161話 退院
「それじゃあ、葉月ちゃん。今度からは約束した日に、ちゃんと来てくれたら嬉しいな」
「そだね、先生。気が向いたらね」
「アハハ。うん。全く来る気がないね」
「兄さん! だから笑う事じゃないだろ!」
「まあ、一花。君がいるんだから、今度からは君に頼もうか」
「いっちゃん! 裏切りは許さないよ!」
「やかましいわ! ちゃんとくればいいだけの話だ!」
「やだ」
「即答するな!?」
先生は最後には苦笑してたよ。
実は今日退院です。
花音は寮でご飯作ってくれてるのだ。私の好きなオムライスとシチューと他にもいっぱい作ってくれてるはず。
先生と看護師さんに見送られて、私といっちゃんは寮にさっさと退散した。
だってやっと解放されたんだもん! あのおいしくないご飯から!
「ねえ、いっちゃん。花音、オムライス作ってくれてるんだよね?」
「ん? ああ、そのはずだ」
「シチューもだよね?」
「ああ、そのはずだ」
「ふっふ~ん♪ 早く食べたいね~♪」
「はぁ……食べたいのはわかったから、車の中で足をバタバタさせるな」
「は~い♪」
寮に着いて、車から降りた。寮の建物を見てみると、なんだか懐かしい気分になったよ。少ししか離れてないのにね。あ~帰ってきたなって感じ。
入口を見ると何故か寮長が膝をついて、崩れ落ちていた。
何してるの、寮長? いっちゃんが隣で溜め息ついてるけど、私、帰ってきたばかりでまだ何もしてないんだけども?
「寮長~! 帰ったよ~!」
「ええ、そうね……お帰りなさい……小鳥遊さん……」
はて? なんでそんな落ち込んでるの?
いっちゃんが寮長の肩にポンと手を置いている。なんか見たことある光景だな。
「あー……すまないな、寮長。連れて帰ってきてしまって」
「いえ、仕方ないわ。怪我が治ったことはいいことだから。でも……でも! もう少し平和を味わいたかった!」
「おい、葉月。ちょっとお前謝れ」
「え、なんで?」
「お前、最後にこの寮にいた時のこと覚えてるか?」
「はて?」
「バッダを大量に捕ってきただろうが! それをあたしと寮長が全部処分したわ!」
「……もう当分、バッダは見たくないわね」
「おいしいのにね」
「やかましい! 当分バッダは禁止だからな!」
「わかったよ、いっちゃん」
「小鳥遊さん……本当にわかったのかしら?」
やだなぁ、2人とも。そんなジト目で見なくても大丈夫だよ?
「今度はコオロギにしようかと思ってるからね! バッダは捕らないよ! これならいいんだよね?」
「「良くない!!!」」
あっれ~? なんで~? あ、ものすごく疲れ切った寮長がやっと立ち上がったよ。
「はぁ……また騒がしくなりそうね」
「……すまないな、寮長」
「仕方ないわ……ええ、もう仕方ないのよ……ふふ……」
目が完全に据わってるね、寮長。しかも笑ってる。さすがに怖いよ?
そんな寮長が、何故か次には私の頭にポンと手を置いた。さっきまで据わった目をしてたのに、なんだか優しい目になっていた。
「まあ、いいわ。無事に帰ってきて何よりよ。桜沢さんと鳳凰君からも聞いてるしね。でも、もうこんな大きな怪我はしちゃ駄目よ? そこはちゃんと気を付けなさい。わかったわね?」
むー。そんな顔されたらさすがにな~……でも約束はできませんがね!
それに気づいたのか、今度は頬っぺたをムギュっとされて寮長が凄んできたから、思わず「善処します……」って言わされたよ! それを聞いた寮長が大変満足した顔で頷いていたけども。
「たっだいま~!」
「おっかえり~! 葉月っち!」
「お帰り、葉月」
「ふん。そんな大きな声出さないでくださいな」
「……なんでレイラまでいるんだ?」
「そんな心底驚いた顔で見ないでくださいな、一花!」
自分の部屋に戻ると、舞が抱きついてきて、花音はいつもの柔らかい笑顔で迎えてくれたよ。でもいっちゃんの言う通り、なんでレイラもいるんだろうね?
あ~でも、やっと帰ってこれたね~。う~ん、ご飯のいい匂いがするよ~!
「花音~! お腹空いた~!」
「ふふ。全部出来てるよ。手洗ってきて食べようか?」
「は~い!」
もうさっさと手を洗いましたよ!! そして即いただきますして、口に入れた。
ん~!! んまし~~!!! これ~! これが食べたかったんですよ~!!!
ハグハグ、モグモグと次から次へと口に入れてったよ。んっま~。「落ち着いて食べろ!」っていっちゃんに注意されたけど、気にしないもんね~!
舞は私を見て大笑いしてるし、レイラは何故か呆れた目で見てきたけどさ。花音は花音で嬉しそうに私の口の周りを拭いてたけど。
食後のデザートも完璧でした。桃のプリンが出てきたよ! なにこれ、うっま~って思って、レイラの分を横取りしたら泣かれた。でも花音が予備のプリンあげてたから、いいよね?
はぁ~~……満腹です……もう食べられませんよ~ってぐらい食べました。床にゴロンとなってゴロゴロしだすと、何故か舞が笑っていた。
「いや~、その葉月っちのゴロゴロ見てるとホッとするわ~」
「ん~? そう~?」
「おい、舞。そこはホッとするところじゃないぞ」
「そうですわよ。だらしがないではありませんか」
「そうなんだけどさ、でもこれこそ葉月っちって感じじゃん。やっと日常が帰ってきたって感じがしてさ! あたしは嬉しいよ!」
「んっふ~! 私も花音のご飯食べれて嬉しい~! 花音~喉乾いた~!」
「そう! このマイペース! そしてさらっと要求! これこそ葉月っちだね!」
「それって褒められる内容じゃありませんわよ?」
「レイラ、舞は一言も褒めてないんだが」
「んなっ!?」
「花音~喉乾いた~」
「はいはい。いつものハーブティーでいい?」
「ん~」
久々の自室は和やかだったよ。
花音のご飯はおいしいし、レイラは残念令嬢だし、舞は笑ってるし、いっちゃんは呆れてるし、花音はニコニコしながらお茶を淹れてくれるし。
あ~やっと帰ってきたな~ってそう思った。
このまま。
このままこういう時間が続けばいいなって。
この時は本当に思ってたよ。
でもね、私は知ってるんだ。
こういう幸せな時間ってね。
無くなるもんなんだよ。
お読み下さり、ありがとうございます。




