表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
197/366

196話 先生がやってきた

 


 あ……れ?


 ここ?



 私……どうし……?




「お目覚めかな?」




 目をゆっくり開けると、ベッドの横で先生が椅子に座って見下ろしていた。


「せんせ~……?」

「うん、おはよう。葉月ちゃん。とは言っても、もう夕方だけどね」


 いっちゃんがもう1つのベッドで寝てる姿が見えた。


 あれ? ここ……寮、だよね?

 なんで、先生が……?


「今は一花も眠らせてるんだ。大分疲れてたみたいだからね」

「そう……」

「良く寝たね。丸一日起きなかったみたいだよ。昨日の事、覚えてるかい?」


 昨日。

 昨日……?

 確か花音が本を……。


 頭がぼーっとする。

 クスっと先生が苦笑してる。


「君、花音さんの腕の中で寝てたんだよ。一花が帰ってきた時にドアを開けたら、花音さんが困ってたらしいよ」


 寝た?

 私が…………?


「僕はさっき来てね。一花の代わりさ」

「……そう」


 段々意識がはっきりしてくる。

 でも昨日のことがはっきり分からない。


 確か花音がきて、


 それから……?


 先生は膝に肘を置いて指を組み、観察するように私を見てきた。


「声はどう? 今も聞こえる?」

「今は……平気~……」

「昨日も聞こえてきたのかな?」

「そう……いっちゃんいるとき」

「花音さんが言ってたよ。泣いてたって。覚えてる?」


 …………覚えてない。

 泣いてた?

 私が?


「覚えてないみたいだね」

「……記憶……ない……」

「そっか……じゃあ、一花がここを出た時のことは覚えてる?」

「……覚えてる」


 携帯でタイマーセットした。いっちゃんが帰ってくるまで耐えようと思った。


「どこから記憶ないかな?」

「……花音がきた辺りから」

「その時に声はした?」

「…………わかんない」


 断片的にしか思い出せない。花音から本を受け取ったとか……あとなんだっけ?

 (もや)がかかってるみたい。


「最近は、大分分からなくなってきてるんだってね?」

「……」

「コントロールできなくなった?」

「…………」

「一花に確認とらないと、ここにいること難しい?」


 …………難しい。

 ここにいる自覚が難しい。

 あの子の声で簡単に塗りつぶされる。


 自分がおかしいと自覚するまでに時間がかかる。


 先生が黙って、観察しているのがわかった。


 スッと目を閉じる。


 今は分かる。

 自分がおかしいのが分かる。

 自分の欲がおかしいのが分かる。


 だから“こっち側”じゃないのが分かる。

 ここにいることが分かる。


 だけど、

 あの子の声で簡単に引き込まれる。

 そうすると記憶があやふやで……。


 そういえば……。


 昨日、

 昨日、花音の腕の中で寝ていた?

 花音に……何かした?


 覚えてないよ……。


「せんせ~?」

「うん?」

「私……昨日何かしたかな~?」

「何かって?」

「……花音……怪我とか」

「怪我とかは何もないよ。ただ、君の様子が変だったって」

「…………そう」


 怪我とかはしてない。

 そっか。

 よかった。


 でも、

 おかしいのが自覚できないと困る。


 おかしいのが自覚できないと、“こっち側”にいて記憶があやふやになる。

 いっちゃんたち側に戻れなくなる。


 それはいやだ。

 それは困る。


 あの時決めた。

 あの時願った。


 それは狂った私じゃできない。


 だけど、

 だけどさ、

 一気に欲が染まっていくんだよ。

 あの子の声聞くと、

 それに身を任せちゃうんだよ。


 怖いよ。


 また狂うのかな?


 記憶が無くなって、欲に溺れて、それを周りに止められて、繰り返して。


「せんせ~……」

「ん?」

「私……閉じ込められる?」

「……葉月ちゃん」

「また…………閉じ込められる?」


 だって、先生。

 皆で私を閉じ込めたよ?

 狂った時、閉じ込められたよ?


「私……また狂ってる?」

「そんなことないよ。君は今ここにいるじゃないか」

「…………本当?」

「君がちゃんと意識すれば、大丈夫だよ」


 意識。

 意識意識。


 自分の立っている場所。

 どっちにいるかの確認。

 正気に戻った時に、何度も繰り返した。


 いっちゃんと先生と、


 何度も何度も繰り返した。



「引っ張られちゃだめだよ、葉月ちゃん」



 先生が優しい声で説いていく。


「君の中の欲に身を任せちゃいけないよ」


 染まらないように。


「君はここにいるんだ」


 思い出させるように。


「ちゃんとここにいるんだ」


 閉じてた目を開けた。



「そだね……先生」



 先生がそっと頭を撫でてくれた。優しい目でこっちを見てくる。


 ちゃんと寝た後だからかな。

 声が今日は聞こえてこない。


 花音には悪い事しちゃった。

 覚えてないけど、様子が変だったってことは心配してる。

 こうしないためにも離れたのにな。


 そういえば、花音の方はどうなのかな?


 先生を見上げる。


「せんせ~、花音は今どう?」

「花音さんは大丈夫だよ」

「……魘されてる?」

「そうだね……でもね、クリスマスの後に会ったら、随分晴れやかだったよ。心の整理がついたのかもね」

「心の整理?」

「そう、心の整理」


 ふふっと先生は笑ってるけど、さっぱり分からないんだけども。


 そういえば、何か吹っ切れたって言ってたもんね。

 何を吹っ切れたのかさっぱりですけどね。


「よくわかんないな~……」

「そっか……でも君は、本当にもう部屋を替えないの?」

「…………替えない」

「どうして?」

「…………」



 だって、

 もう花音には会長いるし。


 心配させたくないし。


 泣かせたくないし。



 それに、




 自分で決めた、あの日も迫ってる。




「どうして、葉月ちゃん?」

「……いいんだよ、これで」

「話したくない?」

「先生とはいつもそうだよ」

「ふふ、そっか。辛辣だね」


 そこで何で笑うのか分かんない。


 だけど、先生はそれ以上聞いてこなかった。



 いっちゃんが起きないから、数年ぶりに食堂のご飯を食べて満足してた。懐かしいなぁって言ってたよ。


 先生も星ノ天(ほしのそら)の卒業生で、男子寮で3年間過ごしてたんだって。カイお兄ちゃんと一緒。食堂のメニューは男子寮も女子寮も変わらないもんね。


 途中花音がお茶とお菓子を持ってきてくれた。私は会わなかったけどね。


 一応味覚の方も見てくれて、何故か道具も全部持ってきてたから血抜いてった。検査に回すんだってさ。「別にいいよ」って言ったら、医者の仕事取らないでって笑ってた。


 花音のお菓子を食べて、すごく嬉しそうな顔してたから、その様子を動画で取って先生の奥さんに送ってあげた。もちろん先生の携帯で。


 そうしたら怖い内容の返事が来たみたいで、いっちゃんが起きたら慌てて帰っていったよ。ちょっと面白かった。いっちゃんには殴られたけどね。


 いいじゃん、それぐらい波乱万丈の方が人生面白いよ?

お読み下さり、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ