で生徒会との写真撮影で決まったとか。
その告知後、参加賞目当てで参加する人たちで生徒会室がプチパニックになったらしい。すごい人気ですね! そういや花音も人気あるらしいよ。まあ、あれだけ可愛ければ納得ですけどね。舞? まだ入ったばかりだからね。聞いてはだめな事ですよ。
そして当日。今、参加者は校庭に集まっているらしい。
らしいというのは私全く興味ありません! 嘘です! 折角だから、もっと面白くしてあげようと思って裏工作中です! 先にクイズ形式で知力とやらを競うらしいからね。今、皆はそっちに注目しているわけさ!
そこで私の注目は体力部門ですね! 障害物レースで誰が一番早くゴールできるかを競うらしい。校庭には色々な障害物が揃ってますね。
ふむふむ。どうせだったらグレードアップさせたいよね~。いっちゃんは今私を探している最中だと思いますから~、見つかる前にちゃっちゃといこうね~。
というわけで、まずはこの頭上の玉からですね。これは一番早くにゴールした人が紐を引っ張らなきゃいけないんだよ~。そうしたら『おめでとう』の文字が書かれた布が紙吹雪と一緒に落ちてくるらしいよ? 普通過ぎるでしょ? だからね~、捕まえてたネズミさんを大量に入れてあげようと思ってね。紐を引っ張ったら「チュー」っていいながらお祝いしてくれるはずさ!
その玉についてるロープを引っ張って、えっこらほっこら下げていく。
ふっふ~。だってネズミ可愛いもんね~。そんなネズミさんが上から落ちてくるんだよ~? お祝いしてくれるんだよ~? それにどうせ1番は会長でしょ~? そこは信頼してるんだよね~。
「何してるの?」
ん? 何って決まってるじゃないか。会長にネズミさんをプレゼ――――あれ、誰の声?
うん? 服の裾が掴まれてる? はて?
「その手を離そうね、葉月?」
振り向いたら、そこには久しぶりの怖い笑顔の花音さんがいました。
あ、あれ……? いっちゃんなら分かるけども、何故ここに? 今向こうで知力クイズの真っ最中じゃ――。
「その手を離そうね?」
あ、これ……有無を言わさない感じだ。パッと思わず放しちゃった。下がってた玉が上に戻ってっちゃった。
ひ、久々に見た。これ、怖い……。にに逃げなきゃいけないって本能が叫んでる。
ゴクンと唾を飲み込んでから、ジリジリと花音から離れようとしたら、さっき掴まれたままの服がピンっと伸びました。
「葉月は逃げるからね」
あ、だから先に掴んでおいたのね。なるほどって、思わずポンっと手を叩いたら苦笑された。相変わらず可愛いですね。
ってそうじゃない! ここから逃げなければ! 別の意味でも逃げなければ! ふ、振り払ってでも逃げなければ……。
「……良かった」
え?
ふいに花音が安心したような顔をして、微笑んでいた。
よかった――はこっちのセリフかも。
笑えるようになってるね。
舞からはどんな感じかは聞いていたけども。
「葉月が元気そうでよかった。寮で会った時以来だから……」
……そういえば、花音来たね。でも、その後の記憶ないんだよね。泣いてたっていうし……なんで、私泣いてたんだろ?
「……もう話をするのも嫌になったかな?」
少し考えてたら、寂しそうに笑って花音は首を傾げてた。
そういえば、さっきから一言も喋ってなかった。
「……そうじゃないよ~? ただ、なんでここにいるのかなって思ってただけだよ?」
「葉月は絶対何かするだろうなって思って、少し見張ってみたの」
一気に怖い笑顔に変わったよ!? さっきまでの寂しそうな空気はどこへ!? そして行動読まれてた!?
「や、やだな~花音~。私はね、不具合を確かめてただけだよ~?」
「そっか。じゃあ、そのネズミさんたちはなんだろうね?」
確かに、籠の中でチューチュー言ってますね! 君たちは、なんでそんな主張が激しいのかな!? 狭いからですね! 分かってます!
っていうか、花音は何故にそんな怒ってるの!? しかも、さっきからギュって制服を掴む力が強くなってる気がする!
「あ、あはは~。迷子じゃないかな~。そ、それより花音? そろそろこの手放してくれないかな~?」
「そうしたら、すぐ逃げるよね?」
ええ! 逃げますとも! それはもう即逃げますとも!
「あのね、葉月。どうしても自分で確認したかったの。舞から聞いたんだけど……」
え、うん? 舞? それに確認?
「参加賞と賞品の話、葉月の案だよね?」
「うん? そだね~」
「その中にデートの賞品あったんだけど、あれ葉月の案なんだよね?」
何故にどんどん近づいてきて、それに伴って空気がヒンヤリしていくの!?
それは中等部の時に一番人気が高かったからね! ただ、そんなのでいいんじゃない~って軽く言っただけなんだけども!? それ、そんな怖い顔で確認することなの!?
「あ、あの……花音?」
「な~に、葉月?」
「ななな何をそんなに怒っているのか、さっぱり分からないけどね?」
「怒る? どうして?」
怒ってるよ!? 私が聞いてるんだけども!?
はっ……わかった! なるほど! それは考えなしだったね! ごめんよ、花音!
「な、なるほど……」
「何がなるほどなの、葉月?」
「賞品の案を、もっと違うのにすればよかったんだね!」
あ、怖い感じが消えた。ビンゴっぽい。あれ、でもきょとんとしているような……ま、いっか!
それに、中等部の時の一番人気はね、もう1つあったんだよ! 忘れてた!
「デートじゃなくてキスの方が需要あるよね!」
「…………はい?」
あれあれ……? またヒンヤリしてきたぞ?
で、でもこれが1番人気だったんだよ! 1番高値で売れたんだから、会長とのキス券がさ!
あの時は会長が「仕方ねえな」ってその子のほっぺにキスしてたからね! 会長はあの頃女好きでしたからね! それに私が脅したからね、家吹き飛ばすって! そしたら了承してくれたんだよ! 今は花音一筋だと思うけど!
「ねえ……葉月?」
ひぃっ! 何、その冷たい声!? そして、その怖い微笑みやめてください!
「そういうの、賞品にするのはどうかと思うんだけどな?」
そそそそそうですね!! 仰るとおりですね! ちちち近い! 花音さん! 怖い笑顔のドアップさらに怖い! 背筋が冷える! ゾクゾクする!
「あのね、葉月……生徒会の人たちだって、そういうのは好きな人としたいに決まってるよね? 好きでもない人としたくないよね?」
へ……? ま、まあ……そりゃそうだね。
うん? あ、じゃあ、何かな? 花音は会長が他の子とデートとかキスしてほしくないってこと? あ、なるほど。納得。
「それもそだね」
「うん、そうだよね。だから今後はそういう案は控えようね? 舞が乗り気になって大変だったの」
「うん、いいよ~」
そだね。そういうのは花音と会長以外でこれから楽しむことにするよ。そうしよう。あ、ビクつき先輩だったら面白くなりそうかもね。
「それにね……」
ん? あ、あの花音さん? なななな~んでそんなギラっとした目付きになってるの? ひいっ! そして何で掴んでない方の手で頬をなぞってくるのかな!? ゾワゾワするから!
「私だって、好きな人以外とそういうことしたくないんだよ?」
そそそそうですね! 花音さんは会長以外としたくありませんよね! 分かりました! 勝手にオークションはしませんから!
って今度は口なぞらないで!? あ、花音の指はやっぱり柔らかいですね。ってそうじゃなくてね!? さっきよりゾワゾワするから!
「だめだよ。もうあんな提案しちゃ……ね?」
ははははい! もうしませんから! だからその捕食者みたいな目はやめてください! そしてそのなぞってくる柔らかい指をどかしてください! さっきから鳥肌立ちっぱなしです!
「かかか花音? わわわわかったから。すすす少し離れようか、ね?」
「……本当にわかった?」
「わわわかった! 大丈夫だよ! 今度は違うことにするからね! あ、ハグだったら大丈夫だね! それぐらいだったら景品として十分すぎるくら――」
「うん、分かってないね」
「すいません! もうこういう景品関係は考えません!」
「それがいいね。葉月はもう考えないようにね?」
「はい!」
あ、怖い感じが消えた。大変満足してるご様子ですね。よかったよかった。私、自分が一番怖いと思ってたけど、花音の方が一番怖いんじゃないの?
って、あれ? あの花音さん? なんで離れてくれないの? そして何故にそんなにニッコリして、私の手を握ってくるのかな?
「葉月もだめだよ? 好きな人以外とやったら」
「うん?」
「こういうことだめだよ?」
こういうこと? はて? 何のことかさっぱり分かりま、せん――が――。
首を傾げてたら、花音が私の握った手を口元に当てていて、
その柔らかい唇を、
私の指に押し付けてきた。
柔らかい感触が、
熱い吐息が、
指に伝わって、
ゾクッと背筋が震えて、
短いような長いような時間が経ってから、
花音の唇が少しの水音と一緒にゆっくり離れていく。
そして、あの熱の籠った目で私を見て悪戯っぽく微笑んだ。
……はい? え?
「こういうこと……だめだからね?」
そう言って、こっちを見てくる花音はとても可愛いと思いましたよ。
って、そうじゃない! あれ、あの花音? 今何を……?
「じゃあ、皆のところに戻ろうか、葉月」
ポッカ~ンとしてたら、花音がにっこり笑って腕を絡めてきた。いや、あの、思考が追い付いてませんけども?
「一花ちゃんに届けなきゃね。それとも部屋戻ってくる? それだったら放していいけど? でも葉月は戻ってくる気ないもんね?」
そ、それは戻る気ないけども……って違くて……いやさっき……。
放心してる私を見て大変満足してる様子で「もう悪戯しちゃだめだよ?」って言って、花音は私をいっちゃんのところに送り届けましたよ。
いっちゃんの蹴りが飛んできたのは言うまでもない。
あと、ネズミさんたちは自力で脱出したみたいで、穴のあいた籠が後で発見されたんだそうな。
そして私はそのコンテストが終わるまで、ロープでグルグル巻きにされましたとさ。
ふぐぅ……花音が来なければ、今頃あの会長の頭からネズミさんがお祝いしてたのに~……。
そんな違うことを考えながらも、
指には花音の柔らかい唇の感触が残っていて、
心臓がうるさかった。
お読み下さり、ありがとうございます。




