189話 不思議な夢を見ました —花音Side
「ふ……ぅ……ぇ……」
誰かの声が聞こえる。
誰……?
ゆっくりと瞼を開けた。ぼんやりする。視界が霞んで見えた。
「ぇ……ふ……ぅ……」
また誰かの声。これは誰?
それに……泣いてる?
視界は真っ白。ここがどこかも分からない。だけど確かに誰かが泣いている声が聞こえてくる。
ゆっくりと身体を起こしてみた。起きれるみたい。
ここ、どこだろう?
辺りを見渡しても白くてどこかも分からない。
「ぅぇ……ぇぇ……」
また。
だけど、その泣いている姿はどこにも見えない。
その場を立ち上がって少し歩いてみる。
女の子……?
遠くに見えるのは髪の長い女の子。蹲っている。
「ふぇ……ぇぇ……」
どうやらその子が泣いているみたい。とても悲しそうに、その泣き声が耳に響いてきた。どうしてか、その泣き声を聞くと切なくなってくる。
近くに行ってみる。
だけど距離は近づかない。
一体どうして泣いているんだろう?
転んじゃった?
どうしたの? と聞こうとしたのに、声は出ないで、ただ口がパクパクと開いただけ。あれ、どうして?
その子は蹲って泣き続ける。
近づくことも出来ない。
声も出ない。
だけど何とかしてあげたくて、手を伸ばした。
その瞬間、その子が少し振り向いて、
頬を涙で濡らしている姿が、とても見ていられなくて、
「そこで目が覚めたんです」
「そう。それはまた不思議な夢だね」
ここは東雲病院の一花ちゃんのお兄さんの診療室……私室、いや研究室? まあいいか。
今日は先生の“診察”というお話をしに来ている。目の前の先生は私が先ほど淹れた紅茶を飲んでいた。私が淹れる方がおいしいらしい。一花ちゃんに「患者に淹れてもらってどうするんだよ!?」と怒られているけど、今日、一花ちゃんはいないしね。
「その子は花音さんの知っている子なのかい?」
「いいえ? というより、顔もあまり覚えていなくて……」
「まあ、夢だしね」
先生、それを言ったらどうしようもないんですが?
先生にはつい先日の夢の話をしていた。葉月の血塗れの姿とかじゃないけど、何故か胸に引っかかっている夢だったから。まあ、顔覚えてないんだけど。
けど、何とかしてあげたいって思った。
あの泣き声が、聞いているこっちが切なくなる声だったから。
自分用に淹れたハーブティーに口をつける。ああ、本当このハーブティーはおいしいな。葉月の好きなハーブティー。先生の私室にあってびっくりしたよ。このハーブティーの葉っぱは、先生が趣味で品種改良して栽培したものらしい。知らなかった。
鴻城家でも好まれていて、時々メイド長さんが取りにくるんだとか。何の葉っぱですかって聞いたら、何故かにっこりと無言で返されたけど。危ないとかはない――と思いたい。
「花音さんは、その夢が気になるの?」
「そう……ですね。気になります」
「どうして?」
「小さい女の子が泣いていたら、気になりませんか?」
逆に不思議に思ってそう先生に返したら、「確かに」と苦笑していた。
「夢には色々と説明のつかないこともあるし、不思議だと僕も思うよ。研究している人も数多くいるしね。僕もいつかは研究してみたいし。でもそれに囚われ続けるわけにもいかないのかな、とも思ってるんだ」
「それは……まぁ、そうなんですけど」
先生の言うとおりなんだけれど、どうしてか気になるんだよね。考えても仕方ないことだって分かるし。顔は覚えてないんだけど……どこかで会ったことあるような気持ちになるから。
自然とカップにつけていた口を離し、中を揺らいでいるハーブティーの液体に視線を落としていると、向かいの先生が座っているところから、コトっとカップを置く音が聞こえた。
「それにしても、大分雰囲気が柔らかくなったね」
「そうですか?」
「うん。そうだな……前より肩の力が抜けているように見えるよ。何か良い事でもあった?」
先生の顔はどこか嬉しそうに見える。そうですね、良い事というよりは。
「……スッキリした、からかもしれません」
「スッキリしたの?」
「はい」
そう、スッキリした。
あのクリスマスパーティーの日に葉月が絶対戻ってくる気がないってハッキリして、逆にスッキリとした気持ち。
こうなったら絶対葉月に好きになってもらおうって、やけになっているのかもしれないけど、そう思ったら、くよくよしていられないって、考えられるようになった。
「それならよかったよ」
ふふって笑う先生。またおいしそうに紅茶を飲んでいた。
「このままいけば、葉月ちゃんとまた元通りにルームメイトに戻れるかな?」
――思わず持っていたカップを落としそうになっちゃったよ。な、なんでいきなりそんなこと? その様子を見ていた先生はおかしそうにクスクス笑っている。
「だって、葉月ちゃんのこと好きだろう?」
そそそそれは、どっちの意味で言ってるんだろう? え、え? もしかして気づいてるとか? いやでも、先生にはそんな話したことな――。
「花音さんは分かりやすいからね。大丈夫、ちゃんと葉月ちゃんには言わないでおくね」
そう言って、先生は悪戯っぽく人差し指を口に当ててウインクしてきた。……これ、完全に私が葉月のことを恋愛対象で見ているって気づいてる。
思わず頬が熱くなってしまった。その私の顔を見て、先生はまたクスクスと笑い出してるけど、それどころじゃありませんよ、私。
「そ……」
「ん?」
「そんなに分かりやすいですか、私……?」
「それはどうだろう? 僕は人と多く関わっているから分かっただけで、他の人が分かるかって言われたら分からないかな。ああ、ただ……」
「ただ?」
「葉月ちゃんは絶対気づかないと思うよ」
にっこりと満面の笑みでそう言うんですか、先生!? 葉月をよく知っている人からそう言われると、安心していいのか、不安に思っていいのか分からないんですが!? そんな困ったような顔をしないでください!!
「彼女はね、ちょっとそういうのに疎いかな。あ、いや、かなりだと思う」
そんなに……!? いや、その知ってはいたんですが……本人も鈍感だって認めてたし。
いやいやでも、さすがにこの前のキスは少しでも変に思ってくれているは――――
「葉月ちゃんに気づかせたいなら、もっと積極的にいかないと絶対伝わらないと思うよ、うん」
――そんなに!? ま、まさか……あのキスも全っ然気づいていない可能性がある!?
……だけど、どうしていきなりそんなアドバイスみたいなことを? というより、先生は反対しないの?
「あの……先生?」
「ん?」
「先生は、その……反対しないんですか?」
「反対? どうして?」
そんなきょとんとされても、こっちが驚いちゃうんですが。
「だって私……その……」
「同性だからってこと?」
言い淀んでいたらズバリ言われてしまった。つい困ってしまうと、先生はいつもの穏やかな笑みを向けてくる。
「そうだね。同性同士だと、世間からは色々と言われるかもしれない。だけどね」
だけど?
「僕は葉月ちゃんに、君の気持ちが伝わればいいなって思ってるんだ」
「……どうして?」
「葉月ちゃんは僕にとっても妹みたいな存在だから」
……? それだったらもっと反対するんじゃないのかな? だってもし葉月が私と両想い(なれれば嬉しいけど)になったとして……葉月の恋人が女性になるんだけど?
だけどそれ以上は聞けなかった。先生の声があまりにも優しい声で、嬉しそうだったから。
「だから、君には頑張ってほしいと思うよ」
楽しみで仕方がないというように、最後に先生はそう言って笑っていた。
……そうですね、頑張ります。先生から応援してもらえるとは思わなかったけど、私も葉月にちゃんと好きになってほしいから。
とりあえず、どうやって葉月に意識してもらおうか? さすがに頬にキスした時は唖然としていたよね。いやでも気づいていない可能性があるわけだし。
……それにあれ、キスも実は私自身にダメージがあるんだけど。いやだって、思い出しちゃうから。パーティーの後、大変だったんだから。何しててもあの感触が思い出されて、舞にも不審がられたし。
結局、またその時の感触を思い出してしまって、寮に帰ってから1人悶えてしまったのは言うまでもない。
あの、舞? その不審そうな目を止めて? さすがに自分でも変な動きしてるって自覚はあるから。「ちゃんと病院で診てもらった方がいいんじゃない?」って心底心配しないで? さっき行ってきたから。大丈夫だから。
お読み下さり、ありがとうございます。




