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194話 様子がおかしい —花音Side※

 


「じゃあ花音。これで全部?」

「うん、そうだね。それだけあれば助かるかな。ユカリちゃんたち、あと何を食べたい?」

「あ、あたしあれ食べたい! ほら、前に作ってくれたお好み焼き!」

「ああ、いいですね。私もあれ好きです」

「え、じゃああたし、たこ焼き食べたいんだけど!?」


 舞、ユカリちゃん、ナツキちゃんの会話を聞いて思わずクスっと笑ってしまった。夕飯のお鍋の他に食べたいものが、お好み焼きとたこ焼きだったんだもの。舞とナツキちゃんが買い出しに行ってくれるって言うからリスト書いたのに、それだと料理から考え直しかなぁ。


 結局、好きなモノを3人に買ってきてもらうことになった。それからそれぞれの好きなモノを今日の夕飯にした方が早いなって思って。今日はユカリちゃんとナツキちゃんが冬休みということでこの部屋に泊まりにきてくれたから、満足してもらいたいしね。


 3人を見送って、部屋で1人寛ぎながら何がいいかなとスマホでレシピを探し始める。調べたいくつかのレシピを後で参考にするためにノートに写しながら、ふと一花ちゃんから借りていた本が視界に入った。そうだった。これ返してなかった。


 一花ちゃんからのお願い事から数日。結局葉月には会えていない。それに部屋にお菓子のお裾分けを渡しに行く時も、やっぱり一花ちゃんが応対してくれてる。


 毎回申し訳なさそうに、「すまない……あいつ今寝てるんだ」と言う一花ちゃんに逆に申し訳なくなってくる。一花ちゃん、日を追うごとに目の下の隈が酷くなっている気がするんだもの。


 一度「大丈夫?」と聞いたら、疲れたように「平気だ」と言っていた。とてもじゃないけど、そうは見えない。


 だからそれ以上葉月のことも聞けなくて、そしてもう冬休みも終わろうとしている。一体、何があったんだろう……不安になってくる。


 一花ちゃんに借りていた本を手に取った。もう読み終わっているから、これを口実にまた部屋を訪ねることは出来るけど……でもきっと一花ちゃんが今は厳しいって言っていたから、また葉月に会う事は難しいかもしれない。


 ……葉月に会えなくても、一花ちゃんに聞いてみようか? 葉月に何かあったのかって。


 だって一花ちゃんがあれだけ疲れているのは、きっと葉月が原因だよね。私でも何か役に立てないのかな? 葉月に直接じゃなくても、一花ちゃんの役にも立ちたいよ。


 よしっと思って、その本を持って立ち上がった。舞たちも買い物終わったら帰ってくるだろうし、一花ちゃんには少し聞くだけだし。


 ただやっぱり毎回、葉月に少しは会えるかもと思うと期待してしまう。


 少し緊張しながら2人の部屋の前に立って、いつものようにノックした。


 ……あ、あれ?

 反応ないな。

 いつもなら一花ちゃんが出てくる足音が聞こえてくるんだけどな。もしかして……2人ともいないのかな?


 少し待っても音が何一つ聞こえてこない。

 い……いないのか。一花ちゃんはいつも部屋にいるイメージだったから拍子抜けしてしまった。……でもトイレとかだとすぐ出てこれないよね? 葉月は絶対出てこないだろうし。


 また少しの期待を込めてノックしてみる。

 やっぱりドアの向こうから音は聞こえない。


 ……ま、まあ。本を返すのは後からでもいいから、その時聞いてみようか。いないのなら仕方ないし。


 いなかったことに少しショックを受けてから、自分の部屋に戻ろうとした時だった。


 カチャ――と小さくドアが開く音が聞こえる。


「あ…………」


 少し開いたドアの向こうから見えたのは、パーティー以来会えてなかった葉月の顔。ドアはほんの少ししか開いてないから暗くてよく見えないけど、確かに葉月がそこにいた。


 それだけで、嬉しくなる。

 やっと会えたから。


 でも葉月は何も言葉を発さなかった。やっぱり、私とは会うつもりないからかな。


「ごめんね。一花ちゃんに借りた本返しにきたんだけど」


 何も言わない葉月に、声を掛ける。一花ちゃんじゃなくて、葉月が出てくるの珍しい。会えて嬉しいけど、一花ちゃんがどこか出掛けてるとか?


 疑問に思ってたけど、葉月からの返答はない。

 話すの、嫌かな?


 軽く落ち込んでたら、少し葉月の息をする音が聞こえてきた。


 呼吸……荒い……?

 パーティーの時も、仕方なさそうに話してくれたけど……返事はしてくれたのに。


「葉月……?」


 少しドアに近づいて、葉月の顔が見れる位置に自分の体をずらした。


 ドアの向こうには、額から汗を流している葉月がいた。なんでそんなに? あ、れ……? よく見たら、顔色悪い……? それにこっちから視線を逸らしている。


 もしかして具合悪いとか……?


「大丈夫? 凄い汗――」


 心配になって、思わず手を伸ばしてしまったら、

 葉月が勢いよくその手から逃れるように体を離した。


 …………え?

 ものすごく逃げられた。

 え、え……しょ、ショック……。


 あまりの葉月の逃げっぷりにかなりのショックを受けていたら、何故か目の前の葉月は息を荒くして、目を見開きながら私を見てきている。


 ――――様子がおかしい。

 いくら葉月が私から離れようとしているとしても……どうしてそんな自分でも驚いている感じなの?


「葉月……? どう……したの?」


 さっきの葉月の行動のショックで、少し声が上擦ってしまった。


 だけどやっぱり葉月は答えない。

 息を荒くして、汗を流しながら私を見てくる。

 酷く辛そうに見える。


 どんどん葉月の呼吸は荒くなっている気がする。

 顔色も段々と青褪めてるようにも見えた。


 虚ろな目で、私を見てくる。


 一体、どうしたの?

 なんでそんな怯えているような?


「はづ――」

「本っ……渡しておく……から」


 いきなり下に俯いて、やっと私に返事をしてくれたから、思わず反射的に「え、あ、うん」と返してしまった。

 

 本を手渡している間も、葉月はずっと下に俯いたまま、苦しそうにしている。


 よほど具合が悪いとか?

 一花ちゃんは今のこの葉月の状態を知っているの?

 病院に連れて行った方がいいんじゃ。


 それぐらい今の葉月は辛そうで、それに歯を食い縛っていた。


 何とか出来ないかな?

 何かしてあげられないかな?


 だけど葉月は本を手にして、ドアを閉めようとした。

 このまま……また会えなくなるの?


「待って、葉月」


 反射的にそのドアを手で止めてしまったら、葉月が明らかにビクッと体を跳ねさせていた。荒い息で、ポタポタと汗を流しながら、怯えているようにこっちを見てくる。


 どう見ても様子がおかしすぎる。

 心配になるよ。


「やっぱり様子が変だよ……どうしたの?」

「……大丈夫だよ」


 その声は弱々しい。

 今の葉月はどう見ても具合悪そう。


「本当に? 一花ちゃんは?」

「平気……すぐ帰ってくるから」


 じゃあ、一花ちゃんは今いないっていうこと。

 話している間も、葉月の顔色は青白くなっている。

 時々、苦しそうに目を瞑って歯を食い縛っている。



「花音……自分の部屋戻って……」



 そんなの、


 できるわけない。



「………………いや」



 ドアをそのまま開けて、葉月を抱きしめた。

 葉月はいきなり私が抱きしめたからか、何も言わない。


 久しぶりの葉月の温もり。

 だけど、そこに前のような温もりは感じられない。

 だって、ひどく震えていたから。


 カチャンと後ろからドアが閉まる音が聞こえてきた。


「何でそんなに苦しそうなの……葉月」


 耳元で聞こえてくるのは葉月の荒い呼吸。


 何故、こんなに震えているの?

 なんで辛そうなの?

 具合が悪いの?


 背中に回した腕に力を込める。

 離さないようにギュッと抱きしめた。


「全然大丈夫そうじゃないよ」


 震えている葉月を、そのままにしておけないよ。


 ヨロッと葉月の体が近くの壁に当たっている。

 だけど私は強く抱きしめた。

 こんなにも震えている。


「全然平気に見えないよ」


 どうにかしてあげたい。

 震えているあなたに、何かをしてあげたいよ。


 本当は、

 本当は笑顔が見たかったんだよ?

 なのに、どうして辛そうなの?

 何があったの?


 ギュッと強く抱きしめる。

 葉月は何も言わない。

 何も答えてくれない。


 耳元で聞こえてくる呼吸が、段々落ち着いてきているのがわかった。

 さっきより荒くない。

 震えもさっきより収まっている気がする。


 …………え?

 段々と腕に重さがかかってきていた。


「葉月……?」


 え、え? あ、あれ……? 葉月、だんだん体が落ちていってない?


 思わず込めていた力が緩んでしまうと、葉月が壁に背中を預けて、そのまま下にズルズルと落ちていく。え、ええ!?


「葉月っ……? どうし――――」


 慌てて葉月を見下ろして、


 息を、呑んだ。




 泣いていたから。




 声を出さずに、静かに涙を流している。


 虚ろな目で、見下ろす私を見上げていた。

 頬に涙を流しながら。


 一体、どうしたの?

 なんでいきなり?


 戸惑って、心配になって膝をついて葉月の顔を覗き込んだ。


「葉月? どうして泣いてるの……?」


 反応がない葉月の頬にそっと触れる。

 そこで初めて葉月が一つ瞬きをした。

 また一滴、涙が私の指にもかかる。


「…………」


 ただ静かに、葉月は泣いている。

 その姿に胸がとても締め付けられた。


「葉月…………」


 そっと、泣いている葉月の頭を腕の中に閉じ込めた。

 葉月はまた震えているようだった。


 ゆっくり、宥めるように頭を撫でてあげる。


 泣かないで?

 切なくなるよ。

 こっちまで苦しくなるよ。


 抱きしめながら、落ち着くように撫でてあげる。

 前まで、葉月が寝る時にしてあげていたようにしてあげる。


 震える手で、葉月は私の腕を掴んできた。

 泣きながら私の肩に顔を擦り寄らせてくる。

 ギュッとその葉月を抱きしめる。


 何かに怯えているの?

 どうして泣いているの?


 そう聞きたいけど、腕の中で泣いている葉月に何も聞けない。


 だからゆっくり撫でてあげる。

 震えて泣いている葉月の頭を撫でてあげる。


 こんな風に泣くところ、初めて見た。

 こんなに辛そうな姿……初めて見たよ。


 前にも震えてたことあったな。

 そう……鴻城(こうじょう)のお屋敷にいった時もそうだった。


 怯えているように、怖がっているように見えた。


 あの時も、震えている葉月を何とかしてあげたくてたまらなかった。


 葉月の涙が服に沁み込んでいく。

 声を出さずに、葉月は震えながら泣いている。


 だけど、頭を撫でてあげることしか出来なくて、それがもどかしい。


 葉月、怖がらないで。

 泣かないで。


 黙って抱きしめるしか出来ない自分が、すごく嫌になる。


 ……一花ちゃんだったら、今の葉月を何とか出来るのかな?

 先生だったら?

 レイラちゃんだったら?


 苦しそうに泣いている葉月をよそに、嫉妬する自分が嫌になる。



 ギュッと抱きしめて、また頭を撫で続ける。



 葉月はずっと静かに泣いていた。


お読み下さり、ありがとうございます。

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