表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/366

18話 お弁当  —花音Side

 


「あ、あのさ、桜沢さんのルームメイトって小鳥遊さんなの?」


 入学式の次の日、今からお昼ご飯っていう時に隣の席の子が話しかけてきた。舞が後ろを振り向いてくる。


「そうだよ。葉月っちが花音のルームメイト」


 なんで舞が答えてるんだろう? まあ、いいんだけど。舞の返答を聞いた子は、少し顔を青褪めさせていた。


「マジなんだ……うへぇ。あたしだったら勘弁」


 勘弁なんだ。何を思い出して顔を青くさせているんだろう。斜め前の子も苦笑しながらこっちに振り向いて、口を開いた。


「少し同情します。小鳥遊さんの相手は大変でしょうから」

「そうだよね。ユカリも中等部の寮で巻き込まれたもんね」

「そういうナツキも部活で散々な思いしているではありませんか」


 ユカリと呼ばれたふわふわ髪の女の子は同じ寮生だったらしい。気づかなかった。隣の髪が短めの子でナツキという名前の女の子は、部活で葉月に何かされたみたい。


「ねえねえ、葉月っちは2人に何したの?」


 興味津々といった感じで舞が2人に話しかけている。私も気になるかな。何したんだろう? ハアとナツキさんは溜め息をついていた。


「いや、あたし自身には何もやってないよ? ただ……」

「ただ?」

「中等部の時、部活に行ったらテニスコートの周りが掘られてた……」


 ……ちょっと意味が分からない。「あれ、直すの大変だった……」ってガックリ肩を落としている。想像が追い付いていないんだけどな。その前の席ではユカリさんがハアと片手を頬に当てていた。


「私は夜勉強している時に……」

「時に?」

「窓からいきなり顔出してきて怖かったです……だって4階なのに……」


 ……ちょっと意味が分からない。「幽霊かと思いました……」ってこっちもガックリ肩を落としていた。想像がやっぱり追い付かない。


「「いつも東雲さんにロープで縛られて怒られてたよ(ましたね)」」


 え、縛る? ますます意味が分からない。でも怒られるのは想像できた。「最後のは想像できたわ」と前にいる舞が頷いている。それは私もだよ。


 2人は葉月にあまり関わりたくないみたい。何されるかわかったもんじゃないらしい。普通なんだけどな。今朝も朝ご飯を美味しそうに食べてくれたし。


「2人はずっと星ノ天(ほしのそら)?」

「ううん。あたしもユカリも中等部から」

「ナツキとはずっと同じクラスでして、高等部でも同じになって縁があるねって話をしてたんです」


 そうなんだ。名前で呼び合っているもんね、仲良さそう。「でも桜沢さんは凄いですね」ってユカリさんが褒めてきた。何でだろう?


「えっと、凄いかな?」

「凄いですよ。高等部の外部受験の内容は大学部で勉強する範囲も入っているって聞きますし、それなのに首席だなんて」


 そうだったの? それは知らなかった。どの問題だろう? んーっと受験の問題を思い出していたら、ナツキさんが口を開いた。


「そういや、2人は食堂? よかったら一緒に食べない?」

「お、いいの? 一応寮の食堂で買ってはおいたんだけどさ、ここの食堂も興味あるんだよね。場所も知っておきたいし、今日はそっち食べるよ」

「ああ、そうだよね。無駄に広いから。あたしは春休みから部活の練習でここ来ていたから案内するよ」

「おお、サンキュ! ナツキ!」


 舞のコミュニケーションの高さ、少し羨ましいよ。……でもなぁ。


「舞、私はお弁当持ってきてるから」

「え、食堂で食べちゃ駄目なの、ユカリ?」

「そんなことないですよ? お弁当……は珍しいは珍しいですけど、食べちゃいけないなんてことはありません」

「だってよ、花音! もう、そんな遠慮することなんてないって! あ、あとおかず一つちょうだい!」

「え、ちょ、ちょっと、舞!?」


 無理やり引っ張られて食堂に向かった。舞、少し強引すぎる。で、でもそっか……お弁当ってやっぱり珍しいんだ。葉月と東雲さんに聞いたら、寮の食堂で買っていくか、学園にある食堂で食べるかだって言われたからそうかもとは思ってたけど……う、庶民ってバレバレ……。


 ナツキさんもユカリさんもお弁当箱を珍しそうに見てきた。さん付けで呼んだら指摘されちゃった。だから2人のことはこれからちゃん付けで呼ぶことになった。


 ナツキちゃんもユカリちゃんもいい子たちみたい。昨日の男子みたいに馬鹿にする素振りは見せない。人に寄るんだなと少し思った。私の方が偏見の目で見ているのかもしれない。気を付けよう。



 □ □ □


「わっ! 何これ、可愛い!」

「ええ、本当。これ花音ちゃんが全部作ったんですか?」


 食堂の片隅のテーブルでお弁当を広げたら、2人が感嘆の声をあげてくれる。「そうでしょ、そうでしょ」と隣で満足気に舞が頷いてたけど、なんでそんな満足そうなの? でも2人がそう言ってくれて、少し嬉しくなった。


 ……だけど、自分のお弁当と皆の前にある高級そうな料理が載っているお皿たちを見ると、どうしてもショボさが目立ってしまう。心なしか周りの生徒たちもこっちをチラチラ見ている気もするし……。


「こういうの、どうやって作るんですか?」

「え、簡単だよ? フライパンでこう巻いて……」


 ユカリちゃんが興味津々といった感じで卵焼きの作り方を聞いてくる。そして食べたそうな目をしてきた。


「た、食べる?」

「いいんですか?」

「いいよ。でも今日のは葉月が甘くしてほしいって言ったから甘めなんだけど、いいかな?」


 葉月もお弁当食べたいって言ったから、今日作ってみたんだよね。渡したらすっごく嬉しそうだった。甘党みたい。昨日も帰ってクッキー焼いてあげたら、とても喜んでたから。


「え、小鳥遊さんに作ったの? お弁当?」

「え、う、うん」

「いいなぁ、葉月っち。昨日の花音のハンバーグ最高に美味しかったし、あたしも毎日食べたいぐらいだよ」


 驚いてるナツキちゃんをよそに、舞は自分のステーキを切って、私のお弁当に乗っけてきた。代わりにコロッケ取られたけど。


「……舞」

「交換、交換!」


 あ~んとそのコロッケを食べてご満悦の様子。もう、こんな高級そうなステーキをどうしろと……。


 ナツキちゃんが舞のそんな様子を見て、自分の分を切って渡してきた。ああ、もういいよ。食べていいから渡さないで。ユカリちゃんにも卵焼きをあげて、2人してパクリと食べている。


「……おいし~。何これ」

「本当……この甘さも絶妙です」


 よ、よかった。2人の口には合ったみたい。ホッとしたのも束の間、ヒソヒソと小声が聞こえてくる。


「何アレ?」

「お弁当? 来るところ間違えてないか?」


 あ、やっぱり場違いなのかな。途端に恥ずかしくなって箸が止まってしまった。


「気にしなくていいって、花音」

「そうだよ。こんなに美味しいんだから」

「そうです。このステーキより断然美味しいんですから」


 3人が口々に言ってくれるけど……いたたまれない。私と一緒にいて、3人が嫌なこと言われなきゃいいなと思ってしまう。



「あ、花音だ~」



 少し顔を俯かせていたら、向こうから安心する声が聞こえてきた。


 顔をあげると、葉月が気分良さそうに近づいてくる。ユカリちゃんとナツキちゃんがビクッて体を震わせたのがわかった。よほど怖いんだなぁ。舞は平然としてたけど。


「おお、葉月っちじゃん。葉月っちも食べにきたの?」

「ん~? 足りなかったから買いにきた~」

「え、葉月、足りなかった?」

「んふ~でも美味しかった。花音のお弁当~」


 満足そうにお腹を擦ってるけど、そっか、足りなかったか。じゃあ明日からもう少し量を増やして……と考えていたら、葉月がナツキちゃんとユカリちゃんに視線を向けていた。


「舞と花音のお友達~?」

「そうだよ、葉月っち。同じクラスの子」

「ふ~ん。あ、花音~その卵焼きちょうだ~い」


 私が座っている椅子の後ろにきてから腕を伸ばして、あっというまに卵焼きをポイっと自分の口に入れていた。モグモグして「んまし~」って言っている。


「小鳥遊が食べてる……」

「ああ、碌なもんじゃないな、きっと」


 また周りから聞こえてきた。そんな変なもの食べさせてるわけじゃないんだけどな……あ、葉月がそっちに目を向けている。


「せんぱ~い、花音のご飯は先輩たちが食べているのより美味しいよ~?」


 思わずぎょっと葉月を見上げてしまった。いや、あの、葉月。気持ちは嬉しいんだけどね? それは言い過ぎ。


 葉月に話しかけられたその先輩たちは、視線を逸らしていた。あの人たちも葉月と関わりたくない人達だな。


「むー。美味しいのに」

「気持ちは分かるよ、葉月っち」

「あはは。葉月、ありがとう。そう言ってくれるだけで嬉しいよ」


 本当、それだけで嬉しいんだよ。だからそんなむーってしないで、ね?


「それより葉月。東雲さんは?」

「うん? いっちゃん? 撒いてきた」


 ……言葉が止まってしまった。え、えっと……撒いた?


「誰が撒かれるか!」


 ポカンとしていたら、何故か空中から東雲さんが葉月の上に落ちてきて、そのまま床に葉月を押し付けていた。


 え、え? 今、どこから? 見ると東雲さんは汗だくになっている。舞もナツキちゃんもユカリちゃんもポカンとしていた。


「一花……今どっから?」

「ああ、舞か。悪いな、食事中に」

「あの、東雲さん?」

「ああ、桜沢さんか。気にしないで食事してくれ」


 東雲さんの下から「むー! むー!」ってうめき声が聞こえてくる。いや、その、気になるかな。


「ぶはっ! いっちゃん!? 今天国からおばあちゃんが手を振っていました!」

「お前の祖母は存命だ! 勝手に殺すな!」

「やだな、いっちゃん。いっちゃんのおばあちゃんだよ?」

「そっちも生きてるわ! お前が言うのはそれだけか!? さっきあたしに何をした!」

「え、いっちゃんの椅子に接着剤つけて離れないようにしただけだけど?」

「取るのにどれだけ時間掛かったと思ってる!? あとあたしのだけじゃないだろ!?」

「クラス全員動けなくなって面白かった!」

「反省全くしてないな!!?」


 葉月、それは少し可哀そうかな? 東雲さんは葉月にお説教を始めていた。周りを見渡したら、全員明後日の方向を見て食事を続けている。皆がこの光景に慣れてるのをヒシヒシと感じたよ。


 「クラスの全員にまず謝れ!」って葉月を立たせている東雲さん。ズルズルと葉月の首回りの服を引っ張って引きずっていった。手際いいなぁ。


「あ~かの~ん」

「え、あ、何?」

「お弁当、美味しかった~」


 引き摺られながら手を呑気に振っている葉月。とても今から謝りに行く人の様子じゃないんだけどな。


「葉月っち……とんでもないね」

「……よかった、同じクラスじゃなくて」

「そうですね。不幸中の幸いでしょうか……もう花音ちゃんのお弁当に何か言う人はいなくなりましたね」

「え?」


 ユカリちゃんがホッと息を吐いていた。でも、どうして? と目を丸くしてたら、ナツキちゃんが周りの人たちに指を向けていた。


 改めて見てみると、何故か小声で言って来ただろう人たちがテーブルに顔を突っ伏している。あ、あれ? さっきまで普通に食べてたのに?


「引き摺られてる時に腕を伸ばして、何かの液体入れてたの見えちゃった」


 いつの間に!? 全然、気づかなかった……葉月、どうしてそんなことを!?


 でもユカリちゃんの言った通り、その日以降、食堂でお弁当を広げても何かを言ってくる様子はなかった。代わりにある噂が広がっていたけど。



 『桜沢花音のお弁当にケチつける人は小鳥遊葉月の報復が訪れる』と。



 どうしてそんな噂が広まったかというと、原因はあの時文句を言ってきた先輩。


 謝られて、そして懇願された。


「もう絶対お弁当の事をバカにしないから! だから小鳥遊に言ってくれ! やめるように言ってくれ!」


 食堂中に彼の叫びが木霊して、噂がどんどん広まっていったらしい。


 葉月……この先輩に何したの?



 その日の夜に葉月に確認したら「ちぇ」ってつまらなそうにしていた。何をしたかまでは教えてくれなかったけど、デザートのゼリーを食べてから途端に気分良さそうにしていて、お風呂場から鼻歌が聞こえてきた。


 解決……でいいのかな?


お読み下さりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ