181話 変わった日常
あれから1週間とちょっと。
花音には一度も会っていない。
寮を出る時間も違うし、学園でもクラスが元々違うしね。
花音は生徒会もあるし、実は寮で会ってただけなんだな~って思った。会わないように気を付けてもいるけど。
あと舞が生徒会に入ったらしい。花音を心配して、そばにいれるように無理やり頼み込んで入ったのだとか。本来生徒会は、生徒会メンバーのスカウトがなきゃ入れないからね。
いっちゃんに聞いた限りだと、花音は前よりは眠れるようにはなってるんだとか。平日でも先生のところにカウンセリングに行っているとも聞いた。先生はいつも病院にいるからね。
前に私が行ったところは先生の自宅ですからね。あそこは遠いんだよ。「お前も見習ったらどうだ」っていっちゃんにジト目で睨まれたけど、私が行くはずないじゃないか。それに入院中、散々会ったからいいんだもん。
部屋を替わって次の日の昼休みに、舞が花音のお弁当を持ってきたけど断ったよ。やっぱり悲しそうだったけど。でも、それからは一度も来ていないから諦めたんだと思う。
私は中等部の頃に逆戻り。
いっちゃんに踵落としで朝起こされ、怒られ、食堂に連れていかれて無理やりご飯突っ込まされて、学園では私が何かした後にいっちゃんに縛られる。夜は寮長といっちゃんに説教される毎日。
そして寝ない毎日。
いっちゃんに監視されながら薬は飲んでいる。欲は溜まる一方です。
それに、あの子が出てくる夢も見るようになった。
気づくと夜中にいっちゃんに組み敷かれている。
あの夢の子は、狂ってた時の私。
現実と夢がごっちゃになって、知らない間に何かしでかそうとする。いっちゃんも険しい目で私を見る回数が多くなった。
でも……あの子の手が伸びてくると、やっぱり手を取りたくなって。
あれは、自分を呼んでいる手だから。
ジュースを飲みながら、中庭のベンチで空を見上げる。
なんだか、あの子の手がこっちに伸びている気がした。
これを掴めば……。
自然と腕が上がる。
「おいっ!!」
ガッと腕を掴まれてハッとする。掴まれた腕を見上げると、いっちゃんがやっぱり険しい目で見下ろしていた。
「葉月……お前、何を見た?」
「手……見えたから……」
ふうと息を吐いて、目をしっかり見てくる。探るように、確かめるように。
そしていきなりゴンって頭突きしてきたよ! 結構な勢いだったから脳みそグラグラして、さすがに目が回るよ!
「何するの~いっちゃん!」
「やかましい! とっとと戻って来い!」
いっちゃんも私を止めるために最近寝不足で気が立ってるんだよ! おかげで目が覚めましたけどね! むー! 最近手荒になってるよ! おかげですぐ自覚できますけどね!
はっ! そうだ!
「いっちゃん!」
「……なんだ?」
「動物園行こう!」
「却下だ」
え、何で? って顔をしたら、いっちゃんの拳が飛んできた。本当に手荒だよ、いっちゃん!
「行ったらお前、どうせ動物たちと戯れるんだ~って言って、トラやライオンの檻に入るだろうが!」
バレてる。って顔をしたら、今度は頭に拳が降りてきた。
「前にお前がやったことだろうが! 何でバレないと思ってるのかこっちが不思議だわ!?」
「あ」
「自分でやったことを忘れるな!?」
「過去は振り返らない主義なんだよ、いっちゃん」
「やかましい! 舞と同じことを言うな! それにお前は積極的に振り返れ!」
「じゃあ、今度はゴリラさんの檻に入るよ!」
「なんでそれで許可が出るって思うんだよ!?」
いっちゃん。いっちゃんの方がストレス溜まってツッコミが激しくなってるよ。ほら、ゼーハーゼーハー言っちゃってる。
まあまあ、このジュースでも飲みたまえよ。って差し出したら、受け取って飲んですぐブフゥッーって噴き出した。汚いな~。どうしたのさ?
「お……お前、疲れてるのになんつーもん飲ませたんだ!? 何だこれ!? こんなまっずいジュース初めてだぞ!?」
「納豆とにんにくジュース」
「どこでこんなもん手に入れた!?」
「ネットで売ってたし、寮にいっぱいあるよ?」
「いつのまに!?」
さすがにツッコミ疲れがでて、フラフラ~っと隣のベンチに座っちゃった。苦労してるね、いっちゃん! 苦労掛けてるの私だけどね!
「疲れた……やばいな、中等部の時よりパワーアップしてる気がするぞ……この半年、平和だった方なんだな」
「くたびれたおっさんみたいになってるよ、いっちゃん」
「誰のせいだとっ――いや、もういい……もう突っ込みたくない……放棄する」
ついに放棄しちゃったよ。でもストッパーは放棄されると困っちゃうな~。仕方ないな~。ちょっと今の内に休憩して~?
疲れてるいっちゃんを放っておくことにして、ベンチの背凭れに寄り掛かって空を見上げた。所々の雲が面白い形になってた。
「まだ手が見えるか?」
「……ううん、見えない。大丈夫だよ、いっちゃん」
いっちゃんも空を見上げる。しかもさっき吹き出したジュースにまた挑戦していたよ。何でもいいから今飲みたい気分なんだね。うげって顔してるけど。
「お前、よくこんなの飲んでたな……本当においしいと思ってるのか?」
「さあ、分かんない」
「何言ってる? 飲んでただろ?」
「今、味覚ないもん」
「……何て言った?」
「味覚ないみたい。味全然分かんないもん」
いっちゃんがジュースを地面に落とした音がした。
でも事実です。
さっぱり今は何食べても飲んでも何も味しません。
前まで甘く感じてたジュースもお菓子も、果てはコーヒーの味も今は分かんないんだよね。
グワッといきなり胸倉掴まれて、強制的にいっちゃんの方に向かされた。あ、これ言ってなかったから怒ってるね。かなり怒ってるね。
「な・ん・で! 早く言わないんだ、お前は!?」
「え~だって~。別にいいかなって~」
「良くないだろうが!? 放課後病院連れていくからな! 姉さんと兄さんに連絡しておく!」
「え~いいよ~。それにさ~今更味覚なくなったからって、大したことないよ~」
「大した事あるだろうが!? お前の場合特にそうだろ! 土とか石とか食べるだろうが!」
「そだけどさ~。だって痛覚もないんだよ~? だからいいよ~。もう体もとっくにおかしくなってるんだからさ~」
「お前…………」
「いいよ~。今更だよ~。病院行ったからって治らないよ~」
いっちゃんの手を剥がして、また空を見上げる。
隣でいっちゃんが苦しそうに顔を俯かせてたのが視界の端に入った。いっちゃんがそんな顔しなくていいのにな~。大した事ないよ、本当にさ~。
そもそもこの痛覚だって、最初はちゃんとあったものじゃんか。でも狂ってるときに、何度目かの自害で全然痛み感じなくなってさ。といっても、断片的にしかその時のこと覚えてないけど。
体も心もあの時完全に壊れちゃったんだよね~、多分。いっちゃんに辛い思いさせてしまってるのは申し訳ないとは思ってるけどね。
「……いつからだ?」
「ん~?」
「いつから味覚無くなった?」
「ん~そだね~。部屋替わる前ぐらいかな~」
「……そうか」
いいよ~、いっちゃん。考えなくていいからさ。
だけど、いっちゃんはその後黙り込んでしまって、目を閉じて何かを考え込んでしまったよ。本当に大丈夫なんだけどな~。
※※※
「ねえ、いっちゃん?」
「なんだ?」
「これはどういう状況かな?」
「そのままの状況だが?」
いやいやいや、いっちゃん? 何がそのままの状況なのかな? 何で目隠しして、ロープで縛られて正座させられてるのか、さっぱり分かりません!! 何のプレイ!?
夜、部屋でゴロゴロしてたら、なぜかいっちゃんがいきなりロープでグルグル巻きにしてきて、目隠しされてこの状況なんですけども!? まだ今日は何もしてないんですけども!?
「あの~いっちゃん? 食堂行くんじゃないの?」
「いいから待て」
いや、待てって言われてもね? うん? なんかガチャガチャ音してるけど、何の音?
「おっまたせ~! 一花! ごめん、遅れて!」
「大丈夫だ、気にするな」
え、え? 舞の声? 何で?
「舞~?」
「お~葉月っち! ごめんよ、遅くなって!」
遅くなって? 待ってないんだけども?
首を傾げてると、誰かの気配が近くに来たのがわかった。誰かっていっちゃんだけども。
「さて、葉月。これからお前には色々なものを食べてもらう」
「ん~?」
「葉月っち! 味分かんなくなったって聞いたよ!? 大惨事じゃん! だからあたしと一花が色々用意してきました! 見てよ、この量!」
「見えないけど~?」
「あっはっはっ! そうだった! 一花がさ、色々試してみたいんだって! こんな面白そうなこと、あたしが黙ってるわけないじゃん! ってことで、協力を申し出ましたよ!」
舞、本音はそれだね? 面白い方だね? それは、心配全然してないね?
っていうか、いっちゃん! なんで舞に言ったのさ~! 大丈夫だって言ったのに! 舞が口に入れてくるのなんか玉ねぎに決まってるじゃん!……あれ? でも、今なら食べれるのかな?
「さて、じゃあ始めるか。おい葉月、口開けろ」
「むー。どうせ全部同じだよ~!」
「やってみようよ、葉月っち! やってみないと分からないじゃん! ほら、あ~んして!」
むー、仕方ないな~。いっちゃんもやれば満足するだろうしね~。あ~ん。んん~? 味はしないけど……食感がゴリゴリしてる~……むむ! この食感は!
「バッダ!」
「ふむ、さすがにこれは分かるのか?」
「いやいや、一花。最初になんでそれなの? おかしいおかしい」
「こいつが食べ慣れてる方がいいと思ってな。それで、どうだ葉月? 味わかったか?」
「ん~? 味はしないよ~。足の食感があったからわかった~」
「葉月っちもリアルなこと言わないで!? ひいっ想像しちゃったよ!」
舞は多分今顔青褪めてるんだろうな~。苦手だもんね、虫。
それからは次々口に入れてったよ。カエル、トカゲ、コオロギから始まって、お菓子やはちみつ、お肉、お魚。
全部味しなかったよ~。あ~それにしてもバッダあんなにおいしかったのにな~。あの味が味わえないのはちょっと残念。
「ね~、いっちゃ~ん。もういい~?」
「ここまで全滅か……」
「いっちゃ~ん。もうお腹いっぱいだよ~? いいよ~味分かんなくてもさ~」
「待って待って、葉月っち。最後にこれだけ試させて? ほい、あ~ん」
「むー。最後だよ~? あ~ん」
モグモグ。う~ん。しょっぱくも感じないし、甘くも辛くも感じない。それにしても、この食感、なんだっけ? 柔らかいな~……もはや本当に食材当てゲームになってない?
ふむ~。
モグモグ。
何か変なの~……。
味しないのに……。
「葉月……どうだ?」
「どう、葉月っち……?」
むー。
モグモグ。
何か食べていたいような、
飲み込んだら勿体ないような感じ。
ゆっくりモグモグして、結局飲み込んだけど。
「…………味しない」
とっても落胆した空気を感じるよ。でも、
「でも……これだったら食べれる……」
これだったら……味しなくても食べたいかも。
「味しないのにか?」
「ん~、なんとなく、そんな感じ~」
「一花……これって……」
「そうだな……続けてみるか」
なんだか分からない会話してるね、2人とも?
結局最後の食材が何だったのか、2人は教えてくれなかったけど。
そして、どうしてそんな生暖かい目で見てくるのかな?
それから、なぜか目隠しされて、いっちゃんに謎の食材を口に突っ込まれるようになりましたとさ。
いや、味はしないんだけどね。そしてなんで毎回目隠し? 一体何食べさせられてるんだろう、私は? ま、いっか。
お読み下さり、ありがとうございます。




