191話 え? 会長じゃないんですか? —花音Side
「そんじゃ、花音が帰ってきたお祝いに!」
「お帰りぃ」
「ただいま、蛍、茜」
今は帰省中。私の家に蛍と茜が来てくれた。
夏休みにも帰ってきたけど、こうやって帰ってきたことを喜んでくれると嬉しいよね。私の部屋でお菓子を広げて、2人はもう寛いでいる。詩音と礼音は1階でゲームしてるから、あとで一緒に遊ぶつもり。
「じゃあ4日にもう戻っちゃうんだ?」
「うん。それに生徒会もあるしね」
茜が買ってきたスナック菓子を口に入れて、パリポリと音をさせながら聞いてきた。それに生徒会でも日にちはズレちゃうけど、初詣行こうって話もあるし。
それにしても、思い出すとハアと思わず息をついてしまうよ。
いや、その、葉月にアピールしていこうと決心したはいいんだけど、結局パーティー以来会っていない。間違いなく私を避けてる。
寮の部屋にも突撃したりしてるんだけど、お菓子持って行ったり、ご飯のおかず作っていったり。
だけど全部一花ちゃんが応対してくれた。部屋の中に絶対いるはずなのに。部屋に行く理由に一花ちゃんに本を借りたりとかもしているけど、一向に葉月が現れる気配はない。
一花ちゃんも一花ちゃんで最初は喜んでくれてたけど、絶対不思議に思ってるよね。帰省する前に一言言いにいったら疲れてる様子だったもの。そうだよね。毎日、朝昼晩と部屋に行ってたら、それは不思議に思うよね。
いや、その、他に方法思いつかなくて。ごめんとは思うけど、でもそうしていかないと、絶対葉月に会えないと思って。ただいつも応対してくれるから、本当に一花ちゃんには悪いと思ってるよ。
だけど寮に帰ったら、お土産を口実にまた突撃する予定。葉月に会わなかったら、アピールしようがないんだよ。一花ちゃんに気持ちがバレるのも時間の問題だなって思ってる。もうそれは仕方ない。
それに一花ちゃんのお兄さんは応援してくれてるしね。うん、先生。味方になってくれてありがとうございます。心強いです。
なんてことを言ってる場合じゃないのは分かってる……自分から会いにいくまで分からなかった。
ここまで避けられると、さすがにその……ショックでして。葉月、一目でいいから会ってくれないかな。
「それでぇ、花音ぅ? クリスマスどうだったぁ?」
「ん? 何が?」
「誰かに告白とかされたぁ?」
ジュースを飲んでいる蛍が、どこか期待している目でそんなこと聞いてきた。本当、そういう話好きだなぁ。
「期待しているところ悪いけど、ないよ」
「ぇえ~? 本当にぃ?」
思わず苦笑して答えると、その蛍はあからさまにつまらなそうにしてくる。そんな顔されてもなぁ。横にいた茜まで溜め息をつきだした。え、なんで?
「はぁ、なんだ。広田には言えないな、これは」
「広田君?」
広田君は中学の同級生。だけどどうして広田君の名前がいきなり出てきたんだろう? そういえば元気なのかな? 卒業以来会ってないけど。
首を傾げていたら、「ああ、花音は気にしなくていいよ」って茜が手をヒラヒラと振ってきたけど、いや、気になるんだけど?
「花音の事ぉ~、まだ好きらしいよぉ」
「はい?」
蛍の方があっさりと話してくれたよ。茜が蛍を怒ってるけど、え、え? 広田君が? 確かに告白されたことあるけど、それ中学2年の時だよ? それ以来卒業まであまり話してないし、てっきり諦めたものかと。それに今は葉月のことあるし。
「それは、困るなぁ……私、好きな人いるし」
「「えっ!?」」
あ、つい口に出てしまった。2人がすごく驚いた顔をしている。いや、あの2人とも? そんな詰め寄ってこないで? ジュース落としそうになっちゃうから。
「「誰っ!?」」
ですよね。そうなりますよね。2人とも声がハモっちゃってる。
まぁ、2人ならいいよね。さすがに相手が女の子だって知ったらびっくりするだろうから、そこは言わないでおこう、うん。
「えっと、同じ学園の人」
「名前は!?」
「え!? う、うーん……」
さすがに名前を言ったら、葉月の名前を知っている2人だからバレてしまう。どう答えようか迷っていたら、茜が「え、もしかして知らないの?」と言ってきた。そういうことにしておこう。
「ハア……だめだよぉ、花音。名前ぐらい知っておかないと」
「え? あ、あはは……そうだよね」
知ってるんだけどね。というか、ついこの間まで一緒の部屋で暮らしていた人なんだけどね。
「でもそっか。ついに花音が好きな人を見つけたか」
「あの、茜? それってどういう意味かな?」
「いや、これでも心配してたんだよ? 中学の時に告られても興味なさそうだったし、いつも自分のことは後回しで詩音と礼音のことばかりだったし」
「そうそうぅ。将来礼音が結婚するまで、自分のことを後回しにするんじゃないかってぇ」
そ、それは……あったかもしれない。礼音がそういうしっかりした相手を見つけられるかなって心配もあったし、詩音も甘えん坊だし。
「それでそれでぇ? どんな人なのぉ? かっこいい?」
蛍の目がさっきまでのガッカリした目じゃなくて光輝いてるよ。でも、かっこいい? ああ、でも私の事をいつも助けてくれるのはかっこいい、かな。
「そう、だね」
「歯切れ悪いな~」
「いやだって、かっこいいけど、綺麗な方に目がいっちゃって」
「じゃあ、イケメンってことぉ?」
……絶対に男装させたらイケメンになると思う。そんなのさせたら絶対女の子たちの視線を奪っていくからさせないけど。
……させないって、どの口が言ってるんだろう。今、避けられてる状態なのに。
勝手にそんなこと思って落ち込んでると、何かを察したのか茜が口を開いた。
「相手の人、モテるんだ?」
「ああ~……なるほどぅ。それだと元気なくなるよねぇ」
なんでそうなったの?! それにどうして蛍は分かっているような相槌を打つ――ってああ、確か蛍は前に好きな人いたって言ってた。その人がモテる人だったってことかな? 葉月はモテてるというより、皆から敬遠されてる方だけども。
「まあ、そう落ち込むことないって花音! 大丈夫、その人はまだ花音の良さを分かってないだけだからさ!」
「花音のことだからぁ、まだ告白してないんでしょう~? まだまだチャンスはあるよぉ」
励ましてくる2人。そして蛍の言うことが当たっている。その気持ちは嬉しいな。
そう、だよね。まだチャンスはあるよ。
だって葉月は、私の気持ちには一切気づいてないからね。
「そうだよね……うん、まだチャンスあるよね」
「そうそう。それに花音の良さに気付けば、絶対花音を好きになるって」
茜が変わらず強く背中をバシバシ叩いてきたけど、だんだんその気になってきたよ、うん。
「ねぇねぇ、それでどうして花音はその人好きだって思ったのぉ?」
「どうして?」
「どこがいいとかあるんでしょ~?」
「え、まあ、それはあるけど……」
そうだな、もう今は全部が好きですとしか言いようがないんだけど。
「前に蛍が言ってたでしょう?」
「私ぃ?」
「ほら、笑った顔がって」
「ああ……そういえば言ったねぇ」
「え、何? 何の話?」
あ、あれ? もしかして茜には言ってなかったの? いや、そんなことはなかった。蛍が「自分が前に好きになった人の話ぃ」と言うと、茜が「あ、何だ」って返してたもの。
「あの時のね。でもそれが、今と何の関係が?」
「花音に前、恋ってどういうものかぁって話したことあったんだよぉ。じゃあ、花音はその人の笑った顔が好きなんだぁ?」
「うん……それに、優しいから」
……そうだね。ずっと見ていたい。
あの優しい目をして微笑んだ姿を、私だけに見せてほしいかな。
思い出してつい口元を緩ませたら、2人が驚いたように目を大きく開いていた。え、え? どうしたの?
「2人ともどうしたの?」
「いやぁ、だってさ……」
「花音ぅ、その人のこと本当に好きなんだねぇ」
――また顔に出てた?
恥ずかしくなって顔を両手で隠したら、2人はおかしそうに笑っていた。
「……そんな笑わないでよ」
「あはは! ごめんごめん! まさかそんな反応するなんて思わなくて!」
「会ってみたいなぁ、花音の好きな人ぉ」
そうだね、私も2人にはちゃんと紹介したいな。その前に葉月と両想いにならなきゃだけど。
その後もどうやって知り合ったとか、色々聞いてくる2人にあたふたしながら答えていった。
そっか。友達とこうやって恋バナするのって、結構楽しいものなんだ。舞とは相談って感じだものね。ユカリちゃんやナツキちゃんとも、こういう話をいつかしてみたいなって思ったよ。
□ □ □ □
「さすがに人少ないわね」
「よかったじゃないか。夏祭りの時みたいにはぐれることもないし」
年が明けて実家から寮に帰ってきたその日の午後。先輩たちとも合流して、早速神様を拝みにやってきた。
まばらにいる人を見て月見里先輩と東海林先輩が感想を言っている。でもあそこで甘酒まだ配ってるみたい。
「東海林先輩、あそこで甘酒配ってますよ」
「本当ね。拝んでから一杯いただこうかしら」
「え、あたし先に飲みたいんですけど!?」
舞は今年も元気だね。その舞は先輩たちの許可も取らずに我先にと甘酒のところに走って行く。先輩たちも仕方ないなぁという顔で、先に皆で甘酒を飲みに行くことになった。受け取った甘酒を口につけると、暖かいからか少しホッとしてしまったよ。
「神楽坂、お前何で3杯も飲んでるんだよ……」
「いいじゃないですか!? あたし、甘酒好きなんですよ!」
「舞、帰ったらおせち作って食べるって言ってたよね。大丈夫?」
「花音……それはそれ! これはこれだよ!」
ゴクゴクとその甘酒を飲んでいく舞。会長、そんな呆れた顔で見ないであげてください。あと舞。ちゃんと帰ったら作るの手伝ってよ? 舞が食べたいって言ったんだからね?
「もうあと3ヶ月か。早かったなぁ、この1年」
「怜斗、何しみじみ言ってるのよ。おじさんみたいなこと言ってるわよ?」
「椿、さすがにおじさんは傷つくんだけどな」
ちっとも傷ついてそうに見えない月見里先輩が東海林先輩にそう返しているのが聞こえる。
そっか。先輩たち、卒業か。
これからは九十九先輩と阿比留先輩、舞と一緒に生徒会を回していかなきゃいけなくなるんだな。しかも東海林先輩にはすごく助けてもらったから、いなくなるのは寂しい。
この1年、あっという間だったけど、色々あったなぁ。最初は会長との最悪の初対面。そして会長たちの最悪の勧誘。思い出したら笑えてくる。
ついクスっと笑ってしまったら、会長が怪訝そうにこっちを見てきた。
「何を笑ってる?」
「いやその、最初の頃の先輩たちを思い出してしまって」
「……忘れろ」
今も十分偉そうだけど、あの時のは忘れられませんよ。本当に何でこの人が会長なのって思いましたから。
けど、それから会長の考えとか気持ちとか知っていったんだよね。実は不器用で優しい人だってもう今は分かってますよ。あ、そうだ。
会長の方を向くと、不機嫌そうに残った甘酒を飲んでいた。でも、ちゃんと言っておこうと思います。
「会長、あの時は本当にありがとうございました」
「あの時?」
うん、忘れてるみたいだね。あの時もお礼は言ったけど、改めて言おうとは思ってたんだよね。
「海に行った時です。助けてくれてありがとうございました。ちゃんと改めてお礼言おうと思ってたんですよ」
「……あれか」
そうです。溺れてるのを助けてくれたことです。
今思うと本当にあの時は危なかった。助けてもらえなかったら、絶対今ここにいないと思うし。意識飛んじゃってたしね。
海で溺れた時のことを思い出していたら、隣の会長が何故か気まずそうに視線を逸らしていた。
「会長? どうしたんですか?」
「……あのな。言おうとは思ってたんだが」
「はい」
「お前を助けたのは俺じゃないぞ?」
「……はい?」
え? 会長じゃない?
「お前が自力で砂浜まで来たんじゃなかったのか? 俺は砂浜で倒れてたお前を見つけただけだったんだが……」
思わず目をパチパチと瞬いて会長を見てしまったよ。
え、自力……? 意識飛んでたのにどうやって? てっきり会長が助けてくれたものかと。
また甘酒をおかわりしようとしている舞を止めて、東海林先輩が「そろそろ行きましょう」と私たちにも声を掛けてくれる。
結局、会長との話はそれで終わってしまったんだけど、私の頭の中はグルグルと疑問でいっぱいだった。
あの時……私の足は海藻で絡まってて、自分で解くのは無理だったんだよ。それにその前にお魚さんに引っ張られて体力も使ってたから余計に。
じゃあ、誰が助けてくれたの……?
もし誰かが助けてくれたんだったら、ちゃんと言ってくれるは、ず――――。
思い浮かんだのは、やっぱり葉月の顔。
――そういえば、あの時葉月いなかった。
他の皆はいたのに。
じゃあ葉月が助けてくれたの?
でも何でそう言ってくれなかったんだろう?
それに……。
そっと自分の唇に触れてみる。
あの時の、柔らかい感触。
会長が人工呼吸してくれたんだと思ってた。
だけど違うとしたら。
葉月が助けてくれたんだとしたら。
葉月が人工呼吸してくれたって、ことになる。
そう思ったら顔が一気に熱くなってきた。外で寒いはずのに、もう熱くてたまらない。
確証はない。
だけどほぼ間違いないはず。
だってあそこは会長の家のプライベートビーチで、関係者以外入ってこれないはずだから。
葉月だったら、いいな。
葉月だったら嬉しいよ。
寮に帰ってもやっぱりそのことばかり考えてしまって、おせち料理が違う料理になってしまった。舞がものすごく肩を落としてしまってたから、そこで我に返ったよ。
ごめんね、舞。
だけど嬉しくて。
ファーストキスの相手が葉月かもしれないって思っただけで嬉しいんだよ。
さすがに悪いと思って、その後舞の好きなデザートを作ってあげたら喜んでくれたから良かった。
私はそのあとも思い出して顔を熱くさせてたから、すごい不思議そうに見られたけど、その、あまりツッコまないでくれると助かるかな。
お読み下さり、ありがとうございます。




