171話 狂ってる
前話の葉月視点です。
自害の現場を連想させる文章を使っております。ご注意ください。
15歳未満の方は読まないでください。苦手な方も無理に読まずに172話まで飛ばして頂きますようお願いいたします。172話の前書きに葉月の過去を簡単に入れさせていただきます。
『どうして………………手首に傷があるの…………?』
頭が冷えていく。
そう、
そういうことか。
見たんだね、花音。
ああ……。
だから最近変だったんだね。
失敗、したなぁ。
目を閉じる。
花音が息を呑んだのがわかった。
「はづ……き……?」
ゆっくり目を開けてカップを置いた。
空気が変わったのが分かる。
花音を見ると少し怯えた目でこっちを見てきた。
多分、今ものすごく冷たい顔になってるんだろうなぁ。
頬杖をついて、花音を見る。その動作だけでも花音は少し肩を震わせていた。
あ~あ……知らなくて良かったのに。
そのままでいてくれれば良かったんだよ?
今までみたいに踏み込んでこなければ良かったのに。
なんで知りたくなっちゃったかなぁ。
でも、いいよ。
仕方ないよね。
花音が知りたいって言ったんだから。
ニコッと笑みを作って、口を開いた。
「花音はさぁ……何でここに傷があると思う?」
「っ……は……づき……?」
「頭のいい花音は分かるんじゃないかなぁ?」
「っ…………」
花音が息を詰まらせて、こっちを見てくる。
私はニコニコしながら、花音を見る。
「本当は花音だって分かってるでしょ~? ほら、何でここに傷があると思う~? 答えて~?」
「っ……」
花音が口を震わせている。
あっれ~? おかしいな。答えてくれないと話が進まないよ?
「……答えなよぉ、花音? 知りたいんでしょ?」
そうなんだよね?
知りたくなったんでしょ?
ハァ、ハァ……と息をして、花音がやっと口を開いてくれた。
「…………し…………死のうと……した……?」
私はに~っこりと笑ってあげたよ。
それを見て、花音はビクッて体を震わせたけどさ。やっぱり花音は頭いいから、こんなのすぐ分かっちゃうよね~。
「大正解だよ、花音~」
「…………葉月」
「そうだよ~? これはね、自分でやった痕だね~」
「葉月っ……」
この手首のはね~。初めてやったときかな~。思ったより、傷が深かったんだよね~。ここだけはっきり残っちゃったんだよ~。
花音がはっきり怯えてる目で見てきたけど、知りたかったんだよね? でも、甘いね。
「ここだけじゃないよ?」
「え…………?」
「この首もね、やったことあるよ? 触ると分かるけどね。ちょっとボコッとしてるんだよ。触ってみる?」
「っ……」
「あ~そうだ……レイラがね~。なんで私をああいう風に言うかって、疑問に思ってるんだよね~? これが分かれば答えは簡単だよ」
「かん……たん……?」
そうだよ? 簡単だよ?
「私のその場面を見たことあるからだよ」
花音がヒュッと息を吸ったのがわかった。
怯えて、今にも泣きそうに、笑ってる私を見てくる。
「…………ん……で……」
ん?
「なん……で……?」
なんで?
そんなのさっきより簡単だよ、花音。
「狂ってるから」
花音がさっきより顔を青褪めさせて、息を止めた。
でも、そうなんだよ?
「発狂したんだよ、子供の頃にね」
目を見開いて、花音は見てくる。
そうだよね~。びっくりするよね~。
優しいと思っていたルームメイトが、実は精神が壊れてしまっていました~、なんてね~。
「最初は死にたくて確かに手首傷つけたよ? でも死ねなくてねぇ。みんなが私を助けるから。だから、おかしくなったんだろうね~。もう暴れまくってたらしいよ。止めようとしてくる人間を見境なく傷つけたって言ってたな~」
だから、
もう私は狂ってる。
おかしくなってる。
「9歳ぐらいからかなぁ……記憶は曖昧だけどね。それから3年間狂いっぱなしだったんだよ」
「っ…………」
「いっちゃんも家の人たちもね~。その頃の私を止めようと何度もしたみたいだよ?」
「…………」
「いっちゃんが過保護なのは、それを知ってるからかな~」
「…………」
ケタケタ笑いながら話しても、花音はもう反応しない。
でも事実なんだよ。
発狂した私は、止めてくる人間を傷つけた。
いっちゃんも先生も、
おじいちゃんもおばさんもお兄ちゃんもメイド長も、
邪魔をしてくる人間すべてを、ありとあらゆる手段を使って排除しようとしたらしい。
最初はナイフを取り上げられた。
次はカーテンを取り上げられた。
窓が防弾ガラスになった。
窓に格子がつけられた。
花瓶がなくなった。
みんなが私を死なせないために、全てを発狂してしまった私から取り上げ、部屋に閉じ込めた。
狂ってた時の自分はあまり覚えていない。
夢なのか現実なのかも分かってなかった。
自分でももう分からなくなっていた。
何を傷つけているのか、ほとんど記憶にはない。
自分なのか、違う誰かなのか、それすらも分からない。
ただ“死なないと”ということだけで、頭の中は埋め尽くされた。
スウッと目を閉じる。
そしてゆっくり開けていった。
ああ……だから知らない方が良かったのに。
目の前には体を震わせて下を俯いてる花音の姿。
そのままで……いてほしかったのに。
ゆっくり立ち上がって、花音の横に膝をついた。
花音がビクッと肩を跳ね上がらせる。
大丈夫。
大丈夫だよ。
そっと花音の頭を抱えるように抱き寄せた。
落ち着かせるように頭を撫でる。
「花音……ゆっくり……深呼吸して?」
「っ…………ふ……っ……」
いっちゃんもこうなった。
最初の頃は、こうだった。
よく過呼吸になって、上手く呼吸が出来なくて苦しそうにしていた。
「ゆっくり吸って、吐いて……」
「っ…………ハッ……ハアッ……ハアッ……」
「……そう、ゆっくり」
震えながら、花音が息を吸って吐いてを繰り返す。頭と背中をゆっくり撫でてあげる。いっちゃんにしてあげたように、ゆっくり繰り返す。
ギュッと震える手で、腕にしがみついてくる。
「……はづ……き……」
絞り出すように、腕の中の花音が震えた声を出した。
「葉月は…………まだ……死にたいの?」
死にたい……か。
私の中の欲は、どうやったら死ねるかのそれだけだ。
それを今は抑えて生きている。
「ねえ……葉月っ……」
ポンポンと花音の頭を撫でる。
「花音、大丈夫だよ」
「…………」
「大丈夫だから」
大丈夫。今はまだ抑えられる。
どうしても抑えきれなくなった時の、いっちゃんもいる。
「花音、大丈夫」
「はづ――」
「言ったでしょ……知らなくていい事だったんだよ」
花音。
知らないままでいたら良かったのにね。
こんなこと知らなくて大丈夫なのに。
「花音……いいんだよ」
キュッと力を込める。
「花音はね……こっちに来なくていいんだよ」
“こっち側”はね、狂った人しかきちゃいけないから。
「花音にはね、幸せな未来があるんだよ」
会長との未来があるから。
「大丈夫だよ、花音は幸せになれるからね」
私はもう望めない。
望まない。
「…………私の過去なんて考えないで?」
考えなくていいんだよ。
死にたがりの事なんて。
縛り付けるのは、いっちゃんだけにしたいから。
キュッとしがみつく手が強くなる。
下を見下ろすと、花音が見上げてきていた。
涙をポロポロ流して、苦しそうに辛そうにこっちを見てくる。
そんな泣かなくて大丈夫だよ。
涙を拭って、頭を撫でる。
「私は大丈夫だから……ね?」
そのまま花音の頭をそっと腕に閉じ込める。
花音が落ち着くまでそうしてあげた。
その日から、眠れる場所を失った。
レイラのいう“あんなことをする人間”というのは発狂した葉月のことを指しています。葉月のいう“頭おかしい”も“欲”も自分を助けようとする人間を見境なく傷つけ、悲しませることを理解しているけれど、それでも死のうとする発狂した自分のことを指しています。
決して、自殺を考えたことがある人たちのことを否定、そして指している言葉ではありません。
かといって、この作品は“自殺自体”を肯定・推奨する作品ではありません。ハッピーエンドできちんと終わります。
この作品のテーマは自殺ではなく、あくまで乙女ゲームのヒロインの花音がどういう心の変化をしていくか、そのヒロインに気づかないまま恋をしている葉月がどういう変化をしていくのか、またはしないのかを焦点に当てています。
何卒、誤解しないようお願いいたします。
物語として割り切っていただければと願っております。
これだけ引っ張って結果が死にたがり。何だと思う方もいるかもしれません。“死にたがり”の主人公の作品も多々あるのは承知しておりますが、やはり自殺を内容に入れていますので、慎重にならざるを得ません。申し訳ありませんが大袈裟に言うことをご承知いただきたいと思っております。命に関してはこの作品に限らず、やはり慎重に取り扱っていきたいなという個人的な考えがあるからです。
この物語は葉月が過去に発狂してしまった事実を元に構成しており、そういう過去があったよという認識でいただけたらと思う所存です。
この二人がこの先どういう物語を紡ぎ、どんなハッピーエンドを迎えるのか、最後まで見守っていただければ幸いです。
長くなってしまい、申し訳ありません。読んで下さり、誠にありがとうございました。




