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170話 踏み込んだ先に —花音Side※

もう予想できている方がほとんどだと思いますので、先に言わせていただきます。

自害の現場を連想させる文章を使っております。ご注意ください。

15歳未満の方は読まないでください。苦手な方も無理に読まずに172話まで飛ばして頂きますようお願いいたします。172話の前書きに葉月の過去を簡単に入れさせていただきます。


 

 いつものようにご飯を作って2人で食べる。


 だけど、葉月は心配そうに時々チラチラと見てきた。  「大丈夫だよ」って返しても、それでも不安そう。


 ごめんね、緊張してるの。

 今から葉月に聞こうと思ってるから。

 あの日見たこと、それから今まで疑問に思っていたこと。


 食事が終わって洗い物も済ませた。いつもみたいに葉月の好きなハーブティーを淹れて渡すと、あの安心した顔で飲み始める。


 自分も向かい側でそのハーブティーに口をつけた。

 さっきから喉がカラカラだったから。


 どう、切り出そうか。

 だけど聞くって決めたから。


 静かに深呼吸した。カップをゆっくり置いて向かいの葉月を見ると、葉月も目を丸くしながら私を見てくる。


「葉月……」

「ん~?」


 緊張で、さっき潤したはずなのに声が擦れて出てきた。


 だけど、踏み込まなきゃ何も分からない。このままズルズルいくと、東海林先輩の言ったとおりに、私はずっと不安なまま。


 まっすぐ葉月を見ると、葉月は分からなそうにきょとんとしているように見てくる。


 また小さく息を吸った。


「……私ね、いいと思ってたの」


 声が震える。

 だけど、止めない。


「いいと思ってたの。知らなくていいってそう思ってた」

「花音?」


 それでいいって本当に思ってたの。これは本当だよ?


「私は今の葉月しか知らなくて、どんな過去があるのかも知らない。でも、今ここにいる葉月を知っていれば、それでいいと思ってた」


 過去と言ったら、葉月の目が段々大きく開かれていく。


鴻城(こうじょう)のお家のこととか、今は飲んでないみたいだけど、毎晩何を飲んでいたのかとか、一花ちゃんがどうしてこんなに葉月に過保護なのかとか、レイラちゃんの事もそう。葉月も知ってほしくなかったみたいだから、それでいいと思ってたの」


 そうだよね。

 まさか聞いてくるなんて思ってなかったんだよね。

 葉月は茫然としたような表情で私を見てくる。


 でもね……。


「でもね……知りたいよ……葉月のこと」


 はっきりと言葉にした。それでも葉月は瞬きをしないで私を見てくる。


「……花音が……知らなくていいことだよ……?」


 そうだよね。知ってほしくないんだよね。

 だけど。


「それでも……知りたいと思ったの……」


 葉月に何があったのかを、ちゃんと知りたいの。

 そして安心したい。


 葉月、お願い。


「ねえ……葉月……」


 私の想像どおりの答えじゃないことを、どうか話して?


 今、一番知りたいのは、本当はそれだから。


 ギュッと膝の上に置いた手を握る。

 ドクンドクンと心臓が脈を打っている。


 けれど、ちゃんと聞きたいから顔を上げた。

 自分の声が震えているのがわかった。





「どうして………………手首に傷があるの…………?」





 怪我をしたことがある。

 たまたまそこを傷つけた。

 そういう答えが聞きたかった。


 そうであってほしいと、


 願っていた。



 だけど、私がそれを聞いた瞬間、



 空気が変わる。


 背筋が無意識に震える。




 葉月の様子が変わったから。




 何も言わないで、ゆっくりとさっきまで大きく開いていた眼を閉じたから。


 纏う空気が、冷たいものに変わったのがハッキリわかった。


 思わず息を呑んだ。



「はづ……き……?」



 葉月はゆっくり眼を開けて、持っていたカップを置いていた。私の方を見てきた。


 だけど、それは今まで見たことない冷たい目で。


 思わず怯んでしまうくらい、冷たい眼差しで。



 瞳の奥が、暗く沈んでいるのが分かる。



 頬杖をついて、ジッとこっちを見てくる。思わず肩が震えてしまう。


 こんな目で見てくることなかった。

 こんな冷たい目で見てくることなかった。


 いつも笑顔だった。

 安心させてくれる笑顔だった。



 けれど、知らない葉月がそこにいる。



 葉月……だよね? そうだよね……?

 疑ってしまうほど、今の葉月は別人に見える。


 その葉月はにっこりと笑顔を作ってくる。その笑顔に温かさは感じられない。


「……花音はさぁ……何でここに傷があると思う?」


 ゆっくりと話すその声に、また寒さを感じる。底冷えを感じるその声が、ひどく私を凍えさせる。面白そうにリストバンドがついている手首を振っていた。


「っ……は……づき……?」


 違う人に見える。本当に葉月なのかと思ってしまう。

 笑っているのに、全く笑っていない葉月がニコニコしながら見てくる。


「頭のいい花音は分かるんじゃないかなぁ?」

「っ……」


 言葉が詰まる。


 出てこない。


 だって、そう聞いてくるってことは、



 そんなまさか。



「本当は花音だって分かってるでしょ~? ほら、何でここに傷があると思う~? 答えて~?」

「っ……」


 まるで早く当ててよ~と言わんばかりに、葉月は笑って答えを促してくる。


 震えが止まらない。


 今の葉月に、さらに体が震えだす。



 そして、私が思い浮かんだその答えに。



「……答えなよぉ、花音? 知りたいんでしょ?」



 知りたかった。


 違う、そう思いたかったの。


 違うという答えを期待していたの。



 息が苦しい。

 だけど葉月は早く答えろという顔でじっと見てくる。

 あの冷たい眼差しを向けながら、私の答えをじっと待っている。


 酸素が欲しくて、息を吸う。だけどうまく入ってこない。


 でも待って……まだ違うかもしれない……こうやって聞いてくるってことは、違う答えなのかもしれない。







「……し……死のうと……した…………?」







 思い浮かんだ私の答えがそれだった。



 だから違うって言って?

 ハズレだよって。

 死のうとしたわけじゃないって。



 葉月は満足したかのように、またにっこりと笑みを浮かべた。思わずビクッて体が跳ねる。


 それは……どっち?

 違う?


 それとも……。





「大正解だよ、花音~」





 楽しそうに笑う葉月に、息が詰まる。

 

 思考が、止まる。



 正解……? じゃあ……本当、に……?



「…………葉月」



 信じたくない。

 死のうとしたことがあるなんて。

 死にたいって思ったの?

 どうして?


 グルグルと頭の中をそんな当たり前の疑問が過っていく。バクバクと嫌な感じで心臓が騒がしい。


 目の前の葉月は楽しそうにリストバンドを外しだした。明るいからはっきりと視界に入る。


 見てと言わんばかりに、その傷痕を見せてくる。

 大きい手首の傷痕を見せてくる。


「そうだよ~? これはね、自分でやった痕だね~」


 やめて……?

 どうして楽しそうなの?


 「葉月っ」と楽しそうな葉月に呼び掛けるけど、葉月はそんなの聞いていなくて、「思ったよりこれ深かったな~」と、呑気に思い出しているように思えた。自分を傷つけた痕なのに、面白そうにそれを見ている。面白い事でもなんでもないのに。


 ふふって笑って、またこっちに視線を合わせてきた。


「ここだけじゃないよ?」

「え…………?」


 ここだけじゃ……ない? どういう、こと?


 思考が回らなくて、考えることなんて出来ない。

 ゆっくり葉月の手が自分の首を指していた。


 なんで……そこを?



「この首もね、やったことあるよ? 触ると分かるけどね。ちょっとボコッとしてるんだよ。触ってみる?」



 それは、どういう意味……?


 死のうと、しようとしたのは……1回だけじゃ……ない?


 予想外のことを言いだして、もっと混乱してくる。


「あ~そうだ……レイラがね~。なんで私をああいう風に言うかって疑問に思ってるんだよね~? これが分かれば答えは簡単だよ」


 かん、たん……?


 どうして…………まさ、か。






「私のその場面を見たことあるからだよ」





 ヒュっと思わず空気を飲み込んだ。


 自分の血の気が引いていく。



 レイラちゃんは言っていた。


 よく言っていた。



 おかしいと、


 “あんなことをする人間”と、葉月を非難していた。




 それはレイラちゃんが、葉月が死のうとしたところを見たから?




 つい、その場面を想像してしまって、気持ちが悪くなってくる。


 息が、し辛い。


 何度も、何度も死のうとしたの……?

 そんなに死のうとしたの?

 そんなに追いつめられることが、あったの?




 なのにどうして、そんなに笑っているの?




「……ん……で……」


 擦れた声が自分の口から出てきた。

 その疑問は、さっきからずっと頭の中を駆け巡っている。


「なん……で……?」


 驚いてるのか、葉月が一瞬目を丸くさせたように感じる。


 光のない暗く淀んでいる瞳を向けてきて、だけど口元は笑みを浮かべていた。






「狂ってるから」






 …………狂って……る……?



「発狂したんだよ、子供の頃にね」



 発狂……?


「最初は死にたくて確かに手首傷つけたよ? でも死ねなくてねぇ。みんなが私を助けるから。だから、おかしくなったんだろうね~。もう暴れまくってたらしいよ。止めようとしてくる人間を見境なく傷つけたって言ってたな~」


 当たり前かのように、面白そうに、冷たい声でそう言う葉月に、息が止まる。さらに血の気が引いていくのがわかった。


 弾ませた声で言う葉月の目が全く笑っていないから。


 そのギャップが、酷くアンバランスで、恐怖が体を駆け巡る。


 何も言えなくなった私をよそに、葉月は先ほどおいたカップの縁を指でなぞっていた。



「9歳ぐらいからかなぁ……記憶は曖昧だけどね。それから3年間狂いっぱなしだったんだよ」



 9歳……? 3年間、狂いっぱなし……? 記憶が曖昧?

 9歳って、まだ子供だよ……? その時から、死のうとしていた……?


「いっちゃんも家の人たちもね~。止めようと何度もしたみたいだよ?」


 そんなの当たり前だ。


 大事な友人が、

 大事な姪が、

 大事な従妹が、

 大事な孫が、


 死を選ぼうとしているなんて見過ごせない。



「いっちゃんが過保護なのは、それを知ってるからかな~」



 一花、ちゃん。


 一花ちゃんが、過保護なのは――



 また、死のうとするかもしれない、から……?



 そう自分で考え付いたことに、ゾワっとさらに恐怖が走る。

 ドクンドクンと心臓が鼓動を叩く音が聞こえる。


 一花ちゃんは、葉月のストッパー。

 だけど、それは何のストッパー?


 何を止めるの?



 まさか、ずっと葉月が死のうとしているのを止めているの?



 それだと……じゃあ……今、も……?



 嫌な考えが過っていく。


 全く笑っていない目で、だけどケタケタと笑いながら話す葉月を見ていられなくて、下を俯いてしまう。膝の上に置いた手が視界に入った。震えている。寒いから……? さっきから、ずっとこの震えは止まっていない。



 頭の中も、心の中も、今はぐちゃぐちゃと掻き乱れてる。



 狂ってた。

 発狂した。

 記憶が曖昧。

 何度も死のうとしている。


 色んな事実に押し潰されそう。


 カタッという音が聞こえて、反射的に肩がビクッと動いた。

 だけど顔を上げられない。きっと、あの冷たい目をしている。今、あの目を見たくない。


 ギュッと震える手を握りしめる。

 横に葉月がいる気配を感じた。


 だけど、恐怖が勝ってしまう。


 初めてだ。

 葉月が怖い、だなんて。

 今まで、怖いと思ったこと、なかったのに。


 そんな自分が嫌で嫌で仕方なくなる。


 自分から踏み込んだくせに。


 知りたいって思ったのは、自分なのに。



 目を強く閉じたら、そっと頭を抱えられるように葉月が自分の腕の中に抱き寄せてくれた。



 いきなりのことで、閉じてた目を開けてしまう。


 なん……で……?


 ゆっくり葉月の手が頭を撫でてくる。


 その手はいつもの葉月の手。

 優しくて暖かい葉月の手。


 その暖かさに自然と涙が込み上げてきた。


「花音……ゆっくり……深呼吸して?」


 さっきとは違う、優しい声だった。

 そこで初めて気づいた。

 ずっと息を止めてたことに。


「っ……ふ……っ……」


 意識しだしたら、一気に苦しくなってきた。息の仕方を忘れたかのように、吸うのも吐くのも難しく感じる。ギュッと抱きしめてくれる葉月の腕を、震える手で掴んでしまった。


「ゆっくり吸って、吐いて」

「っ……ハッ……ハアッ……ハアッ……」

「……そう、ゆっくり」


 葉月の手が頭と背中を撫でてくれる。

 言われた通りに息を吸って、吐いていく。

 その暖かさで、段々息が出来るようになってきた。しがみつくように、その腕を掴んでギュッとする。


 さっきまでのが幻かと思うほどに、葉月の手も声も温かい。


 ちゃんとここにいるのに。

 ちゃんと暖かさを感じられるのに。


「……はづ……き……」


 やっと声が出るようになって葉月の名前を呼ぶ。

 いないんじゃないかと思ってしまう。


 ねえ、葉月……。



「葉月は……まだ……死にたいの?」



 まだ死のうとしているの?

 違うよね?

 そんなことないよね?


 葉月は答えない。

 背中を黙って撫でてくる。


「ねえ……葉月っ……」


 どうして黙っているの?

 もうそんなことないよって、言ってほしい。

 そんなこと考えてないよって。



 だけど、葉月は答えない。



 今度は頭をポンポンと撫でてくる。


「……花音、大丈夫だよ」


 何が?


「大丈夫だから」


 何が大丈夫なの……?


「花音、大丈夫」

「はづ――」

「言ったでしょ……知らなくていい事だったんだよ」


 それは、もう考えてないっていう意味?

 死ぬことは考えていないって意味?


「……花音……いいんだよ」


 キュッと力を込めて抱きしめてくる。

 その温もりが、どこか不安にさせてきた。


 何が、いいの……?


「花音はね……こっちに来なくていいんだよ」


 ……こっち? それはどういうこと?


「花音にはね、幸せな未来があるんだよ」


 葉月の未来は?


「大丈夫だよ……花音は幸せになれるからね」


 葉月の幸せは?



「…………私の過去なんて考えないで?」



 それは……まだ死にたいって思ってるの……?



 涙が零れる。


 その涙が葉月の服に沁み込んでいく。


 葉月。


 死にたいの?

 どうして幸せになれるって言うの?

 葉月のいない未来は幸せじゃないんだよ?


 どれも言葉に出てこない。代わりに涙が零れてくる。


 だって、



 葉月の声がどこか諦めているように感じて。



 ギュッとしがみついたまま、抱きしめてくれる葉月を見上げた。

 それに気づいたのか見下ろしてくる。


 さっきの冷たい目じゃなかった。


 優しくて、だけど切なげで、


 そして、諦めているようにも見えた。


 どうしてそんな顔してるの?

 どうして辛そうなの?


 だけど言葉が出てこない。

 ギュッと胸の奥が締め付けられて、

 涙が次から次へと流れていく。


 その涙を、葉月は指で拭って、また頭を撫でてくれた。



「私は大丈夫だから……ね?」



 信じていいの?


 その大丈夫を私は信じていいの?



 涙を流し続ける私を、葉月はまた腕の中に閉じ込めてきた。

 その温もりをちゃんと感じたくて、私も抱きしめ返す。




 泣きつかれて眠るまで、葉月はずっと抱きしめてくれた。





























 その日以降、葉月の寝顔を見ることはなくなった。



 レイラのいう“あんなことをする人間”というのは発狂した葉月のことを指しています。葉月のいう“頭おかしい”も“欲”も自分を助けようとする人間を見境なく傷つけ、悲しませることを理解しているけれど、それでも死のうとする発狂した自分のことを指しています。

 決して、自殺を考えたことがある人たちのことを否定、そして指している言葉ではありません。

 かといって、この作品は“自殺自体”を肯定・推奨する作品ではありません。ハッピーエンドできちんと終わります。

 この作品のテーマは自殺ではなく、あくまで乙女ゲームのヒロインの花音がどういう心の変化をしていくか、そのヒロインに気づかないまま恋をしている葉月がどういう変化をしていくのか、またはしないのかを焦点に当てています。

 何卒、誤解しないようお願いいたします。

 物語として割り切っていただければと願っております。


 これだけ引っ張って結果が死にたがり。何だと思う方もいるかもしれません。“死にたがり”の主人公の作品も多々あるのは承知しておりますが、やはり自殺を内容に入れていますので、慎重にならざるを得ません。申し訳ありませんが大袈裟に言うことをご承知いただきたいと思っております。命に関してはこの作品に限らず、やはり慎重に取り扱っていきたいなという個人的な考えがあるからです。

 この物語は葉月が過去に発狂してしまった事実を元に構成しており、そういう過去があったよという認識でいただけたらと思う所存です。


 この二人がこの先どういう物語を紡ぎ、どんなハッピーエンドを迎えるのか、最後まで見守っていただければ幸いです。


 長くなってしまい、申し訳ありません。読んで下さり、誠にありがとうございました。(次話の後書きにも、この話を読んでいない方の為に同じ文章を入れさせていただきます)

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