167話 鈍感はタチが悪い? —花音Side※
「鈍感な人ってタチ悪いよね~」
お昼休み。
皆で教室でお弁当を食べていると、ナツキちゃんがそんなことを言いだした。いつもの紙パックのジュースを飲みながら、そんなことを言うものだから、皆で思わず注目してしまったよ。
ちなみに、最近はユカリちゃんがナツキちゃんにお弁当をあげている。舞は私が作ったお弁当食べているけど。葉月の分作るついでに、一花ちゃんと舞にも作るようになっちゃったんだよね。
「いきなりどうしました?」
「何々? なんかあったの?」
口の中にあったものを飲み込んでから、舞が乗り出すようにナツキちゃんに聞いていた。そのナツキちゃんはジュースを机に置きながら溜め息をついてる。
「いやさ~。部活の先輩ですっごい鈍い人がいてね。その先輩は男子なんだけど、その人を好きになった子がいてさ」
「おおっ! それでそれで?」
興味津々だね、舞。こういう話好きだものね。
「その子、明らかに好き好きアピールしてるんだけど、全くその先輩気づいてないんだよ!」
……何だろう。既視感があるんだけど。
「しかもさ、その気もないくせに優しくするんだよ? その子が重い荷物持ってると代わりに持ってあげたりとか、帰り遅くなったら送っていくとか、終いには頭を撫でたりとか」
あれ? 既視感が……。
誰かも頭を撫でてくれるような……。
「その先輩もその子に気があるんじゃないですか?」
「それがないんだよ! 気があるんだったらさ、デートにジャージで来たりしないでしょ! ジャージで来て、しかも買い物終わったら、すぐ帰ったらしいんだよね!」
その子を思ってか、ナツキちゃんが苛立たし気に飲み終わった紙パックを握りつぶしている。まだ残ってたのか少し中身が飛び出てきた。ユカリちゃんがそれを静かにハンカチで拭いていたけど、そのフォローが素晴らしい。思わず心の中で拍手を送ってしまった。いや、自然すぎて。
「その子がアピールしてるっていうけどさ、どういう風にアピールしてるわけ?」
あ、舞がさらに聞いている。
「周りから見ると明らかだよ? 先輩のことだけお世話してるんだもん。タオル渡したり、飲み物渡したり、それに試合前にお守り渡していたり。しかも皆の前でデート誘ってるし」
……お世話もアピールになることに驚きなのだけど。それを言われると、私の普段のお世話はアピールになってるってこと?
「でもその先輩は気づかないんですか? 気づいてるけど気づかないふりしてるとかは――」
「ないね! 他の先輩に聞いてるぐらいだもの。なんで俺にだけ優しいんだろう? ってね。そう言われた先輩は口を引き攣らせていたよ」
「気持ち分かるわ~」とナツキちゃんがうんうん頷いている。それを他人に聞くその先輩もどうなんだろう? そのことを自分で考えないのかな。
「見ていて可哀そうになってくるんだよ。ちょっとは気づけよって思うもん」
「それはもう告白しかないんじゃないの?」
「告白すら気づかなかったんだよ」
え、告白したのに気づかないの?
皆で首を傾げてると、「分かるわーそういう反応になるよね」とナツキちゃんがまた溜め息をついていた。
「ちゃんとその子、先輩に言ったんだよ。付き合ってくださいって」
「マジ!? それでそれで!?」
「いいよ、どこ行く? って」
全員が黙ってしまう。
え、そうなるの? そういう考えになるの?
「その子は諦めずにそのままデートにしてしまって、だけど相手の姿はジャージ姿でしたとさ」
そう繋がるの!?
「その子も、これ以上どうやったら伝わるのか分からないって言っててさ~……皆で諦めろってもう言ってるんだよね」
「それは……そうなりますね」
「好きだってデート中に言葉にもしたらしいよ? だけど違う解釈されて、俺もこのお菓子好き、みたいな返しをされたらしくて……」
「その子、なんでその先輩好きなのさ……」
さすがの舞もポカンとしている。そ、そうだね。その先輩、私でも鈍感だって思うかな。
「優しいからだってさ。だからタチ悪いよねって話。好意向けられてることに気づかないで、その子に優しくしてさ。気があるのかないのかも分かんないじゃん。気づいてたら付き合うにしろ付き合わないしろ、状況が変化するのに」
「確かにそうですね。その子は告白までしてくれてるわけですし」
「私、絶対相手が鈍感な人を好きになるのはやめようって思ったからね。だって何しても気づかないし、だけど優しくされるとか嫌だもん。その子が可哀そうで仕方ないよ。気づかれなくて傷ついてるもの」
……どうしよう。さっきから既視感が止まらないんだけども。思い当たる人物が1人いるんだけども。
あの、舞? こっちを見るの止めようね? それに舞の相手だって気づいてないよね? そうだよね? 気づいてたら、それこそ今状況変わってるよね? 人の事言えないからね。
ナツキちゃんのさらに疲れたような溜め息が響いて、お昼休みは終わりました。
□ □ □
そんなことがあってからの休日。いつものように葉月の腕に抱きついて肩に頭を乗せていた。
……もう習慣になってしまっている。でもこれが一番落ち着くんだよ。葉月は何も言わないで私がしたいようにさせてくれるし、しかももう慣れてしまって、片手で携帯のゲームをしているし。
「ねえ、花音~?」
「うん?」
「鈍感だとやっぱり傷つくのかな~?」
「えっ!?」
予想外のことを言われて思わず顔を見上げると、葉月は葉月でこっちを見下ろしていた。
ななななんで!? もしや葉月、やっと私がこうしていることの意味を気づい――
「舞にね~。ちょっとは気付けって言われたんだけど~。でも気づけないんだよね~」
「っ……そ、そうなんだ」
――てない。全く気づいてない。そして本人の口から気づけない発言。さらに鈍感ということも肯定している。
……舞、絶対この前のナツキちゃんの話を聞いてそう思ったんだ。それを葉月に言うとか……間違いなく、私のことを意識しろってことを言いたかったんだと思うけど。
ハアと息をついて、葉月の腕をまたギュッとした。思わず小声で「舞のバカ……」と呟いちゃったけど、葉月はもう興味ないのかゲームをしてる。
本当に、気づかないのかな。
これだけ甘えているのに。
しかもご飯も食べさせたりしているのに。
さらに毎日抱きしめているのに。
私がどうしてそういうことをするのか、本当に疑問にも思ってないの?
「ねぇ、葉月……」
「ん~?」
「その……本当に気づかない?」
微かな希望にかけて、ついまた聞いてみる。
「うん、無理~」
「む、無理なんだ……」
「そだね~」
そ、即答。気づく必要もないって感じ。
葉月はポチポチとゲームをやっている。
全く興味がありませんってことでしょうか? そして、どうしてうんうんと頷いてるの? 無理だから仕方ないとでも言いたいのでしょうか?
段々とモヤモヤしてくる。
どうして気づかないかな?
こっちは日毎に好きになっているのに。
何とか意識しないかなって思っているのに。
何かに気づいたのか、葉月が視線をこっちに向けようとした時にはもう遅い。
ゆっくり葉月をそのまま押し倒した。ニッコリ笑って葉月を見下ろすと、きょとんとした顔で見てくる。
「ねぇ葉月? 本当に、本当に気づかないの?」
目を丸くさせて、パチパチさせながら見上げてくる。今、押し倒されているって分かってる? 葉月の顔に近づきながら、しっかりその目を見てあげた。尚もパチパチさせている。
「あ、あの……花音? これは無理なものなんだよ……仕方ないことでね?」
「そっか……じゃあ、どうすればいいかな?」
どうして仕方ないことになるかな? ここまでしているのに疑問にも思わないのかな、私の行動に? そこまで私に興味ないのかな?
そっと片手を近くにある葉月の頬に触れさせた。その柔らかさがたまらない。
もうこのまま無理やりキスしてあげようか? そうしたらさすがに気づく? ナツキちゃんが言っていた先輩は、告白されても気づかないって言ってたしね。
その柔らかそうな唇にキスしたら、さすがの葉月も気づくでしょ? 私が葉月をそういう目で見ているって、意識しないわけにもいかないよね。
「お……教えてくれれば、さすがに私も気づくよ……?」
もうどうにでもなれっていう気持ちだったのに、下にいる葉月がそんなことを言いだして、思わず顔を近づけるのを止めちゃったよ。
気づくの?
ちゃんと告白したら気づいてくれる?
明らかに今の状態に困惑しているような葉月。きっと本心でそう言ってる。
そうだよね……いきなり押し倒されて、しかもルームメイトがキスをしようとしてる状況は困惑するよね。だけど……。
「はぁぁぁぁ……それって言わなきゃ気づかないってことだね……」
重い溜め息が出てしまうよ。
私が葉月のことを恋愛対象で好きだなんて思ってないよね、絶対。しかも今まさに、キスされようとしているだなんて気づいてないだろうし。
溜め息をついた私に、葉月は分からなそうに首を傾げながら見上げてくるし。
告白したら気づく、か。
「それに……」
ジッと葉月を見つめると、また分からなそうな顔をしている。全く私を意識していないその顔を見ると、さっきまでのモヤモヤが馬鹿みたいに思えてきて、思わず苦く笑ってしまった。
そのままギュッと葉月の頭を抱えるように抱きしめる。きっとこれも分かってないんだろうなぁ。
「まだ早いかなぁ……」
まだまだ私を意識していない。
私のことをそういう対象で考えていない。
やっぱり告白は少しでも葉月が恋に興味を持ってから。
私以外の人を選んでほしくないもの。
葉月の隣にいるのは私でありたい。
可能性を、捨てたくないんだよ。
抱きしめた葉月が戸惑っているのが分かる。葉月の手が躊躇いがちに私の背中に伸びてきたから。これは少しでも変だって思ってくれたかな?
しばらくしてから葉月を解放してあげた。やっぱり首を傾げながら私を見てくる。「早いって何が?」とまで聞いてきた。そんな葉月を見て笑ってしまったよ。
「お風呂準備してくるね」
分かっていない葉月の頭を撫でてから、バスルームに立った。少しは考えてほしいから。
そうやって少しでも考えて、私のことを意識してくれたらな。
なんて、
どうして、思っていられたんだろう。
いつかを、どうして期待していたんだろう。
その日もいつものように葉月にハグをしてあげる。
そうすれば葉月は眠くなるから。
そう、いつもと変わらない。
「おやすみ、葉月」
「ん~……おやすみ~花音」
眠くなった葉月をベッドに寝かせて、布団を掛けてあげる。
これもいつもと変わらない。
瞼を閉じて、可愛い寝顔を見せてくれる。
変わらない、幸せを感じる瞬間。
明日もこの可愛い寝顔を見られる。
そう信じて疑っていなかった。
その寝顔をしばらく見てから私も寝る。
習慣になっていたから。
暫く可愛いなぁと思いながら見ていたけど、さすがに自分も眠くなってきた。
自分も寝よう。そう思ってベッドから降りようとした時、葉月が寝返りを打った。
掛けた布団が捲れ上がって、左腕を布団の上に置いている。
仕方ないなぁと思ったの。
だから、また布団を掛け直してあげようと思ったの。
その腕を布団の中に戻してあげようとした時、葉月の左手首のリストバンドが目に入った。
本当にお守りなんだなぁ。寝る時もつけているなんて。
……あれ? ズレてる。
「え……?」
直してあげようと、その手首を触った時に、
違和感があった。
思わず、その手首を見てしまう。
いつもリストバンドで隠されている場所を、
見て、しまった。
「……はづ……き?」
声が、震える。
寝ている葉月。
可愛い寝顔の葉月。
どうして、
こんなところに……?
嫌な想像が駆け巡る。
最悪のことを思い浮かべてしまう。
…………違う。
そんなわけない。
手が震えていた。
その日、どうやって自分のベッドに戻ったのか覚えていない。
お読み下さり、ありがとうございます。




