169話 変化
幸せってね。
すぐに消えるものなんだよ。
他の人は続くかもしれないけどね。
でも消えるものなんだよ。
私はそれを知ってるんだ。
「ねぇ……いっちゃん」
「なんだ?」
「おかしいんだよ……」
「何がだ?」
「…………」
「言わなきゃ分からん」
「花音が……おかしいんだよ……」
「花音が?」
花音の様子がおかしくなった。
前に会長に恋した時とは違う。
何度も私を見てくる。
心配そうに私を見てくる。
入院してた時とも違う。
より深く心配してるような感じで見てくる。
だけど、その目がなんだかいっちゃんに似ていて。
中等部の寮に入ったばかりの、いっちゃんに似ていて。
時々考え込んで、私を見てきて、何か言おうとして、何でもないと言う。
「な~に?」ってこっちから聞いてもただ首を振るばかり。
「どうおかしいんだ?」
中庭で、いっちゃんは食堂で買ってきたパンを食べている。私は花音のお弁当のおかずを口に入れる。いつもと同じ。でもどこか違う感じもする。
「……なんかおかしいんだよ」
「だから、どうおかしいのかを聞いているんだが?」
「……聞いても答えてくれないんだよ」
「何かやったのか?」
「花音にはやらないよ……」
「おい、待て。それはどういう意味だ?」
いっちゃんや舞、レイラや他の学園生には悪戯するけど、花音にはやらないよ。無言で玉ねぎ出てくるもん。
問い詰めるのを止めたいっちゃんが肩を竦めた。
「しばらくは何も起こらないはずだがな。次のイベントはクリスマスのパーティーだし」
「そうなの?」
「ああ。会長と踊るはずだ」
へ~。そういえば、クリスマスは学園でダンスパーティーがあるはずだ。全学年参加の大型行事。中等部にはなくて、高等部だけのイベントなんだよね~。確かに乙女ゲームのイベントには打ってつけかな。今は11月半ば。あと1か月ぐらいか。
もしかして、会長と何かあったとかかな~。でもそれだと、あの心配そうな顔はしっくりこないし。何を心配しているのか分かんないんだよね。
怪我も治ってるし。まだ未だに甘えてくるけども。それも何だか違う感じだし……どう違うかって言われると説明できないんだよね~……あ~モヤモヤする。
「葉月、お前大丈夫か? ちゃんと寝てるんだよな?」
「ん? ん~、それはね~寝てるんだけども……」
花音もハグはしてくれるし。
ハグ……。
そういえばハグも違う感じがするような。
しがみつくような……そんな感じで抱きしめてくる。
前は宥める感じで背中を撫でてきたのに。
ガッといっちゃんの手が頭を掴んできた。そして無理やり顔を向かされた。え、ん? 何、いっちゃん?
「いっちゃん?」
「……お前……またストレス溜まってるか?」
……それは溜まってないとは言えないけども。でも抑えられないほどじゃないんだよね。ちょっとした悪戯とかで発散はしてるから。
いっちゃんがジッと見てくる。確かめるように、探るように。いつもの確認の目だ。
しばらく見てからフウと息をついて、頭から手を離してくれた。
「確かに……キてる感じはないな……」
「ん~……この前大分はっちゃけたからね~」
「それもそうだな」
この前のお兄さんで、思わず結構スッキリしちゃったからな~。
いっちゃんはしばらく目を瞑って、何か考え始めてしまった。
「いっちゃん?」
「……花音のことはあたしも気に掛けることにする。何かあったらすぐに言え」
いっちゃんがそう言ってくれたことに、何だかホッとした。花音に何かあったなら、頼れるのはいっちゃんだ。
思い当たるのは、やっぱりこの前の怪我のことぐらいしかなくて。もし、そのことを思い出して怖くなってるなら、先生に連絡してもらわなければいけない。
だけど、もう怪我も治ってしばらく経つのに、何で思い出したのかが分からなくて。
モヤモヤしたまま教室に戻っていった。
□ □ □
その後も花音は変わらなかった。
やっぱり何か言おうとして口を噤む。視線を泳がせて、迷っているようにも見えた。
私もどうしたらいいか分からないよ。
とりあえず頭を撫でてあげると、ギュッとしがみついてくる。
何も言えず、ただポンポンと頭を撫でることしかできない日が続いたけど、
その日はまた様子が違かった。
カチャッとドアが開いて、花音が帰ってきた。
「おかえり~花音~」
「……ただいま、葉月。今ご飯作るね」
何か元気ない? 何かあった?
花音がご飯作ってくれて、2人で食べる。いつも通りの光景だ。
だけど、やっぱり元気なくて。
「花音、何かあった~?」
「……ううん。何もないよ」
苦笑して首を振る。
チラチラ見ながらご飯を食べてると、花音が「大丈夫だよ」って困った感じで笑っている。
本当に……どうしたんだろ……。
食べ終わって、花音がいつも通りお茶を淹れてくれる。一口飲んでホッとしながら、ふと違和感に気づいた。
あれ、花音が引っついてこないな?
チラッと見ると、向かいでお茶を飲んでいる。
甘えてくるのは、もう終わりにしたってことかな? もう……大丈夫ってこと……?
首を傾げていると、花音がゆっくりカップを置いた。
「葉月……」
「ん~?」
声がどこか緊張しているように感じた。何で?
まっすぐ私を見てきて、その目が今まで見たことないくらい真剣で、思わずきょとんとしてしまう。
……何?
「……私ね、いいと思ってたの」
花音が緊張した声で話し始める。
「いいと思ってたの。知らなくていいってそう思ってた」
「花音?」
何……? 知らなくていい?
「私は今の葉月しか知らなくて、どんな過去があるのかも知らない。でも、今ここにいる葉月を知っていれば、それでいいと思ってた」
過去という言葉を聞いて、一瞬頭が白くなる。
なんで、
どうして?
「鴻城のお家のこととか、今は飲んでないみたいだけど、毎晩何を飲んでいたのかとか、一花ちゃんがどうしてこんなに葉月に過保護なのかとか、レイラちゃんの事もそう。葉月も知ってほしくなかったみたいだから、それでいいと思ってたの」
え、花音……? 薬知って……?
で、でも、
そうだよ?
知らなくていいんだよ?
だから……そのままでいいんだよ?
心臓がうるさい。ドクンドクンと脈を打っている。
花音が緊張した顔でこっちを見てくる。
「でもね……知りたいよ……葉月のこと」
今まで踏み込んでこなかったのに。
なんで、どうして……?
花音は踏み込んでこなかった。
何があったのかを踏み込んでこなかった。
「……花音が……知らなくていいことだよ……?」
「それでも……知りたいと思ったの」
まっすぐ花音は私を見てくる。辛そうに見てくる。
花音、
いいんだよ。
このままでいて?
知らないままでいて?
「ねえ……葉月……」
花音のちょっと震えている声が聞こえる。ギュッと手を膝の上で握っている。
そして少し悲しそうに、こっちをジッと見てきた。
それは何かを決意しているような顔にも見えて。
「どうして………………手首に傷があるの…………?」
花音が踏み込んできた瞬間、
頭が急速に冷えていった。
お読み下さり、ありがとうございます。
次話、注意書き入ります。申し訳ありませんが、後書きの方も長くなっております。




