159話 頼み事
今は病室に誰もいない。
ベッドの上でクッションに寄り掛かり、手には携帯。どうしよっかなーと考えてた。
会長の婚約者。
いっちゃんに頼もうかとも考えたんだけど、絶対止められると思って相談してない。
でも、何とかしたいんだよね。
会長のそばには花音さえいればいいのだ。他の女は邪魔なだけである。他の女がいれば、花音が悲しい思いをするはず。
ただ、婚約者の顔と名前も分かりません!! 唯一レイラの友達の子だってことは、花音が教えてくれたけども、全然分かんないんだよね~……。
そして考えついたのが、家の力を使う事。その婚約者の子だって、多分お金持ちなのだ。だから会長のお母さんも婚約者にしたんだから。それに星ノ天に通えてること自体が、もう親が金持ちであることの証明なのだから。
だったら、その子のお家に圧力かければいい。そうすれば、その子はもう学園に来ないはずだし、婚約もなしになる……はず。
名前も顔も知らないから、ちょっと気が引けるけども……仕方ない。私は花音には笑っててほしいもん。
だから、こうやって携帯を持ってるわけだけども。
実際連絡するとなると、どうにも思い切れないわけで……いつも家との連絡はいっちゃんにしてもらってたから。
でも、いっちゃんに頼むと絶対止められるわけで……つまり自分でしなきゃいけない訳で……。
本当はもう自分からしないつもりだったのに。
でも花音のためにも……。
いやでも、やっぱり……。
まさか、自分がこういうことで悩むとは思わなかったよ~……花音は手が掛かりますね。まあ、勝手に自分がやろうとしてるだけだけどさ。
う~んう~んとしばらく考え込んで、最後に花音の笑顔思い出したら、自分でもびっくりするほど決意できたよ。
仕方ない。
今回だけ。
深呼吸して、携帯の連絡帳から目当ての番号を見つけて、コール音を鳴らした。耳に当ててクッションに凭れ掛かる。
しばらくすると、相手の声が聞こえてきた。
『…………やぁ、葉月』
聞こえてきたのは、おじいちゃんの声だ。久しぶりにこんな近くで声聞いたかもね……。
「うん……」
『元気だったかい?』
「…………まぁね」
『それならよかったよ。もうすぐ退院できるってね』
「……うん」
『何か不便なことはあるかな?』
「……ないよ」
『そうか』
少し寂しそうな声。
分かってる。
自分がそうさせてるのは、
十分分かってる。
『でも……電話してきてくれて嬉しいよ』
「……そっか」
『ああ。これは今夜、いい夢見られそうだ』
「……悪夢だと思うけど」
『それはないよ。絶対だ』
「あっそう……」
電話の向こうからは、優しい声が届いてくる。
子供の時は、すごく好きだった。
姿が見えてないからか、今日は割と普通に話せてるな……頭が冷える感じが無いや。
『一花ちゃんにも言わなきゃな。葉月からやっと連絡きたよって』
「……そだね」
いっちゃんも、心配してたもんね。
でも……今回だけだもん。あんまり期待しないでね。
『……それで、どうしたんだい?』
「……ん?」
『葉月が何もなく連絡することがないのは分かってるよ?』
「……そだね」
そうだよね……中等部に入ってから、一度も自分からは連絡したことなかったもんね。花音のことがなかったら、確かにしないよ。
さて、本題に入ろう。
「会長のね……」
『会長?』
「……鳳凰翼だよ」
『ああ、そういえば彼は生徒会の会長をやってたんだったね』
「うん」
『彼がどうかしたのかい?』
「会長、婚約者いるんだって」
『そうなんだ。それは知らなかったな』
「うん」
『でも、それがどうし――』
なぜか、おじいちゃんの声が途切れた。うん? あれ? 切れた? っと思って画面を見るけど、まだ通話状態だ。首を傾げて耳に当てると、おじいちゃんの声が出てきた。あ、大丈夫だった。
『葉月……ごめん、知らなかったよ』
え、うん? 何を?
『まさか鳳凰君のこと好いてただなんて……これは子供の時失敗したかな』
いきなり、なんでそうなったの!? おじいちゃん、それ早とちりすぎない!?
思いっきり溜め息ついたら、それが聞こえたのか苦笑してる声が聞こえた。
『違うみたいだね』
「……当たり前だよ」
『それは済まなかった。でもどうして婚約者のことを気にするんだい?』
「……何とか……出来ないかなって……」
『どうして?』
「会長、嫌がってるって……」
『……葉月、やっぱり好きなのかい?』
「ありえない」
即答させていただきます! 私じゃないんだよ。好きなのは花音でね……別にいっかな? 花音とおじいちゃんが会う事なんてないよね。
「…………花音がね」
『ん? 花音さんが彼を好きなの?』
「えっと……そう」
『そうか……そうなんだ。それで、花音さんの為に婚約者の子をどうにかしたいんだね』
「まあ、そうだね」
『いいよ、わかった。他ならない葉月の頼みだからね。こっちでやろう』
やっぱり、あっさり。こわっ……鴻城、こわっ……子供の時から思ってたけど、おじいちゃん私に甘すぎるんじゃない? 私が世界壊してって言ったら、壊してきそうな感じ。
『じゃあ、私からもお願いがあるんだ、葉月?』
え、何? もし、会いに来いだったら断るけど。
『安心しなさい。会いに来いとは言わないから』
あ、そう? それならいいけど。
『私も是非花音さんの手作り料理を食べてみたいんだよ。どうかな? 花音さんにお願いしてくれないか?』
「絶対だめ」
それって、花音を家に連れて来いって意味じゃん。結局花音を出しに使う気じゃん。抜け目ないな、このおっさん。
『葉月、何か誤解してないかい?』
「何も誤解してないと思う」
『やれやれ、私は信用ないな』
「ないよ?」
子供の時、散々私のこと騙してたじゃん。これはゲームだよって言って、本当は政治家の政策の議論だったんだから。どうして私があのおっさんたちの政策考えなきゃいけなかったんだか、今でも不思議ですよ。
『とにかく、本当に誤解だよ。クッキーでいいんだ。送ってくれないか?』
うん? それだけ?……それだけなら、まぁ、いいか。
「それなら……いいけど」
『できれば、すごく甘いクッキーがいいな。メイド長が絶賛してたんだ』
ああ、花火の時の。メイド長ちゃっかり食べてたんだね。
「……言っとく」
『ありがとう、葉月。楽しみにしておこう』
「うん……じゃあね」
『葉月』
うん? 何?
『また声聞けると嬉しいよ。いつでも掛けてきなさい』
嬉しそうな声が聞こえる。
多分、今あの優しい穏やかな顔してるんだろうな。
だけど、
それは約束できない。
「……気が……向いたらね」
『いいんだ、それで。待ってるよ』
私は通話を切った。
そんな期待した声を出されても困る。
ベッドに沈み込む。
もう……会う気はないからね。
ごめんね。
それだけは変える気ないから。
それから2日後のニュースで、ある大臣の不正が見つかって、テレビの中で騒がれていた。
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