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165話 そんなに酷い?  —花音Side※

 


「東海林、クリスマスパーティーに使う会場は決まっているのか?」

「候補はいくつかあるわよ? ただ、同時期に月宮学園の方でもパーティー行うらしくてね。向こうと被らないように連絡とってあるわ」

「一緒の日にならないようにしないとね。桜沢、そこの書類取ってくれない?」

「……」

「桜沢? おーい」

「へっ……? あっ! す、すいません! お茶ですね! 今淹れます!」

「違う違う。その書類だよ、書類。会場設置にかかる費用のリストの」

「えっ!? あっ……」


 月見里(やまなし)先輩に指さされたテーブルの上にある書類に視線を向けた。こ、これを取ってほしいって言ったのか。聞いてなかった。


 慌てて渡すと、先輩たちがじっと見つめてくる。し、失敗した。心配そうな顔をされている。


「どうしたの? 随分とボーっとしてるわね? もしかして文化祭の疲れが今出てきたとか?」

「い、いえ、違います。すいません」

「小鳥遊も退院してきたんだろう? 他に心配ごとでもあるのかい?」

「いえっ! 本当、何もありませんっ!」


 東海林先輩と月見里先輩の心配そうな目が居た堪れない。


 だけど、本当に何もないんです。

 ただ、葉月にあんなことしてしまったことに、勝手に自己嫌悪しているだけでして……。


 そう、あれから数日。

 一緒に寝た次の日の朝。起きたら葉月の鎖骨には、もうしっかりと私がしでかした痕が残っていて、見ていられなかった。


 葉月は一切それに気づいてなかったからいいんだけど……いや良くはないけど、鎖骨だから服ですぐ隠れちゃうんだよね。


 もう葉月が着替えるたびに、それが私の目には入ってくるんだけど、葉月は一切気づかない。助かるけど、助からない。


 自分の中にそういう欲求があったこともびっくりだけど、しかもそれを抑えられないとか。


 だけど葉月も悪いよ……と責任転嫁してしまう。


 いやだって、あんな無防備な可愛い寝顔とか……いえ、ごめんなさい、葉月は何も悪くないです。悪いのは、寝ているルームメイトを襲ってしまった私です。


 葉月を見るたびに、あの感触が蘇ってきて本当に困る。一緒に寝るのは危険。葉月が危険。私の理性が持たなくて危険。だから、あれ以来葉月と一緒には寝ていない。


 ただ退院してから寮に帰ると、葉月が笑顔で「おかえり~」って言ってくれるのは嬉しい。ここにいるんだってもっと実感したくて、つい甘えるように抱きついてる。だって、葉月の温かさを感じると安心するから。寝る前のハグももちろんしてるけど。


 そして葉月が私の気持ちに気づく気配が一向にない。

 慣れてしまったのか、抱きついてもよしよしと頭を撫でてくるし、寝る前のハグも慣れてしまってるし。どうして抱きついてるのかとか考える気配もない。


 それは溜め息も出るよ。だけど葉月。普通は友達同士でも毎日あんなべったりしないと思うの。甘えたりしないと思うの。舞だってあそこまでやらないでしょ? 何で疑問にも思わないのかな。


 前から思ってはいたけど、鈍感すぎる。玉ねぎ出そうとする時は、いち早く察知するのに。


「悩み事があるなら聞くわよ?」


 東海林先輩の声でハッと我に返った。また葉月のこと考えてて、思考が飛んでいた。先輩たちも何かあったのかと心配そうな顔をしている。ごめんなさい。


「本当に大丈夫なんです。すいません、心配かけてしまって」

「そう? 小鳥遊さんが元気になって、また何か困らせることをしているのかと思ったんだけど」

「大丈夫ですよ。退院してからは、そこまで悪戯しなくなりましたし。……一花ちゃんには怒られていますけど」


 そう。葉月は退院してから大人しい――と思う。まあ、一花ちゃんのコップに生卵入れたり、舞のおかずに激辛ソース入れたりとかはやっているけど、その程度。レイラちゃんには飛び蹴りしてたな、昨日。


「大怪我して、少しは反省したのかしら?」

「はは、そうだといいけどね」


 思わず苦笑い、という感じで月見里先輩が東海林先輩に返していた。月見里先輩、絶対反省してないと思っていそう。


「反省してくれるなら、それに越したことはないわね。でも、困ったことが起きたらちゃんと言いなさい」

「はい。ありがとうございます、東海林先輩」


 ポンポンと私の頭に手を置いてくれる東海林先輩。本当、優しくて頼りになる先輩。皆が憧れるのも分かる。


 その東海林先輩は、書類を取って席を立った。


「先生に月宮学園から返答あったのか聞いてくるわ。そのまま私は教室に戻るから、後は放課後に」

「ああ、じゃあ僕も行くよ。このリストに不備がないか確認したいから」


 月見里先輩も席を立って、2人して職員室の方に行ってしまった。隣にいた会長が、そんな2人から私に視線を向けてくる。


「お前、まだ昼ご飯食べてないだろう? 食べていいぞ」

「え? ああ……そうですね」


 そういえばまだ食べてなかった。先に書類に目を通そうと思ったんだけど、途中から葉月のこと考えてしまったから。


 目の前の書類を片付けて、お弁当の蓋をパカっと取る。水筒もテーブルに置いていたら視線を感じた。会長? どうしたんですか?


「相変わらず旨そうだな」


 そういえば会長もまだ食べてないのでは?


「会長も食べますか?」

「いいのか?」

「いいですよ。クラスの子たちにあげる用で、いつも多めに入れてきてますから」


 戻ったらナツキちゃんにあげようとかなと思ってたし。まあいいか。ナツキちゃんももう食べ終わってるでしょう。


 箸を取り出して卵焼きを掴む。今日は甘さを控えめにしたんだけど、葉月の口に合ったかな?


 そんなことを考えながら、その卵焼きを会長に向けた。あれ、口開けてない?


「はい、どうぞ?」

「いや……桜沢。自分で食べれるんだが?」

「えっ? あ……そ、そうですよね。すいません。つい癖で……」


 ……そうだった。入院中は葉月にいつも食べさせてたから、つい食べさせるのが普通になっちゃってた。会長にそれをやってしまうとは。慣れって怖いな。確か紙のお皿もバッグに入れてたはずだし、それを出そう。


 紙皿を出そうとしたところで、箸を持っている手首を掴まれる。はい? と思ったのも束の間。会長が卵焼きを口に入れて掴んだ手を離した。あっという間の出来事でポカンとしちゃったよ。無理しなくていいのに。


「えっと……会長?」


 恥ずかしそうに会長は口をモグモグさせている。そ、そうだよね。恥ずかしいかもね、食べさせてもらうの。葉月に普通にやってたから、考えることなかったけど。


「……旨い」

「それなら……よかったです……」


 口に合ったなら良かったけど、会長が無理しているのが分かる。耳が赤いもの。


 思わず苦笑して、他のおかずをバッグから取り出した紙のお皿に乗せていった。割り箸も一緒にそのお皿を会長に差し出すと、目を丸くしている。


「すいません、会長。不慣れな事させてしまって。こちらをどうぞ?」

「……悪いな」


 私からお皿を受け取って食べ始めた。お腹空いてたのかな? 食べるスピードが速いような。まあいいか。私も食べてしまわなくちゃね。まだ確認したい書類あるし。


 そうだ、今日の夕飯どうしようか? 最近は葉月の好物しか作ってなかったなぁ。寒くもなってきたし、鍋もいいかもね。


「……婚約、無しになった」

「え?」


 夕飯の事を考えながら食べていると、会長がポツリと呟いてきたから、思わず聞き返しちゃった。婚約……あの宝月(ほうづき)さんとのことかな?


「ニュース見たか? 政治家の不正の」

「ああ……確か、今騒がれている……」


 レイラちゃんがすっかり落ち込んじゃったから。それにしてもまだ騒がれているよね。奥さんのことも取り上げられているし、あんな報道してたら、余計彼女の肩身が狭くなっちゃうと思うよ。


「あの時に母が連れていたのが、その政治家の娘だったらしい」

「そうですか」


 ……知っています、とは言いにくい雰囲気になっちゃったな。でもそっか。あんなに騒がれちゃうと婚約もなしになるよね。


 彼女には悪いけど、会長も良かったんじゃないかな。あの時の会長、勝手に婚約を決められて悔しそうだったし。


「……お前のおかげかもな」

「え?」

「あれ以来、母は大人しくなった……まぁ、なぜかメイドを見ると怯える姿も見るようにはなったが」


 メイドさんに怯える? メイドと聞くとメイド長さんしか思い浮かばない。だけど会長? 私は何もしていないと思うんですが。


 その会長はどこかスッキリした顔をしていて、とてもそんなことを言える雰囲気じゃない。逆にお母様を貶してしまったから申し訳ないと、あの後、反省したんだけど。


「でもおかげで気づけたな……」

「……何をです?」

「俺はあの人の操り人形だったってことだ」


 確かに、お母様の会長に対する言動はそうだった。だから私もつい文句を言いたくなったし。会長自身はそう思ってなかったのかな?


「ずっと、俺はあの人の言う事を聞いてきた。あの人の望むままに振る舞っていた。子供の頃からずっとな」


 それが普通になってたんだ。お母様の言うとおりにするのが普通だって。


「なのに、お前、あの時に母を全否定しただろ。あそこまで、あの母に歯向かう人間がいるなんて思わなかった」

「あ、あれは……すいません。さすがに言い過ぎたと思っています」

「いや、いい。お前が正しかったんだ。それにちょっとスッキリした。お前が言ったことは俺がずっと思ってたことだったからな」

「そうですか……」


 疑問には思ってたけど、お母様を思って何も言ってこなかったのかな、会長は。優しい人だものね。


 だけど、少しでもお母様のしがらみから解放されたなら良かった。私は文句しか言ってないけど。


 会長の晴れやかな顔を見て少し嬉しくなってたら、その会長が私の頭に手をポンと置いてくる。どうしたんだろう?


「礼を言う……桜沢……」


 会長の方を見ると、今まで見たことない爽やかな笑みを浮かべていた。


 思わずポカンとしてしまった。

 こんな風に笑えるんだ。

 うん、いつもの作り笑いより断然いいと思います。こっちまで嬉しくなる笑顔だもの。


「会長が素直にお礼言うなんて思いませんでしたよ……」

「ふん、俺だって言う時はちゃんと言う。だけど、お前はあれだな。怒るときは人が変わりすぎるな。別人かと思ったぞ」

「そ、そんなに怖かったですかね?」

「ああ、笑えるくらいにな」

「……会長のために怒ったんですけど?」


 途中、葉月のことも物扱いしている時があって、それに対して怒ってたのもあるけど、でも会長のことを思って怒ってたのも本当ですよ?


 会長はその時のことを思い出したのか、「あの時のお前の顔と言ったら」と笑っていた。


 酷いなぁ。そんな風に笑う事ないと思うけど。そこまで酷い顔してたのかな? だけど会長が楽しそうだから、私も思わず釣られて笑ってしまった。


 会長はその後も思い出したら笑っていた。放課後になっても私を見る度に顔を横に逸らして、手で顔を覆って震えているし。


 さすがに酷いですよ。というか、もうそれは思い出さないでください。ほら、他の先輩たちも不思議がってるんですから。



 さすがに笑われすぎて最後には落ち込んじゃったから、寮に帰ってから葉月に甘えてしまった。


 お風呂から上がってからずっと腕にしがみついていたら、ポンポンとまた優しい手つきで撫でてくれる。会長にこの葉月の優しさを分けてあげたいって思っちゃったよ。


「ねえ、葉月……」

「んー?」

「私、怒るとそんなに酷い顔になってる?」

「……そ……んなことはないけどー?」


 何で言葉を詰まらせているのかな? そしてどうして視線を逸らすのかな?


「ちょっとこっち向こうか、葉月」

「かかか花音? 花音は怒っても可愛いよ? 本当だよ?」


 明らかに嘘だよね?

 ズイっと顔を近づけると、葉月は狼狽える。なんて分かりやすい。


「今も、酷い顔だと思ってる?」

「ちちち違うよ、花音?! ただちょっと……ちょ~っと温度が低くなるだけだよ!?」


 狼狽える葉月が可愛い。


 だけど温度が低くなる? そうかな? まあ、今は怒ってるわけでもないしね。でも人が怒ると、温度って低くなるものだった?


 疑問に思いつつも狼狽える葉月が可愛いから、しばらくジッと見てあげてると、「花音は怒っても可愛いよ! その可愛さは世界一だよ!」と、見るからにお世辞を並べておだててきた。


 お世辞とはいえ、何度も葉月に可愛いって言われると私の方がダウンだよ。


 どんどん恥ずかしくなってきて、また葉月の腕に顔をギュッと押し付けた。


 ズルい。本当にズルい。しかもまた優しく撫でてくるのがズルい。


 その優しい手が、

 狼狽える姿が、


 暖かさが、



 ずっと消えないと信じていた。


お読み下さり、ありがとうございます。

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