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184話 やっぱり恋しくて —花音Side

 

「ストップ! そこまで!」


 東海林先輩のその声で、私たちは動きを止めた。ゼーハーと舞は呼吸を苦しそうにしている。私もさすがにこれはきついかな。深呼吸しながら呼吸を整える。目の前の会長は汗を流していたけど、余裕そうに見えた。羨ましい。


「少し休憩しましょうか」

「やったー! やっと休憩―!!」


 床にゴロンと身を投げ出した舞を、東海林先輩は呆れながら見ていたよ。だけど優しいから、ペットボトルに入った水を舞に渡していた。


 今はクリスマスパーティーに向けて、ダンスの練習中。

 生徒会メンバーは生徒たちの前で先に踊るらしい。この学園の伝統だとか。


 私はそういうダンスとかやったことないから1人顔を青くしていたんだけど、東海林先輩が気を遣って私に教えてくれるという話になった。舞もやったことないっていうから一緒に教えてもらっている。


 体育の授業でも今はダンスの練習だ。ユカリちゃんやナツキちゃんは慣れているのか綺麗に踊っていたよ。中等部の頃にみっちり授業でやったらしい。


 私のパートナーは会長。東海林先輩は月見里(やまなし)先輩。そして舞は阿比留先輩だ。九十九先輩はどうしても断れない人がいるみたいで、その人と踊ることになっている。幼馴染だとか。


 それにしても、社交ダンスをやらなければいけないとか思っていなかった。まさか必須だったなんて。慣れない動きだし、それに結構ハード。何度も会長の足を踏みそうに――ううん、踏んでしまって申し訳ないよ。その会長は何も文句を言わずに練習に付き合ってくれているけど。


「大丈夫、桜沢さん?」

「はい。……いいえ。すいません、正直難しいです……」


 気を遣ってか、東海林先輩が声を掛けてくれた。「まあ、慣れないと大変よ」と頭を撫でてくれる。本当、優しいな。教えてくれる時は厳しいけどね。


「椿先ぱーい、なんで花音には優しいのさー!?」

「あら、元気そう? 神楽坂さんには物足りない練習みたいね」

「ひぃっ!? 冗談冗談!! 疲れてますっ! 休ませて!」


 にっこり笑う東海林先輩に顔を青褪めさせている舞。余計なことを言わなきゃいいのに。


 私も水を――あれ、ない? って、舞が私の分も飲み始めてる。いつの間に。思わず苦笑して息をついてしまったよ。


「東海林先輩、ちょっと水買ってきますね」

「私のあるわよ、飲む?」

「悪いですから大丈夫です。それに自販機もすぐそこですし」

「あ、花音! あたしの分もよろしく!」


 舞、もう2本目飲んだの? 仕方ないなぁ。

 座っていた場所から立ち上がって、その教室を出た。生徒会室じゃなくて、1階の空き教室を借りて練習してるからね。


 近くの自販機まで行って、ペットボトルの水を2本買って手に取った。これからは自分で持ってこようかな、水分補給用の飲み物。寒い季節になったけど、今は火照った体に冷たい水が心地よかった。冷たいのでも大丈夫だよね。飲むとしたら、この練習の時だし。


 なんて考えて、視線をペットボトルから上にあげた時だった。



 いつもの中庭にいる、葉月がいた。



 途端にキュッと胸の奥が締め付けられる。


 ……あの時以来見てなかった。

 私を避けるように、葉月の姿は見なかった。


 この場所から、葉月のいる中庭のベンチは遠い。

 葉月は私に背中を向けているから、気づいていない。


 前と同じ、空を眺めている。

 空を見ている。


 一花ちゃん、一緒じゃないのかな?

 それに雪は降っていなくても、もう冬だよ? 寒くないの?


 さすがにこの距離からじゃ、どんな表情しているか分からない。

 だけど確かに葉月で、後ろ姿だけでも見れたことに嬉しくなる自分がいる。


 あのね、葉月。

 私、あまり夢見なくなったよ。


 それにね、ユカリちゃんやナツキちゃんも最近明るくなったって言ってくれたの。自分でも、無理して笑う事なくなったよ?


 先生にそれを言ったら喜んでくれた。それにご飯も食べれるようになったんだ。前ほど夢を見なくなったからかな? 食事時に思い出して、気持ち悪くなるってことが減ったの。


 ねえ、葉月。

 そろそろ言っていいかな?

 戻ってきてって……言っていいかな?


 前より、会いたくてたまらないよ。

 抱きしめたいよ。


 笑顔が見たいよ。



 恋しいよ。



 ギュッとペットボトルを持つ手に力が入る。

 葉月は変わらず空を眺めていた。


 葉月は変わらない。

 今も空を見るのが好きなんだね。

 それに、ちゃんと今もそこにいるんだよね。


 離れていたのは1カ月ぐらいなのに、随分昔のことのように思える。


 あ、一花ちゃんが向こうから来た。いつも通り蹴ってるなぁ。葉月もいつも通り受け止めて、すぐ起き上がって何かを言ってる。


 何を話しているかは聞こえないけど、前と変わらない様子の2人を見て、思わず笑みが零れていた。


 私が見ているとは最後まで気づかずに、一花ちゃんは葉月の首元の襟を掴んでズルズルと引っ張って消えて行ってしまう。


 少しだけ見ただけなのに、さっきから鼓動は止まらない。


 私、少し不安だった。

 ちゃんと葉月のことまだ好きかなって。


 だけど、そんなの疑問に思う必要なかったね。


 さっきから嬉しくて仕方ないんだもの。

 切なくて、それ以上に好きだって気持ちが止まらない。


 そばにいたい。

 その笑顔を独り占めしたい。


 前より強く思ってる。


 戻ってほしいよ。

 また葉月と暮らしたい。

 おいしいって私のご飯も食べてほしい。

 あの笑顔を向けてほしい。


 それに……。

 最後の夜に見せてくれた葉月に、また会いたい。

 あの優しい瞳を向けてほしい。


 でも葉月は……もう戻ってきてくれない気もする。

 私が眠れなくなったのも、食欲がなくなったのも自分のせいだと思ってるから。


 少しでも戻ってきてくれる気があるなら、ここまで私のことを避けないと思う。私と離れるために、嘘をついていたのかもしれない。


 ……だめだ。こんなこと考えたら。


 ちゃんと葉月は戻ってくるって言った。

 それを信じようって、あの時思った。

 私が大丈夫だって信じてもらえれば、葉月は安心するはず。

 そうすればきっと戻ってきてくれる。


 信じるよ、あの時の言葉を。


 葉月にちゃんと会って、伝えよう。

 大丈夫だって伝えよう。


 ただ、きっと葉月は普通には会ってくれない気がする。


 どうすればいいだろう? 一花ちゃんや舞に頼む? それでも感づいて会ってくれないかもしれない。葉月はまだ離れた方がいいってまだ思ってるはずだから。



 ――――パーティーの時に必ず葉月は会場にくるんじゃ?



 そうすれば会えるかもしれない。


 2人で話す機会があるかもしれない。



 教室に戻ると、練習が再開するところだった。会長の手を取って、東海林先輩の手拍子に合わせて足を動かす。


 その間、どうやってパーティー当日に葉月に会おうか考えていて、会長が怪訝そうに見ていることに気付かなかった。

お読み下さり、ありがとうございます。

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