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175話 悪夢 —花音Side

夢の中ですが、自害を連想させるシーンがあります。ご注意ください。

苦手な方は無理をせず、次話に飛んでいただきますようお願いいたします。

 


 あれ……。

 ここ、どこだろう?

 寮の部屋?


 いつのまに寝ていたんだろう?


 部屋は暗い。真っ暗だ。朝じゃない。

 シンと部屋の中は静かだった。

 気だるい体をゆっくり起こす。今までも早く起きることはあったから、このまま起きてしまおうか。


 今日は手の込んだお弁当にしようかな。

 葉月、そういえば唐揚げ食べたいって言ってた気がする。


 ベッドから降りて、向かいの葉月のベッドに視線を移した。


 ……? いない?

 そこには誰も寝ていないベッドがあるだけ。


 カタン


 と、部屋の外から音が聞こえる。


 トイレ……とか?


 だけど、ドクンドクンと心臓が騒ぎ出す。

 静かに足を進める。


 音はバスルームの方からみたい。奥を見ると、そこの扉の隙間から光が見える。


 嫌な胸騒ぎが止まらない。

 冷や汗も出てくる。


 恐る恐るバスルームに向かった。隙間から覗き見る。

 葉月、いるの……?


 だけど気配はない。ゆっくりドアを開けてみた。だけど誰もいない。中に入っても誰もいない。


 一気に安堵が押し寄せてきた。


 ……ご飯、作らないと。

 バスルームを出て、暗い廊下を歩いてキッチンルームに向かう。

 他にサラダも作ろうか。冷蔵庫にあと何が残っていただろう?



 そんなことを考えていたら、ズルッと何かに滑ってしまう。



 慌てて踏みとどまった。


 何……?

 キッチンルームは暗いまま。昨日の夜に何か零していたかな……と暗くて見えない床を見ながら、手だけで電気をつけた。


 視界に映ったのは赤い色。


 ヒュッと息が止まる。


 恐る恐る、視線を上げていった。

 違う、そんなわけない。


 だけど、

 そこには、


 血塗れの葉月が倒れていて、


 手にはあの時、刺された時のナイフを持っていて、



「葉月っ!!!!?」



 □ □ □


 ハア……! ハア……!


 息が荒い。苦しい。

 汗が気持ち悪い。


 ここ、どこ?

 なんで、ベッドの上……?


 気づくと、ベッドの上で体を起こしている自分がいた。


 訳が分からない。

 だけど、さっきの葉月の血の海に沈んでいた姿が思い出される。どんどん胃の辺りも気持ち悪くなって、無意識に鷲掴んだ。


 葉月っ……葉月が血塗れでっ……!

 救急車っ……呼ばないとっ……!


 その時、ふと気配を感じた。

 そちらを振り返ると、そこにはさっきまで青褪めて意識がなかったはずの葉月がいる。思わずビクッと体が震えた。


 なんで……だってさっき……。


 だけどその葉月は辛そうに私を見てくる。

 生きてる……?


 その葉月を確かめたくて手を伸ばしたら、逆に握ってくれた。そのままゆっくりと抱き寄せられて、優しく背中を撫でてくる。


「大丈夫だよ、花音」


 その声が優しくて、どんどん呼吸が落ち着いてきた。

 震える手で抱きしめてくれる葉月の腕を掴む。


「大丈夫だから」


 安堵からか、自然と涙が零れてきた。


 これは、夢?

 それとも本物?


 あの葉月が夢?

 それともあっちが本物?


 心も頭もグチャグチャで、何も考えられない。


 けど、今抱きしめてくれている腕の中が温かくて、

 こっちが本物だったらいいなと思う自分がいる。


「もう少し寝ようね、花音」


 震える私を抱きしめながら、その葉月はあやすようにそう言ってきた。


「大丈夫、起きるまでこうしてるから」


 背中を撫でてくれる手が心地いい。


「ちゃんといるから大丈夫だよ」


 その優しい声が、どこか悲しそうで、

 胸の奥が苦しくなってくる。


 いなくなってしまわないか不安になる。


 だからギュッとしがみつく力を強めた。


 意識が、だんだんと遠くなって、いつのまにか朝になっていた。



 □ □ □



「花音ちゃん……ちゃんと食べてますか?」

「真っ青だよ、顔」


 ユカリちゃんとナツキちゃんが、不安げな様子で私の顔を覗き込んできた。


 葉月の過去を知ってから数日。

 自分でも今酷い顔になっているのは分かっている。


 原因は寝不足。あと食欲があまりないこと。

 先輩たちも、ユカリちゃんたちも、日に日に心配する顔になっている。


 朝、葉月はベッドの横で私の顔を覗き込んでいるようになった。起きると葉月が「おはよう」と困ったように笑っている。そこで初めてあれが夢だったって思える。


 葉月が、血塗れで倒れている夢。

 それが寝不足の原因だって分かってる。


 だけど生々しくて、あの血の感触が手にあるようで、そしてご飯を食べる時に思い出すから、自然と食欲もなくなっていく。


「少しでも食べた方がいいって。パンとかは? それなら食べれる? サンドイッチ買ってこようか?」


 舞もずっと心配そうな顔をしている。


 分かってる。

 皆に心配させてるの分かってる。

 本当はこんなんじゃだめだって分かってる。


 そんな自分が嫌で嫌で仕方ない。皆に心配ばかりかけている自分が嫌。


 だけど、

 思い出すのは、あの夢の葉月の姿。


「大丈夫だよ、舞、ありがとう。だけどこれで大丈夫だから」

「それって牛乳だけじゃん。ちゃんと食べなきゃだめだって」

「そうだよ。このユカリのお弁当少し食べよ? いいよね、ユカリ?」

「もちろんです。ねえ、花音ちゃん? 久しぶりに味見して感想くれませんか?」

「……ごめんね、食欲ないんだ」


 苦笑して首を振ると、また皆が心配そうな顔になる。

 皆の好意を無碍にしているの、分かってる。

 だから、ごめんねと言うしかない。


 葉月もすごく心配そうに毎日見てくる。


 だけど、それは離れようとしているようにも見えるの。

 だって、何かを考えているような様子だから。この前みたいに部屋を替えようかと言い出すんじゃないかって、怖くて仕方がない。


 でもそんなの耐えられない。

 もう葉月が入院している時に感じた孤独を味わいたくない。

 葉月がここにいないことの方が、耐えられないんだよ。


 だからギュッと葉月を抱きしめる。

 縋りつくように抱きしめる。

 いなくならないように抱きしめる。


「いやだからね……葉月……」


 言い出さない前に、嫌だと拒絶する。

 ズルいと思う。


 だけどいつ言われるかと思うと不安で。

 それを考えているんじゃないかって怖くて。


 だから離さないように抱きしめる。



 そしてまた悪夢を見る。



------


「おいっ!!」


 会長の大きな声でハッとした。

 見ると会長が腕を掴んで私の体を支えてくれていた。足元には書類が散らかっている。


 茫然としてしまう。どうして……?


「ちっ……お前、ちょっとあっちに座ってろ」

「い、いえ……私……ごめんなさ……」

「いいから座ってろ。怜斗、連れてけ」

「桜沢、少し休んだ方がいいよ」


 月見里(やまなし)先輩が会長の代わりに体を支えてくれた。フラフラする。会長は私が落としてしまったであろう書類を片付けてくれていた。


「今、温かい飲み物持ってくるからさ」


 ソファまで連れてきてくれた月見里先輩が苦く笑いながら、お茶を淹れにそばを離れていった。頭が働かない。ぼーっとしてしまう。体が重い。


 何、してるんだろう……私は。


 ハアと息をつきながら、両手で顔を覆った。


 先輩たちにも迷惑かけてる。今だってそう。少し眩暈がして、一瞬意識が飛んでいた。それを会長が支えてくれたんだ。


 情けなくて、また胸の奥が苦しくなった。


「何? 何かあったの?」


 東海林先輩たちが生徒会室に入ってきて、会長が書類を拾っている姿に気づいて驚いていた。お茶を淹れていた月見里先輩が東海林先輩を見て苦笑している。


「桜沢が倒れそうになったから、それを翼が助けただけさ」


 九十九先輩も阿比留先輩も東海林先輩も、驚いて私の方を見てきた。倒れそうになってたんだ、私。


 東海林先輩が自分の持っていた書類を九十九先輩に押し付けて駆け寄ってくれた。


「かなり顔色悪いわね。保健医、呼んできましょうか?」

「大丈夫です……すいません。迷惑かけて」


 そこまでしてもらうわけにはいかない。勝手に眩暈起こしただけだから。



「失礼する」



 入口の方から聞き慣れた声が届いてきた。

 少し体を逸らして見てみると、そこには九十九先輩と阿比留先輩を押しのけて入ってくる一花ちゃんの姿がある。でも、なんで?


東雲(しののめ)さん? 一体どうし……」


 先輩も驚いた様子で一花ちゃんに声を掛けるけど、答えないで私たちの方に近づいてきた。でも1人……? 葉月は?


 目をパチパチとさせていると、一花ちゃんは腰を屈めて、厳しい表情で私の顔を覗き込んでくる。


「昼は? 食べたのか?」

「え……?」

「食事はもう摂ったのかと聞いている」


 ……食べてない。お茶を飲んだぐらいだ。


 私が思わず無言になってしまっていたら、隣の東海林先輩が「食べてないの!?」と驚いていた。他の先輩たちも同様に。そんな私の様子を見て、一花ちゃんが腕を組んで見下ろしてきて。


「……朝もあまり食べてないんだろう?」

「そうなの!?」


 一花ちゃんにバレてる。きっと葉月が言ったんだ。


 その一花ちゃんは片手に持っていた袋からパンを取り出して、あとプラスチックのケースをポケットから取り出していた。あれ、それ……葉月が飲んでいた?


「まず食べろ。これぐらいだったら食べれるだろう?」

「……」

「食欲なくても食べろ。舞たちも寮長たちも、どれだけ心配していると思っている」


 それを言われると、グウの音も出ない。無理やり食べるしかないかな……でも飲み込めそうにないけど。


「それと今日はもう授業に出ないでここで休め。いいだろう、寮長?」

「え? ええ……そうね、それがいいわ。先生には私から言っておくから」

「……一花ちゃん、大丈夫だよ?」

「誰も信用しないと思うがな」


 一花ちゃんの言うとおり、疑わしい目で先輩たちは見てきた。――視線が痛い。


「それを食べたら、これ飲んで寝ろ。見張るからな」


 さっきのプラスチックのケースから何粒かの錠剤を取り出して、ズイッと私の前に出してきた。薬……?


「東雲さん? それ、何の薬かしら?」

「姉特製の栄養剤だが?」


 ……効きそう。あのお姉さん特製っていうところでもう効きそう。東海林先輩は訝し気にその薬を見ていたけど。色が危ない色してますもんね。紫っぽくて毒々しい色だ。


 葉月も飲んでいたの、これなのかな……?


「とにかく少しでも休め。これには少し眠剤の成分も入っているから、少しは寝れるはずだ」


 ……寝たくない。

 だって、あの葉月の姿が出てくるんだよ。


「……夢も見ないから安心しろ」


 ボソッと呟いた一花ちゃんを思わず見てしまう。辛そうな表情に変わっていた。一花ちゃん、どうして知っているの……? 夢のことは誰にも言ってないのに。


 だけどここでそんなこと聞けなくて、大人しく一花ちゃんからその薬を受け取った。

 パンはやっぱり全部食べ切れなかったけど、それでも先輩たちが少し安心したように感じる。


 食べ終わって、一花ちゃんからもらった薬を流し込む。

 見張るって言っていたとおり、一花ちゃんは向かいのソファに座ってこっちの様子を伺っていた。……確かに眠くなってきたかも。


 先輩たちは午後の授業があるからか、生徒会室から出て行ってしまったよ。それを見送ってから、私も少しソファに横になる。一花ちゃんが、それはもう睨みつける感じで見てくるから逃げられない。


「……一花ちゃん」

「なんだ?」

「葉月のところ……行かなくていいの?」

「……あいつも今頃教室で寝ている」


 葉月が……?


 段々と瞼が重くなる。

 思考が働かない。


 どうして……葉月が……。



 意識が自然と遠くなった。



 夢を見ないと言っていた。


 だけど、やっぱり夢を見て、

 悲しくなって、

 怖くなって、


 気づくと、一花ちゃんが心配そうにこっちを見下ろしてきた。


「花音……お前……」


 だけど一花ちゃんはそれ以上何も言わなかった。私も言葉にしたくなくて、口を噤んでしまう。


 その日も寮に帰ってから葉月にぎゅっとしがみついた。少し寝たからかな。前みたいにこの温もりで安心できた気がする。


 大丈夫。

 私は大丈夫。


 だから葉月、



 いなくならないで。















「部屋ね、私、舞と替えてもらうよ。もう申請受理されてるから」



 だけど葉月は、私にそう告げた。


お読み下さり、ありがとうございます。

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