192話 一花ちゃんのお願い —花音Side
これまた1万字超えてます......長くなってしまい、すいません。
スーハ―と部屋の前で深呼吸する。
何をしているかというと、ただ一花ちゃんと葉月にお土産渡しに来ただけなんだけど。
やっぱり少し緊張しちゃうんだよ。葉月がファーストキスの相手( だといいな )だって、知っちゃったからなんだけどね。
でもこうしていても始まらない。それに、これからはどんどん葉月にアピールしていこうって決めたんだもの。
コンコンと、思い切って寮の部屋のドアをノックする。でも返事がない。
あ、あれ……? 留守だったりする? でも舞が今朝いたよって言ってたんだけどな。その舞は今日、ナツキちゃんの家に遊びに行っちゃったけど。
留守だったら、仕方ない。一目でも会いたかったけど、ちょっと時間ずらしてまた――と体を反転させようとした時に、カチャっとドアが開く音がした。
慌ててまた振り向くと、そこには一花ちゃんの姿。やっぱり一花ちゃんか……って、がっかりしたらいけないんだけどね。
「花音か……何だ、帰ってきてたのか……」
「う、うん」
ふあっと欠伸をする一花ちゃんはものすごく眠そう。というより、少し目の下に隈が出来てない? 寝不足なのかな?
「寝不足? 大丈夫?」
「……平気だ。それより、どうした……? 何か用か……?」
本当に大丈夫かな? 目元に欠伸で出来た涙を溜めてるよ。ま、まあ、仕方ない。なんかお疲れのようだから、今日はお土産渡すだけにしよう。
「うん、これ。お土産。一花ちゃんの好きなエビ煎餅も買ってきたから、よかったら食べて? 葉月には甘いお饅頭買ってきたから」
「…………」
お土産が入った紙袋を出したら、何故か一花ちゃんは黙り込んじゃった。え、あれ? 気に入らなかったかな? でも前に、このエビ煎餅気に入ってくれてたと思うんだけど。
「……花音」
「え? う、うん。何?」
「……少し時間あるか?」
え、時間? 今日はもう部屋で勉強しようと思ってたからあるけど。
そう返事すると一花ちゃんは紙袋を手にしながら、「後で部屋に行く」と言ってドアを閉めてしまった。な、何だろう? 何か話があるのかな?
少しモヤモヤしながら、一花ちゃんが部屋に来るのを待つことにした。しばらくすると廊下に繋がるドアからコンコンとノックの音が聞こえてくる。
出迎えると、一花ちゃんがやっぱり疲れたような顔でそこに立っていた。腕にさっきあげたエビ煎餅の箱を抱えて。なるほど、食べながら話すんだね。
「お茶淹れるね、何がいい?」
「……あのハーブティー頼めるか? 兄さんから貰ったと聞いたが」
そう、先生にあのハーブティーの葉っぱをお裾分けしてもらったんだよ。あれ飲むと落ち着くし。
言われたとおり、そのハーブティーを淹れてあげると、一花ちゃんがホッと一息ついていた。
「一花ちゃん、随分と疲れてるみたいだね」
「……なんてことはない。これ早速食べていいか?」
「どうぞ」
静かに箱から取り出して、一花ちゃんはそのエビ煎餅を食べ始める。「これはやっぱりうまいな」と言いながら満足そう。良かった、やっぱり気に入ってくれてた。
その様子を微笑ましく見ながら、私も自分に淹れたハーブティーに口をつけた。
「あのな、花音」
「ん?」
「お菓子攻撃は今あいつには効かないぞ。それに、それだけじゃ、あいつは絶対お前の気持ちには気づかないからな」
――思わず口に含んだ中身を吹き出しそうになっちゃったよ!? 何とか堪えたけど、でも変なところに入って少しゴホゴホと咳き込んでしまう。
「大丈夫か?」
「っ……ケホ……な、何とか」
で、でも一花ちゃん。それってやっぱり。
「気づいてた……?」
「とっくにな。気づくなと言う方が難しいぞ」
恐る恐る視線をカップから一花ちゃんにあげると、それはもう呆れたように見ている。パリッとまたエビ煎餅をかじっていた。そ、そうか。やっぱり気づいてたか。
「……その、いつから?」
「まあ、前から半信半疑だったが……あのバカをデートに誘った時に確信したな」
「そ、そっか」
そうだよね。普通、気づくよね。明らかにあれはデートの誘いだし、しかも一花ちゃんにわざわざ許可取ってたものね。当日お洒落して、メイクもバッチリ舞にしてもらってたの知ってるものね。
思い返すと、どうしてあれで気づかれないと思ったんだろう。馬鹿は自分かも。
恥ずかしくなって顔を手で覆ってると、向かいの一花ちゃんからは盛大に大きな溜め息を出ていたよ。
「あのな、気づかないのはあのバカだけだと思っといた方がいいぞ。あいつはもう筋金入りの鈍感だ」
「……それ葉月にも言われた」
「あいつが自分で鈍感だって気づいていたのは知らなかったが、それもきっと何かと勘違いしている可能性が大だな」
え、そうなの? というか、鈍感を何かと勘違いってできるもの?……というより、一花ちゃんは反対しないのかな? お兄さんの先生は応援してくれるみたいだけど。
「あの、一花ちゃん?」
「なんだ?」
「一花ちゃんは……反対しないの? 不毛だとか……違う相手見つけろとか……」
「別に? よりによって鴻城家史上稀にみるキングオブ鈍感の葉月を好きになるとは――と思っているが。まあ、花音がそれでいいなら構わない」
すっごい言いよう。一花ちゃん、容赦がない。鈍感だとは思ってたけど、この言われよう。
子供のころから一緒にいる一花ちゃんが言うなら、葉月の鈍感具合は自分で思っていたより深刻なのかもしれない。鴻城家史上って。
それにしても、私が同性を好きになったことも何とも思ってなさそう。舞はともかく先生も一花ちゃんも、心が広い。
「ごめん……ちょっと安心しちゃった」
「何がだ?」
「いや……一花ちゃんに知られたら、反対されるのかなって思って。それに、一花ちゃんが葉月のことを好きかもし――」
「それは絶対にありえないから安心しろ」
被せ気味に言われてしまった。恥ずかしさが収まって手をどけてから、また一花ちゃんの顔を見て安心する。ものすごく嫌そう。今度は音を立ててバリバリとお煎餅を食べてるよ。
「確かにあいつは特別だが、そういう意味で好きになることは絶対ない。あり得ない」
「そ、そうなの?」
「そうだ。だから今後、あたしに嫉妬する必要はないからな」
嫉妬してたのもバレてる……茫然と一花ちゃんを見てしまったら、今度はお茶を飲んでこっちを呆れたように半目で見てきた。
「花音、1つ言っておいてやる」
「な、何?」
「顔に出やすいから、バレバレだったぞ」
指摘されてバッと両手を自分の頬に触れさせちゃったよ!
そ、そんなに!? 前々から舞や先生にも指摘されてたけど、そこまで!? 「まあ、今はそれはいい」って良くないよ!? 顔に出やすいって、私が何を考えてるか他の人にバレバレだってことじゃない!? これやっぱりちゃんと気をつけないと!
「それよりな……」
それよりじゃないよっ!? て言いたかったけど、思ったより真剣な一花ちゃんの声につい身構えてしまった。
ふうと息をついて、真面目な顔でこっちを見てくる。ど、どうしたんだろう?
「お前の気持ちは知っている。それをあたしもどうこう言う気はない」
「え? う、うん……ありがとう?」
「お礼を言う必要はないが、ただな……少し葉月に言うのは待ってくれないか?」
言うのを待つ……? それって告白のこと?
思わず目をパチパチと瞬いてしまったら、一花ちゃんが今度はカップの方に視線を落としていた。
「あいつはな……少し、いやかなり、いや非常に特殊な育て方をされてな」
ものすごく強調してくるね? でも育て方?
「鴻城家で――ってこと?」
「そうだ。鴻城の育て方は特殊なんだ。特殊? いや異常とも言うべきだな」
そこ、言い直す必要あるの?
片方の手で頭が痛そうに押さえている一花ちゃんは、それはもう深い溜め息をついている。どんな育て方? おじい様も如月さんも穏やかそうに見えたんだけど。
「学園の初等部はあいつもほとんど通っていない。後半は花音も知っている事情だが、前半もほぼ通っていないんだ。ほとんど大人たちと過ごしてしまっていてな」
「大人?」
「そうさせたのはあの怪物――ゴホッ、失礼、現鴻城家当主が仕組――ンンッ失礼、やむなくそうさせたんだが……」
一花ちゃん……全然誤魔化しきれてないよ。鴻城さんのことをそういう風に言う一花ちゃんってすごいよね、って改めて思ってしまうよ。そういえば、レイラちゃんも家の事情で学園にあまり来ていなかったって言ってたよね。
「まあ、それは仕方ない。それに関してはあいつもノリノリでやってたわけだし。だがな……障害が残った」
「しょ、障害? ノリノリ?」
「……同年代の人間と全然一緒に過ごしていない。あたしとレイラぐらいで、あとはまあ、会長たちをからかうぐらいか」
確かに月見里先輩たちもそういうことを言っていたような気がする。
1人そのことを思い出してふむふむと頷いていると、また一花ちゃんはハアと息をついていた。ただでさえ疲れているようなのに、思い出して更に頭が痛そう。
「そのせいかは分からないが、大人たちとの心理戦は見事なまでに見抜いてやり返せるんだが、恋愛方面は縁がなかったからなのか、全く気づかない鈍感なバカになったわけだ」
いきなり要約しちゃったね。縁がなかったっていうのは私も同様……あ、ううん。さすがに告白してきてくれた男子もいたから縁が全くなかったわけじゃないし、蛍からは相談とかなかったけど、他の女子からの相談は受けたことあるな。でも、葉月可愛いから告白されてそうだけど?
「今まで告白された――とかも無かったんだ?」
「いや、あるにはあるぞ。ただな……」
あ、あるんだ!? 葉月に、誰が!?
「全く気づいてなかったな。あの王子……可哀そうに……」
「王子!?」
「……鴻城家は世界を渡り歩いているからな。まあ、その内の1つの国の王子が、えらく葉月のことを気に入ってプロポーズしたんだが、見事に気づいてなかった。そして鴻城家の化け物を怒らせて――可哀そうに、その王子は庶民になった。しかも葉月をあの化け物が唆して、王子から庶民にさせたからな。自分の好きになった人から地獄に突き落とされて、尚不憫だった……」
どんなストーリー!? 唆されてって何!? 葉月は一体何をさせられたの!?
「さらにあのバカは王子の気持ちに一切気付かないでポンポンと彼の肩に手を置き――『悪い事したからだよ?』って無邪気に笑ってそう告げていた――あの王子の絶望の顔、忘れられない……」
どこか遠くを見つめだした一花ちゃん。いやいや!? 一花ちゃん、それ近くで見てたの!? 「元気にやってるだろうか、あの王子……」って1人懐かしまないで!?
あまりの過去に何も言えずにいたら、我に返った一花ちゃんはコホンとまた咳払いをする。
「……昔の事だ。ということでだな、そういうこともあるから、あいつに言うのは少し待ってくれ。傷つくのは花音、お前だ」
ものすごく唐突にまとめたね……もう茫然とするしかないよ。ま、まあ、私も今すぐ告白とかはさすがにまだ早いって気がするからいいんだけど。
「私も、その……さすがにすぐ告白とかは考えてないよ?」
「でもこれから葉月にアピールしようとしているんじゃないのか?」
さすがにパーティー以来、お菓子届けたりご飯届けたり本を借りにいったりしているから、それはバレてるんだね。
「それは……そうだね。そうしないと、葉月は絶対気づかないでしょう?」
「ハグやキスでも気づかない相手にアピールしたところで、気づかないと思うが?」
キスと言われて、思い出したのはこの前のクリスマスパーティー。一気に頬が熱くなる。
あれ、でもあの時一花ちゃんいなかったよね? 葉月のこと探してたし、私が頬にキスしたの見てな――と思ったところで、もう一つの事を思い出して、サアっと血の気が引いていった。
キスって……まままさか、あの時の……?
退院した葉月と一緒に寝た時に、抑えきれなくてつけてしまった、あの? いいい一花ちゃん……気づいて?
そんな私をよそに一花ちゃんはパリンと新しいエビ煎餅を2つに割っていた。その音が静寂に包み込んでいた部屋にやけに響き渡る。
「きき……気づいて……たの?」
「あいつの服を引っ張った時に見えたんだ。責めるならバカな悪戯ばかりするあいつを責めろ」
やややっぱり……あの時のだ。
「は、葉月にそれ言っ――?」
「言うはずないだろう。それもあいつは気づいてない様子だったしな」
つまらなそうに、またパリパリとお煎餅を食べ始める一花ちゃんに少しホッとする。
さ、さすがに葉月に言われたら引かれる。というより嫌われる。だって寝てるときにしちゃったんだもの。襲っちゃったんだもの。
「次はもっと違う場所につけるんだな? それより花音も寝てる相手にやるとは中々やるな、と少し感心していた」
「ご、ごめんなさい……つい……ってつけないよ!?」
「あたしは褒めているんだぞ? 確かにあれぐらいやらないと、あいつは気づかない。まあ、そのキスマークにも全然気づいてないから意味なかったな。もっと分かりやすい場所につければよかったものを」
「だからつけないよ!?」
あの時は自分でもどうかしていたと思う! 寝ている相手を襲うとか、犯罪だから!? だからそれをもう掘り起こさないでください! なんで一花ちゃん、そこに感心するかな!?
「とにかくだ。アピールは少し待ってくれ。それに、今のあいつにお菓子とかご飯攻撃は意味ない。時期が来たら、あたしも何とかあいつが花音の気持ちに気づくように協力してやるから」
え、それは、助かる。一花ちゃんが味方になってくれればものすごく心強――って待って? 意味ないって?
「……意味ない?」
「ん? 舞から聞いてなかったのか?」
舞? なんで今、舞の名前が?
一花ちゃんも目をパチパチとさせて驚いている様子。次第に考え込むように顎に手を当て始めた。「そうか、あいつ……」と失敗したかのように、苦い顔で呟いている。
「一花ちゃん?」
「ハア……舞には悪いことをしたな。あいつの気遣いを、あたしが台無しにするとは……」
仕方ないという感じで肩を竦めて、お煎餅を持つ手を下げてから、真っすぐこちらを見てきた。一体何の話を……?
「あのな、花音。あまり心配しないで聞いてほしいんだが」
深刻そうな声に、思わず喉をごくりと鳴らして一花ちゃんを見てしまう。心配……?
「葉月のやつ……今は味覚を感じないらしい」
……味覚を、感じない?
目を大きく見開いて一花ちゃんを見る。
葉月が?
「どう……して?」
「さあな……検査させたいが、病院に行くのをあいつが嫌がるから連れていけていないんだ。でも心配するなよ? 無理やり食事は摂らせているし、あいつ自身もそこまで気にしていない」
……でも、あれだけおいしそうにご飯食べていたよ?
ご飯やお菓子、葉月好きだよね?
それが味を感じないなんて、おいしく食べられるわけないのに。
それに気にしていないなんて。
「でも……だって甘いの、大好きなのに」
「それも今はどうでもいいんだろう。胃に入れば全部一緒だって考えているみたいだからな」
「そんなっ……だってあんなに嬉しそうだったのに! 治してあげないとっ……」
「……あいつ自身が治す気がないんだ。治す気持ちになるまで待つしかない」
簡単そうに一花ちゃんはそう答える。でも待つって……。
「大丈夫だ。伝えたあたしが言うのもなんだが、心配するな。余程酷そうな時は無理にでも連れていく。兄さんにも相談しているし、あいつが変なもの食べそうな時は止めているしな。それにそこまで悲観することないぞ? あくまで一時的なものだと、あたしは見ている」
「一時的?」
「ああ。原因は――まあ分かっている」
原因が分かっている?
じゃあすぐにでも治してあげればいいのに。
顔に出ていたらしく、一花ちゃんは私を見てきて苦笑してきた。
「……あいつ、味分からないのに、花音の卵焼きだけは反応したぞ」
「え……?」
卵焼き……? でも葉月がこの部屋を離れてからは――。
「舞に作ってやっているだろう? それをあいつが時々届けてきてくれていたんだ。だからてっきり舞から聞いていたと思っていたんだが、あいつが善意で届けてくれていたんだな。花音に言ったら、心配すると思ったんだろう」
そっか……舞、そうだったんだ。そっか。葉月に届けてくれていたんだね。
でも、教えてほしかったな。葉月が味覚無くなっていること。確かにそんなこと聞いたらもっと心配するけど。
「……卵焼きだけには反応したって?」
「それだけは味が分からなくても食べたいらしい。まあ、それを食べさせる時は、さすがに目隠しして食べさせているが。花音の作ったモノだと知ったら、食べなくなるだろうからな」
それだけは食べたいんだ? それも不思議。そして嬉しい。何それ。私が作ったモノは体が欲しがってるって言われてるみたい。
でも私が作ったモノだって知ったら……か。そんなに葉月は嫌なのかな……もう戻ってくる気もないし、それは私を心配させないためだと思っていたけど。
少し不安になっていたら、一花ちゃんがコトっと飲んでいたカップをテーブルに置いていた。
「あのな、花音。誤解するなよ?」
「誤解?」
「あいつはな……大事なものほど手離す性格だ」
大事なものほど?
よく分からなくて首を傾げると、一花ちゃんの表情がとても優しいものだった。
「大事なものほど、自分のそばには絶対置かない」
「でも……一花ちゃんはそばにいるよね?」
「言っただろ? あたしは特別だ。それにあたしにとってもあいつは特別だ。もちろん、恋愛とかじゃないがな。だからあたしはあいつのそばにいるし、あいつ自身もそれは分かっている」
特別って――大事ってことじゃないのかな?
だけど一花ちゃんの言う特別は、とてもそういう風には聞こえない。“大事”と“特別”をあえて使い分けている気がする。
疑問に思っている私をよそに、一花ちゃんは言葉を続けた。
「葉月は……大事な人ほど自分のそばに置かない。家族も友人も、傍には置かない。徹底して離れる」
確かに鴻城の人やレイラちゃんとも離れていた。それは大事に思っているから? 私だったらそばにいたいって思うけどな。
「だけど離す相手をな、すごく大事に思っているんだ。誰よりも、何よりも、遠くから大事にしている」
「遠くから……?」
「レイラのことも、あいつはずっと気にしていた。だから兄さんと母さんに頼んでいたんだ。この6年、ずっとな。レイラの様子は、ずっとあたしと葉月の耳に届いていた」
6年ずっと、葉月はレイラちゃんには近づいていない。会話をするようになったのも、私にレイラちゃんが少し悪戯するようになったから。だけど、その間の様子はちゃんと把握していたってことだよね?
「だから花音もそうだ」
「え、私?」
いきなり私のことを指差されて少し驚いてしまう。
でも一花ちゃん、葉月は私に心配させないようにするために離れたんじゃ?
苦笑して、また一口お茶を飲む一花ちゃん。
「今は花音が大事なんだろうさ。舞や兄さんからも常に話は聞いている。把握して、花音に会わないようにしている。それが恋愛かどうかはさすがに推し量れないが、ここまで徹底的に避けているんだ。大事じゃない人間に興味を失くすあいつがだぞ? 大事に思っていないわけがない」
一花ちゃんのその言葉に自然と胸が熱くなる。そんなハッキリ大事だって言われたら嬉しい。それに、ずっと葉月のそばにいた一花ちゃんの言う事だから、素直に信じられる。
葉月にとって、私は大事な人間になっていたのか。
レイラちゃんにもそう見えてたらしいから、そうだといいな。
例えそれが恋愛じゃなくても、それだけでも嬉しく思う。
「だからな、花音。少し待ってやってくれ」
え、待つ? いきなり話が戻ったから思わずきょとんとしちゃったよ。肩を竦める一花ちゃんがゆっくりと立ち上がったから、そのまま見上げてしまう。
「一花ちゃん?」
「葉月はちゃんと大事な人間は大事にするやつなんだ。花音のことも大事に思っているのは確かだ。だけどな、あいつは少し時が止まっている部分もある」
「時……?」
「鈍感だって言っただろ? 気づくのに時間がかかるんだ。あいつは――」
そこで言葉を止めて、一花ちゃんは1回目を閉じてから、その瞼をゆっくりと開け、私を少し悲しそうに見下ろしてきた。
その表情は辛そうで、だけど、どこか安心しているようにも見える。
「あいつは、6年前から止まっている。体も、心も」
体も、
心も……?
ふと不安に襲われる。
だってそれって……
まだ死にたいって、ことなんじゃ?
「……葉月は、まだ死にたいって思ってるって事?」
自然と、その不安が口から零れてしまう。だけど一花ちゃんは困ったように笑っていた。
「大丈夫だ。それはあたしが止めるって言っただろう?」
「だけど……」
「心配するな。何年、あいつのストッパーをやっていると思っている。ただな、ゆっくりと時間をかけたいんだ。あいつ自身に気づいてほしいんだよ」
「……何を?」
一花ちゃんの言う気づくって、何を指しているの?
分からなくて不安そうに見上げていると、一花ちゃんは近づいてきて、座っている私の頭に手を置いてきた。
「…………もちろん、あいつの気持ちに」
それは……どういう……?
疑問が口をついて出ようとしたけど、その手があまりにも優しくて、暖かくて、何も言えない。
「花音の焦る気持ちも分かるし、申し訳ないとも思う。だけど、幼少時から鴻城の本質を身に着けてしまったから、葉月は感情を別に考えるようになったんだ」
「鴻城の本質……?」
「鴻城家はな、世界のアドバイザーみたいなものだ。あらゆる観点からバランスを取る一族なんだよ。調停者と呼ばれている」
そ、そうなの? 「まあ、裏の顔ってやつだ」ってそんななんてことないような顔で言う事……? あ、あれ? 今のって私聞いていい話!?
内心慌てている私に気づかないで、優しくポンポンと私の頭を撫でてくる一花ちゃん。私、それどころじゃないんだけどな!?
「まさか自分にそんな感情を寄せられているとは、全く思ってないんだよ、あのバカは。常に周りから――というより、鴻城の化け物に人と人のバランスを考えるように仕込まれたからな。観察力とか洞察力とかは優れているけど、どうしても、その恋愛とかの方までは考えが及ばないんだ。先に考えるのが、どっちが得でどっちが損しているとかだから」
そそそれって……すごいことなんじゃ? 葉月ってまさか……頭いいの? いつも勉強してないし、ゴロゴロしてたし、それに試験の結果も散々だったのに。
茫然と今までの葉月の様子を思い返していると、一花ちゃんがゆっくり頭に置いていた手を持ち上げた。
「きっと…………あの頃のままなんだ、葉月は」
寂しそうに呟く一花ちゃんの声が、とても耳に響いてきた。
「だから、葉月にちゃんと気づかせてやりたいんだ。時間はかかるけど、ちゃんとあいつ自身に。花音、焦らないで待ってやってくれないか?」
懇願にも似た一花ちゃんのその声の響きに、何も言えなくなる。
そんな優しい声で言われたら、嫌だなんて言えないよ。
葉月のこと大事だって思っている一花ちゃんを、私が無碍になんてできるわけがない。
「……善処するね」
「それでいいさ」
そう言って、満足そうに一花ちゃんは笑ってくれた。
待つことは大丈夫だよ。
私も告白を急いで葉月に嫌われたくはない。
一花ちゃんが葉月に何を気づかせたいかは分からないけど、一花ちゃんが反対していないことも心強いし。
あ、でも。
恐る恐る一花ちゃんを見上げると、そんな私を見て不思議に思ったのか、一花ちゃんは不思議そうに見下ろしてきた。
「でも……その……たまに顔見に行ってもいいかな?」
「……そうだな。今は少し厳しいが、ちゃんと葉月に会わせることはしてやれる。本のやり取りぐらいだったら、今まで通りで構わない」
それはつまり、本を借りにいった時に会わせてくれるってこと?
それはすごくありがたい。パーティー以来、また顔見れてないんだもの。
「ただ、食べ物系は控えてくれるか? さすがにあたしでも食べきれん」
「……うん、わかった」
今まで持っていったもの、全部一花ちゃんが食べてたんだ。2人分用意してあげてたから、それは確かにきついかも。
これからは一花ちゃんの分だけお裾分けすると言ったら、「助かる」と苦笑して了承してくれた。それに本の貸し借りも今まで通りでいいって言ってたし。これからは少しでも葉月と会えるようになると思うと、元気になる。
どうやら本格的に疲れているらしくて、今日はもう部屋で寝るらしい。葉月も寝ているんだとか。
話が終わった一花ちゃんは、大きな欠伸をして部屋に戻っていった。
何かあったのかな……? まだお昼過ぎなのに、2人とも寝るだなんて。少し心配になりながら、一花ちゃんを見送った。
その後、部屋で勉強しながら、さっきの一花ちゃんのとの話を思い出してみる。
そういえば……一花ちゃん、さっき今は厳しいって言った?
それに結局何を葉月に気づかせたいのか、言葉にしていなかったな。
それと鴻城家で一体どんな教育を? 王子に告白されたのに気づかない鈍感だっていうのも驚きだし。
葉月の過去――私は確かに一部を知ることは出来たけど、まだまだ知らない事ばかりかもしれない。
どんな教育をされたのか、どんな子供時代だったのか。
昔の葉月って……どんな子供だったんだろう?
ふとそう考えた時に思い出したのは、あの夢の女の子。
あの子は髪が長い。
顔も見ていないから、どんな顔しているかも分からない。
もしかして、子供の頃の葉月だったりして……なんてありえない考えが浮かんで、1人苦笑して頭を振った。
だってそんなのあるわけがない。それに子供の頃の葉月には会ったこともないんだから。
今日は、あの子出てくるかな……?
今日こそ、どうして泣いているのか分かればいいな。
葉月とは別に、あの子のことも何か引っかかる。
どうしても、あの泣き声が胸に残っているから。
夢だけど何とかしてあげたいな。
だけど結局、夢に出てきたその子に、その日も近づくことは出来なくて、手を伸ばした時に目が覚めた。
鴻城家の「調停者」設定は後付け設定です。とにかくすごい家で世界のアドバイザーという設定しか考えていませんので、これまたツッコまないでいただければ幸いです。
お読み下さり、ありがとうございます。




