178話 ごめんね、舞
部屋の交換はスムーズに終わった。鴻城の人たちに来てもらって、手伝ってもらったからね。
舞がポカンと「どうなってんの」って顔してる。
いや、実は舞には了承してもらってないんだよね。勝手に事を進めました。
朝は普通に学園に行って、帰ってきたら自分の荷物が花音の部屋に移ってるんだから、そういう顔になるのは仕方ないかな。
いっちゃんには前もって話して、今はまだ花音と一緒に先生のところだろう。監視の方は大丈夫だよ。それこそ鴻城の人を部屋と寮の窓の下にもつけたからね。
「ちょちょちょちょ~っと葉月っち!? どういうことかな~!?」
「こういうことだよ~?」
案の定、舞がベッドで寛いでる私に詰め寄ってきている。ちなみにいっちゃんがいないから、今日は学園休みました。
「なんで!? なんであたしのベッドで葉月っちがこんな寛いでるのか説明してもらおうか!?」
「あれ~? 聞かなかった?」
「聞いたけど! 部屋の外にいる人に聞いたけども!?」
「そういうことになっちゃってね~」
「花音は!? それに一花もどこ!? 朝、先に行っててって言われて、2人とも結局来なかったんだけど! 葉月っちは元気そうだね!? 具合悪いんじゃなかったの!?」
「私は元気だよ~。2人もそのうち帰ってくるよ~」
時間もそろそろ夕飯時。舞がクラスメイトと寄り道したから、こんな時間になるまで分からなかったんだよ~。
ハアハアと息を荒くしていた舞が、ヘナヘナと座り込んでしまったよ。大丈夫?
「ねぇ、葉月っち……ちゃんとさ、説明してよ。さすがに分かんないよ」
……そだね。舞には悪いと思ってるよ。
「何でいきなり部屋替わったの? 花音が最近元気なさすぎるのは知ってるけどさ……花音と何があったのさ?」
「舞~、それはちょっと言えないんだよ~」
「どうして? 一花は知ってるんでしょ?」
「そだね~、いっちゃんには言ってあるよ。でもね~舞には言えないんだよ」
「……また仲間外れ?」
ん? 仲間外れ?
寝転がりながら携帯を見てたけど、意外なことを言われたから舞の方を見たら、見るからにしょんぼりした顔を俯かせていた。さすがにちょっと体を起こして、舞に向き合ったよ。
「舞? 仲間外れって?」
「そうじゃん……いつも葉月っちと一花だけにしか分からない話とかしてるじゃん……なのに今回は花音まで……あたしだけ仲間外れじゃん」
え、そうだった? 結構、舞ツッコんでるよね?
「どうしても入れない話とかしてるじゃん。前にタバスコかけられそうになった時もさ、一花にいるなって言われたじゃん。ドアの向こうで聞いてたけど……さっぱり分からなかったし」
え、あれ聞いてたの? あ~、あの時は……うん、眠れなくて欲が溜まってたんだよね。私がこっちあっちいったりきたりしてたんだよ。それをいっちゃんが止めてくれたんだった。思い出した。
「結構寂しいんだよ。今まで花音とも話してたけど……昔、葉月っちたちに何があったかまでは聞かないけどさ。でも寂しいんだよ」
……そうだね。分からないと寂しいよね。
でも、言うわけにはいかないんだよ。
拗ねてる舞の頭にポンポンと手を置くと、やっと見上げてこっちを見てきた。
「ごめんね~舞。そだね~。確かに寂しいかもね~」
「葉月っち……」
「でも、舞~。知らない方がいいんだよ~。納得しないと思うけどね~」
「……どうしても?」
「そだね~。鴻城の家で暴れたこと覚えてる~?」
「……うん」
「ああいう危ない系なんだよ~。舞は危ない系好きじゃないでしょ?」
「うん。それは嫌」
ハッキリと言う舞は好きだな。即答で言われて、思わず苦笑してしまったよ。
「今回もそういう系なんだよ、舞~。今回はね、私が花音を巻き込んじゃったんだよ」
「葉月っちが?」
「そう。だからね、今は離れるしかないんだよ」
頭にポンポンしながら言うと、舞が目を泳がせて「……わかったよ」って納得してくれた。
こういうところ、舞は聞き分けがいいよね~。
「……葉月っち」
「ん~?」
「花音に何したか……聞かない方がいいんだよね?」
「そうしてくれると助かるかな~。ちょっとトラウマものだからね~」
「と、トラウマ……」
ちょっと顔青褪めさせちゃった。まあ、トラウマものなのは事実だしね。怖くて眠れなくさせてしまったわけだし。
ハァとガックシ舞が肩を落として、でもすぐ気を取り直したのか、今度は縋るように詰め寄ってきたよ。
「舞~?」
「あのさ、葉月っち……ずっとじゃないよね?」
「ずっと?」
「この部屋交換だよ! ずっと――じゃないよね?」
…………ずっとだよ。
でも、ここで舞に言うわけにはいかないからね。ちゃんと嘘をつくよ。
「花音とね、約束したんだよ~」
「約束?」
「そう、約束。花音が約束したこと守れば、部屋戻るっていう約束」
「……それも聞いちゃだめな感じ?」
「別にいいよ。でも帰ってきたら、花音に聞いて? さすがに私からは言えないからね~」
肩を竦めて苦笑すると舞は納得してくれたみたい。「わかった」って頷いてすぐ離れたよ。
ホント舞には悪いな~。舞もある意味巻き込んでるからね~。でも、花音のルームメイトを舞以外に変更するわけにもいかなかったんだよ。花音と仲がいいからね。
「ねえ、舞~」
「うん?」
「花音をよろしくね~?」
きょとんとしてこっちを見てくる舞。これは、あれだ。何言ってるんだという顔だ。
「あったりまえじゃん! それにさ! 今までとは変わらないでしょ!? いつも通り、花音のご飯食べに来ればいいじゃん! 皆で食べて、皆で勉強してさ! ただ、あたしと葉月っちが替わっただけなんだから!」
舞、それは無理だよ。
できるだけ会わないようにするつもりだから。
できるだけ離れるようにするつもりだから。
花音が夢を見なくなるまで。
花音が恐怖を忘れるまで。
花音が、私を忘れるまで。
それを察したのか、舞が段々悲しそうな顔をする。
「じゃ……じゃあ、あたしが花音のお菓子とかご飯とか葉月っちに届けるよ! それならいいでしょ!?」
「いらないよ~舞」
「なんでさ!? 葉月っちだって大好きじゃん!」
「大丈夫だよ~」
「……その約束を、花音が守るまで?」
「そういうことだね~」
そんな泣きそうな顔しなくていいよ~舞~。
それにね~。
私には慣れっこなんだよ~。
こういう幸せってね~。
長続き、しないんだよね。
花音と舞といっちゃんと一緒に過ごした日々は、
もう戻ってこないって、
分かってるんだよ。
お読み下さり、ありがとうございます。




