180話 変化した生活 —花音Side
「花音っ!」
舞の大きな声でハッと目が覚める。
驚きながら見上げると、舞が心配そうな顔をして見下ろしていた。ハアハアと自分の荒い呼吸も聞こえてくる。私……また……。
汗で気持ち悪くなっている重い体をゆっくり起こすと、そんな私の背中を舞が優しく撫でてくれた。
「また嫌な夢?」
「そ、う……ごめんね、舞……起こしちゃって」
「謝んなくていいって。水持ってこようか? っていうか持ってくるね」
パタパタと舞がキッチンルームに行ってくれる。その後ろ姿を見て、また自然と溜め息をついてしまった。
葉月と舞が部屋を交換して数日。こうやってたまに魘される私を舞が起こしてくれている。真夜中だから、本当申し訳ないよ。
初めて先生のカウンセリングを受けた日。
病院から寮に帰ると、葉月の荷物の代わりに舞の荷物が部屋に置かれていた。そして舞が困惑と心配の様子で、私を出迎えてくれたんだ。
葉月の私物がない部屋を見て、ああ、本当に替わったんだなと寂しくなった。
舞も驚いていたよ。葉月、舞に許可取ってあるって言ってたけど嘘だったんだね。
だけど舞は、そこまで深く葉月とどうして部屋を離れたのか聞いてこなかった。
代わりに「葉月っちと何か約束したんでしょ?」と聞いてきて、その内容を聞かれたけど。隠す必要もないから、「元気になったら元通りだよ」と言ったら、舞もどこか安心したらしい。それで納得してくれた。
だけど舞には悪いことをしちゃった。一花ちゃんと部屋が離れることになったからね。謝ったら、「別に会えるから大丈夫!」って言ってくれたから良かったけども。
東海林先輩にも驚かれた。葉月の部屋替えの申請は勝手に行われていて、勝手に部屋を変更していたんだって。さすがに寮の事だったから、寮長でもある東海林先輩は事情を聴きにいったらしいけど、一花ちゃんが対応していた。
その一花ちゃんの説明で、「なら仕方ないわね」と納得していたから、一花ちゃんが上手く言ったんだと思う。
葉月には、あれから一度も会っていない。
朝も夜も寮で会う事もなかった。舞がお弁当を無理やり持って行ったけど、いらないと言われたらしい。私より舞の方が悲しそうだったよ。
それに、それは少し予想していた。葉月はきっと会わないようにするんだろうなって、あの最後の日にわかったから。
分かっていても、現実になると寂しいよ。
会いたくなってたまらなくなる。
だけどきっと、これで私から会いに行ったら、ますます葉月は離れようとするかもしれない。だから今は眠れるようになるとか、元気になるっていう方を考えるようにしていた。
先生のところには2日に1回は行くようにしている。いつ来てもいいよって言ってくれたから、それは少し助かるかな。先生と話すと、少し気分が楽になるから。
さすがに毎回一花ちゃんに車を用意してもらうのは悪いからバスで行ってるけど、だけど帰りは、一花ちゃんがいつのまにか用意している車で帰らせられた。先生に押し込まれるから、つい乗ってしまうんだよね。
変わらない運転手さんだから毎回「すみません」と謝ると「気にしないでください、命令ですから」と返された。
……誰に? いや、一花ちゃんだろうな。運転手のお姉さんが「一花さまを尊敬してますから」って言ってたもの。一花ちゃん……今は一花ちゃんの方が謎だよ。
今も夢は見ている。
葉月が血塗れだったり、飛び降りたりしている光景。その度に魘されて舞に起こされる。だけど内容は言えないから、舞には本当に悪いと思ってる。
魘されてたって、起こされるようになって初めて気づいた。だから葉月は知っていたんだって。
あの時ずっと……生きてる葉月と血塗れの葉月と夢に出てきていたと思ってた。
だけど、葉月。
ずっと抱きしめてくれてたんだね。
それが分かって、その温もりを今感じられなくて、寂しくなったよ。
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「生徒会に入りたい?」
「ダメですか?」
目を丸くして、東海林先輩に聞いている舞に驚いてしまった。
お昼に一緒に生徒会に来るっていうから、何か東海林先輩に用事かな? と思っていたら、そんなことを言いだすんだもの。それは驚くよ。東海林先輩も他の先輩たちも驚いているし。
「やっぱり、そっち側からのスカウトじゃなきゃだめですか?」
生徒会はスカウト制。なぜなら会長たち目当ての人たちも多くいるから。過去にあったらしい。私も入試の時に首席を取って、それを理由にスカウト(最悪だったけど)されたからね。
私は舞に入ってもらうと心強いけど、いきなりどうして生徒会に入りたいって思ったんだろう?
「入りたい理由を聞いても?」
東海林先輩も疑うように舞を見ている。まさか舞が会長たち目当てだとは思わないだろうけど。それは舞が一花ちゃんを好きなのを私が知っているからか。
舞はどう答え――――
「え? 花音の負担を減らせるから」
――私のため!? 予想外だよ、舞!?
慌てて舞の腕を掴んだら、不思議そうに見てきた。いや、なんでそんな不思議そうなの!?
「ま、舞? 私、何も聞いてないんだけど?」
「そりゃ言ってないし」
そんな堂々とハッキリ言ってないって言われても、どうしていきなり?……ううん、違う。舞は私を心配してるんだ。一緒の部屋になってから私が魘されてるのも知ってるし、病院に通ってるのも知ってるから。
「あのね、舞。私はだいじょう――」
「大丈夫じゃないっしょ? 前よりはマシになったけどさ、また無理したらすぐ逆戻りじゃん。友達助けたいって、そんなに変なこと?」
舞の真っすぐの気持ちが伝わってくる。舞は友達思いだし、そう思ってくれるのは嬉しいんだけど。
「だけど舞。舞が思っているより生徒会の仕事って大へ――」
「いいわ。神楽坂さんの生徒会入り、認めてあげる」
大変だよって言おうとしたら、東海林先輩に遮られた。
東海林先輩までいきなり何を言い出すんだろう? 今年一番の山場の文化祭は終わったとはいえ、普段の仕事でも大変なのに。
舞は東海林先輩がそう言ったから、「さすが、話が分かるっ!」って喜んでいるし。
「前々から桜沢さんに負担かけてしまっているとは思っていたから、どうしようかとは思っていたのよ」
「東海林先輩、私は負担だなんて……」
「いいじゃないか、桜沢。それに椿が言ったとおり、桜沢と同じ学年の誰かを入れようかと話していたのは事実なんだよ」
月見里先輩までそう言いだした。九十九先輩と阿比留先輩も納得している感じだし、会長までも「神楽坂だったら、まぁいいだろう」と認めちゃってる。
皆に認められるぐらい舞の評価がこんなに高かったのに驚いていると、東海林先輩が肩に手を置いてきた。
「それにね、同学年の子が、ましてや友達が一緒だと随分と気が楽になるわよ? そういう意味でも神楽坂さんは丁度いいわ。あなたのことも分かっているし、前にも何度か生徒会のことも手伝ってくれたこともあるしね」
「それは、まぁ……私も舞が一緒だと心強いですけど」
「心配ないって花音っ! あたしだってやればできるんだからさっ! ど~んと任せなよ!」
バシバシと背中を叩いてくる舞。痛くないけども、本当に大丈夫かな? それに舞は友達がいっぱいいるから色んな人と遊びに行ったりしてたのに、それが出来なくなるってことなんだけど、分かってる?
「それに前から思ってたけど、生徒会って何か固すぎ! 折角なんだから、もっと面白おかしくやればいいのにって思ってたんだよね! あたしがこの生徒会の賑やか担当ってことで、これからどんどん面白くしていきますから! よろしく、先輩たち!」
「あのね、神楽坂さん? 別に生徒会なんだから面白くしなくてもいいのよ」
「寮長もかったいな~! もっとこう楽しくいこうよ、楽しくさ!」
「……まあ、楽しくやっていってくれるのはいいんだけど、だけど神楽坂さん? 前々から思ってたけど、そのピアスだけは何とかしなさいね?」
「えっ!? 何でっ!?」
「あのね……生徒会は生徒たちにとって見本にならなければいけないのよ? そんなジャラジャラした格好を他の生徒たちが真似したらどうするのよ。全部、とは言わないけど、数を減らしなさい、数を」
「え~……可愛いじゃん」
早速口を尖らせているけど、本当に大丈夫、舞? 会長たちにもそのことを指摘されている。東海林先輩たちもファッションまではうるさくいうつもりもないみたいだし、学園の方でもそっちの規則は実は緩いんだけど、さすがにピアス5個は多いみたい。納得したのか、舞は渋々といった感じでピアスを外していたよ。
舞も生徒会に入ることになって、常に一緒に行動するようになった。それこそ朝から晩まで。
舞は生徒会の仕事を一生懸命覚えようと必死。東海林先輩たちも舞に色々教えていくし、私も舞のフォローをする。
時々「難しすぎる!」と文句を言ってたけど、遊びに行くことに関して、舞が愚痴を言う事も無かった。私に付き合って生徒会にまで入ってくれた舞は、本当に友達思いだな。感謝してもしきれないよ。
そんなある日、生徒会の仕事がなくて先に寮に帰っていたら、舞が駆け込むように部屋に入ってきた。久しぶりに遊んで帰るから遅くなるって言っていたのに、どうしたんだろう?
「花音っ! 卵焼き作ってくれない!?」
「どうしたの、いきなり?」
「あの甘いやつ! ほら、葉月っちが好きな!」
葉月の名前が出てきて無条件でドキッと胸が高鳴った。あれ以来、葉月用の卵焼きは作ってなかったから。
葉月の名前を聞いて少し固まっていたら、そんな私の背中をグイグイと押して、キッチンルームに押し込まれてしまう。
「ま、舞? 本当、いきなりどうしたの?」
「それを食べたくなったのさ! いいじゃん、たまには!」
それは、まあ、いいんだけど。でも今からユカリちゃんとナツキちゃんが来るんだけどな。
葉月が部屋を替わってから、あの2人もよくこの部屋に来るようになったんだよね。
最初はびっくりされたし、理由をせがまれたけど、舞が何かを言ったら何も言ってこなくなっちゃった。その代わり、ユカリちゃんなんかしょっちゅう来て、一緒にご飯を作って食べてる。
そのユカリちゃんと、そして今日は部活休みのナツキちゃんと一緒にご飯を作る予定になっていたんだけども……まあ、卵焼きぐらいはいいか。
前に作っていたように、葉月が好きな甘めの卵焼きを作った。香りも甘い。
あまり日にちは経っていないはずなのに、その香りが妙に懐かしく感じて、胸の奥が切なくなってくる。
「折角作ったし、今日の夕飯にこれ食べようか。ユカリちゃんたちも食べたいだろうし」
「えっ!? そ、そうだねっ! うん、それがいいねっ!」
舞が明らかに動揺しているのを誤魔化すように、無理やり笑っている。さっきから落ち着かない様子だけど、どうしたんだろう?
「あのさ、花音? これいくつか貰っていい?」
「今から食べるでしょ?」
「違くてっ! 寮長にあげてくるよ! おいしそうだもん!」
東海林先輩に?
思わず目をパチパチさせてたら、舞が見たことない早い動きで、さっさとタッパーに切った卵焼きを入れてしまった。
「ちょっと行ってくる!」と声を掛ける間もなく、また部屋から出て行っちゃったよ。どうしよう。東海林先輩、甘いもの苦手なんだけど。
「お邪魔します、花音ちゃん。ちょうど舞ちゃんに会ったから入ってきちゃったんですけど、彼女どうしたんですか? 慌ててるようでしたけど?」
そのキッチンルームのドアからひょこっとユカリちゃんが顔を出す。あ、ナツキちゃんも首を傾げながら入ってきた。頼んでいた食材の袋も持っている。
「東海林先輩に卵焼き持って行っちゃったんだよ」
2人はお互い目を合わせながら首を傾げていたよ。東海林先輩に明日謝らなきゃなぁ。
それからまだ夕飯には早かったから3人で少し勉強をした。最近は全然身に入ってなかったから助かったよ。ユカリちゃんの教え方もすごく丁寧で分かりやすかったな。
というか私……本当に葉月以外頭になかったんだな。授業でやったはずなのに、全然記憶になかったから。
どこまでも葉月一色だったっていうことだったのを、今実感している。恋は盲目とは言うけれど、あの時の私のは、ただの執着だったんだなぁ。
それに、周りの先輩や舞たちに心配させてるのは分かってたつもりだったけど、全く見えてなかったよ。私が何かをしようとするたびに、皆して気を遣ってくるんだもの。申し訳なさすぎる。
本当、反省することばかりだって思ってしまった。
……それにしても、東海林先輩たちにお願いして、また特別レッスンやってもらおうか。さすがにこのままテストを迎えるのは危険すぎる。
特待生枠を外れたら、この学園にももう通えなくなってしまうし、そうしたらもっと葉月に会えなくなってしまう。舞たちや先輩たちと離れるのも、そんなのは嫌。だから、それは避けたい。
まずユカリちゃんたちに相談したら、これからは夜に一緒に勉強してくれることになった。ナツキちゃんは時々部活終わりに寄ってきてくれるらしい。「自分も助かるから」ってはにかんで笑ってくれた。本当、いい友達持ったなって思っちゃったよ。これから、ちゃんと周りを見て頑張ろうって、心底思えた。
舞は結局しばらく戻ってこなかった。勉強を切り上げて、夕飯を作り上げた時に戻ってきたんだけど、何故か私の方をジッと見てきたよ。本当、今日はおかしいな?
「どうしたの、舞? 顔に何かついてる?」
「花音っ!!」
ガシッといきなり肩を掴んできた。え、え? 何、本当に? ユカリちゃんもナツキちゃんも驚いてるよ!?
「これから時々あの卵焼きが食べたいです!」
「はい?」
「あたし、あの卵焼き大好きだからさっ! お願いっ!」
い、いいけど! 別にいいけど! というか揺らしすぎだから!? 視界がすごいブレるから!
目を回しそうなぐらい激しく私の体を揺さぶってくる舞を、ユカリちゃんとナツキちゃんが止めてくれたよ。た、助かった。「あ、ごめん」って舞? 謝罪が軽いからね?
それから時々、舞にあの卵焼きを作ってる。朝作ったモノをお弁当に入れてあげてるよ。喜んでいるようだから良かったけど、舞、そんなに好きだったんだ? 気づかなかったな。
……葉月用のはさすがに甘すぎるって前に言っていたことあった気がしたけど、好み変わったのかな?
お読み下さり、ありがとうございます。




