183話 レイラちゃんが久しぶりに来た —花音Side
「あら? なんか部屋の中が違いませんこと?」
今日は休日。久しぶりにレイラちゃんがお菓子を食べに部屋に来たんだけど、いきなり部屋を見渡してそんなことを言いだした。
舞も首を傾げていたけど、どうしたんだろう? 特に変わったことなんて――
「葉月と一花は今日いませんのね?」
「「あ……」」
舞と同時に声を出しちゃったよ。
そういえば……レイラちゃんに葉月と舞が部屋を替わったこと言っていなかったかも。舞もきっとそうだと思う。
そんな私たちをレイラちゃんがきょとんとした顔で見てくるから、どこか居たたまれない気持ちになってきた。あの、その……ごめんね。言うのを忘れていたなんて言えない。
「と、とりあえずケーキ食べようよっ! 花音が折角作ってくれたんだしさ!」
「? まあ、そうですわね。花音、これお土産ですわ。スイスにいる叔母が送ってくれましたの」
「ありがとう、レイラちゃん。じゃあこの紅茶を淹れようか。舞、ケーキ取り分けてくれる?」
「オッケー。レイラ、どれぐらい食べる?」
「全部お願いしますわ!」
「それだとあたしらが食べれないんだけど!?」
あの、レイラちゃん? そんなガッカリしたような顔をしなくても、足りなかったらまた作ってあげるから。
そんな久しぶりのレイラちゃんの反応に苦笑してから、お土産の紅茶を淹れて部屋に戻った。「ん~♪」と幸せそうなレイラちゃん。喜んでくれたなら何よりだよ。
「は~。これをずっと食べたかったんですのよ!」
「そういやさ、最近学園でも見かけなかったけど、レイラは何してたわけ?」
「ああ、美園のことですわ。彼女、ほらお父様たちが大変なことになったでしょう? それにこの学園からも出ていくことになってしまったので、すっかり落ち込んでしまって……」
美園。宝月さんのことだよね? 会長のお母様が婚約者にしようとしていた子。ご両親が逮捕されたり、マスコミに叩かれたり、確かに落ち込んでしまってもおかしくないよね。
レイラちゃんはまた一口サイズのケーキをフォークで取りながら、彼女のことを話しだした。
「何とか力になりたいと思いまして。だって彼女のご親戚の方、誰も引き取ろうとしないんですのよ? あんまりですわ」
そうなんだ。確かにそれは可哀そうかも。舞も「へぇ~」と言いながら、ケーキを口に入れている。
「それでどうなったの、彼女?」
「なんとか父に口添えしてもらって、遠縁の方に引き取ってもらいましたわ。近くの学園にも通えることになりましたし」
ホッと安心したかのように紅茶を飲んでいるレイラちゃん。それを見てよかったって思ったよ。彼女が大変なことになって、あれだけ泣いていたのを知っているから。
「それじゃあ良かったじゃん! その子もレイラにすごく感謝してるんじゃない?」
「お礼は言っていましたけど……ですがわたくし、それほどのことをしたわけじゃありませんわよ? それに困っている友人がいたら、手を貸すのが当たり前じゃなくて?」
おかわりしたケーキを食べながら、レイラちゃんは満更でもない様子。きっと嬉しかったんだろうな、ってすぐに分かっちゃったよ。
そんなレイラちゃんを「素直じゃないな、レイラは。お礼言われて嬉しかったでいいのに」と、舞も嬉しそうにからかっているのを見ながら、私も淹れてきた紅茶に手を伸ばす。
「べべべ別に嬉しくありませんわよ、普通のことですから!」
「はいはい。っと花音、私もおかわりちょうだい」
「あら?」
いつのまにか最後の一切れになっていたケーキに舞が手を付けた時に、レイラちゃんが不思議そうにそのケーキを見てきた。どうしたんだろう?
「何、レイラ? というかこれはあたしのだからね。レイラは散々食べたでしょうが」
「そうではなくて、葉月たちに残さなくていいんですの?」
「えっ?! あ……いやーそのー……」
舞、目が泳いでるよ。まあ、その、視線を動かしたくなる気持ちは分かるんだけど。……どう言おうか、レイラちゃんに。
そのレイラちゃんは訳が分からなそうに私と舞を交互に見てくるから、余計居たたまれない。そのまま言うしかないよね。
「あのね、レイラちゃん……」
「はい?」
「葉月と舞ね……実は部屋を交換しちゃって」
その私の言葉が予想外という顔を見事にしてくれたレイラちゃんに、思わず苦笑してしまう。舞も「いや、実はそうなんだよねー」とあははと困った顔で笑っていた。
「交換……? え、あの……葉月とですの?」
「そうなんだよ。葉月っちと交換しちゃってさ」
「え、え? どうしていきなり?」
そう思うよね。何て言えばいいかな……と考えていたら、いきなりレイラちゃんが立ち上がった。ど、どうしたの、いきなり?
「――葉月が何かしましたのね?!」
明らかに誤解している。しかも「あのバ――いえ、葉月は何をしましたの!?」と舞に詰め寄ろうとしているから慌ててしまった。舞も詳しい事情は知らないから。
「あのね、レイラちゃん」
「どうせバカなことをしたんでしょうね! それだったらきっちりわたくしが――」
「違うんだよ、レイラちゃん。悪いのは私なの」
ハッキリそう言ったら、言葉を止めてまたポカンとした表情を向けてきた。舞も一緒にポカンとしているから、そんな2人を見て、思わず苦く笑っちゃったよ。
「私がね、悪いの。葉月は何も悪くないんだよ。逆に葉月が気を遣って、部屋を替えたの」
私が勝手に怖くなったから。
私が勝手に不安になったから。
そんな私を心配して、葉月は離れることを選んでしまった。
「ごめんね、言ってなくて」
レイラちゃんは心配してくれてたのにね。レイラちゃんも知らない方がいいって言ってくれていたのに、我慢出来なくて葉月の過去を聞いてしまった。
だけど大丈夫だよって意味を込めて笑みを見せると、レイラちゃんが一瞬辛そうな顔になってしまう。
「……どうしてですの?」
「それは……ごめんね。言えないんだ」
理由が気になるよね。だけど、ここには舞もいるからそれは言えない。
レイラちゃんは舞の方にも顔を向けていた。だけど舞にも教えてないから、自分も知らないと首を振っている。
「……でしたら、直接本人に聞いてきますわ!!」
「「えっ?」」
今度はレイラちゃんが予想外のことを言いだしちゃったよ。
舞と2人で立っているレイラちゃんを見上げると、クルリと私たちに背を向けて出て行ってしまった。あっという間の出来事で、茫然としちゃった。あれ、でも?
「今日……一花ちゃんたち、部屋にいるの?」
「まあ、いるとは思うよ。朝、一花たちの部屋に行ったら、今日は本を読むって葉月っちをベッドに縛り付けてたからさ」
思わず舞に聞いたら、そんな返事が返ってきた。
……そっか。葉月、今部屋にいるんだ。
途端に一目でも会いたくなって切なくなってくる。けど会ってくれないだろうな。部屋を替わってから、全く会わないもの。学園でも葉月の姿を見ないもの。
きっと……会わないようにしてるんだろうな。自分のせいって、思ってるみたいだったから。
「……あのさ、花音」
「ん?」
「聞かないでおこうと思ってたけどさ」
舞が倒れかけていた体を起こして、心配げな顔をしていた。……やっぱり、舞もどうして部屋を替わったのか気になるよね。
「あ、葉月っちがどうして部屋を替わったかは聞かないよ。葉月っちも言ってたしね。それはもちろん気になるけど、言いたくなったらでいいし」
そうなの? というか、葉月は舞にどう言ったんだろう?
「それより聞きたいことあったんだけどさ……」
「何?」
「葉月っちのこと、嫌いになってたり…………する?」
恐る恐るといった感じで舞がそう聞いてきたことに驚いちゃった。
嫌いに、なる?
葉月を?
――それは、ないよ。
「それは大丈夫だよ、舞」
「そう?」
「うん」
今でもその気持ちは変わらないよ。
少しでも葉月のことを考えるだけで、こんなに苦しくなるんだもの。
会いたくなって、堪らなくなる。
私の答えを聞いた舞は明らかにホッと安心したように、テーブルの上に体を乗せて伸びてきた。舞は一花ちゃんが好きだから、葉月を一花ちゃんから離せなくなると困るよね。
「大丈夫だよ。私、ちゃんと葉月のことまだ好きだから」
「良かった~! 実は心配してたんだよね!」
「舞も困るもんね、私が諦めると」
「まぁ、それはそうなんだけどさ……それより」
ん? それより?
顔を上げた舞は、嬉しそうな満面の笑みに変わっていた。
「あたしさ、花音と一緒にいる時の葉月っちが好きなんだよねっ!」
「え?」
「だって、いっつも嬉しそうに笑ってるんだもん! 花音も花音ですっごい良い顔してるからさ!」
そう、なんだ。そんなに葉月と一緒にいる時の私って違うんだ。それに葉月も、私といる時は嬉しそうなんだ。
「……それだったら、嬉しいかな」
「そうだよ! だから、早く元気になって、葉月っちと仲直りしなよ?」
「体調は元気になってるけどね」
「まだまだ! あたしでも分かるからね、まだ今の花音は完璧に前と同じじゃないって!」
そうなの? 前よりは寝れるし、ご飯も食べてるけどな。だけど舞がそう言うならそうなんだろうね。今はずっと近くにいるから。
あーんと口を大きく開けて、残りのケーキを口に入れている舞。本当は理由だってとても気になってるはずなのに、私と葉月に気を遣って普段通りにしてくれている舞に、心があったかくなってくる。ありがとう、舞。
お代わりのお茶を淹れようとその場を立った時に、レイラちゃんが泣きそうな顔で戻ってきた。
これは……一花ちゃんたち、というより一花ちゃんに怒られたのかな。本を読んでいるって舞が言ってたから、それを邪魔すると一花ちゃんはかなり怒るものね。
「花音、お茶を淹れてくださいな!」
「はい?」
「こうなったらちゃんと聞いてやりますわよ、ええ、ええ。待ってなさい!」
「レイラ、一花に怒られてきたんじゃないの? もしかしなくても読書中でしょ?」
「そんなの関係ありませんわよ! 花音、早く!」
舞も一花ちゃんに怒られたんだと思っている様子。仕方ないなぁと思って一花ちゃんと……それに葉月の好きなハーブティーを淹れてトレイに乗せた。飲むかな? とも思ったけどね。それと作っておいたゼリーも。食べてくれると嬉しいなと思って。お弁当も断られてるから、食べてくれない可能性の方が高いけど。
危なっかしい手つきでそのトレイを持ったレイラちゃんは、また部屋を出ていった。大丈夫かな? 落とさなきゃいいけど。
「花音、そのゼリー何さ?」
「ん? んー……夕飯の後のデザートにって思ってたんだけどね。今食べる?」
「いいの!? 食べる食べる!」
さっきケーキ食べたばかりなのに、だけど舞のもの欲しそうにしている目の輝きには負けるよ。
レイラちゃんは戻ってくる気配がなかったから、仕方なく勉強を始めた。舞は舞で生徒会の書類の整理とかやり始めたしね。その途中で「あれ?」と首を傾げている。
「どうしたの?」
「今日、寮長って寮にいたっけ?」
「どうだろう? 予定のことは何も言ってなかったから」
「うーん、じゃあちょっと行ってくる。直接聞いた方がいいっしょ、これは」
手にしていたのはクリスマスパーティーの書類。何か不備があったのかな? 「聞いたら戻ってくるから、レイラに言っておいて」と舞も部屋から出て行ってしまった。
いきなり部屋が静まり返る。
そういえば、ここに部屋に1人でいるの、葉月と舞が部屋を替わってから初めてだな。あれからずっと舞やユカリちゃん、それに東海林先輩も一緒にいてくれるから。本当、皆には感謝しかないよ。
それでも、
やっぱり私は我儘だね。
だって、今は変わってしまった舞の私物を見て、葉月のじゃないって寂しく思ってるんだから。
ちゃんと食べてるのかな? 変なモノ食べてない? そういえば、葉月は眠れない体質だって前に先生が言っていた。ちゃんと眠れてる?
本当は今すぐ葉月に会いにいきたいよ。部屋の向こうにいるんだから。
だけど、まだ夢を見るの。
怖くてたまらなくなるの。
不安で仕方がないの。
そんな状態で部屋に戻ってきてって言っても、きっと葉月は断るよね?
だから、
だからね?
もう少し、頑張るから。
ちゃんと不安が消えるように。
怖がらないように。
頑張るから。
心の中でそう呟いてた時に、
バンッ!
という大きな音がドアから聞こえて、反射的にビクッて肩が跳ねた。何っ!? と驚いてそちらの方を見ると、そこにはレイラちゃんの立っている姿。
「あ、お、お帰り、レイラちゃん」
「…………」
あ、あれ? 反応ないな? また一花ちゃんに怒られたとか?
だけどとても怒られた人の顔をしていなくて、レイラちゃんはゆっくりと私の隣に正座をついてから、顔を覗き込んできた。
「レイラちゃ――」
「花音、聞きましたわ」
その言葉にピクッと体が震える。考えてみたら、レイラちゃんは知っているんだ、葉月の過去のこと。そうだよ。葉月が言っていたもの。レイラちゃんは見たって。
「教えて下されば良かったのに。それを知った時にすぐ」
「……ごめんね」
「どうして謝るんですの?」
「レイラちゃんは言ってくれてたのにね……知らない方がいいって」
だけど知りたかった。
踏み込みたかった。
あの時はそれでいっぱいだったの。
そんな私の手を、レイラちゃんはギュッと覆うように握ってきた。
「仕方ありませんわ。一緒の部屋で暮らしていたんですもの。時間の問題だったんですのよ」
「違うよ……私が聞いたの。私が無理に踏み込んだんだよ」
葉月も知られたくなかったのに。
「……眠れてますの?」
「え?」
「わたくしは……あの時から思い出すようになって、眠れなくなりましたわ」
レイラちゃんは直接見ている、葉月のその現場を。
それはどんなに残酷な光景なのかな? 私だって想像しただけで、怖くなってどうしようもなくなる。
思い出したのか、若干レイラちゃんの手が震えている気もする。
「暗い部屋がダメになって、1人でいるのも怖くなって……1年間、治療に専念しました」
「1年……」
そんなに……?
その期間に驚いていると、レイラちゃんが苦笑して私を見てくる。
「私は一花とは違って弱いですからね。それにまだ怖いと思ってますのよ? 思い出すと震えがきますもの。情けないですわよね」
「レイラちゃん……」
「鴻城の屋敷に行って、葉月の現場を見て気絶して、気づいたら自分の家の部屋。お父様もお母様も、そして一花のお兄様とお母様がそこにいました。それからは悪夢との闘い。両親にも大分心配をかけましたわね……」
「レイラちゃんも先生に?」
「いえ。わたくしは一花のお母様に診てもらってましたわ。あの方、小児医療の第一人者ですもの。随分とお世話になりましたわね」
そうなんだ……それは知らなかったな。
「だけどそれからわたくしは逃げましたわ……どうしてもあの時の光景が思い出されてしまうから。中等部へ上がるころに、一花から一度「もう大丈夫になった」と聞きましたけど、信じることは出来なかった。葉月を見かけても、どうしても大丈夫だとは思えなくて……近づくことは出来なかった」
それは今の私も同じ……不安と恐怖で、どうしても大丈夫だと思えない。それがさらに不安になる。
「だけど……あなたを大事にしている葉月を見て、初めて大丈夫かもしれないと思えたんですのよ」
「え……?」
私を……大事にしている?
さっきの心配げな表情ではなく、目を開けたレイラちゃんの目が優しいものだったことに驚いてしまう。そんなこと言うと思わなくて。
「だって、葉月は常にあなたに気を遣ってるんですもの。子供の時の葉月からは考えられませんわ」
「そう、なの?」
「あの葉月がルームメイトだからって、わたくしがあなたにしていたことを止めていたんですのよ? 幼馴染のわたくしや一花への振る舞いはご存じでしょう?」
「それは……知っているけど」
「あれからわたくしもここに来るようになりましたけど……葉月が他人にこれだけ優しくしている姿は初めて見ましたのよ? 一花以外の人の言うことを聞いていて、しかも気を遣って……それにさっきも」
さっき? さっき何かあったのかな?
目の前のレイラちゃんは、どこか嬉しそうにクスクスと笑い始めた。
「余程あなたに話したことを悔やんでいるんでしょうね。あんなに後悔している姿を見たのは初めてでしたわ。いつも人のことをからかってくるのに」
後悔……? だけどそれは、私から葉月に聞いただけなのに。
ああ、でも……確かに、葉月は自分を責めていた。
責めなくていいのに。
葉月のせいじゃないのに。
「葉月にとってあなたは特別なんでしょうね。だから、あなたのそばにいれば大丈夫、おかしくはならない、だって花音を大事にしているから。わたくしはそう勝手に安心してしまってたんですの」
「特別……?」
私が葉月の……? そうなのかな?
特別だって思ってくれていたら嬉しいけど、でもきっとそれは友達としてだと思うな。それに、
「レイラちゃん。一花ちゃんもレイラちゃんも、それに舞のことも特別だと思うけどな」
「わたくしのことはさておき……確かに舞や一花も葉月にとっては特別でしょうが、花音、あなたはさらに特別ですわよ。自信を持っていいですわ」
妙な自信だなぁと思ったけど、そう言ってくれるのは嬉しいよ。思わず苦く笑っていたら、レイラちゃんも苦笑していた。
「花音……今は怖いと思います。葉月が何をするか不安で仕方がないと思います。わたくしも未だにそれは怖いですから。けれど――」
けれど?
「葉月は、今生きていますわ」
その言葉が、スッと胸の中に入ってきた。
あまりにも真っすぐな声だった。
「たまにバカをやって一花に怒られて、わたくしのこともいじめてくる。だけど、おかしくはなっていないんですのよ。死を追い求めるだけの葉月になっていないんですの」
言い聞かせるようにレイラちゃんは優しくそう言葉を紡いでくれる。
そっと私を抱きしめてくれた。
「ちゃんと葉月はいますわよ。生きて、そこにいます」
「……うん」
「悪い想像ばかりになるのも分かりますわ。だけど今、ちゃんと葉月はいてくれているし、その行動を取ってはいません」
「っ…………うん」
レイラちゃんの暖かい温もりがじんわりと沁み込んでくる。耳元に響くその優しい声に、自然と涙も込み上げてきた。
「大丈夫ですわ。安心してくださいな。もしそういうことをしようものなら、一花が絶対殴ってでも止めますから」
「っ……うんっ……」
「信じていいんですのよ、大丈夫だって。それをわたくしも一花も保証しますから」
……そっか。
私、そう言ってもらいたかったのかもしれない。
信じていいよって。
葉月は死のうとしないよって。
葉月をよく知っている人から、言ってもらいたかった。
今すごく安心している自分がいる。
大丈夫かもって、信じられる自分がいる。
「わたくしは花音のおかげで信じることができるようになりましたのよ?」
「っ……何も……してないよ?」
「してくれましたわ。葉月の、あの嬉しそうな顔を見れるようになりましたから」
さっき、舞も言っていた。
私はいつもあの笑顔を見ていたから分からなかった。
あれが普通だと思っていた。
だけど、違うのかな?
「あれ以来……葉月のあんな顔を見ることは、もう出来ないと思っていたんですのよ」
どこか懐かしそうにレイラちゃんの声が響いてきた。あれ以来……?
「それを引き出したのがあなたなのですから、自信を持ってくださいな。もし信じられないなら、わたくしや一花を信じなさい。葉月のことは信じなくていいですわよ?」
思わず泣きながらクスっと笑いが零れた。レイラちゃんは葉月の言う事は全く信じてないんだな。
「だから大丈夫ですわ。不安になった時は遠慮せずに言ってください。何度でも何回でも、大丈夫だって言ってあげますから」
「そっか……そう、だね」
抱きしめてくれるレイラちゃんの手が優しくて、また安心して涙が零れてくる。
「その時は……お願いするね」
「ええ。任せてくださいな」
そのあともレイラちゃんは私が落ち着くまで宥めてくれた。こんなに安心できたのは久しぶりで、つい甘えてしまったよ。
レイラちゃんの服に涙が零れてしまったけど、レイラちゃんは「別にこんなの気にしませんわ」とツンとして顔を背けている。改めてありがとうってお礼を言ったら、照れだして「こんなの普通ですわよ!」と言っていた。
部屋に戻ってきた舞が、私が泣いたのがわかったのか心配そうに見てきたけど、でもね、大丈夫だよ、舞。だって前より心が軽いの。
大丈夫。
だって葉月はいるもの。
レイラちゃんが言うように、ちゃんと生きているもの。
不思議とそれをすんなり信じられる。
前は自分に言い聞かせていた。
だけど、そうだよね。
レイラちゃんもいる。
一花ちゃんもいる。
ちゃんと葉月を止められる人がいる。
それをレイラちゃんが言ってくれたことで、ちゃんと信じることができるよ。
その日、久しぶりに葉月の死ぬ夢を見なくて、
代わりに葉月が笑っている夢で、
ゆっくり眠れた。
お読み下さり、ありがとうございます。




