182話 幼馴染3人
今日はお休み。
いつものようにゴロゴロしてます。
本当は外行ってはしゃぎたいんだけどさ~、いっちゃんに足をベッドに縛り付けられてるんだよね~。どこにも行けません! 暇!
いっちゃんは今日は一日読書タイムにしたいらしいし、相手も全然してくれません! 今もコーヒー飲みながら本読んでるよ! 邪魔したい! けど、ここからじゃ届かない!
ちなみにいっちゃんが今読んでいるのは、医学の論文らしいよ。先生から借りてきたんだって。勉強家だね! 邪魔したい! でもここからじゃ届かない! むー!
「お邪魔しますわね!」
むーっとベッドでしていたら、いきなりレイラが入り込んできたよ。
なんで勝手に入ってきてるの? いや、レイラ? そんなズカズカ入ってきて、勢いよく正座されても意味が分かりませんよ? いっちゃんも私も茫然としちゃったじゃん。
「一花、お茶を出してくださいな」
「いや、帰れ」
「せっかく来たのです。おもてなしするのが礼儀ではありませんの?」
「誰も呼んでないから、帰れ。邪魔するな」
「んなっ!?」
「あと、口の周りのクリームなんとかしろ。見ていて鬱陶しいわ」
「えっ!? はっ!? どどどこですの?」
いっちゃんが超辛口ですね。これはあれですね、読書邪魔されて怒ってますね! あと、レイラは何でそんなに残念な感じなんだろうね。ハンカチで拭いたのに、まだ残ってるよ?
「さ、さっきの花音のケーキですわね……オホン。それで一花、お茶は?」
「なんで、それで出ると思ってるのか分からないが、さっさと帰れ。あたしは今これを読んでいる」
「ふぐっ……! ふ、ふん……仕方ありませんわね。ちょっとお待ちくださいな」
いや待たないよ? 何故かレイラが立ち上がって出ていったけど、待たないよ?
というか、
そっか。
今日は花音、部屋にいるんだ。
寝れてるのかな。
変な夢見てないといいけど。
泣いてないと……いいけど。
最後に見た花音の泣き顔が蘇る。
本当は笑ってる顔の方を思い出したいんだけどな~。
ベッドで腕を顔に乗せてゴロンとする。思わず溜め息ついちゃったけど、いっちゃんはツッコまないでくれたよ。ありがたいね。
少しすると、レイラがまた勝手に入ってきて、カップを載せてるトレイを危なっかしく、フラフラして持ちながらテーブルに置いた。あ、いっちゃんがキレそう。私、知~らない。
「お前……帰れって言ったよな」
「いいじゃありませんの。ほら、これは一花にで、こっちが葉月だそうですわよ。ケーキは先ほど舞と花音の3人で食べてしまいましたからね。これはゼリーだそうですわ」
そう言って、テーブルにゼリーと紅茶とを次々置いていくレイラ。いっちゃんが花音からの差し入れだっていうのでキレそうになるのを我慢しているよ。仕方なく本になっている論文を閉じている。レイラが入ってこないように鍵閉めておけばよかったね。
「ほら、葉月も。葉月の好きなハーブティーですってよ」
「いらない」
「このゼリーもはちみつ入りですって」
「いらない」
「何なんですの。じゃあ、わたくしが食べてしまいますわよ!」
「好きにすれば~?」
いっちゃんの溜め息が聞こえる。今はいいや。どうせ今は味分からないしね。
「おい、レイラ。放っておけ。それより、さっさと帰れ。それとも用事でもあるのか?」
「……ふん。ただ聞きにきただけですわよ」
「そうか、何も話すことはない。帰れ」
「まだ何も聞いておりませんわよ!?」
「あたしはな、読んでいる時に邪魔されるのが一番嫌いなんだ。それだけで用件を聞く気も失せてるんだよ。とっとと帰れ。このカップと容器はあたしから舞と花音に返すから。とにかく帰れ、今すぐ帰れ」
「さすがに酷すぎませんこと!?」
「何も酷くないぞ。何度も言わせるな、帰れ」
「ふ……ふぐぅ……」
かなり辛辣だね、いっちゃん。これはあれだね、多分一番いいところを読んでたんだね。そういう時に邪魔すると、私だって十倍返しでくるからね~。泣いても意味ないよ~。こういう時のいっちゃんには逆らわない方が身のためだと思うけどな~。
でもレイラは泣きだしちゃって、いっちゃんがハアと深~く溜め息ついて、仕方ないと肩を竦めてからゼリーを口に運んでた。おいしかったみたいで、ちょっと機嫌がよくなったみたい。顔が輝いてるもん。
「それで……? 一体何の用だ? このゼリーに関してだけは感謝してやるから、さっさと言え」
「ほら、みなさい! わたくしが持ってこなかったら、食べれなかったんですのよ! もっと感謝しなさいな! おっほっほ!」
切り替え早~。一瞬で立ち直ったよ~。そういう所、昔のままだね~。そして、まだそんな笑い方してたんだね~。漫画の世界なんだけどな~、その笑い方。
いっちゃんと2人で心底呆れていたら、レイラが勝ち誇った顔で私たちを見てきたよ。今すぐ泣かせてやりたいわ~。
「コホン! では本題に入りますわね」
「いっちゃ~ん。レイラ泣かせたいんだけど~」
「やめとけ。また鬱陶しくなるだけだ。さっさと本題とやらを話して、とっとと帰ってもらったほうが手っ取り早い」
「一花も葉月も、なんでそんなにわたくしの扱いがこんなに酷いんですのよ!?」
「「面倒臭いから」」
「んなぁ!!? ふ……ふぐぅ……なんで舞と花音がここにいませんのよ」
いや、部屋違うからね。レイラが勝手に来たんでしょうが。戻りたきゃ戻っていいんだけど? あ、立ち直った。んん、何かなその目は?
「ふん……まぁいいですわ。本題というのは、何で舞と葉月が部屋替わってますの? さっき聞いて驚きましたわよ」
――今更!? さすがにこっちがびっくりだよ!? 結構経つよ、部屋替えてから! もうすぐ3週間になるんですけども!?
思わず呆けてしまったよ。いっちゃんもみたいだね。情報遅すぎるんだけども?
「な、何ですの? 2人してその目は?」
「呆れてるだけだ……舞から聞いてなかったのか?」
「し、仕方ないじゃありませんの! わたくしだって忙しかったんですわ! あの子のために何か出来ないかと、近くの通える学校探したり、住むところを探してあげたり、励ましたりと……」
「あの子~?」
「お父様が逮捕されてしまって、退学になってしまったわたくしの友人です」
ああ~、おじいちゃんをキレさせた政治家の娘さんね~。というか会長の元婚約者の子ね~。
「……その友人、どうなったんだ?」
あれ? いっちゃんが気にしてるな~。でもなんで?
「ああ、星ノ天ほどの学園ではありませんが、近くの私立学校に編入できましたわ。お父様に紹介状書いてもらいました。あとは、あの子の親戚が引き取ってくれまして、今はそちらから援助してもらってるはずですわ。これもお父様に口添えしてもらいましたけども」
結局、全部やったの学園長じゃん。でもよかったね。娘さんは親の被害者だもんね。原因作ったの、私のお願い事だけど。
いっちゃんは「そうか」と少し思案顔だ。まだゲームになかった婚約者のこと引っかかってたのかな?
オホンとまたレイラがわざとらしい咳払いをして、こっちを見てきた。そんなことよりって顔だね。
「それで? どうして葉月と舞が替わったんですの?」
「それをレイラに言う必要あるの~?」
「あんな花音の顔見たら、突っ込みたくなりますわよ」
…………あんな?
「無理して笑ってるのが見え見えですわ。理由を聞いても答えてくれませんし、舞も知らないって言いますし。だったら、葉月に聞いた方が早いと思いまして」
……そっか。
まだ笑えてないのかな。
やっぱり夢見てるのかな。
レイラは首を傾げながら、ベッドの私の方に視線を向けてきた。いっちゃんの心配そうな顔も視界に入るけど、いっちゃん、大丈夫だよ。
「それで、どうして舞と替わったんですの?」
「……ただ知っただけだよ~」
「おい、葉月……」
「いいよ~、いっちゃん。舞はともかく、レイラは知ってることなんだからさ~」
「わたくしが……知っていること……?」
そうだよ~、レイラ。でも、思い出すとレイラの方が辛くなっちゃうけどね~。やっと今は普通に暮らせるようになったんだからさ。
でも、レイラは察しがついたみたいで、顔が少し青褪めていた。
「ま、まさか……花音が知ったんですの? 昔の葉月のことを……」
「…………そう」
「でも、な、なんで? あなた教えるつもりないって言ってたじゃありませんの!? ほら、あのわたくしが花音の、その……じゃ、ジャージを汚していた時に!」
「……手首の傷、見られちゃったんだよ~。問い詰められて、狂ってた時のこと話しちゃった」
レイラが口を噤んでしまって、いっちゃんは肩を竦めて黙ってしまった。
「だからさ~離れた方が良くてね~。レイラほどじゃないけど、魘されるようになっちゃって。怖くなったんだろうね~。私が死ぬんじゃないかってさ~」
「そ、そうでしたの……だったら花音のあの様子も納得ですわね……わたくしだって、1年はかかりましたもの」
「レイラ、分かってるとは思うが、舞には言うなよ?」
「分かってますわよ、一花……それぐらい分かってますわ」
レイラは直にホラー映像見てるからね~。トラウマになって当然の生映像をね。まあ、自分がやったことなんだけども。
「でも葉月……わたくしは、あなたに謝らなければいけませんわ」
うん?
「わたくし……今は少し後悔しておりますのよ、あの時のこと」
「後悔~?」
「あの時のあなたが怖くて……怖くて怖くてたまらなくて……逃げ出してしまったこと」
…………何言ってるのさ。逃げて当然なんだよ。あんな狂ってる姿なんて、怖くて当然だよ。
「……レイラは悪くないよ~? いいんだよ。あの時離れたのが正解だったんだから」
「でも……一花は逃げなかったじゃありませんの」
「あたしは自分で決めたからな。だが……まあ、葉月の言うとおりだ。あんなのたかだか10歳の子供には荷が重すぎる。大人でもキツイ。離れる方が正解だ」
「あなた……前は責めてたじゃありませんの?」
「それは、お前がそのまま離れたからだろ。せめて中等部の時ぐらいは、あたしのフォローをしてほしかったっていうのがあったんだよ。こいつの死のうとする行動よりも、バカな行動の方が、止めるの大変だったんだからな?」
「普通逆じゃありませんこと?」
「お前もやってみれば分かるぞ?」
「そっちは遠慮しますわ」
いっちゃん! 私も意外だったよ! そっちの方が大変だったんだね! これは今度期待に応えなきゃいけないね! 何しよっかな~?
って考えていると、枕が飛んできたよ。考えてるのがバレてたらしい。
レイラが呆れて、ジト目で見てきましたね。
「やっぱり遠慮しますわ……」
「遠慮するな。あたしは本来バカな行動の方のストッパーじゃないんだ。どうせだったらここに住めばいい」
「遠慮しますわ」
「え~それじゃ狭くなるよ、いっちゃん」
「別に2段ベッドにすればいいだろ。ああ、そうだな。レイラに悪戯することで発散してくれれば丁度いいな」
「だから遠慮しますわ」
「え~泣かせていいの? 色々試していいの~?」
「いいぞ。それだったらどんどんやれ。許可する。それだと、お前も外で何かやるとか少なくなるんじゃないか?」
「聞いていませんわね!? 嫌ですわよ! 何を許可出していますの!?」
レイラがハーハ―って息しながら、テーブルをドンって叩いてたよ。
泣かせていいなら考えたのにな~。いっちゃん、舌打ち聞こえてるよ? ちょっと本気で考えたんだね?
ハアって息をついてレイラが立ち上がったから、いっちゃんと思わず見上げてしまったよ。
「戻りますわ。話は分かりましたからね」
「あっそう」
「はあ……役に立てないなら邪魔なだけだ。さっさと戻れ」
「泣かされるだけの役だなんて、こちらからお断りですわよ!?」
「レイラのツッコミは相変わらずつまらないね~?」
「これが普通なんですのよ!?」
え~だからつまらないんじゃ~ん。もう少し捻りが欲しいんだけどな~。
なんて考えてたら、レイラはまっすぐこっちを見下ろしてきて、何故か苦く笑ってきた。
……なんでそんな顔してるのかね?
「…………さっきの、後悔してるって話は嘘じゃありませんわよ?」
…………なんで、いきなりそんな優しい声なのさ。
レイラの思わぬ真剣で優しい声に、いっちゃんもレイラを黙って見ていた。
「わたくし……もう後悔したくありませんの。逃げ出そうと思いませんわ」
「……そう」
「そうか……」
「花音が知ってしまったなら、わたくしは花音のフォローをした方が良さそうですわね。経験者ですから」
「そだね……」
「いいのか? 思い出すことになるぞ?」
「ふん、何年経ってると思っていますの。あの時よりはわたくしだって強くなってますわよ」
そっか。
そうだね……あれから6年だもんね。
「わたくしだって、あなたたちの幼馴染ですもの。出来ることをしてみせますわ」
そう言って勝ち誇った顔をして、レイラは花音と舞のところに戻っていった。
レイラが何を花音と話したかは分からない。
舞が嬉しそうに「最近前より花音が笑うようになった」って話していたから、花音の負担が少しは減ったんじゃないかな。いっちゃんも嬉しそうだったよ。
さすが私といっちゃんの幼馴染だって、感謝しなきゃね、レイラ。
お読み下さり、ありがとうございます。




